聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
219 / 813
第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの更夜(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 その夜、レストラン〝チェカル〟の前でサレステーデの第二王子と思わしき人物に遭遇した事は、私の内心を酷く苛立たせた。

 本当なら〝アンブローシュ〟での食事に合わせて、ピアスを渡して、正式に公爵夫人となってくれる事を乞うつもりだったところが、段階を踏む前に「婚約者」となる事を周囲に知らしめざるを得なくなった。

(これではレイナに本気だと思って貰えない)

 自分への好意には、もともとが鈍いレイナだ。
 それよりも「王子が帰国するまでの仮の話」とする方が、よほど納得をするのが目に見える。

 私としても、王子の出現によってのなし崩し的な婚姻など望んではいない。
 だからこそ、今回は「王子除け」だと口にしてみれば、驚く程あっさりとその話を受け入れてしまった。

 ――あと何度、夜を共にして名を呼べば、彼女は私の本気を信じてくれるだろうか。

 異世界の保護者と言う立場からは抜け、ようやく一人の男として受け入れられた。
 それでもまだ、彼女の目が時折不安に揺らいでいる事には、嫌でも気が付いてしまう。

 そう思えば思うほど、彼女を翻弄してしまう自分への抑えも効かなくなるのだ。
 
 不安も罪悪感も、全てを溶かして私に溺れさせたい。
 誰にも、サレステーデの第二王子ごときになど、エスコートの手すら触れさせたくはない。

 例えフィルバートやフォルシアン公爵が半ば呆れていようと、王宮の謁見の間でも、私は堂々と〝聖女の姉〟との婚約を告げた。

 身分差を主張するならば、王子との方が公爵よりも問題だろうと言ってやると、ドナート第二王子は怯み、クヴィスト公爵は唇を噛みしめていた。

 もちろん宰相の職位を振りかざさないのは、わざとだ。
 わざわざ反論のきっかけを与えてやる義理はない。

 ただ、さっさと諦めて国へ帰れと、全身で主張したのは、もしかするとやり過ぎだったのかも知れない。
 公爵邸に押しかけて来るのであればまだしも、ユセフ・フォルシアンを無理矢理連れ去って、王女と共に行方をくらますなどとは、完全に想定外だった。

 絵姿を手に、謁見の間で何やら喚いているのは視界の端に見ていたが、第二王子さえ抑えていれば、同時に牽制になると思っていたのだ。

 実際には、レイナがヘリファルテを使っての捜索を提案してくれなければ、既成事実が成立したのではないかと思うくらいの、綱渡りだった。

 先に部屋に入った護衛騎士サタノフに後で聞いたところによると、どうやら下着姿のドロテア王女が馬乗りになって、ユセフ・フォルシアンの上着のボタンを外して、それを脱がせたところだったらしい。

 そんなモノをレイナに見せられるか!と思った私は悪くはない筈だ。

 ただ「男性だけの証言だと弱い」と、私に目隠しをされたままの状態で呟くレイナに、反論が出来なかった事もまた確かだった。

 私の手の中で、真綿にくるんで蕩けさせたい――誰に悟らせる訳にもいかない、私のそんな醜い欲望を、無意識の彼女は軽々と超えていってしまう。

「……しばらくは、ただ、寄り添ってあげるのが良いと思います。自分が一人ではないと、自分自身で気が付くまで、寄り添っていてあげるのが良いと」

 ユセフの事と言いながらも、それは多分、レイナ自身の心の内だろう。
 一人ではないと納得してくれたのかどうか、私はまだ確かめられてはいないのだが。

「貴女の傍に、この先私が寄り添う事は許して貰えるだろうか」

 ――その時も、結局答えを聞く事が出来なかった。

 第一王女ドロテアの次は第二王子ドナートが、見事にしでかしてくれたからだ。

 我が邸宅やしきで、セルヴァンとファルコに門前払いをくらったのは、さもありなんと思っていたが、まさかそのままクヴィスト公爵と、王宮内の国王陛下フィルバートのところに押しかけているとは、これも想定外だった。

 …二人とも、とても王族がする振る舞いとは思えない。

 ただ、誰とは言わないがアンジェス国最高位にあるも、ほぼ同時刻に、王宮内でやらかしてくれていた。

 悲鳴と呼ぶにはおこがましい、ポヴァを踏みつけでもしたかの様な声が廊下に響いて、サタノフに確認に行かせたところが、返って来た言葉は「国王陛下がクヴィスト公爵閣下を手にかけられたのではないか」と言う、まさかの一言だった。

 フィルバートの腰には、金細工と散りばめられた小ぶりの宝石が人目を引く短剣が常に下げられている。

 一見するとその派手さから、儀式用にすら見えてしまうのだが、実際には幾人もの血を啜ってきた、ある意味〝魔剣〟とも言える「相棒」だと、私は知っている。

 何とはなしに、レイナを中に入れない方が良い気がして、一人で国王の執務室の中に入ってみたところが、やはりと言うべきか、視界にまず止まったのは、斜め前方の壁や本棚、机に飛び散った――どうみても赤い血と、恐らくは応接用のソファから床に転げ落ちたらしい第二王子、ソファに横たわったままピクリとも動かず、喉元からは未だに血を流したままのクヴィスト公爵だった。

「――何だ、宰相エディ。今ものすごくいいところだったんだが?」

 そして、不満はあれど恐怖心など欠片も持っていないと言った国王陛下フィルバートが、むしろ嬉々として、座り込んでいる第二王子ドナートに短剣を突き付けていた。

 …人としての倫理をどこかに置き忘れた「サイコパス陛下サマ」と、時々レイナが呟いている事に、こんな時思わず納得をしてしまう。

 首元をスパッと切れば、それは勢いよく壁やら本人フィルバートやら、色々なところに血は飛び散るだろうなと、むしろ私の頭の中は冷えたくらいだった。

 それに確かに、先触れもなく押しかけてきた挙句に「第一王子とコトを構えるのに後ろ楯になれ」などと上から目線な願い事を持ちかけられては「寝言は寝て言え」と返したくもなるだろう。

 寝る事と二度と起き上がらない事とは決して同義語ではないが、そんな事をフィルバートには言うだけ無駄だ。
 本人だって、分かってやっている筈だ。

 ――これをクヴィスト家にどう説明すべきかと、とっさに悩んだその時間がまずかった。

 フィルバートが、盛大に返り血を浴びたままのその恰好で、国王の執務室を出ようとしたのだ。
 それに気付いて制止をするタイミングが、そこで遅れてしまった。

「…やあ、姉君」

 ヒラヒラと手を振っているフィルバートを見ても、レイナは気絶こそしなかったが、コヴァネン子爵配下の連中が〝鷹の眼〟に斬り捨てられた時だって、最初は「何でもない」と言う表情かおをしていたのだ。

 だからこそ、今が平気そうでも、後にこない保証がない。

「今夜も貴女の部屋に行くが構わないな?」

 それだけは決定事項だと耳元で囁けば、自分の「前科」は自覚しつつも、彼女は明らかに動揺していた。

 第二王子が王宮で捕らえられているからには、同じ部屋で眠る必要はないだろうと言われれば、反論するのが難しい――と言うか、セルヴァンやヨンナあたりならば間違いなく言いそうなところが、血塗れのフィルバートを目撃した直後だったからだろう。拒否の言葉は、彼女の口からは出なかった。

「そ…添い寝で、ぜひ……」

 あまり自信はないが、今のレイナにそれを言う事は出来なかった。
しおりを挟む
感想 1,451

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する

satomi
恋愛
醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。    もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。