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第二部 宰相閣下の謹慎事情

296 プレゼンのお時間です

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「後でこちらで少しずつお取りして、お席にお持ちしますので、まずはご説明させて下さい」

 シャルリーヌとミカ君が、それぞれ公爵様方に向けて挨拶をした後、私はそう前置きをすると、端の「カルグクスもどき」の前から隣に移動しつつ、説明を始めた。

 ちなみにベルセリウス将軍とウルリック副長は、護衛騎士よろしく扉の近くに立っていて、知らん顔だ。

 説明の途中、カルグクスもどきが、基本的にそのまま捨てられている魚の頭尾に骨を使ったスープ、天ざるもどき用のつけ汁が、野菜のくずを使ったスープである事に、まずもって驚かれた。

「私の国では普通に料理の下地として使われていますから、決して馬鹿にしているとか、費用を出し惜しみしたとか、そう言う事ではないんです」

 なるほど…と呟いているのは、領内に海があるコンティオラ公爵だ。
 あとでゆっくりいただこう、と言っているところからも、妙な先入観とかはなさそうだった。
 ポテチの前例が、良い方向に傾いているのかも知れない。

「あと、この少し色の薄い紐状の物が〝バーミセリ〟の一種と思って頂くのが一番想像しやすいかと」

 説明するならその方がいいと言ってくれたのは、家令補佐ユーハンだ。

 親世代がバリエンダールからの移民である彼にとっては「うどん」が言いにくかったと言うのもあるのかも知れないけど、邸宅やしきにしろレストランにしろ、食べる料理の説明は事前に受ける身分の方々なので、皆、理解は出来ると教えてくれたのだ。

 果たして「色も形状も随分と異なる…」と、スヴェンテ老公爵が呟いているところから言っても、それは正しかったらしい。

「皆様が口にされる〝バーミセリ〟は小麦粉が一種類だそうですけど、これは二種類使ってあるんで、それもあってだと思います。もし今回お口に合えば、一種類でも水や塩の配合を変えて、試してみても良いと思っています。小麦粉が二種類、手に入らない場合もあるでしょうから、対象を変えて訴えていくのもアリかと」

 ニョッキもどきが、クッキーやスコーンと言ったお菓子向けの小麦粉で出来ているのは、ラズディル料理長から聞いている。
 そうなると、むしろスープパスタとかになってしまいそうな気がするので、試行錯誤はきっと必要。

「海鮮スープの方は殻付きの貝を複数入れて、野菜スープの方は山のキノコや山菜を、フライとはまた違った揚げ方で添えて、召し上がって頂きます。お好みで茹でた牛薄切り肉も追加して頂ければ」

 ふむ、とスヴェンテ老公爵も頷いているので、ここはそれなりに腹落ちしたんだろう。

 所謂じゃがいものコロッケが〝アイニッキ〟と言うのも料理長から教わったので、この部屋にあるのは〝アイニッキ〟の亜種のような物だと説明した。

 かぼちゃヘリュさつまいもオーケは、特産地は特にないらしく、王都のレストランなどは、普通に経営者の領内の契約農家から仕入れているのが通常との事だった。

 大雨によるハーグルンド領内の土地の状況を再調査し次第、オリジナルのかぼちゃヘリュさつまいもオーケを育てて、かぼちゃヘリュ入りの方には牛肉の細切れを混ぜて、野菜の〝バーミセリ〟と合わせて領の名物になればと考えていると説明した。

「ただ〝アイニッキ〟は、既に王都のレストランでも出されていると聞いています。レシピを持っているお店を探して、話し合いは必要だろうと思っているんですけど」

 ああ、それに関しては…と呟いたのは、コンティオラ公爵だった。

「貴女の言う〝スヴァレーフ〟は、サンテリ領とエッカランタ領周辺でのみ栽培される、希少種だ。もっと内陸の方で安価な〝フゼッリ〟と名を変えた品種があって〝アイニッキ〟はそれらを使ってレシピ化されている。原材料が違うから、知らぬ存ぜぬで通す事も出来なくはないだろうが、筋を通したいと言うなら、いずれハーグルンド伯爵とこちらのフラカスト伯爵との間で、この前の様な顔合わせの場を設けても良いのかも知れないな」

 私がチラリとエドヴァルドを見やると、了解したと言う風な頷きが返ってきた。

「この、牛挽き肉を野菜の葉で包んであるのは、確か中身が羊の肉でトマトベースのスープをかけた物が、レストラン〝スピヴァーラ〟にありませんでしたか、スヴェンテ老公?」

 フォルシアン公爵に問われたスヴェンテ老公爵が、ちょっと驚いた様に目を丸くしていた。

「う、うむ。羊皮紙の為に捌いた羊の、何か活用法はないかと言う事でな。テミセヴァ侯爵がかなり苦心したと言うのは聞いている。どうにも肉自体にクセがあるからな。スヴェンテ公爵領内出身の者くらいしか注文しないとは聞いているが。それも、先程の〝アイニッキ〟の話同様に、場を設けた方が良いと言う事か」

「…分かった。ハーグルンド領が落ち着いたら、それぞれに機会を設けさせよう。ああ、そもそも味が売り物になると判断出来たなら、と言う事になるが」

 今度は逆にエドヴァルドが私の表情を読み取って来た。
 私は、コクコクと首を縦に振った。

 そうだった、先走ったな…と、フォルシアン公爵も笑っている。

「続けさせて頂きますね。こちらの骨つき肉ラムチョップと、細切れ肉とお野菜の炒め物ジンギスカンは、羊の、それも12ヶ月未満の仔羊の肉と香辛料の組み合わせになります。12ヶ月未満になると、羊と言えどクセはほとんど出ませんし、実際に〝アンブローシュ〟あたりではメニューの中に仔羊肉を使った物があるそうですから」

 この二品はそこまで高位向けじゃありませんが、と付け加えておく。
 恐らくは〝チェカル〟クラスで充分に出せる筈だ。
 
 そうか、仔羊…と、スヴェンテ老公爵はまたも驚いている。
 彼にとっては、きっとカルチャーショックな事ばかりなのかも知れない。

「正直なところ、我が領の羊は、羊毛と羊皮紙で手いっぱいなところがある。仔羊の内に食用にしてしまえる程の羊舎と言うのは数舎しかない筈だ」

「もしそれで『市場を奪った』と揉めないようなら、乳製品としての実績があるキヴェカス領か、遺恨が残ったままの旧グゼリ、今はどなたの領なのかは知識が不足しておりますが、そちらに食用の仔羊飼育だけ委ねてみるのも一案かと愚考はするのですが。エッカランタ領とサンテリ領の様な前例もありますし、共同で取り組めれば理想的ではありますけど……」

 多分まだ、ハーグルンドにそこまでの人手も財政も余裕はない筈だ。
 大雨で土地も悪くなって、飼い葉もギリギリかも知れない。

 なら、乳牛を育てているキヴェカスなら、受け入れる土壌はあるだろうと思う。
 この際、クヴィスト公爵家の当主交代に合わせて、20年近い不仲にケリをつけるのもアリじゃないだろうか。

 エドヴァルドとスヴェンテ老公爵がそれぞれに驚いているけど。

「すみません。ただの理想論です。両方で育てるのが難しければ、乳製品は全てキヴェカスに委譲をして、仔羊を旧グゼリで一手に、とかも案としては…って、余計なお世話な事は承知しています、はい。何より当事者である領の方々の考えが一番ですし」

 特にヤンネ・キヴェカス卿とか。

 呑み込んだ私の言葉は、エドヴァルドには伝わった筈と思う。

「分かった。食べた後に、これで良いとなったら、スヴェンテ老公、一度食用仔羊の養羊家に話を聞いてみて、増産に基づく、共同で育てる事への感触を聞いてみては貰えまいか。その後で、新クヴィスト公の最初の事業に出来ないか、動いてみるのはどうだろうか。クヴィスト公爵領の必要以上の衰退は、バリエンダールやサレステーデに余計な気を起こさせかねない。キヴェカス家の心情を慮れば、乳製品の権利を全て買い上げて、一から仔羊の市場をクヴィスト家に持たせる方が良い気はしているがな」

 食べていないうちから話がまとまりそうな勢いだ。

 そんな私の戸惑いを見て取ったフォルシアン公爵か、にこやかに話しかけて来てくれた。

「悪い案ではないよ。イデオン公が落とし所を作ったように、新クヴィスト公爵の最初の事業だと言えば、各方面に根回しがしやすい。逆に言えば、それくらいの事も出来なければ、各領をまとめる事すら覚束ないと見做される。良い踏み絵にはなるね。それに私も、イデオン公とキヴェカス家の当時の苦労は知っている。これを機に、乳製品の権利を全てキヴェカスの物として、決着させるのも良いと思うよ」

「私も、スヴェンテの養羊家とキヴェカス家がそれで良いのであれば、特に反対する要素はない。元よりクヴィスト家側は今、代替わりだけで済む事への安堵が大きいだろうから、今は余程の理不尽でない限りは受け入れざるを得ないだろう」

 コンティオラ公爵も、フォルシアン公爵に賛同する形になり、スヴェンテ老公爵が、ううむ…と、短く唸っていた。

「イデオン公の話に、フォルシアン、コンティオラ両公も賛成されるのであれば、是非もあるまい。戻ったら感触を探ってみるとしよう」

 軽く目礼するエドヴァルドを横目に、ふふ…と、フォルシアン公爵が蠱惑の笑みを浮かべた。

「それで、最後の皿にあるのが、ウチのチョコレートを使った新しい商品になるのかな。あれは、野菜の薄切りを素揚げして、チョコレートを塗った感じなのかな?」

「あっ、はい。野菜と言いますか〝スヴァレーフ〟を素揚げして塩を振りかけたのが土台で、これは既にエッカランタ伯爵領とサンテリ伯爵領との間で、売り出す話がついた物になります。ただ私の国では、そこにチョコレートをかけたお菓子も、特に女性やお子さんに大人気なので、ご提案くらいはと思いまして」

 へえ、と呟いたのはフォルシアン公爵だけではない。
 既に一度ポテチ試食済みの、コンティオラ公爵も同様だった。

「そうか、それはぜひ妻やハルヴァラ伯爵令息の意見を聞かないといけないね」

 早速いただくとしようか、とフォルシアン公爵が口火を切る形で、昼食会はスタートした。
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