聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

310 ヘルマン侯爵家の三男

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 謁見の間には、既にベルセリウス将軍が来ていて、スタンバイ状態だった。

 一緒に宰相室で待っていなかったなと思っていたら、ファルコ達と、ざっと謁見の間周辺を巡回してきたとか。

 さすがの軍人気質と思ったら「単に堅苦しい場でじっとしていられなかっただけですよ」と、ウルリック副長に一刀両断されて、地味に凹んでた。

 そのウルリック副長始め〝鷹の眼〟の皆は今回、中までは入れないので、謁見の間の周囲を手分けして警護に入っているとの事だったけど。

「――閣下」

 そこへ聞き慣れない声と共に、将軍の傍に一人の青年が姿を現した。

 将軍の隣に立つと、ほぼ全員背が低いとしか言えなくなるけど、多分、エドヴァルドと同じか、少しだけ低いんじゃないかと言った感じだった。

 この世界、眼鏡は魔道具の一種。ツル付きの概念がなく、どうやってか鼻の上に器用に乗っているのが基本デフォルトだった。

 一般市民にはほぼ手が出ない価格と言われ、セルヴァンの眼鏡に関しては、制服の一種と言う扱いで公爵家から支給されているそうだ。

 そんな眼鏡を、目の前の青年は着用している――間違まごう事なき貴族階級と言う訳である。

 束ねた長髪の先が肩から前にかかっていて、服はシモンと同じように見えるけれど、羽織るマントがかなりの高級品。

 ……と言うか、見た目も服装も何となく既視感デジャヴが。

「ロイヴァス」

 名を呼んだらしいエドヴァルドの隣で、ベルセリウス将軍が「げ」などと顔を歪めたからには、将軍の知り合いなんだろうか。

「急な話ですまないが、該当者が他にいない。今日は夜まで時間を貰うぞ」

「……一連の非常識な騒動は、王宮出仕者のほとんどの耳に入っていますからね。皆、仕方ないと送り出してはくれましたよ。むしろ、閣下の謹慎が棚上げになっている事を喜ぶ向きもあるくらいで――私を含めて」

 冷ややかな言い方だけど、悪意は無さそう。
 日頃は穏やか、腹黒を腹黒と思わせないウルリック副長とは違って、見たまんまに伶俐な感じだ。

「ところで閣下、こちらのご令嬢が噂の――?」

「おまえの耳に届いているのは、どの噂だ。――レイナ、この男はロイヴァス・ヘルマン。私のすぐ下で司法と公安業務を管理監督する、長官職に就いている男だ」

 宰相職と公爵としての公務をエドヴァルドが抱える以上、本来のイデオン公爵家が預かる司法・公安業務の日常職務は、実務の長としての長官職に就く人間が主として担っていると、以前に聞いた。

 それが目の前の彼と、そう言う事なんだろう。

(ん?ヘルマン?)

 挨拶をしかけて、その名前に引っかかったのを、どうやらエドヴァルドも気が付いたらしかった。

「その疑問は正しい、レイナ。ロイヴァスは、ヘルマン侯爵家三男であり――フェリクスの実兄だ」

「あっ……いえ、大変失礼を致しました。私がレイナ・ソガワにございます。いつも〝ヘルマン・アテリエ〟では大変お世話になっております」

 本人が、そこに何かを返す前に「加えてベルセリウスの学園時代の同期だ」とエドヴァルドに言われて、私は更に目を見開いた。

 と言うか、ベルセリウス将軍、王都の学園に通ってたんだ。
 いや、ベルセリウス侯爵家長子となれば当たり前か。

「どうも初めまして。出来れば愚弟やこっちの男の事は忘れて下さい。何故か私まで残念な目で見られてしまうのでね」

 てめぇ……と、貴族らしからぬ呟きがベルセリウス将軍の口から洩れているのは、実際にはそこまで険悪な仲と言う事ではないのだろう。

 それに多分、彼の服はヘルマンさんのお店の物に違いない。
 当初は勘当同然にお店を開いたと言うヘルマンさんを、黙って応援はしていたんだろう。

「ヘルマン家はスヴェンテ公爵領の中でも歴史が長いですから、長兄や次兄はそちらでの領地経営を最優先にはしていますがね。私より下の弟たちとなると、領内にしがみついたところで皆が身を立てられる訳でもありません。イデオン公爵に拾って頂いて感謝しているんですよ」

 本来なら長官職は、自らの領に付く侯爵家の人間が就く事が多く、平民や伯爵以下の優秀な人材がいた場合は、養子に入ってでも侯爵家の家名を纏う事がほとんどらしい。そうでなければ、発した命に従わない人間が一定数出てくるそうで、それはそれで大変だろうなとは思う。

 仮に頭脳明晰な平民官僚がいきなり高位貴族になれと言われたところで、礼儀作法を身につけるだけでパンクしそうだとは思うけど。

 イデオン公爵領内はそもそも侯爵家は三つしかない上に、内一つは王家の受け皿で、もう一つは防衛軍をまとめるための爵位。
 実質オルセン侯爵家しかない状況下で、直系がヨアキム・オルセンしかいない以上は、司法公安長官となれる人材を見つけるのが難しいのだ。

 そこで他の公爵領下で、角が立たず優秀な人材はいないかと、探した結果のロイヴァス・ヘルマンさんだったらしい。

 フェリクス・ヘルマンさんの店舗開業に関して手を貸すのと合わせて、ロイヴァスさんを王宮に出仕させる事で、仮に店舗が上手くいかなくとも、ヘルマン侯爵家の体面に傷は付かないだろうと、言わばセットでの抱えこみだったそうだ。

 王都では、ウチはイデオン公爵領下にあると思われているかも知れません…と、長官ロイヴァス自身が笑っているくらいである。

「ここのところ、ヤンネ・キヴェカス卿がほぼ毎日、王都商業ギルドと高等法院を行き来していると話題になっていましてね。どうやら原因は、公爵邸で客人待遇にある聖女の姉君アナタにあるともっぱらの噂で。ぜひ詳細を伺いたく思っていたのですよ。彼に尋ねようにも『守秘義務』と言われれば、それまでですし」

「あ……え……」

 どう考えても、それは外聞が宜しくない。
 王都商業ギルドから、いつの間にか洩れたとしたら仕方ないだろうけど、私が話すのは、明らかに宜しくない。

 私が困った様にエドヴァルドを見やると、何故かため息が落ちて来たんだけど。

「……一部はそのうちフェリクスから耳に入るだろうよ。それより、サレステーデの馬鹿王女と王子はどうしたんだ、監視付きでこの場に立たせるつもりじゃなかったのか」

「確かに愚弟も噛んでいるのなら、さもありなんですね。分かりました、それは待ちましょう。サレステーデのドナート王子殿下とドロテア王女殿下は、間もなくシクステン軍務刑務長官がお連れする筈ですよ。私は『裁く側』の人間であって、荒事をやる側ではありませんから」

 ああ、噂をすれば――との声に合わせるかの様に、謁見の間の扉が開いた。
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