聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

317 氷の魔王を静めよう!

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 我ながら、油の足りないブリキ人形みたいな振り返り方をしたとは思う。

 ファルコがいつぞや「怒り頂点のお館様の前に立つと、キヴェカス山脈の奥地の氷窟に置き去りにされたみたいな猛吹雪にさらされる」なんて言ってた事を思い出した。

(……わぁ)

 キヴェカス山脈の氷の洞窟とやらがどんな所かは知らないし、今はまだ物理的な猛吹雪が吹き荒んでいる訳でもないけれど。

 それでも、冷徹、鉄壁宰相サマの半端ない威圧がビシバシとこちらに飛んでいるのは、よく分かった。

 …それはもう、長く王宮政治に携わっていたであろうテオドル元大公――現アンディション侯爵でさえ、盛大に顔を痙攣ひきつらせる程に。

「えーっとですね…その…エドヴァルド様は、この部屋に来るまでに護衛ファルコから何かお聞きになったりとかは……?」

 あの、イヤホン越しに声が聞こえるかの様な謎の魔道具を使えば、恐らくはエドヴァルドにだって話はすぐにいった筈。

 扉の外には、多分途中でエドヴァルドに遭遇して、お茶を用意する人数を増やして再度戻って来たっぽい宰相副官シモンがいて、トレイを持つ手をカチャカチャと震わせていたけど、ファルコの姿はない。

 エドヴァルドと一緒に来ている筈のベルセリウス将軍やウルリック副長が中に入って来ないのも、きっとファルコが止めている。

 これは中に入って来ないつもりだな、と私は心の中でだけ「裏切り者――!」と叫んだ。

「……ああ、サレステーデ正妃の不貞疑惑と、随行員の中に素性不明の護衛がいると言う話か」

 ごっそりと感情の抜け落ちたエドヴァルドの声が怖すぎる。

 どうしたものかと思ったところに、アンディション侯爵が、エドヴァルドの「不貞疑惑」の言葉にピクリと反応していた。

「ふむ…だから、レイナ嬢はわしの話を聞きたがったのか」

 これは救いの一言なのか、トドメの一言なのか。

「アンディション侯……詳しく伺っても?」

 とりあえず、エドヴァルドの視線が私から逸れた事に関しては、ひと息つくべきなのかも知れない。

「まあ、まずは其方そなたも腰を下ろしたらどうだね?儂が王宮に呼ばれたそもそもの理由も、まだきちんと聞いてはおらんしな。先ほどの謁見の間の様子だけで察せよと言うのも、いささか都合が良すぎるだろう?儂はこのお嬢さんほど、其方の考えるところに先んじて動く事は出来んよ」

「……先んじて、ですか」

 つかつかと歩いて来たエドヴァルドは、デスクのある本来の席ではなく、私の隣に腰を下ろした。

 視線がこちらを向いた気がして、全力で明後日の方向を向いたのは、不可抗力です、ハイ。
 微かな溜息が聞こえた気がしたけれど、それを確かめるには勇気が足りなかった。

 恐らくは見かねたと思われるアンディション侯爵が、そこへ再度言葉をかけてくれた程だった。

「夕食会までと言う限られた時間内の事だ。まずは宰相としての其方の話から聞かせてくれると有難いがな。儂が思うに、其方の話がなければ、レイナ嬢も全てを語れんのではないかな?」

「………レイナ」

 アンディション侯爵の言葉を確かめるかの様な、エドヴァルドの声と視線を感じる。

 私としては、せっかく〝蘇芳戦記〟の知識があるなら、現実と上手く折り合いをつけながら、エドヴァルドが周囲から足元をすくわれたりする事のないように動きたいと思っているだけの筈なのに、毎回どうしてか、動いた事自体が知られたうえに、雷ならぬ吹雪をぶつけられる羽目になる。

「えーっと……侯爵閣下が仰った通り、でしょうか……」

 これ以上、一人で何もかもを背負って欲しくはないだけなんだけど、なかなか上手くいかないなと思う。

 もちろん、そんな内心までは見えないにしても、私が心持ち身体を小さくしているのは見えたんだろう。
 エドヴァルドは、この場では深く聞かないとばかりに、アンディション侯爵の方へと向き直った。

「アンディション侯。まずは、サレステーデ国の王子王女がしでかした内容については、ご理解いただけましたか」

「ふむ。婚姻がどうの既成事実がどうのと陛下が仰っておられた件か?事態がくだらなすぎて、あれ以上の仔細な説明なぞいらんと言うておくわ。クヴィスト公爵があの場におらず、息子が代わりにおったのも、今回の件の責任を取らせた事と代替わりを周囲に仄めかせる為であったのだろう?」

「仰る通りです」

 クヴィスト公爵の責任の取り方がどの様なものだったのかについては、アンディション侯爵はくどくは聞かなかったし、エドヴァルドも敢えて補足はしなかった。

 恐らくはフィルバートの性格を考えれば、良くて貴族牢、下手をすれば既に処刑――くらいには、侯爵も思っているのかも知れない。

「それと先ほどの一連のやり取りで、陛下以下、五公爵家全員が、あの第一王子は次期として相応しくはないとの判断に至りました」

「まあ、誰が見てもそうだろうとは思うが、我々が口を挟める立場にはなかろう。決めるのは、セゴール国王ではないかね」

「ええ。ですがあの場で明らかになった通り、セゴール国王は病床の身。既にその判断が下せるかどうかさえも怪しい様子。第二王子と第一王女が我が国で罪人として捕らえられているとあっては、第一王子側がこれ幸いとばかりに、二人の処刑を強行しかねないのです」

「実際、それに近い事を叫んではおったな」

「もし我が国でこれ以上の騒動が引き起こされた場合には、我が国主導で事態を決着させても良いと、第二王子からは既に確約を得ています。その際には、ぜひ事態の説明及びとりなしの為に、我が国からの正式な特使として、隣国バリエンダールへ赴いて頂きたいのです。――ああ、これは殿へのお願いとなるのですが」

 エドヴァルドの最後の一言に、アンディション侯爵の表情が僅かに動いた。

「面白い冗談が聞こえたな、宰相。儂は既に『元』の筈だが?侯爵領から追放でもするつもりかね?」

「まさか、何を仰います。変わらず我が領をつい棲家すみかにとお望み頂けるのであれば、措置はあくまで一時的なものとさせて頂きますよ。夫人はそのまま邸宅やしきにお住まい頂いて構いません。そのくらいの融通はきかせられます」

 アンディション侯爵が、半目でエドヴァルドを睨んでいる様にも見えたけれど、エドヴァルドの方はまるで動じた風に見えなかった。

「…これ以上の騒動が起きれば、と仮定する割には既に随分と先の方針はなしまで決まっている様に思うがな」

「侯も先ほどの謁見の間の様子を見れば、もはや起きないとは思われないでしょう。起きてからいきなり説明をされるよりは良いかと思ったのですが」

「その点の否定はせんが……其方、やり口がますます先代の宰相に似てきおったな。実は血縁関係があるのではないか?」

「それは私には褒め言葉ですよ、侯」

 その一言だけは、本気で喜んでいる様に私には聞こえた。
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