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第二部 宰相閣下の謹慎事情
316 氷の魔王が現れた!
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「何、其方の言い方を借りるならば『少し察した』と言う事になるか」
アンディション侯爵はそう言うと、深い笑みを垣間見せた。
「バリエンダールへ行き、見たままを語れと言うなら別に構わんよ。何故…の部分で、宰相から聞けといったところかね?」
返事の代わりに私は黙礼した。
なるほど…と呟きながら口元に手を当てたところを見ると、どうやら自分が知るバリエンダールの情報を、整理しているみたいだった。
「そう言えば、以前にミラン王太子が言っておった事があったな」
バリエンダールは、もう何年も前から第一王子ミランが次期王位継承者として、立太子の儀も済んでいるらしく、現在周辺諸国内で唯一「王太子」と言う呼称を国の内外から認められている。
近い内にギーレンのエドベリ王子も「王太子」を名乗る事になる筈だけれども、今はミラン王子が唯一の「王太子」なのだ。
それだけバリエンダール王家は安泰と言う事なんだろう。
「ミラン王太子が閣下に、ですか?」
「まあこれでも、薄いなりに王族の血は持っておる、バリエンダール王宮で、国王一家と茶くらいは飲めるんでな」
「いえ、私は――」
「良い良い。他意がないのは分かっておるわ。彼奴の周囲に縁談の話が出た頃にな、一度だけ吐き捨てる様に言っておったのを思い出してな。確か『サレステーデ王族の血は、誰一人として正しく受け継がれていない。例え自分や妹に相手が見つからずとも、サレステーデが今のままならば、絶対に縁を繋ぐ事だけはしない』――そんなような事を言っておった。その時は、何の話か分からんかったが…其方の方が、心当たりがありそうな表情をしておるな」
私の表情の変化をいち早く読み取ったアンディション侯爵が、僅かに目を眇めている。
「其方が以前に目にした予言の書は、サレステーデの話も書いてあったと言う事か?」
アンディション侯爵は、私とシャルリーヌが共通して「予言書の様な書物」を目にしたと思っている。
エドヴァルドは「娯楽小説」と思っていて、どちらにしても、ゲームの説明が出来なかったが故の苦肉の策だ。
私は困った様に笑う事しか出来なかった。
「サレステーデそのものについて書かれていた訳ではなかったので、バリエンダール国の話を通してしか、私も知らないんです。それはシャルリーヌ嬢もほぼ同じでした。ですから閣下であれば、もっと踏み込んだ情報をご存知かも知れないと思いまして」
まさに今の「王族の血」云々と言う話は〝蘇芳戦記〟にない情報だ。
だけどファルコが今持って来た情報と、根は同じだ。俄然、信憑性が高くなった。
「ふむ。それで今の話で、気になる部分があったと?」
「そうですね。閣下は、両国の後宮の情報は何かご存知ですか?各女性陣の為人だけでも」
試しに水を向けてみたところ、何故か侯爵の顔が一転して難しい表情になった。
「うむ…メダルド国王の正妃であるベネデッタ妃は、ミルテ王女の出産後、ほとんど表舞台に出ておられんからな。一部には、サレステーデの正妃リーケ妃から外交の場で侮辱を受けて引きこもっておられるなんて噂もあるくらいでな。一時、アンジェスの儂の所で静養の話まであった」
「⁉︎」
「逆に言うと、禍根がないのは国王同士だけ。妃同士や王子同士はほぼ没交渉になっておる。もっともミラン王太子はそのあたり分別があるから、今以上の侮辱行為でもなければ、付かず離れずの位置を保つつもりでおるとは思うがな」
「…ちなみ侮辱発言とは、具体的にどんな」
「まあ、悪意のある噂としては常套手段であろうよ。第一王子は本当に陛下の息子か――と言うのは」
「あー……」
「もちろん、ベネデッタ妃にとっては事実無根。メダルド国王は周辺諸国の中では珍しい、側妃を持たぬ王。他に目など向けようもないのだ。むしろリーケ妃こそ、政略で無理に嫁がされた故にセゴール国王とは不仲で、それ故に愛人を持たぬ王、妃と言う概念がなかったのではと、バリエンダールの王宮使用人達が憤慨しておった――とは、妻情報だ」
「誰かいたに違いない、って言う根拠なき決めつけ…なんですね」
「うむ。まあしかしバリエンダールとて一枚岩ではないし、あわよくば王の側妃にと思う家とてあろう。噂は完全には消えず、その結果が、ベネデッタ妃の後宮立てこもりと言う訳だ。少なくともミルテ王女の社交デビューまでは表には出て来んだろうと、王も周囲も思っておるよ」
もしかしたらそのベネデッタ妃は、自分ではどうしようもない悪意に晒された末に、鬱状態になっているのかも知れない。
日本でさえ、当時の皇太子妃が公務に支障が出るほどの「心の病」を患った事があったくらいだ。
決して表舞台に出て来ない事を責められる状況じゃない。
もっともそこは、王が黙って王妃に寄り添っている風に聞こえるので、それならば、後はいつか復帰する日を待つばかりだろう。
「そうですね。王が寄り添っていらっしゃるなら、後は日にち薬の様なものですし、周りは見守るだけにされた方が良いでしょうね。ああでも、だからこそミラン王太子が余計に過激ぎみなんですね……」
多分だけど、ミラン王太子は何か、サレステーデ王家に対する『隠し玉』を持ってる。
王家の血がどうのと溢したのが、良い証左だ。
自分の母親が受けた侮辱を胸にしまいながら、自分が王となった瞬間に牙をむくような、そんな危うい可能性をヒシヒシと感じるのだ。
そして隠し玉の一部は、十中八九ファルコが拾ってきた『噂』だ。
「有難うございます、閣下。おかげでほぼ繋がりました」
ほう、とアンディション侯爵が僅かに目を見開いた。
「大した話は口にしとらんと思ったが?」
「いえいえ!単体だとそう思えるかも知れませんが、別口で得た話もありましたので、それも含めて――です。後は宰相閣下が今、謁見の間でどう言う話し合いをして来られるかにもよりますが、もし今回、この情報が国が決めた方向性と真逆を向くなら、今後の為の保険として胸にしまいますので。その時は、ミラン王太子が先々アンジェスに不利になるような政策を進めないよう、閣下には国からの依頼とは別に、ナイショで王太子サマを牽制しておいて頂けたら嬉しいです」
「秘密の任務かね?」
「ハイ。あ、でも、あくまで万一の時の話なので――」
「――万一」
あれっ⁉︎
今、アンディション侯爵サマとは明らかに違うバリトン声が、背中越しに――。
「話が弾んでいるようだな――レイナ」
気のせいじゃなく、向かいに座る侯爵サマのこめかみが痙攣ってます。
「何が『万一』なのか、聞かせて貰おうか……?」
コレ振り返らないとか、無理かな…無理だよね……。
「何、其方の言い方を借りるならば『少し察した』と言う事になるか」
アンディション侯爵はそう言うと、深い笑みを垣間見せた。
「バリエンダールへ行き、見たままを語れと言うなら別に構わんよ。何故…の部分で、宰相から聞けといったところかね?」
返事の代わりに私は黙礼した。
なるほど…と呟きながら口元に手を当てたところを見ると、どうやら自分が知るバリエンダールの情報を、整理しているみたいだった。
「そう言えば、以前にミラン王太子が言っておった事があったな」
バリエンダールは、もう何年も前から第一王子ミランが次期王位継承者として、立太子の儀も済んでいるらしく、現在周辺諸国内で唯一「王太子」と言う呼称を国の内外から認められている。
近い内にギーレンのエドベリ王子も「王太子」を名乗る事になる筈だけれども、今はミラン王子が唯一の「王太子」なのだ。
それだけバリエンダール王家は安泰と言う事なんだろう。
「ミラン王太子が閣下に、ですか?」
「まあこれでも、薄いなりに王族の血は持っておる、バリエンダール王宮で、国王一家と茶くらいは飲めるんでな」
「いえ、私は――」
「良い良い。他意がないのは分かっておるわ。彼奴の周囲に縁談の話が出た頃にな、一度だけ吐き捨てる様に言っておったのを思い出してな。確か『サレステーデ王族の血は、誰一人として正しく受け継がれていない。例え自分や妹に相手が見つからずとも、サレステーデが今のままならば、絶対に縁を繋ぐ事だけはしない』――そんなような事を言っておった。その時は、何の話か分からんかったが…其方の方が、心当たりがありそうな表情をしておるな」
私の表情の変化をいち早く読み取ったアンディション侯爵が、僅かに目を眇めている。
「其方が以前に目にした予言の書は、サレステーデの話も書いてあったと言う事か?」
アンディション侯爵は、私とシャルリーヌが共通して「予言書の様な書物」を目にしたと思っている。
エドヴァルドは「娯楽小説」と思っていて、どちらにしても、ゲームの説明が出来なかったが故の苦肉の策だ。
私は困った様に笑う事しか出来なかった。
「サレステーデそのものについて書かれていた訳ではなかったので、バリエンダール国の話を通してしか、私も知らないんです。それはシャルリーヌ嬢もほぼ同じでした。ですから閣下であれば、もっと踏み込んだ情報をご存知かも知れないと思いまして」
まさに今の「王族の血」云々と言う話は〝蘇芳戦記〟にない情報だ。
だけどファルコが今持って来た情報と、根は同じだ。俄然、信憑性が高くなった。
「ふむ。それで今の話で、気になる部分があったと?」
「そうですね。閣下は、両国の後宮の情報は何かご存知ですか?各女性陣の為人だけでも」
試しに水を向けてみたところ、何故か侯爵の顔が一転して難しい表情になった。
「うむ…メダルド国王の正妃であるベネデッタ妃は、ミルテ王女の出産後、ほとんど表舞台に出ておられんからな。一部には、サレステーデの正妃リーケ妃から外交の場で侮辱を受けて引きこもっておられるなんて噂もあるくらいでな。一時、アンジェスの儂の所で静養の話まであった」
「⁉︎」
「逆に言うと、禍根がないのは国王同士だけ。妃同士や王子同士はほぼ没交渉になっておる。もっともミラン王太子はそのあたり分別があるから、今以上の侮辱行為でもなければ、付かず離れずの位置を保つつもりでおるとは思うがな」
「…ちなみ侮辱発言とは、具体的にどんな」
「まあ、悪意のある噂としては常套手段であろうよ。第一王子は本当に陛下の息子か――と言うのは」
「あー……」
「もちろん、ベネデッタ妃にとっては事実無根。メダルド国王は周辺諸国の中では珍しい、側妃を持たぬ王。他に目など向けようもないのだ。むしろリーケ妃こそ、政略で無理に嫁がされた故にセゴール国王とは不仲で、それ故に愛人を持たぬ王、妃と言う概念がなかったのではと、バリエンダールの王宮使用人達が憤慨しておった――とは、妻情報だ」
「誰かいたに違いない、って言う根拠なき決めつけ…なんですね」
「うむ。まあしかしバリエンダールとて一枚岩ではないし、あわよくば王の側妃にと思う家とてあろう。噂は完全には消えず、その結果が、ベネデッタ妃の後宮立てこもりと言う訳だ。少なくともミルテ王女の社交デビューまでは表には出て来んだろうと、王も周囲も思っておるよ」
もしかしたらそのベネデッタ妃は、自分ではどうしようもない悪意に晒された末に、鬱状態になっているのかも知れない。
日本でさえ、当時の皇太子妃が公務に支障が出るほどの「心の病」を患った事があったくらいだ。
決して表舞台に出て来ない事を責められる状況じゃない。
もっともそこは、王が黙って王妃に寄り添っている風に聞こえるので、それならば、後はいつか復帰する日を待つばかりだろう。
「そうですね。王が寄り添っていらっしゃるなら、後は日にち薬の様なものですし、周りは見守るだけにされた方が良いでしょうね。ああでも、だからこそミラン王太子が余計に過激ぎみなんですね……」
多分だけど、ミラン王太子は何か、サレステーデ王家に対する『隠し玉』を持ってる。
王家の血がどうのと溢したのが、良い証左だ。
自分の母親が受けた侮辱を胸にしまいながら、自分が王となった瞬間に牙をむくような、そんな危うい可能性をヒシヒシと感じるのだ。
そして隠し玉の一部は、十中八九ファルコが拾ってきた『噂』だ。
「有難うございます、閣下。おかげでほぼ繋がりました」
ほう、とアンディション侯爵が僅かに目を見開いた。
「大した話は口にしとらんと思ったが?」
「いえいえ!単体だとそう思えるかも知れませんが、別口で得た話もありましたので、それも含めて――です。後は宰相閣下が今、謁見の間でどう言う話し合いをして来られるかにもよりますが、もし今回、この情報が国が決めた方向性と真逆を向くなら、今後の為の保険として胸にしまいますので。その時は、ミラン王太子が先々アンジェスに不利になるような政策を進めないよう、閣下には国からの依頼とは別に、ナイショで王太子サマを牽制しておいて頂けたら嬉しいです」
「秘密の任務かね?」
「ハイ。あ、でも、あくまで万一の時の話なので――」
「――万一」
あれっ⁉︎
今、アンディション侯爵サマとは明らかに違うバリトン声が、背中越しに――。
「話が弾んでいるようだな――レイナ」
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