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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【宰相Side】エドヴァルドの誤謬(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「………宰相。私は随分と耐えたと思うが?」
我々は国の特使だ!などと叫んでいるのは、サレステーデ国の第一王子と、後見として来ているバルキン公爵であり、少なくともこの両名は、それなりに地位はある。
とは言え、ここはアンジェス。玉座の主は国王フィルバートだ。
国王の意を受けた護衛騎士らが、たとえ相手が特使と言えど、控室に問答無用で引きずっていくのは当たり前だった。
諸外国にも認知される様な、もっと決定的な失態を犯させたい――夕食会を開く意義を、強制参加の官僚たちにも分かりやすく、敢えてキツめの言葉で説明をして、謁見をお開きにしたところで、その場には五公爵家の代表と、レイフ殿下、サレステーデのドナート第二王子とドロテア第一王女だけが残る形となっていた。
ベルセリウスが、己やレイナの立場を鑑みて、この場からは一度退く事をさりげなく提案してきたからだ。
今更だと思うのは、多分イデオン公爵領の関係者だけであって、周囲から見れば、その通りなのだろうと私も納得して、頷いた。
「まあこれで、そこの第二王子と第一王女の話がそれほど誇張されてはいなかったと言う事は分かった訳だが」
場が落ち着いた頃合いで、それでもドナート、ドロテアと名を呼ぶ気にもなれなかったのか、フィルバートが発した声は、怒りと疲労が綯い交ぜになったものだった。
「正直、あの第一王子にこちら側からの利用価値などないだろう。いっそ放っておいた方が、即位と同時に国が潰れるだろうから、対処しやすいんじゃないのか」
…まあ、放っておきたいと言うのも半分本音だろう。
それでも私は、ため息交じりに頭を振った。
「いけません、陛下。サレステーデが完全に斃れたら、併合するのはバリエンダールになる。我が国からは飛び地になるし、ベルィフ、ギーレンとてそうだ。そうなると、バリエンダールはギーレンをも上回る国土を持つ大国となって、周辺諸国間のバランスが崩れる。斃れるにせよ、半独立国程度の自治権を持たせて残しておくべきです」
ほう?とフィルバートが僅かに片眉を動かす。
二人で一度話をしている事ではあるが、改めて周囲に知らしめる為には必要なやり取りだった。
「この王子をサレステーデに戻して自治領を運営させるとでも言うか?それだと、我が国で好き放題やってくれた罰には、まるでならんだろう」
そしてフィルバートの言葉に、狙い通りに各自が頷いている。
私も更に言葉を重ねた。
「ドナート王子からは、今回の失態の償いとして、王家が持つ全ての権利を返上して、自治領制度を受け入れる旨、申し出を受けています。もちろん、自治領主にはサレステーデ王族の血を持つ者は立たないと言う事も含めて――です」
「それだと結局、バリエンダールに併合されるだろう」
「ええ。そのままだと、そうなります。ですから『今回の失態の償い』なんですよ。返上先はアンジェス王家。自治領となるサレステーデの長となる者を、アンジェスから遣わせても良いと、そう言う申し出になるんです」
その瞬間、その場にいた皆の表情が、それぞれの性格に応じて驚きの表情へと変わっていた。
昼食会やら何やらでさりげなく仄めかせてはいたものの、あのキリアン第一王子の態度からするに、その話が一気に現実味を帯びた事に、皆が驚いたと言うべきなのかも知れない。
「…全員、高位貴族の爵位あたりを無理矢理付与すると言う事か?」
「第三王子は、元より臣籍降下の予定だったようですし、周囲に担ぎ上げようとする人間さえ出ない様にしておけば、問題ないかと。第二王子とて、第一王子が順当に跡を継げばそうなる筈だったんですから、遅いか早いかの違いでしかない。まあ、いきなり降下させるといらぬ摩擦を生みそうですがら、国軍か何かを再編成して、その長として彼を据えれば、下の不満もある程度は抑え込めるでしょう」
ドロテア王女の方は話についていけてすらいないようだったが、ドナート王子とは、もう話を済ませた事だ。
唇と拳、両方をふるわせて噛みしめているのは、今更ながらに己の不甲斐なさに思い至っているのかも知れない。
だからと言って、私もそうだがフィルバートが忖度などする筈もない。
サレステーデの王族二人に視線すら向けておらず、いっそぞんざいとも言える口調で話を進めている。
「まあ、それは確かにそうだが…そうなると自治領主に生半可な人間を据えれば、あっと言う間に主権を取り返されかねないぞ。臣籍降下しても元王族、それを抑え込めるとなると――」
皆の目が、フィルバートに追従する様にレイフ殿下の方を向いた。
「エドベリ王子の来訪時には、最低限しか王宮に寄りつかれなかったどなたかが、何故ここに…と思っていたが……」
これが茶番である事は、私とフィルバートだけが分かっていれば良い事だ。
他の公爵家代表連中からの視線を受けたレイフ殿下は、居心地が悪いと言わんばかりに、小さな舌打ちをして明後日の方向を向いていた。
「叔父上、宰相からの提案を是とされた…と?」
レイフ殿下はこれまでフィルバートへの敵意を隠そうともしていなかったし、フィルバートも、社交外交部分でどうしても必要と思われる場合を除いては、積極的な交流…と言うか、会話すらしていなかった筈だが、二人とも「叔父」「甥」の関係にあると言う認識だけは頭の片隅に残っているのか、一応喧嘩ごしになる事は避けている様だった。
「ふん。其方と手を取り合う気など毛頭ないが、彼の地で外貨を稼げば、ギーレンへの良い牽制になるからな。いずれ其方から頭を下げて貿易を請うようにもしてくれるわ」
クレスセンシア姫は、庶子ではあるが唯一の姫と言う事もあり、存外周囲からは可愛がられていたらしいのだ。
婚約破棄騒動で中央を追われる様な夫を、少々頼りなく思っているのかも知れない。
外貨支援でギーレンのメッツァ辺境伯領に、ある程度の力を持たせたいのかも知れなかった。
「……意気込みは理解した」
やれるものなら――と、あからさまに表情に書きながら、フィルバートが鼻で笑っていた。
そもそもこの態度が、レイフ殿下が度々壊れる原因な為、私としても今は、殿下の頭に血が上る前に、話を遮らなくてはならない。
「陛下、殿下。提案にご納得いただけたようなので、次の段階の話をしても宜しいですか。各公爵家の皆様方は申し訳ない、質問は最後にまとめて伺いますので」
揶揄うな、と表情と声に出した事に気が付きながらも、フィルバートはニヤニヤと微笑うだけだった。
レイフ殿下は殿下で、明後日の方向を向いただけだ。
――この大人げのなさは、二人とも勘弁して欲しい。
「自治領の話が出たと言っても、今はまだ、キリアン第一王子がただ無礼だと言うだけです。この滞在中に、他国も文句のつけようがない程の何かをしでかして貰わなくては、話は進みません」
ここから先は、フィルバートにも具体的な事はまだ話していなかった。
何かとは?と聞くフィルバートの目は、困った事に好奇心に溢れて輝いていた。
…無意識にため息が出たのは無理からぬ事だろう。
「――貴族牢にそこの二人の『替え玉』を置いて、警備を緩めます。一番可能性があるのは夕食会の間、毒を盛られるか刺客が入るかの二択で考えてますが。そこを現行犯で取り押さえようかと」
確認をとるまでもなく「採用」だと、既に全身で主張されている気がした。
「………宰相。私は随分と耐えたと思うが?」
我々は国の特使だ!などと叫んでいるのは、サレステーデ国の第一王子と、後見として来ているバルキン公爵であり、少なくともこの両名は、それなりに地位はある。
とは言え、ここはアンジェス。玉座の主は国王フィルバートだ。
国王の意を受けた護衛騎士らが、たとえ相手が特使と言えど、控室に問答無用で引きずっていくのは当たり前だった。
諸外国にも認知される様な、もっと決定的な失態を犯させたい――夕食会を開く意義を、強制参加の官僚たちにも分かりやすく、敢えてキツめの言葉で説明をして、謁見をお開きにしたところで、その場には五公爵家の代表と、レイフ殿下、サレステーデのドナート第二王子とドロテア第一王女だけが残る形となっていた。
ベルセリウスが、己やレイナの立場を鑑みて、この場からは一度退く事をさりげなく提案してきたからだ。
今更だと思うのは、多分イデオン公爵領の関係者だけであって、周囲から見れば、その通りなのだろうと私も納得して、頷いた。
「まあこれで、そこの第二王子と第一王女の話がそれほど誇張されてはいなかったと言う事は分かった訳だが」
場が落ち着いた頃合いで、それでもドナート、ドロテアと名を呼ぶ気にもなれなかったのか、フィルバートが発した声は、怒りと疲労が綯い交ぜになったものだった。
「正直、あの第一王子にこちら側からの利用価値などないだろう。いっそ放っておいた方が、即位と同時に国が潰れるだろうから、対処しやすいんじゃないのか」
…まあ、放っておきたいと言うのも半分本音だろう。
それでも私は、ため息交じりに頭を振った。
「いけません、陛下。サレステーデが完全に斃れたら、併合するのはバリエンダールになる。我が国からは飛び地になるし、ベルィフ、ギーレンとてそうだ。そうなると、バリエンダールはギーレンをも上回る国土を持つ大国となって、周辺諸国間のバランスが崩れる。斃れるにせよ、半独立国程度の自治権を持たせて残しておくべきです」
ほう?とフィルバートが僅かに片眉を動かす。
二人で一度話をしている事ではあるが、改めて周囲に知らしめる為には必要なやり取りだった。
「この王子をサレステーデに戻して自治領を運営させるとでも言うか?それだと、我が国で好き放題やってくれた罰には、まるでならんだろう」
そしてフィルバートの言葉に、狙い通りに各自が頷いている。
私も更に言葉を重ねた。
「ドナート王子からは、今回の失態の償いとして、王家が持つ全ての権利を返上して、自治領制度を受け入れる旨、申し出を受けています。もちろん、自治領主にはサレステーデ王族の血を持つ者は立たないと言う事も含めて――です」
「それだと結局、バリエンダールに併合されるだろう」
「ええ。そのままだと、そうなります。ですから『今回の失態の償い』なんですよ。返上先はアンジェス王家。自治領となるサレステーデの長となる者を、アンジェスから遣わせても良いと、そう言う申し出になるんです」
その瞬間、その場にいた皆の表情が、それぞれの性格に応じて驚きの表情へと変わっていた。
昼食会やら何やらでさりげなく仄めかせてはいたものの、あのキリアン第一王子の態度からするに、その話が一気に現実味を帯びた事に、皆が驚いたと言うべきなのかも知れない。
「…全員、高位貴族の爵位あたりを無理矢理付与すると言う事か?」
「第三王子は、元より臣籍降下の予定だったようですし、周囲に担ぎ上げようとする人間さえ出ない様にしておけば、問題ないかと。第二王子とて、第一王子が順当に跡を継げばそうなる筈だったんですから、遅いか早いかの違いでしかない。まあ、いきなり降下させるといらぬ摩擦を生みそうですがら、国軍か何かを再編成して、その長として彼を据えれば、下の不満もある程度は抑え込めるでしょう」
ドロテア王女の方は話についていけてすらいないようだったが、ドナート王子とは、もう話を済ませた事だ。
唇と拳、両方をふるわせて噛みしめているのは、今更ながらに己の不甲斐なさに思い至っているのかも知れない。
だからと言って、私もそうだがフィルバートが忖度などする筈もない。
サレステーデの王族二人に視線すら向けておらず、いっそぞんざいとも言える口調で話を進めている。
「まあ、それは確かにそうだが…そうなると自治領主に生半可な人間を据えれば、あっと言う間に主権を取り返されかねないぞ。臣籍降下しても元王族、それを抑え込めるとなると――」
皆の目が、フィルバートに追従する様にレイフ殿下の方を向いた。
「エドベリ王子の来訪時には、最低限しか王宮に寄りつかれなかったどなたかが、何故ここに…と思っていたが……」
これが茶番である事は、私とフィルバートだけが分かっていれば良い事だ。
他の公爵家代表連中からの視線を受けたレイフ殿下は、居心地が悪いと言わんばかりに、小さな舌打ちをして明後日の方向を向いていた。
「叔父上、宰相からの提案を是とされた…と?」
レイフ殿下はこれまでフィルバートへの敵意を隠そうともしていなかったし、フィルバートも、社交外交部分でどうしても必要と思われる場合を除いては、積極的な交流…と言うか、会話すらしていなかった筈だが、二人とも「叔父」「甥」の関係にあると言う認識だけは頭の片隅に残っているのか、一応喧嘩ごしになる事は避けている様だった。
「ふん。其方と手を取り合う気など毛頭ないが、彼の地で外貨を稼げば、ギーレンへの良い牽制になるからな。いずれ其方から頭を下げて貿易を請うようにもしてくれるわ」
クレスセンシア姫は、庶子ではあるが唯一の姫と言う事もあり、存外周囲からは可愛がられていたらしいのだ。
婚約破棄騒動で中央を追われる様な夫を、少々頼りなく思っているのかも知れない。
外貨支援でギーレンのメッツァ辺境伯領に、ある程度の力を持たせたいのかも知れなかった。
「……意気込みは理解した」
やれるものなら――と、あからさまに表情に書きながら、フィルバートが鼻で笑っていた。
そもそもこの態度が、レイフ殿下が度々壊れる原因な為、私としても今は、殿下の頭に血が上る前に、話を遮らなくてはならない。
「陛下、殿下。提案にご納得いただけたようなので、次の段階の話をしても宜しいですか。各公爵家の皆様方は申し訳ない、質問は最後にまとめて伺いますので」
揶揄うな、と表情と声に出した事に気が付きながらも、フィルバートはニヤニヤと微笑うだけだった。
レイフ殿下は殿下で、明後日の方向を向いただけだ。
――この大人げのなさは、二人とも勘弁して欲しい。
「自治領の話が出たと言っても、今はまだ、キリアン第一王子がただ無礼だと言うだけです。この滞在中に、他国も文句のつけようがない程の何かをしでかして貰わなくては、話は進みません」
ここから先は、フィルバートにも具体的な事はまだ話していなかった。
何かとは?と聞くフィルバートの目は、困った事に好奇心に溢れて輝いていた。
…無意識にため息が出たのは無理からぬ事だろう。
「――貴族牢にそこの二人の『替え玉』を置いて、警備を緩めます。一番可能性があるのは夕食会の間、毒を盛られるか刺客が入るかの二択で考えてますが。そこを現行犯で取り押さえようかと」
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