聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

332 どうせなら

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「あの、陛下……」

 私ってば、問答無用に召喚された身であって、本来、唯々諾々と従う謂れはないんですけどねー…なんて、言ったらどうするんだろうかと思ったら、それはそれは清々しい笑顔をぶつけられた。

「姉君も、宰相はこの期に及んで魔力制御くらいは出来た方が良いと思うだろう?」
「あー……」

 国王命令、はむしろ私の保護監督者的な立場にいるエドヴァルドへのなのかと、気付いて半目になった私は悪くない。

 まあ確かに、霜が降りたり多少吹雪く程度なら笑って見ていられても、オペラ座のシャンデリアみたいな氷柱が派手に落下するようでは、今後が危なっかしくて仕方がないだろうなとは思うけど。

 多少は私にも原因があるのは分かっているよな?なんて、突き刺さるフィルバートの視線がちょっと痛いけど。

(不可抗力じゃありません、私⁉)

 そう、国王陛下に向かって口パクで伝えてみたけれど――まあ、暖簾に腕押しだよね。知ってた。

 エドヴァルドは、私を王宮に必要以上に関わらせたくない、と思ってくれている。
 そもそもは、私が妹と関わりたくない!と望んだからであり、妹がギーレンに行った今となっても、掌を返す様な事はしないのが、彼の誠実さだと私なりに理解している。

 だけど外から見た時には、どうしても、私を公爵邸から出したくない、エドヴァルドの我儘に見えてしまう。
 国王陛下フィルバートは、問答無用にそこを突いている。

 特に今回、恒久か一時的なのかはともかく、テオドル・アンディション侯爵に大公位への復帰を請う以上は、彼の意向を無視する訳にもいかない。

 それが無茶な望みであればともかく、アンディション侯爵や周囲からすれば、たかだか2泊3日、秘書として付いて行くだけの事だ。
 拒否するのなら、するだけの正当な理由がいると言う話になるのも無理はなかった。

 そして多分、エドヴァルドに魔力制御をさせたいが故の「人質」的な役割もあるんだろう。

 毎回毎回氷柱を落とされてたまるか――は、存外、陛下を含めた皆の心の叫びであるには違いないのだ。

 周囲が青い顔色をしながらも、視線を明後日の方向に逸らしているのは、フィルバートやアンディション侯爵の言いたい事も分かるし、私が本来は、未だ「客」の立場である筈な事も分かるし、エドヴァルドが怒るだろうところも察しがつくからだ。

 すなわち全員「理解は出来ても共感が出来ない」三すくみ状態。

 おかしい。一言、私が文句を言ったところで罰は当たらない筈なんだけどな……。

(うーん…メリット、メリット、国の為にもなって、イデオン公爵領の為にもなって、私も地盤が築けるとか、そんな都合の良い話は――)

「あ」

 あるかも。

「陛下。私からの『お願い』って、聞いて頂けるんでしょうか」

 おずおずと手を上げてみれば、エドヴァルドが「何を…っ」って言いかけていたけど、案の定、国王陛下フィルバートはエドヴァルドの反応を見たからこそ、逆に耳を貸す気になっているっぽかった。

「ほう。拒否権ではなく、わざわざ願い事と言うからには、行く気はあると?」

 やっぱりフィルバートは、数パーセント程度かも知れないにしても、私からの拒否であれば、考慮する気はあったみたいだった。
 …まあ結果論であって、ただイヤだと言ったところで、結局却下される可能性もあったワケだけど。

「今の私の立場って結構微妙ですし、出来れば寄生とか言われないだけの地盤は持っておきたいので、基本的にはお受けしようと思っているんですけど」

 勝手に召喚したんだから、責任取って、死ぬまで養え!でも、主張としてはそう無茶振りではないのかも知れないけど、その「死ぬまで」を、再び国の都合で決められるのは、ちょっと、いや、かなりいただけない。

 そんな薄氷の上で養われるくらいなら、自分で地盤を築く為の便宜を、都度図って貰う方が利が大きいに決まっている。

「私、実は先日商業ギルドに身分証を作りに行った傍ら、行商人登録を行いまして」
「何?」

 おもむろに何を言い出すのか、とフィルバートが言葉に詰まっているのをこれ幸いと、私も話を畳みかける。

「その延長線上で、近々実店舗登録も行う予定で。つまり何が言いたいかと言うと、商会を一つ立ち上げた訳なんですけど」

「………姉君も大概に、斜め上の事をしでかしてくるな。氷柱並みの驚きには違いない」

「え、比較対象そこなんですか?……あ、いえ、話が脱線するんで、今は良いんですけど」

「ククッ……まあ、確かにな。それで、その商会がどうした」

「この商会の販路を、バリエンダールとサレステーデにも拡げるのに、陛下のお名前を貸して下さい」

 ――その瞬間「閣議の間ミズガルズ」が確かにざわついた。

 フィルバートは、無言のまま軽く頷く様に続きを促している。

「最終的な目的としては、サレステーデで『カラハティ』を取り扱うのに噛ませて下さいって話なんですけどね?既存の商会を乗っ取ってどうこうするとなると、現地の印象も外聞も悪いじゃないですか。だから既存の商会が持たない販路を持つ商会を一つ、と共に持ち込む方が、統治の面から言っても摩擦が少ないと思いまして」

「それを姉君の立ち上げる商会が請け負うと?」

「まだ行商人登録しか済んでいませんけど、既にギーレンへの販路はあるんですよ。で、今アンジェス国内は、荒れた銀相場の影響で、いくつか商会が瀕死になってると聞いてます。それらの商会を国外に持ち出したところで足元見られますから、だったら私が立ち上げる商会を持ち込んで貰う方が良いかなと」

 私の言葉に、それまで黙って話を聞いていたレイフ殿下が、視界の端で僅かに身じろぎをしていた。

 銀相場の影響で瀕死になっている商会とは、もちろんレイフ殿下が抱えていた、ボードストレーム商会の事を含んでいる。

 今、もう、その商会ルートは事実上廃された状態にある筈で、殿下側からすれば、新たなルートは是が非でも欲しい筈だった。

 ただ、この話を受け入れたが最後、完全にイデオン公爵家に屈服する事になるのだが、そこはもう、本人の判断に委ねるしかないだろう。

「とは言え、サレステーデから『カラハティ』を持ち込むにしても、バリエンダールにも今は拠点がありませんから、今回の使者の件で同行させて頂くついでに、先にバリエンダールで拠点づくりに勤しもうかと。で、なんとか+1日、3泊4日にしていただいて、陛下のお名前と言うかご威光を拝借出来れば、私も宰相閣下に睨まれてでも、行く甲斐はあるのかなぁ……なんて」

 レイナ……と、シャルリーヌが生温かい目で私を見ている。

『それって、アレよね?バリエンダールの海産物を確認したいとか、あわよくばサレステーデ含めて、日本食に活かせる何かが見つからないか、とか……』

『今のアンジェス語では言わないでよ?って言うか、シャーリーだって探して来て欲しいでしょう?』

『まあ……そうなんだけど。人って食への飽くなき探求心の前には無力よね』

 この場でまさか、自分達が知らない言語が飛び交うとは思わなかったのか、エドヴァルド以外の皆も、それぞれの個性に応じた驚きの表情が表に浮かんでいた。

「ほう……姉君もボードリエ伯爵令嬢も、この場では言えない不穏な話をわざわざ皆の前でするとは、なかなかに度胸があるな」

「いえいえ、陛下、まさかそんな!今のは、販路が開いた暁には、買って来て欲しいモノがあると言う、ちょっとしたリクエストです!内容なかみは乙女の秘密です」

「えらく物騒な乙女もいたものだな。既に私の許可前提か」

「ギーレンとバリエンダールとサレステーデに販路を持つ商会とか、作り上げられたら結構、将来有望だと思うんですよ。本店をアンジェス国内、それもイデオン公爵家で抱えるとなれば、現在の保護者であるイデオン宰相閣下にとっての私が、弱みとなる可能性も激減すると思いますし。そうなると、陛下にとっても有難い話じゃないですか?」

 ――支える筈の妹がいなくなっても、姉自身が、国に貢献出来る手だてを持っている。
 ――そして商会ごとそれを御せるのは、イデオン公爵だけ。

 その事が周知され、商会自体が容易には潰せない程の力をつければ、私の存在によってエドヴァルドの地位が脅かされると言う事もほぼ無くなり、ひいては国の安寧に繋がる。

 ひいては、の先はもしかすると極論かも知れないけれど、言い過ぎではない筈。

「………なるほどな」

 そんな私の視線を受けたフィルバートは、少しの間を置いて、くつくつと低く笑った。

「では、後日サレステーデに赴く事になる新総督殿には、バリエンダール王家からの、使者の訪問日時に関しての返答が入るまでの間、姉君からの提案内容を吟味ご検討いただくとしようか。まあ、今の話を聞く限りは、私の方に拒否する要素はなかった様に思うが、な」

 そんな事を言ってしまえば、レイフ殿下だって拒否出来ないだろうに――と思った私は間違ってない筈。

「ああ、ところで姉君、もう商会の名前は決まっているのか?」

「え、ああ、はい。行商人登録の時点で、ギーレンのとあるベクレル伯爵家に所縁があると言う触れ込みで――ユングベリ商会、と」

 私の隣でシャルリーヌが一瞬、息を呑んでいた。
 あれ、命名の由来までは説明してなかったっけかな⁉
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