聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

335 シーグリックは「回収」されました

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 結局「閣議の間ミズガルズ」に用意しなおされた軽食も、私は口にする事が出来なかった。

 私とエドヴァルドが何か食べようとか言う以前に、話し合いがほぼ済んでいた所為せいもあって、結局今日の王宮料理らしきものはカケラも味わえなかったのだ。

 私とエドヴァルドがあの部屋に行った時点では、既に「夕食会におけるサレステーデからの刺客の乱入と、その際の攻防戦によるクヴィスト公爵の死」と言う茶番を押し通す事が決定していた状況で「サレステーデからの刺客に関しては、クヴィスト公爵を通して見合いの話が持ち込まれた際に紛れ込んでいた」とも、おおやけには知らされる事になったらしい。

 クヴィスト家としても、たとえ色々と不可解な部分があったとしても、お家断絶や降格の憂き目に遭うより、クヴィスト公爵の死だけで話が済むのなら――と、長男始め、一族の有力者はこぞって口を噤む事にしたんだそうだ。

 今からでも見合いが上手くいきそうなら、クヴィスト家がそこまで風下に立って耐える必要は…などと言った父親世代の長老方へは、嫡男で後継となるシェヴェス・クヴィストが「イデオン家、フォルシアン家共闘で一族ごと破滅させられる気しかしない」と、話を一顧だにしなかったと、そこは後から聞かされた。

 天井から落下した氷柱を見て、自分の判断がいかに正しかったのか、納得したとかしなかったとか。

 そして後は〝転移扉〟を使って、用件の概略と、使者が訪ねる許可を請う事を書き記した手紙を送って、バリエンダールの出方を見る――所まで話がまとまっていたと言うのだから、ビックリだ。

 どう考えてもアンディション侯爵、もといテオドル大公殿下の采配であり、私も「引退したお爺ちゃん」くらいの感覚で、ペラペラ話していた自分の頭を自分ではたきたくなってしまった。

 何で引退しちゃってたのか、真面目に疑問に思ったと言うシャルリーヌの言葉にも、その時心から賛同したくらいだ。

 またね、と口をパクパクとさせながらシャルリーヌは、テオドル大公殿下のエスコートでこの場を後にしていった。

 私を見ていて思うところがあったのか「大公位に戻られるとなると畏れ多い」と、シャルリーヌは一歩引いた姿勢を見せようとしていたにも関わらず、結局拒否をしそこねていた。

 しばらくの間「レイナどころか、私も何かやらかしてる気がする…」と、テオドル大公と遭遇する度に呟く事にもなっていたのだけれど、しばらくは、その正体は本人にも私にも分からずじまいだった。

(分かった頃には手遅れ――的な、何かのフラグ?いやいや、何も今から不吉な予想とか立てなくても良いよね)

 若干表情かお痙攣ひきつらせながら見送る私に、エドヴァルドのエスコートの手がすっと差し出された。

「言いたい事は色々とあるが……とりあえずは、邸宅やしきに、軽くでも何か用意をするように先触れを出す。ただ、が王宮医務室にいるらしいから、私の名前で『回収』に行くつもりだが、どうする?宰相室で待っていても良いが」

「…っ、行きます!シーグの様子も気になるし――」

 回収って何だろうと思いながらも、エドヴァルドと医務室に向かうと、そこには横になっているものの、既に目は覚ましていたシーグと、隣に付き添う形で、リックもいた。

 不用意に駆け寄るなとばかりにエドヴァルドが私の前に立つので、私としては横からひょいと顔を出して様子を覗き込むしかない。

「おまえたちは、一応私の護衛部隊の一員と言う事で、王宮側には伝えておいた。サタノフも顔見知りだと言う事で、誰も不審には思っていない。…まあ、今はそれどころではないとも言えるが」

「ああ…まあ、道理でここに来て、シーグが骨折とかもなくて、ちょっとした打ち身くらいで済みそうだと分かった時点から、ほぼ放置だったワケだ」

 肩をすくめているリックに、それはそれで、警備としてどうなのかとも思ったけれど、この二人がイデオン公爵邸直属の護衛の中の二人だと見做されていたなら、確かに「それどころじゃない」扱いに降格していたとしても、仕方がないのかも知れない。

「エドヴァルド様、この二人、じゃあ、公爵邸の方に連れて帰るんですか?」

「…まあ、ちょっと考えている事もあるしな。邸宅やしきの〝鷹の眼〟連中の巡回待機部屋なら、監視も兼ねられるし問題ないだろう」

 要は宿直室みたいなものか。

 双子ともに若干腰が引けているっぽかったけど、リックの方が諦めた様に「拒否権…は、ないよな、やっぱり」と、乾いた笑い声を洩らしていた。

「何を言ってる。公爵邸で毒入りじゃない美味うまい食事は振る舞ってやると言ったろう。それとも不法侵入の恩赦も要らんのか?」

 私の知らないところで何かを話していたからか、シーグもリックも、苦い表情かおでエドヴァルドからそっと視線を逸らしていた。

「そりゃ殿下は勝てねぇし、エヴェリーナ様も最大限に警戒される筈だよな……」

 なんて事をボソボソとリックが呟いて、シーグが大きく首を縦に振っていたけれど――まあ、ここに来るまでに色々とあったんだろう。

 私にはそれくらいしか察せられなかった。

 最終的にはリックが「よ、ヨロシクオネガイシマス……」と頭を下げたからだ。
 シーグも慌ててそれに倣っていた。

「おまえたちが向こうサレステーデで目にしてきた事を私としては聞きたいのだが、医務室ここは守秘義務があるにしても、差し障りがない訳ではない。シーグは動けるのか?」

「あっ…はい、痛むのは痛むんですけど……薬も貰ったので、何とか……」

 シーカサーリ王立植物園での日々は、少なくともシーグの方を随分と丸くしているらしい。
 トゲの取れた、年齢相応の話し方になってきているみたいだった。

「なら、とりあえずは公爵邸に行くぞ。問題がありそうならリックが支えてやれ。他の〝鷹の眼〟の連中の手を借りるよりは余程良いだろう?」

「っ!あ、当たり前だ!誰もシーグには触らせねぇよっ‼」

「結構。ならこのまま、宰相室までついて来い。小型の〝転移扉〟が今はそこに置かれているから、それで公爵邸に戻る」

 ――この場の誰一人、それに逆らう術は持っていなかった。

 モチロンワタシモデス。
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