聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
251 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

【防衛軍Side】ウルリックの教導(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――もう少しだけ、滞在を延長してくれ」

 その日は、防衛軍本部に戻るにあたっての、お館様主催の慰労会の筈だった。

 ギーレンからお館様も、レイナ嬢も無事に戻って来られて、そろそろ養子縁組に関しての探りを入れて、今にも突っ走りそうな上司の有り余っている力を、正しい方向に誘導しなくてはと思っていた。

「王子だよ?王族だよ?普通なら涙を流して喜ぶところじゃない?」

 まさか、お館様の次にレイナ嬢が他国から目をつけられようとは…。

「あー、とりあえずケネトは、ミカ坊ちゃん送ってやってくれるか。多分、あの『自称・王子』も、この後はに帰るだけな気はするが、場所だけ〝鷹の眼オレら〟で確認しとくから」

 帰って良いと言わんばかりに、ファルコにヒラヒラと片手を振られたが、先刻レストランで耳にした、結婚してやる云々の話を聞いてしまうと、王宮の騎士達とて、おいそれとは引き下がれないだろう。

 結局「宰相閣下の許可があるまで、この後見聞きした事はどこにも洩らさない」事を条件に、何人かがファルコ達やウチの上司と宵闇に紛れた。

「どうもウチの上司は、闇夜に紛れて刺客を返り討ちにする楽しみを、この前の双子の一件で覚えてしまったみたいですね……」

 困ったものです、とかぶりを振る私に、馬車に乗り込んだミカ殿は「あはは…」と乾いた笑い声をあげていた。

「あの、僕さすがに戦えないんで、送ってもらうより仕方はないんだけど、僕が『南の館』に着いたら、みんなと合流してね?」

 故ハルヴァラ伯爵か、あるいはあの家令の薫陶か。
 次期ハルヴァラ伯爵の頭の回転は、並の6歳児とは一線を画している。

 …そして近頃では、場の空気や大人の顔色を読む事をし始めている。

 確実に、王都に出てきてからもあらゆる事を吸収していた。

 子供らしさが消える!などと公爵邸で悲鳴を上げられているのは知っているのだが、打てば響くとなれば、ついついアレコレと教えたくなってしまう。

「お気になさらず。さっきもファルコが言ってましたが、今日はあの『自称・王子』がどこに帰るのかを確かめるだけ。暴れるような何かも起きないでしょう」

「えー……」

「何か起きた方が良いと?ダメですよ、ミカ殿はそんなウチの上司みたいな事を言っていては」

 多分、頬を軽く膨らませているのは、周りからどう見えるか分かってきたからだろうな…と、思わず小さな笑みが洩れてしまう。

「だって、レイナ様の結婚とか、冗談でも言って欲しくなくない⁉王宮で、あんな軽い調子で言ってたんだとしたら、今後僕――えっと、他の人とか、公爵様とかが申し込んだって、重みが減ると思わない?誰かが一度ガツンと言うかやるかしないとダメだよ!あんなのが王子サマだなんて、僕ガッカリだな!」

「……なるほど」

 まさか6歳で、やるは「殺る」ではないと信じたい。

「まあ…この先は、国と国との話になるでしょうから、陛下にお任せするしかないでしょうね……お館様も表向きは『謹慎期間』中の筈ですし」

 レイナ嬢が絡むとあっては、お館様は間違っても大人しく謹慎なんてしないだろうが、ミカ殿にはまだ説明がしづらい。

 あまりに正直に説明すれば、戻ってからあの家令に殺されそうな気がする。

「ミカ殿は、今のミカ殿に出来る精一杯の事を為されると良いですよ。あの洋菓子店で働く事だって、ちゃんと考えて下した決断なんですから。だから誰も責めたりはしなかったでしょう?そうやって少しずつ、出来る事を増やしていくのが、今のミカ殿には良いと思いますよ。逆に、今のミカ殿の手に負えなかった事は、何かに書きとめておくと良いですね。3年5年10年と、努力と共に年齢を重ねれば、出来る事だってあるかも知れませんから」

「…っ、分かった、頑張る!」

「ええ。近いうちに『きのこがり』と『さんさいがり』で、公爵邸の敷地をたくさん歩くんでしょう?しばらくは早目に休まれると良いですよ」

 この時はまだ、私も上司もミカ殿の付き添いくらいの気持ちでしかなかった。

*        *         *

「やはりイデオン公爵家は、つくづくクヴィスト公爵家と相性が悪いんですね…」

 ミカ殿が寝静まった頃、戻って来たファルコや上司からは、くだんの軽薄そのものの『自称・王子』が、クヴィスト公爵家の別邸に入ったと聞かされた。

 キヴェカス家絡みの一件から、約18年、クヴィスト領の上位貴族家とほぼ没交渉なのは、私や上司でさえ把握をしている。

「いや、っつーかもう、自称自称って言うのめんどくせーんだけどな……」

 ファルコのボヤきが、ちょっと分からなくもない。

「うむ。しかしまあ、確かめようもない事は確かだしな……」

 ウチの上司も、若干歯切れが悪い。

「お館様には、そのまま報告するしかないでしょう。あの場で王子と名乗った男は、あの後クヴィスト公爵邸に入りました――と。と言うかファルコ、何故ウチの上司と一緒に『南の館』にいるんです。真っ先に報告に行くべきじゃないんですか」

 私は何気なく、当たり前の事を聞いたつもりだった。

 …が、何故かそこで二人して、何とも言えない表情で視線をあらぬ方向へと逸らした。

「何です、二人して」

「いや…俺は今夜はここで良いんだ。セルヴァンには伝言しといたしな」

「うむ!セルヴァンとヨンナがいれば、我々は今夜はもうお役ごめんだ!」

「は?何言ってるんです。もっと要領よく説明して貰わないと困りますよ。明日になって怒られるのはこちらじゃないですか」

 大の大人が「おまえが言え」とばかりに肘を打ちあっていたところで、微笑ましいどころかイラっとさせられるのだが。

「――だあっ、おまえやっぱ独身なりの理由あるじゃねぇか、ケネト!夜だろ⁉︎お館様とお嬢さん、二人で帰って行ったろ⁉︎察しろよ、ちったぁ!オレはキヴェカス山脈の奥地で氷漬けはゴメンだっ‼︎」

「………はい?」

 私が声を出せるようになるまで、不本意にも二拍以上の間が出来てしまった。

 ――まさか「ミカ殿に説明出来ない話」が、誇張じゃなく真実になっていようとは。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。