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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【防衛軍Side】ウルリックの教導(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 どうやらの王子と一緒に来ていた王女とが、強行手段に出ようとして捕らえられ、本国から第一王子が頭を下げて引き取りに来るらしいと聞いた時点でもかなり驚いたが、そこに続けて、我々軍関係者どころか〝鷹の眼〟まで王宮警護を許可されると聞いた時点で、充分異常事態だと察する事が出来た。

 そして謁見に関しては、第一王子の外交下手ぶりが浮き彫りになっていたらしく、思っていたよりも早々に打ち切られていたと言うのを、私は「謁見の間」から出てきた上司に聞かされた。

「夕食会に関しても、謁見の時と同様に侯爵位以上の家から出席者を出すようにとの事らしいから、残りの連中引き連れて、周辺警備にファルコと動いてくれ!手分けして給仕だの護衛騎士だのに紛れるって事らしいから、まあその辺りの話し合いは任せる!」

「相変わらず、細かい部分は丸投げですね⁉︎知ってましたけど!」

「ははっ!だがお館様や陛下の周辺には、何が起ころうと間合いにすら入らせんから案ずるな!その方が集中も出来よう!」

 あっけらかんと笑ってはいるが、国で五人しかいない公爵や国王陛下の護衛などと、並の護衛であれば畏怖が先に立つだろうところを、無意識の部分で察して、自分が率先してそちらに残る事を選んでいる。

 この辺りが、誰もが結局こうべを垂れてしまうところではあるんだろう。

「――オルヴォ!ちょっと、そこのガキンチョ二人捕まえてくれ‼」

「あ⁉」

 突然のファルコの叫び声に、とっさに身体が動くウチの上司は流石と言えるだろう。

「うわ⁉」
「きゃ――」

 片方は首根っこを押さえ、もう片方は荷物の如くあっと言う間に担ぎ上げていた。

「うん?コイツは……」

 その内の、首根っこを掴んだ方を持ち上げて、顔を覗き込んでいる仕種は、ほとんど野生動物に対する扱いと変わらない。

 ただ、ひっ…と表情かお痙攣ひきつらせているその少年?少女?には、確かに自分も見覚えがあった。

「将軍、その子確かレイナ嬢にくっついてギーレンに戻って行った筈の『双子の片割れ』ですね」

「おお、そうだそうだ!何故またここにいる?レイナ嬢の指示でもあったか?」

 お館様ではなく、レイナ嬢が単独で指示を出してもおかしくないと思っているあたり、ウチの上司も随分と慣らされてきているなとは思う。

「ち、違う!今回は別件で――」
「ま、待て!迂闊に話すな…っ」

 ウチの上司に担がれている方が、背中越しに慌てて止めようとしている。
 その顔をよく見れば――つまみ上げられている方と、同じ顔をしていた。

「将軍。将軍からは見えないでしょうが、担いでいる方がもう一人の『双子の片割れ』っぽいですよ」

「何……?」

「あー…オルヴォ、お館様に報告したら、ソイツら連れて中に戻って来いって。もうそのままで良いから、頼むわ」

「なっ⁉︎」

 抗議の声を上げているのは、担がれている方だ。
 が、もちろんウチの上司がそんな抗議を気に留める筈がない。

「よく回る口だな!私はまだ、オッサンなどと呼ばれる年齢ではないぞ!そこにいるファルコと同い年なのだからな‼︎」

「なら十分、オッサンじゃねぇか!」

 オッサンだ何だと喚かれて、こめかみに青筋も浮かんでいるが、そのまま大股に「謁見の間」へと引き返して行った。

 ギーレン国正妃の指示で動いているらしいとの話には、存外この双子が本国で重用されているようで驚きを隠せない部分はあるのだが、お館様の方は、ギーレンでもそれを目の当たりにしていたからか、むしろ利用してやると言わんばかりの態度と表情だった。

「ああ……おまえたち、ちょうど良いところに来てくれたな」

「「⁉」」

「ここに、王子と王女の替え玉に、これ以上はない適任がいるじゃないか」

「な、何を――」

「何、簡単な話だ。この後、この王宮内ではサレステーデの特使一行を招いての夕食会が行われる。その間、ちょっと二人で貴族牢にこもって、物騒な連中が来た場合には蹴散らしておいてくれ」

「――はあっ⁉」

「先にこの国に来ていた、ドナート第二王子とドロテア第一王女を狙って、特使の中から誰か仕掛けてくる可能性が高い。当の二人は変装させて、夕食会に紛れ込ませるつもりをしているが、その間、牢に護衛騎士の誰を配置すべきか、ちょうど悩んでいたところだった」

 双子に説明をしているようで、お館様は自分達にもそれを説明しているのだろう。
 
 そして15歳になったばかりらしい彼らが、交渉ごとに百戦錬磨であるお館様に太刀打ち出来る筈もなく、結局、貴族牢で「囮」となるこの二人の面倒を、私が見る事になった。

 と言っても、実際に襲われるまでは放置で良い、ある程度は自分たちで凌げる二人だ――と言う、かなり緩い警戒指示が出されている。

 襲撃に手を貸す者がいれば、これを機に炙り出してしまえと言う事だろう。
 
 最も手練れらしい男が、夕食会場の方にいると言うのも少なからず影響しているのかも知れない。

「――ウルリック副長!」

 そして「月神マーニの間」で夕食が始まってしばらくした頃、王宮護衛騎士…で良いのか若干首を傾げたくなるトーカレヴァ・サタノフが、こちらへと駆け寄って来た。

「どうやら想定外の事態が起きているらしい。今、レイナ様の指示で〝鷹の眼〟が何人か貴族牢に走った」

「⁉︎」

 聞けば、襲撃は襲撃でも、薬を盛られるのと、意図的に脱走させられて、途中で斬り捨てられるのと、一人ずつ分散して仕掛けられてくる――と。

 レイナ嬢自身に薬が盛られかけたと聞いて、一瞬血の気が引いたが、それはボードリエ伯爵令嬢の機転で切り抜ける事が出来たらしい。

「なるほど、そうなると二人まとめて牢で襲撃されるより、レイナ嬢の予測の方が確率は高い訳か……」

 呟く私に、サタノフは頷いている。

「どうせなら、王女の方は『月神マーニの間』まで走らせてくれ、って言うのがレイナ様の目論みだ」

「!あの方は…っ」

 確かレイナ嬢は、貴族牢の王子王女が入れ替わっている事を知らない筈だ。

 それ故に、王女を『月神マーニの間』に逃げ込ませてしまって、誰の目にも襲撃を明らかにすると同時に、刺客に対する兵力の分散を防いで、こちらに有利な状況を作ろうとしている。

 その場に自分が居る事は、二の次だ。

 そして軍の人間は、お館様優先。

 事前に釘を刺されていた言葉が頭をよぎる。

「――っ、廊下そと警備組!王女だけを『月神マーニの間』へ通せ!その後は廊下をキレイにしてやれ!お館様と〝我らが貴婦人〟の下へは外からは一人も行かせるな‼︎」

 本来であれば、配下への叱咤激励はウチの上司の専売特許だが、背に腹は変えられない。

 双子の片割れシーグが自分の横をすり抜けて行ったのを視界の端に収めつつ、私自身も剣を抜いた。

 片手で事足りる人数ならば、自分達の敵にはなるまいと、確信しながら。

「……いやはや」

 一人床に打ち倒した直後の、サタノフの間延びした拍手にふと我に返れば、視線の先にも点々と、男たちが倒れ伏していた。
 皆、どうやら己の本分を果たしたようだ。

「さすが日常的に盗賊や地方の争乱と向き合っている軍の皆さんは地力が違う。我々王宮護衛騎士の出る幕がなかった」

 だが厭味であれ本気の褒め言葉であれ、今は真に受けている場合ではない。

「…『月神マーニの間』には、ウチの上司か〝鷹の眼〟のファルコしか相手にならないと思しき手練れがいると聞く。外から追加戦力を加えさせる訳にはいかない。早く外の心配がなくなった事をレイナ嬢に伝えないと、あの方は自らが動きかねない」

 私の言葉にサタノフも、揶揄からかっている場合ではないと思い直したようだった。

「確かに。自ら剣を持って動かない代わりに、戦場の地形や補給を平然とぶち壊してくる――それがレイナ様だ。剣を持たない事が、危険地帯に首を突っ込まない事と同じになっていない」

 軍とて前線で暴れる者たちばかりでは、組織としてのていは為さない。
 多分彼女の考え方は、副長わたしの立ち位置にとても近い。

 レイナ嬢は、聖女の様な魔力がない身で何が出来るかを考えて、全てを躊躇なく実行に移してきたのだ。

「……ああ。多分レイナ嬢の危うさは、我々のような二番手以下の立場にいる者の方が、かえって理解出来るのかも知れない。ともかく無駄口はここまでだ、サタノフ。今は『月神マーニの間』だ」

「ああ。先に行ってくれ。その辺りに転がっている連中、一応王宮側で捕まえて取り調べないといけない。放置して、途中で目を醒まされても困る。軍務・刑務部署の関係者と話し合ってから追いつかせて貰う」

 駆け付けたいのはやまやまだろうが、自らの仕事を疎かにして、レイナ嬢から突き放されるのも避けたいのだろう。

 であれば、せいぜい事態を早く決着させるしかない。

 そう、気を引き締めて『月神マーニの間』の扉をそっと開いたつもりだったのだが、少し開いた先の光景は、既に混沌が広がっていた。

「こちらは火の粉を振り払っただけの事だ。その礼は後で陛下にもう一度正式に告げて貰いたいものだな」

 玲瓏としたお館様の声が部屋の中に響いており、本物の第二王子と第一王女が、向かい合うように話し合っていた。

 そのまま二言三言のやりとりがあって、王女が床に崩れ落ちたところを見ると、概ねアンジェス国側にとっては、悪くない方に決着しそうと言う事なんだろう。

 お館様やレイナ嬢は、まだ解放されないようで「閣議の間ミズガルス」へと、今度は移動して行く。

「ケネト!あの双子は王宮医務室に放り込んでおけって事と、公爵邸の方で食べ損ねた夕食が、使用人食堂の方らしいが用意してあるとファルコが言っているぞ!いったん、皆、撤収だ!」

「…良いんですか?」

 あっさりと身を翻す上司を訝しみながらも、空腹なのもまた確かだったので、うっかり上司の言葉に従ってしまっていたのだが、実はウチの上司やらお館様やらの「暴走」が重なって、王宮の国宝級テーブルを修復のしようがないほどに壊してしまっていたのだと、知ったのは後になってからだった。

「………」

 後日、話を聞かれた長官クラスの人達に何も答えられなかった自分への罪悪感は、王都を離れるまで薄まる事はなかった。
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