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第二部 宰相閣下の謹慎事情
344 ヘルマンさんがやって来た(弟編)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「え、お兄さんも公爵邸にいらっしゃるんですか?」
お昼時。
エドヴァルドは、朝食を一緒にとれなかった代わりとばかりに公爵邸に戻って来ていて、今はダイニングで二人で昼食をとっていた。
私が言う「お兄さん」とは、ロイヴァス・ヘルマン司法・公安長官――エドヴァルド直属の部下であると同時に〝ヘルマン・アテリエ〟経営者兼デザイナーであるフェリクス・ヘルマン氏の実兄の事だ。
「ああ。今朝、実家のヘルマン侯爵家の事で話があるとロイヴァスに言われてな。おまえの実家はスヴェンテ公爵領傘下だろうと言ったら、そのスヴェンテ老公からの打診で、実家に話を通して欲しいと言われたらしい。その前に私や貴女と話をした方が良い、とも」
自分を指差しながら「私も?」と尋ねる私に「貴女も」と、エドヴァルドは頷いた。
「わざわざ言ってくるからには、多分間違いなく、この前の昼食会絡みの事だろう。ヘルマン侯爵家は、もともと羊皮紙の生産量がスヴェンテ公爵領の中でも一、二を争う。もしかしたら、養羊家の紹介に関して、ヘルマン侯爵家に何か伝手があるのかも知れん。まあ、あくまで想像だが」
それで今日の午後は、弟フェリクスが公爵邸に納品に来るから、席を外すと伝えたところで「でしたら、その頃に私もお邪魔させて頂いても宜しいでしょうか。実質勘当状態にあるとは言え、店の箔付けとして『ヘルマン』の名は残したまま。恐らく弟にも聞く権利はあるでしょうから」と、言われたらしい。
「…何か面倒ごとの予感がしませんか」
話が大きく膨らみそうな雰囲気が、ヒシヒシと。
「………」
答える以前に、思いきり聞かなかったフリをされてしまった。
「――旦那様、ヘルマン様がお見えです。従者と洋服を複数抱えて、ご自身で〝団欒の間〟に向かっていらっしゃいます」
こちらが、兄弟どちらかを尋ねる前に、セルヴァンが素早く補足しながらの来客を告げる。
案内を待たず、既に動いているあたり、今日も安定の自由人のようです。
「とりあえず、ロイヴァスが来るまでは〝団欒の間〟で服の話を済ませてしまおうか」
そう言ってエスコートの手を差し出すエドヴァルドに、私も「分かりました」と、自分の手を乗せた。
邸宅内なのに…とか、こんな短い距離で…とか、毎回さも当たり前のようにエスコートをされると、段々とこれが普通なのかと思ってしまう。慣れってコワイ。
「よぉ、エドヴァルドにレイナ嬢!」
気付けばあっと言う間に〝団欒の間〟で、ヘルマンさんが軽い調子でヒラヒラと手を振っていた。
額にうっすらと傷があるのは、アレだよね……きっとエドヴァルドがこの前ぶん投げた冊子の傷だよね……。
「まあ今日は手直ししただけの既製服だから目を瞑るけど、次にちゃんとしたオートクチュール着る時にまで、そんな痕だらけにしていたら、ぶっ飛ばすぞ?んなモン前提でデザインなんか、一生しないからな!」
口元に手をやりながら、マジマジと私の首元を見ているヘルマンさんが、何を言いたいのかに気が付いて、私も思わずエドヴァルドの方を睨んでしまった。
「フェリクス……店の次はお前の口を凍らせるか?」
エドヴァルドの冷気は確か無意識の産物で、己のコントロール下にはない筈なのに、半目で睨まれると、本当に出来てしまいそうな気がする。
私よりも余程分かっているだろうヘルマンさんも、それでもちょっと表情を痙攣らせていた。
「はぁ…変われば変わるモンだよなぁ……ま、おまえがそれで満足してんだったら、それはそれで良いんだけどな。とにかく、こっちがおまえの分、こっちがレイナ嬢の分だ。オートクチュールじゃないから、もういちいちこの場で手直ししたりはしないぞ。そこまでやってたら逆に『くだけて』ないだろって話になるからな。そもそもある程度は店にあるおまえやレイナ嬢の『型』になるべく近くしてある」
「……そう言うものなのか」
「まあ、あとはそこの家令なり侍女長なりに、適当に着崩した感じに着せて貰え。レイナ嬢の分も〝青の中の青〟は敢えて見えないように、首回りの見えにくい服にしてある。外すって選択肢はないんだろうが、見えた日には一気に『やんごとなきご身分』になるからな」
このネックレス、どれだけ高価なの……。
改めてヘルマンさんにそんな事を言われると、背中を冷たい汗が流れていくようだ。
「だがエドヴァルド、そろそろレイナ嬢のドレスも買い付けた分が一周するんじゃないか?次に公式の予定があるなら、ついでだから今のうちに聞いておくぞ?」
「ああ……」
一周って何、と由緒正しき庶民日本人な私は思ってしまったんだけど、どうやらラノベやファンタジー小説なんかでよく見聞きする通りに、高位貴族の皆様方はあまり同じ衣装の着回しはなさらないらしい。
やるとしても、注文した分が出来上がっておらず、他の夜会やお茶会で会っていない事が確実な場合にのみ、二度目の袖を通す程度だそうで。
どう考えても、要らないと言える雰囲気にないなぁ…と、エドヴァルドとヘルマンさんの会話を眺めながら、遠い目になってしまう。
「確かに一度も袖を通していないのは、あと数着だったな……」
「とりあえず今から3~4着取り掛かるか?もちろん、おまえの分と並行して」
「そうだな…いや、5着は欲しいところだな。ちょっと色々と予定が入りそうなんだ」
「……色々」
何故かそこで、二人ともの視線がこちらを向いた。
「えっ⁉︎」
何事かと目を見開いた私に、ヘルマンさんの視線が妙に生温かくなった。
「それは、あれだよな。俺に『気合いを入れろ!』って言う、とっておき系も含まれるってコトだよな?」
すみません、ヘルマンさんが何を言ってるのか分かりません!
「まあ、そうだな。最終ではないが、それなりに…と言ったところか」
あれ、分かっていないのは私だけ⁉︎
レイナ、とエドヴァルドが私の肩を軽く叩いた。
「貴女は気にしなくても良い。全て必要な衣装だし、いつ、どんな場で着るのが相応しいかはフェリクスがその都度ちゃんと説明してくれる」
「おう、任せろ!誰の邸宅に行くとか、王宮のこんな行事で行くとか、事前に情報を渡しておいてさえくれれば、絶対に恥をかかないようにしてやる」
さすが王宮が認めたデザイナー、そこは頼もしいと思う。
ただ、きっと〝マダム・カルロッテ〟とそう大差ない、と言うか素材によってはもっと高額かも知れないと思うと、どうしても腰はひける。
それに見合う様に頑張って働かないと、と気合いを入れると、どうしてか邸宅中から残念な子を見る目を向けられるんだけど。
ついでだから、バリエンダール王宮で恥をかかない服ってどんなのか聞きたいけれど、これは何故それが必要なのか、向こうの王家が来るとか私が行くとか、そもそも話して良いのかが分からない。
今日は諦めようかと思っている横で、ヘルマンさんは衣装の上にアクセサリーもいくつか乗せた。
「これはオマケだ。じゃ、新規注文も有り難く貰った事だし、俺はこの辺りで――」
「――ああ、ちょっと待てフェリクス」
既製服に詳しい説明は要らないだろうとばかりに立ち上がったヘルマンさんを、エドヴァルドが呼び止めた。
「話が持ち込まれたのが今日だったから、店に連絡を入れられなかったんだが――今からお前の兄が、公爵邸に来る」
「………は?」
――理解不能、とその瞬間ヘルマンさんの表情には書かれていた。
「え、お兄さんも公爵邸にいらっしゃるんですか?」
お昼時。
エドヴァルドは、朝食を一緒にとれなかった代わりとばかりに公爵邸に戻って来ていて、今はダイニングで二人で昼食をとっていた。
私が言う「お兄さん」とは、ロイヴァス・ヘルマン司法・公安長官――エドヴァルド直属の部下であると同時に〝ヘルマン・アテリエ〟経営者兼デザイナーであるフェリクス・ヘルマン氏の実兄の事だ。
「ああ。今朝、実家のヘルマン侯爵家の事で話があるとロイヴァスに言われてな。おまえの実家はスヴェンテ公爵領傘下だろうと言ったら、そのスヴェンテ老公からの打診で、実家に話を通して欲しいと言われたらしい。その前に私や貴女と話をした方が良い、とも」
自分を指差しながら「私も?」と尋ねる私に「貴女も」と、エドヴァルドは頷いた。
「わざわざ言ってくるからには、多分間違いなく、この前の昼食会絡みの事だろう。ヘルマン侯爵家は、もともと羊皮紙の生産量がスヴェンテ公爵領の中でも一、二を争う。もしかしたら、養羊家の紹介に関して、ヘルマン侯爵家に何か伝手があるのかも知れん。まあ、あくまで想像だが」
それで今日の午後は、弟フェリクスが公爵邸に納品に来るから、席を外すと伝えたところで「でしたら、その頃に私もお邪魔させて頂いても宜しいでしょうか。実質勘当状態にあるとは言え、店の箔付けとして『ヘルマン』の名は残したまま。恐らく弟にも聞く権利はあるでしょうから」と、言われたらしい。
「…何か面倒ごとの予感がしませんか」
話が大きく膨らみそうな雰囲気が、ヒシヒシと。
「………」
答える以前に、思いきり聞かなかったフリをされてしまった。
「――旦那様、ヘルマン様がお見えです。従者と洋服を複数抱えて、ご自身で〝団欒の間〟に向かっていらっしゃいます」
こちらが、兄弟どちらかを尋ねる前に、セルヴァンが素早く補足しながらの来客を告げる。
案内を待たず、既に動いているあたり、今日も安定の自由人のようです。
「とりあえず、ロイヴァスが来るまでは〝団欒の間〟で服の話を済ませてしまおうか」
そう言ってエスコートの手を差し出すエドヴァルドに、私も「分かりました」と、自分の手を乗せた。
邸宅内なのに…とか、こんな短い距離で…とか、毎回さも当たり前のようにエスコートをされると、段々とこれが普通なのかと思ってしまう。慣れってコワイ。
「よぉ、エドヴァルドにレイナ嬢!」
気付けばあっと言う間に〝団欒の間〟で、ヘルマンさんが軽い調子でヒラヒラと手を振っていた。
額にうっすらと傷があるのは、アレだよね……きっとエドヴァルドがこの前ぶん投げた冊子の傷だよね……。
「まあ今日は手直ししただけの既製服だから目を瞑るけど、次にちゃんとしたオートクチュール着る時にまで、そんな痕だらけにしていたら、ぶっ飛ばすぞ?んなモン前提でデザインなんか、一生しないからな!」
口元に手をやりながら、マジマジと私の首元を見ているヘルマンさんが、何を言いたいのかに気が付いて、私も思わずエドヴァルドの方を睨んでしまった。
「フェリクス……店の次はお前の口を凍らせるか?」
エドヴァルドの冷気は確か無意識の産物で、己のコントロール下にはない筈なのに、半目で睨まれると、本当に出来てしまいそうな気がする。
私よりも余程分かっているだろうヘルマンさんも、それでもちょっと表情を痙攣らせていた。
「はぁ…変われば変わるモンだよなぁ……ま、おまえがそれで満足してんだったら、それはそれで良いんだけどな。とにかく、こっちがおまえの分、こっちがレイナ嬢の分だ。オートクチュールじゃないから、もういちいちこの場で手直ししたりはしないぞ。そこまでやってたら逆に『くだけて』ないだろって話になるからな。そもそもある程度は店にあるおまえやレイナ嬢の『型』になるべく近くしてある」
「……そう言うものなのか」
「まあ、あとはそこの家令なり侍女長なりに、適当に着崩した感じに着せて貰え。レイナ嬢の分も〝青の中の青〟は敢えて見えないように、首回りの見えにくい服にしてある。外すって選択肢はないんだろうが、見えた日には一気に『やんごとなきご身分』になるからな」
このネックレス、どれだけ高価なの……。
改めてヘルマンさんにそんな事を言われると、背中を冷たい汗が流れていくようだ。
「だがエドヴァルド、そろそろレイナ嬢のドレスも買い付けた分が一周するんじゃないか?次に公式の予定があるなら、ついでだから今のうちに聞いておくぞ?」
「ああ……」
一周って何、と由緒正しき庶民日本人な私は思ってしまったんだけど、どうやらラノベやファンタジー小説なんかでよく見聞きする通りに、高位貴族の皆様方はあまり同じ衣装の着回しはなさらないらしい。
やるとしても、注文した分が出来上がっておらず、他の夜会やお茶会で会っていない事が確実な場合にのみ、二度目の袖を通す程度だそうで。
どう考えても、要らないと言える雰囲気にないなぁ…と、エドヴァルドとヘルマンさんの会話を眺めながら、遠い目になってしまう。
「確かに一度も袖を通していないのは、あと数着だったな……」
「とりあえず今から3~4着取り掛かるか?もちろん、おまえの分と並行して」
「そうだな…いや、5着は欲しいところだな。ちょっと色々と予定が入りそうなんだ」
「……色々」
何故かそこで、二人ともの視線がこちらを向いた。
「えっ⁉︎」
何事かと目を見開いた私に、ヘルマンさんの視線が妙に生温かくなった。
「それは、あれだよな。俺に『気合いを入れろ!』って言う、とっておき系も含まれるってコトだよな?」
すみません、ヘルマンさんが何を言ってるのか分かりません!
「まあ、そうだな。最終ではないが、それなりに…と言ったところか」
あれ、分かっていないのは私だけ⁉︎
レイナ、とエドヴァルドが私の肩を軽く叩いた。
「貴女は気にしなくても良い。全て必要な衣装だし、いつ、どんな場で着るのが相応しいかはフェリクスがその都度ちゃんと説明してくれる」
「おう、任せろ!誰の邸宅に行くとか、王宮のこんな行事で行くとか、事前に情報を渡しておいてさえくれれば、絶対に恥をかかないようにしてやる」
さすが王宮が認めたデザイナー、そこは頼もしいと思う。
ただ、きっと〝マダム・カルロッテ〟とそう大差ない、と言うか素材によってはもっと高額かも知れないと思うと、どうしても腰はひける。
それに見合う様に頑張って働かないと、と気合いを入れると、どうしてか邸宅中から残念な子を見る目を向けられるんだけど。
ついでだから、バリエンダール王宮で恥をかかない服ってどんなのか聞きたいけれど、これは何故それが必要なのか、向こうの王家が来るとか私が行くとか、そもそも話して良いのかが分からない。
今日は諦めようかと思っている横で、ヘルマンさんは衣装の上にアクセサリーもいくつか乗せた。
「これはオマケだ。じゃ、新規注文も有り難く貰った事だし、俺はこの辺りで――」
「――ああ、ちょっと待てフェリクス」
既製服に詳しい説明は要らないだろうとばかりに立ち上がったヘルマンさんを、エドヴァルドが呼び止めた。
「話が持ち込まれたのが今日だったから、店に連絡を入れられなかったんだが――今からお前の兄が、公爵邸に来る」
「………は?」
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