聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
257 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

344 ヘルマンさんがやって来た(弟編)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「え、お兄さんも公爵邸こちらにいらっしゃるんですか?」

 お昼時。

 エドヴァルドは、朝食を一緒にとれなかった代わりとばかりに公爵邸に戻って来ていて、今はダイニングで二人で昼食をとっていた。

 私が言う「お兄さん」とは、ロイヴァス・ヘルマン司法・公安長官――エドヴァルド直属の部下であると同時に〝ヘルマン・アテリエ〟経営者兼デザイナーであるフェリクス・ヘルマン氏の実兄の事だ。

「ああ。今朝、実家のヘルマン侯爵家の事で話があるとロイヴァスに言われてな。おまえの実家はスヴェンテ公爵領傘下だろうと言ったら、そのスヴェンテ老公からの打診で、実家に話を通して欲しいと言われたらしい。その前に私や貴女と話をした方が良い、とも」

 自分を指差しながら「私も?」と尋ねる私に「貴女も」と、エドヴァルドは頷いた。

「わざわざ言ってくるからには、多分間違いなく、この前の昼食会絡みの事だろう。ヘルマン侯爵家は、もともと羊皮紙の生産量がスヴェンテ公爵領の中でも一、二を争う。もしかしたら、養羊家の紹介に関して、ヘルマン侯爵家に何か伝手があるのかも知れん。まあ、あくまで想像だが」

 それで今日の午後は、弟フェリクスが公爵邸に納品に来るから、席を外すと伝えたところで「でしたら、その頃に私もお邪魔させて頂いても宜しいでしょうか。実質勘当状態にあるとは言え、店の箔付けとして『ヘルマン』の名は残したまま。恐らく弟にも聞く権利はあるでしょうから」と、言われたらしい。

「…何か面倒ごとの予感がしませんか」

 話が大きく膨らみそうな雰囲気が、ヒシヒシと。

「………」

 答える以前に、思いきり聞かなかったフリをされてしまった。

「――旦那様、ヘルマン様がお見えです。従者と洋服を複数抱えて、ご自身で〝団欒の間ホワイエ〟に向かっていらっしゃいます」

 こちらが、兄弟どちらかを尋ねる前に、セルヴァンが素早く補足しながらの来客を告げる。
 案内を待たず、既に動いているあたり、今日も安定の自由人のようです。

「とりあえず、ロイヴァスが来るまでは〝団欒の間ホワイエ〟で服の話を済ませてしまおうか」

 そう言ってエスコートの手を差し出すエドヴァルドに、私も「分かりました」と、自分の手を乗せた。

 邸宅内なのに…とか、こんな短い距離で…とか、毎回さも当たり前のようにエスコートをされると、段々とこれが普通なのかと思ってしまう。慣れってコワイ。

「よぉ、エドヴァルドにレイナ嬢!」

 気付けばあっと言う間に〝団欒の間ホワイエ〟で、ヘルマンさんが軽い調子でヒラヒラと手を振っていた。

 額にうっすらと傷があるのは、アレだよね……きっとエドヴァルドがこの前ぶん投げた冊子の傷だよね……。

「まあ今日は手直ししただけの既製服だから目を瞑るけど、次にちゃんとしたオートクチュール着る時にまで、そんなにしていたら、ぶっ飛ばすぞ?んなモン前提でデザインなんか、一生しないからな!」

 口元に手をやりながら、マジマジと私の首元を見ているヘルマンさんが、何を言いたいのかに気が付いて、私も思わずエドヴァルドの方を睨んでしまった。

「フェリクス……店の次はお前の口を凍らせるか?」

 エドヴァルドの冷気は確か無意識の産物で、己のコントロール下にはない筈なのに、半目で睨まれると、本当に出来てしまいそうな気がする。

 私よりも余程分かっているだろうヘルマンさんも、それでもちょっと表情かお痙攣ひきつらせていた。

「はぁ…変われば変わるモンだよなぁ……ま、おまえがそれで満足してんだったら、それはそれで良いんだけどな。とにかく、こっちがおまえの分、こっちがレイナ嬢の分だ。オートクチュールじゃないから、もういちいちこの場で手直ししたりはしないぞ。そこまでやってたら逆に『くだけて』ないだろって話になるからな。そもそもある程度は店にあるおまえやレイナ嬢の『型』になるべく近くしてある」

「……そう言うものなのか」

「まあ、あとはそこの家令なり侍女長なりに、適当に着崩した感じに着せて貰え。レイナ嬢の分も〝青の中の青〟は敢えて見えないように、首回りの見えにくい服にしてある。外すって選択肢はないんだろうが、見えた日には一気に『やんごとなきご身分』になるからな」

 このネックレス、どれだけ高価なの……。
 
 改めてヘルマンさんにそんな事を言われると、背中を冷たい汗が流れていくようだ。

「だがエドヴァルド、そろそろレイナ嬢のドレスも買い付けた分が一周するんじゃないか?次に公式の予定があるなら、ついでだから今のうちに聞いておくぞ?」

「ああ……」

 一周って何、と由緒正しき庶民日本人な私は思ってしまったんだけど、どうやらラノベやファンタジー小説なんかでよく見聞きする通りに、高位貴族の皆様方はあまり同じ衣装の着回しはなさらないらしい。

 やるとしても、注文した分が出来上がっておらず、他の夜会やお茶会で会っていない事が確実な場合にのみ、二度目の袖を通す程度だそうで。

 どう考えても、要らないと言える雰囲気にないなぁ…と、エドヴァルドとヘルマンさんの会話を眺めながら、遠い目になってしまう。

「確かに一度も袖を通していないのは、あと数着だったな……」

「とりあえず今から3~4着取り掛かるか?もちろん、おまえの分と並行して」

「そうだな…いや、5着は欲しいところだな。ちょっと色々と予定が入りそうなんだ」

「……色々」

 何故かそこで、二人ともの視線がこちらを向いた。

「えっ⁉︎」

 何事かと目を見開いた私に、ヘルマンさんの視線が妙に生温かくなった。

「それは、あれだよな。俺に『気合いを入れろ!』って言う、とっておき系も含まれるってコトだよな?」

 すみません、ヘルマンさんが何を言ってるのか分かりません!

「まあ、そうだな。最終ではないが、それなりに…と言ったところか」

 あれ、分かっていないのは私だけ⁉︎

 レイナ、とエドヴァルドが私の肩を軽く叩いた。

「貴女は気にしなくても良い。全て必要な衣装ものだし、いつ、どんな場で着るのが相応しいかはフェリクスがその都度ちゃんと説明してくれる」

「おう、任せろ!誰の邸宅やしきに行くとか、王宮のこんな行事で行くとか、事前に情報を渡しておいてさえくれれば、絶対に恥をかかないようにしてやる」

 さすが王宮が認めたデザイナー、そこは頼もしいと思う。

 ただ、きっと〝マダム・カルロッテ〟とそう大差ない、と言うか素材によってはもっと高額かも知れないと思うと、どうしても腰はひける。

 それに見合う様に頑張って働かないと、と気合いを入れると、どうしてか邸宅やしき中から残念な子を見る目を向けられるんだけど。

 ついでだから、バリエンダール王宮で恥をかかない服ってどんなのか聞きたいけれど、これは何故それが必要なのか、向こうの王家が来るとか私が行くとか、そもそも話して良いのかが分からない。

 今日は諦めようかと思っている横で、ヘルマンさんは衣装の上にアクセサリーもいくつか乗せた。

「これはオマケだ。じゃ、新規注文も有り難く貰った事だし、俺はこの辺りで――」

「――ああ、ちょっと待てフェリクス」

 既製服に詳しい説明は要らないだろうとばかりに立ち上がったヘルマンさんを、エドヴァルドが呼び止めた。

「話が持ち込まれたのが今日だったから、店に連絡を入れられなかったんだが――今からお前の兄ロイヴァスが、公爵邸ここに来る」

「………は?」

 ――理解不能、とその瞬間ヘルマンさんの表情かおには書かれていた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。