聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

343 自重にも手加減にも言い分がある ☆

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「レイナ。辛いのなら、無理には――」

 抱きすくめられた状態のまま、気遣わしげなエドヴァルドの声が頭上から降り注ぐ。

 私は慌てて首を横に振った。

「ち…がうんです。家名に愛着がないのは本当で……ただちょっとだけ、自分が住んでいた筈の場所ところから切り離される感覚が、思ったよりも胸を突いたと言うか……」

 ギーレンで「ユングベリ」を名乗っていた間は、その場限りの偽名――それくらいの軽い感覚だった。
 どこかにまだ「日本で暮らしていた十河そがわ怜菜れいな」の意識が残っていた。

 ああ……私はこれから、アンジェスここで暮らしていくんだ……。

 小さな炎が消えた時、日本との繋がりも永遠に消えた――そんな気がした事に、思ったよりも動揺してしまったのだ。

「これで……本当に、故郷との繋がりもなくなったな……と。それだけなんですけど……女々しいですよね」

「レイナ……」

「だから、泣きません。泣きませんけど――」

 ――もう少し、こうしていて貰っても良いですか?

「……ああ」

 短い返事と共に、さっきよりもエドヴァルドとの距離が更に近くなった気がした。

「……入浴ゆあみの後、貴女の部屋に行っても?」

「!」

 しばらくは、黙って抱きしめていてくれた筈だったんだけれど、どのくらいたってからか、総毛立ちそうな、低く艶のある声が耳元で囁かれた。

「バリエンダールに行くんだ。を強いる事はしない。ただそれまで、少しでも共に過ごす時間を増やしたいだけだ」

「な…なんだか、死地に赴くみたいに聞こえます……」

「私にとっては、そのくらいの事だと思って欲しい。大袈裟でも何でもなく、貴女を案じているのだと」

 どうも、私や周りの思う「自重」と、貴女が考える「自重それ」との間には、深すぎる溝がある気がするからな――。

「……っ‼」

 近頃確実に、私がエドヴァルドの「声」に弱い事を悟られてしまっている。

 一度、ドS属性全開の表情で「貴女は…私の〝声〟に、どうやら弱いみたいだな。寝台ベッドの中での反応が違う」と囁かれた時には「ぅみゃあぁぁっっ⁉」と、やっぱりネコもびっくりな悲鳴が零れ出たのだ。

 おかしい。
 日本ではそれなりに優等生キャラだった筈なのに。
 エドヴァルドといると、崩壊しまくりだ。

「……それでレイナ、返事は?」

 そして結局、私からはこの一言しか返せない。

「……そ、添い寝でぜひ……」

 善処しよう?
 本当に⁉

 既に腰砕け寸前だった私は、パクパクと口を開ける事しか出来なかった――。

*        *         *

「ち…違う…何か違う……」

 翌朝。

 魔道具抜きで既に明るくなっている室内で、私は未だ寝台ベッドの住人で、両手で自分の顔を覆っていた。

(いや、最後踏みとどまられても‼)

 私に、バリエンダールで「余計な虫」がついたら困る。準備は1日では足りない…って何の事かと思う間もなく、身体のあちらこちらに赤い痕キスマークを散らされたのだ。

 それはもう、見える所、見えない筈の所と――山ほど。

 しかも「貴女の声は聞きたいが……『手加減』が行方不明になりそうだな」と微笑わらった挙句に、出かかっていた声を塞ぐかの様に、唇が腫れるんじゃないかと思うほどの深い口づけを繰り返されれば――もはや手加減なんて、立派に行方不明だ。

 結局、呼吸困難状態でヘロヘロになって、いつ眠ったのか分からないまま――朝、起きそびれた。

「エドヴァルド様の思う『手加減』と、私の思う『手加減』とが違う……」

 お水ではなく、ノンアルコールサングリアを持って来てくれたヨンナが、私の呟きを耳にして「レイナ様…」と、やや苦笑気味だった。

 エドヴァルドは、朝の割と早い時間帯から、サレステーデのキリアン第一王子やバルキン公爵達への、刺客の件を含めての事情聴取に立ち会うと、王宮に向かったらしい。

 私の事は起こさなくて良いと、そっと起き上がって、出かけて行ったのだとか。

 …その気遣い、もっと早い段階で発揮して欲しかったです。

「レイナ様。午後早めのお時間から、ヘルマン様が旦那様とレイナ様の、中心街散策用の服を持ってお越しになられるのですが……ご対応が難しいようでしたら、旦那様にお任せになられますか?お昼はこちらで召し上がられて、そのままヘルマン様をお迎えになられるとの事ですが――」

 例の「くだけた服」だ。
 既製品に少し手を入れると言っていたのが、出来たと言う事なんだろう。

「えっと、多分、大丈夫…かな……?昨夜ゆうべはただの呼吸困難で意識が飛んだだけと言うか何と言うか……」

 あはは、と乾いた笑い声を洩らす私の耳に、ヨンナが、サイドテーブルにノンアルコールサングリアが入った容器を置いた音が聞こえたので、ゆっくりと顔を覆っていた手を外して、身体を起こした。

「――うん、大丈夫。ありがとヨンナ」
「いえ。ご無理をなさっておいででないのなら良いのです」

 ヨンナはそう言って大きめの器から、飲めるサイズのコップに中身の一部を注ぎ込むと、私の背中をさするようにしながら、コップを差し出してくれた。

「昼食まであまり時間がありませんから、今はこちらのフルーツ程度にとどめて下さいますか」

「ああ、そうよね、うん。……って言うか、そんなに寝てたのね、私」

「お聞きする範囲だけでも、色々な事がおありだったようですし……旦那様のは、ただのトドメではないかと」

 ヨンナさん、背中から黒いオーラが出てます!隠せてません!

「えーっと…ご無体と言うか何と言うか……」

「問題なのは『どこまで』かではないのですよ、レイナ様」

「ハイゴメンナサイスミマセン」

 アンジェスにおける「心の母」の迫力に、思わずカタコトになってしまう。

 そんな私を見たからか、ヨンナの周囲の空気が少しだけ緩んだ。

「バリエンダールからレイナ様が何事もなくお戻りになられるまでは、私共も旦那様をお止めしづらいところはありますから……後はレイナ様が根気よく、ちゃんと公爵邸ここに戻って来るんだと、旦那様に主張しつづけて下さいますか」

「ヨンナ……」

「家名がどう変わられようと、以前どちらにおられようと、今のレイナ様のお住まいは公爵邸ここだと、皆が思っております。どうかレイナ様も、その事をお忘れ下さいますな」

 ――独り立ちを考える必要なんてない。

 エドヴァルドもそうだけど、公爵邸ここの使用人皆が、手を変え品を変え私を甘やかしてくれている気がする。

 実の家族との折り合いが良くなかったと、それさえも察してくれている。

 きっと「十河そがわ」の名も、彼らは思うほど気に留めていないのかも知れない。

「………ありがと」

 小さく呟いた私に、ヨンナは静かに笑い返してくれた。
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