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第二部 宰相閣下の謹慎事情
359 下見と内見は必須です(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
ギルド長室を出た後、改めて革漉きされた後の、名前の消えた身分証を受け取った。
多少色が薄くなった気もするけれど、さすがの職人技で、均一に革が剥がされている為、パッと見、再発行して貰った新しい物、と言う風に見えなくもなかった。
「再度の名入れは、物件を見て、商業ギルドに戻ってからにしましょうか。その方が効率良いと思いますので」
見学予定の物件情報は、目を付けていた1軒以外はイフナースに任せてあるので、そう言われてしまえばエドヴァルドも私も頷く事しか出来なかった。
「と言っても、先に候補にしていただいていた店舗以上の物件があると言う訳ではないんですよ。馬車留めが遠かったり、設備がやや古めだったりと言ったところもありまして……。ただ、立地や価格の面では優位にあるので、検討の余地があるかどうか、一度その目で見て頂こうかと」
なるほど、ギルド側から物件を誘導して押し付けた訳ではないと、後から言われない為にも、候補物件に対して何か一つでも優位性があると思われる物件も、併せて見せておこうと言う事なんだろう。
一人暮らしの部屋を借りる時と、規模は違っても探し方はそう大きく変わらないのかも知れない。
再び馬車に乗り込みながら、イフナースはさすが不動産部門の責任者と言うだけあって、店舗物件を選ぶにあたってのポイントを分かりやすく説明してくれた。
・以前も同じ職種で店を開いていたか、中身ごと撤去されて、家具一つない物件か。
・路面店か1階に別の店舗があるか
・立地と店の企画方針との関係。王都中心街、特に商業地区や王宮寄りである必要があるかどうか。(←ぶっちゃけ周りから浮くような店構えになっても立地を優先したいかどうか、と言う事らしい)
「最初に候補にされている所へ向かいますが、王都中心街商業地区を川向こうに眺める一軒家。会長の死去と共に規模が縮小して、家族が権利を手放した、富裕層市民…と言うか、商人の別荘なんですよ。ですから商品を置いておく為の倉庫や、地方から物を運んで来た時の為の倉庫も、小ぶりながらあると言う訳です。ただし家屋の方はあくまで別荘でしたから、受付や貴族用個室、作業部屋などを決めて、ある程度手を入れないといけないでしょうね」
つまりは、そこそこ初期投資としての設備費用がかかると言う事なんだろう。
なるほど、と私は頷いた。
「その次にご案内しようと思っているのが、王都中心街商業地区の外れ、川を渡る手前にあって、以前はご夫君をなくされた下位貴族の女性が、得意の裁縫で生活をしていこうと、職人の作業着や商業店舗の制服なんかのお直しの店を開いていた所なんです。身の回りの世話をする使用人はいたようですが、基本は女性一人の店舗、設備自体はそのまま残っていますが、小規模である事と、馬車は少し歩いた協同組合の馬車留めを使わせて貰う事になるでしょうね」
少し前にその女性が亡くなって、後を継げるような子や弟子もいなかった為、空き店舗になったんだそうだ。
替えの服がなく、特急で直す時の為に、薄着でも待てる控室は作られていたらしいので、そのまま使えるかどうかを確かめないといけないかも知れない。
「最後は王都中心街、噴水広場の近くにある空き店舗です。ここは1階が洋菓子店になっていましてね。もともと2階は材料置き場になっていたようなんですが、ここを誰かに貸して、新たな製品開発や設備を購入するための費用の一助にしたいと言う話なんですよ。来店される方に二階に上がって貰う必要はあるんですがね。接客待ちの間に、自社製品をお出しする事はやぶさかじゃないそうです。家賃も、王都中心街に店を出すとすれば、割安だとは思いますよ」
噴水広場近くの洋菓子店と聞いて、思うところがない訳じゃないけれど、まぁ…行けば分かるかと、今は追及しない事にした。
いずれにしても、新しい店舗でチョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟と共同開発したチョコを振る舞おうとするなら、1階に洋菓子店があるのは、あまり好ましくはない気がする。
もちろん、特許権が絡むだろうからと商業ギルドに詳細を伝えていなかったのだから、推薦してくる事自体は、おかしな事じゃない。
ただ心の中では、1軒目か2軒目だろうなと思ったし、私の表情を見たエドヴァルドも、そうと察してくれたっぽかった。
今日、ヘルマンさんを誘うかどうかはギリギリまで悩んだけど、そこに関しては出発前にエドヴァルドが「フェリクスが店舗を探してウロウロしているとの印象を与えてしまえば、移転か売却かと、いらぬ噂が立ちかねない。場所を決めて、内装に口を出させてやる方が余程親切だ」と断言したので、それに従ったのだ。
そうこうしている内に、一軒目の物件の前に辿り着いていた。
ちょっと商業ギルドに様式の似た、その建物を見上げて、私は無意識のうちに「あー…」と、呟いていた。
気付いたエドヴァルドが「レイナ?」と、こちらを覗き込んでくる。
「ああ、いえ、思ったより高級物件に見えると言うか…それこそ一般住民居住区がすぐそこに見えているのに、周りから浮いてるなぁ、と」
「修復や改装の費用が問題なら、心配は――」
「――いえ。あ、や、もちろんそれを気にしていない訳じゃないんですけど、それよりも、何となくこのままお店を開いても『お金持ちの道楽』と思われて、立ち寄って貰えないような空気があると言うか……」
今の見た目だと、それこそ集合住宅のすぐ側に、ブランドショップの路面店がある位の違和感がある。
「さっきの話の中の『立地と店の企画方針との関係』――と言うところか?」
「そうですね、まさにそこですね」
頷く私に「ふむ…」とエドヴァルドも呟いて、建物を見上げた。
「とは言え、中も見ておかないと中途半端な検討になるだろう。まずは一通り見て、考えると良い。何も無理矢理今日決めなくてはいけないと言う話でもないからな。確かに決まれば望ましい話ではあるが」
「構いませんか?」
「ああ」
エドヴァルドと私の会話がひと段落したと見て取ったイフナースが、鍵を取り出すと、玄関扉を開けて中へと案内してくれた。
「なるほど、確かに居住用の空間で、店舗を設立しようと思うと、かなりの改装は必要そうですね」
ギーレンで訪れた、キスト室長の邸宅にちょっと近いかも知れない。
土地と建物は充分に店舗たり得る敷地面積があるにせよ「〇フォーアフター」くらいの劇的なリフォームと、匠サンが必要になる気がする。
私は本当に、駆け足で中を見学させて貰う形で、2軒目に連れて行って貰う事にした。
行く前までは、1軒目で決まると思っていたのに、やはり実際の物件を見学すると言うのは、現代日本だろうと異世界だろうと重要なんだなと、ヘンなところで納得してしまった。
川を越えつつ、馬車は川沿いを北上して行く。
2軒目と3軒目が真逆の方向に位置しているとの事だけど、イフナース曰く「3軒目はあくまで予備として考えておりますので」との事で、先に元貴族のご夫人が開いていた、お直しのお店に馬車は向けられていた。
「こちらが、中心街に幾つかある乗合馬車の乗降場所の一つです。ただご覧の通り、領地から出てきた馬車なんかも停められるよう、少し場所は広めに確保されています。王宮主催行事がある際に利用される貴族宿も徒歩圏内に複数ありますから、そう言った方々も利用出来るようになっているのですよ」
「そうなんですね。それなら、少し歩いても文句を言う人は、逆に少ない……?」
現地へ来ないと分からなかったであろう情報に、私の中の天秤が更に傾く。
それから数分ほど歩いたところで、私は完全に「外観惚れ」していた。
(そのまんま、スイスのシャレー式プチホテル……!)
世界中の資料が揃う「旅行博」イベントに行った時に、スイス・グリンデルヴァルトにあるホテルが、まさにこんな感じだった。
窓は二つ。ベランダからは幾つもの花が道行く人に向けて飾られているのが見える。
三階建て+屋根裏、と言った外観に見えていて、さしずめ2階3階は住居と言ったところだろうか。
この辺り、木造あるいは煉瓦と混在しての建築物が多いようで、その建物も周囲と上手く調和していた。
「周辺に住まう方々が、亡くなられた夫人に敬意を払う意味で、自主的に花を飾っているらしいんですよ。次に住む、あるいは店舗として使う方にも、花はぜひ定期的に飾って欲しいとの事でしたね」
そう言ったイフナースが、今度は別の鍵を持って扉に差し込んでいる。
「ではどうぞ、中にご案内しますね」
ギルド長室を出た後、改めて革漉きされた後の、名前の消えた身分証を受け取った。
多少色が薄くなった気もするけれど、さすがの職人技で、均一に革が剥がされている為、パッと見、再発行して貰った新しい物、と言う風に見えなくもなかった。
「再度の名入れは、物件を見て、商業ギルドに戻ってからにしましょうか。その方が効率良いと思いますので」
見学予定の物件情報は、目を付けていた1軒以外はイフナースに任せてあるので、そう言われてしまえばエドヴァルドも私も頷く事しか出来なかった。
「と言っても、先に候補にしていただいていた店舗以上の物件があると言う訳ではないんですよ。馬車留めが遠かったり、設備がやや古めだったりと言ったところもありまして……。ただ、立地や価格の面では優位にあるので、検討の余地があるかどうか、一度その目で見て頂こうかと」
なるほど、ギルド側から物件を誘導して押し付けた訳ではないと、後から言われない為にも、候補物件に対して何か一つでも優位性があると思われる物件も、併せて見せておこうと言う事なんだろう。
一人暮らしの部屋を借りる時と、規模は違っても探し方はそう大きく変わらないのかも知れない。
再び馬車に乗り込みながら、イフナースはさすが不動産部門の責任者と言うだけあって、店舗物件を選ぶにあたってのポイントを分かりやすく説明してくれた。
・以前も同じ職種で店を開いていたか、中身ごと撤去されて、家具一つない物件か。
・路面店か1階に別の店舗があるか
・立地と店の企画方針との関係。王都中心街、特に商業地区や王宮寄りである必要があるかどうか。(←ぶっちゃけ周りから浮くような店構えになっても立地を優先したいかどうか、と言う事らしい)
「最初に候補にされている所へ向かいますが、王都中心街商業地区を川向こうに眺める一軒家。会長の死去と共に規模が縮小して、家族が権利を手放した、富裕層市民…と言うか、商人の別荘なんですよ。ですから商品を置いておく為の倉庫や、地方から物を運んで来た時の為の倉庫も、小ぶりながらあると言う訳です。ただし家屋の方はあくまで別荘でしたから、受付や貴族用個室、作業部屋などを決めて、ある程度手を入れないといけないでしょうね」
つまりは、そこそこ初期投資としての設備費用がかかると言う事なんだろう。
なるほど、と私は頷いた。
「その次にご案内しようと思っているのが、王都中心街商業地区の外れ、川を渡る手前にあって、以前はご夫君をなくされた下位貴族の女性が、得意の裁縫で生活をしていこうと、職人の作業着や商業店舗の制服なんかのお直しの店を開いていた所なんです。身の回りの世話をする使用人はいたようですが、基本は女性一人の店舗、設備自体はそのまま残っていますが、小規模である事と、馬車は少し歩いた協同組合の馬車留めを使わせて貰う事になるでしょうね」
少し前にその女性が亡くなって、後を継げるような子や弟子もいなかった為、空き店舗になったんだそうだ。
替えの服がなく、特急で直す時の為に、薄着でも待てる控室は作られていたらしいので、そのまま使えるかどうかを確かめないといけないかも知れない。
「最後は王都中心街、噴水広場の近くにある空き店舗です。ここは1階が洋菓子店になっていましてね。もともと2階は材料置き場になっていたようなんですが、ここを誰かに貸して、新たな製品開発や設備を購入するための費用の一助にしたいと言う話なんですよ。来店される方に二階に上がって貰う必要はあるんですがね。接客待ちの間に、自社製品をお出しする事はやぶさかじゃないそうです。家賃も、王都中心街に店を出すとすれば、割安だとは思いますよ」
噴水広場近くの洋菓子店と聞いて、思うところがない訳じゃないけれど、まぁ…行けば分かるかと、今は追及しない事にした。
いずれにしても、新しい店舗でチョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟と共同開発したチョコを振る舞おうとするなら、1階に洋菓子店があるのは、あまり好ましくはない気がする。
もちろん、特許権が絡むだろうからと商業ギルドに詳細を伝えていなかったのだから、推薦してくる事自体は、おかしな事じゃない。
ただ心の中では、1軒目か2軒目だろうなと思ったし、私の表情を見たエドヴァルドも、そうと察してくれたっぽかった。
今日、ヘルマンさんを誘うかどうかはギリギリまで悩んだけど、そこに関しては出発前にエドヴァルドが「フェリクスが店舗を探してウロウロしているとの印象を与えてしまえば、移転か売却かと、いらぬ噂が立ちかねない。場所を決めて、内装に口を出させてやる方が余程親切だ」と断言したので、それに従ったのだ。
そうこうしている内に、一軒目の物件の前に辿り着いていた。
ちょっと商業ギルドに様式の似た、その建物を見上げて、私は無意識のうちに「あー…」と、呟いていた。
気付いたエドヴァルドが「レイナ?」と、こちらを覗き込んでくる。
「ああ、いえ、思ったより高級物件に見えると言うか…それこそ一般住民居住区がすぐそこに見えているのに、周りから浮いてるなぁ、と」
「修復や改装の費用が問題なら、心配は――」
「――いえ。あ、や、もちろんそれを気にしていない訳じゃないんですけど、それよりも、何となくこのままお店を開いても『お金持ちの道楽』と思われて、立ち寄って貰えないような空気があると言うか……」
今の見た目だと、それこそ集合住宅のすぐ側に、ブランドショップの路面店がある位の違和感がある。
「さっきの話の中の『立地と店の企画方針との関係』――と言うところか?」
「そうですね、まさにそこですね」
頷く私に「ふむ…」とエドヴァルドも呟いて、建物を見上げた。
「とは言え、中も見ておかないと中途半端な検討になるだろう。まずは一通り見て、考えると良い。何も無理矢理今日決めなくてはいけないと言う話でもないからな。確かに決まれば望ましい話ではあるが」
「構いませんか?」
「ああ」
エドヴァルドと私の会話がひと段落したと見て取ったイフナースが、鍵を取り出すと、玄関扉を開けて中へと案内してくれた。
「なるほど、確かに居住用の空間で、店舗を設立しようと思うと、かなりの改装は必要そうですね」
ギーレンで訪れた、キスト室長の邸宅にちょっと近いかも知れない。
土地と建物は充分に店舗たり得る敷地面積があるにせよ「〇フォーアフター」くらいの劇的なリフォームと、匠サンが必要になる気がする。
私は本当に、駆け足で中を見学させて貰う形で、2軒目に連れて行って貰う事にした。
行く前までは、1軒目で決まると思っていたのに、やはり実際の物件を見学すると言うのは、現代日本だろうと異世界だろうと重要なんだなと、ヘンなところで納得してしまった。
川を越えつつ、馬車は川沿いを北上して行く。
2軒目と3軒目が真逆の方向に位置しているとの事だけど、イフナース曰く「3軒目はあくまで予備として考えておりますので」との事で、先に元貴族のご夫人が開いていた、お直しのお店に馬車は向けられていた。
「こちらが、中心街に幾つかある乗合馬車の乗降場所の一つです。ただご覧の通り、領地から出てきた馬車なんかも停められるよう、少し場所は広めに確保されています。王宮主催行事がある際に利用される貴族宿も徒歩圏内に複数ありますから、そう言った方々も利用出来るようになっているのですよ」
「そうなんですね。それなら、少し歩いても文句を言う人は、逆に少ない……?」
現地へ来ないと分からなかったであろう情報に、私の中の天秤が更に傾く。
それから数分ほど歩いたところで、私は完全に「外観惚れ」していた。
(そのまんま、スイスのシャレー式プチホテル……!)
世界中の資料が揃う「旅行博」イベントに行った時に、スイス・グリンデルヴァルトにあるホテルが、まさにこんな感じだった。
窓は二つ。ベランダからは幾つもの花が道行く人に向けて飾られているのが見える。
三階建て+屋根裏、と言った外観に見えていて、さしずめ2階3階は住居と言ったところだろうか。
この辺り、木造あるいは煉瓦と混在しての建築物が多いようで、その建物も周囲と上手く調和していた。
「周辺に住まう方々が、亡くなられた夫人に敬意を払う意味で、自主的に花を飾っているらしいんですよ。次に住む、あるいは店舗として使う方にも、花はぜひ定期的に飾って欲しいとの事でしたね」
そう言ったイフナースが、今度は別の鍵を持って扉に差し込んでいる。
「ではどうぞ、中にご案内しますね」
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