聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

360 下見と内見は必須です(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 大きすぎない家屋、家庭的でアットホームな雰囲気、ベランダに花が飾ってあり、スイスの山小屋風ホテルを思わせる――内装もそんな、木の温もりに包まれた温かみのある内装ものだった。

「あ…作業場が見えるんですね……」

 少し狭くなっている入口の近くには、小さなフロントの様な受付があって、その隣には、奥へと続く扉があった。

 扉の向こうが作業場だと分かったのは、区切られた壁に大きめのガラス窓があって、中が見える様になっていたからだ。

「亡くなられた夫人お一人の店でしたからね。作業中に来客があっても対応出来る様にと、この様式に。夫人が購入される前は、行商人向けの、レストラン付の小さなホテルだった様ですが…上の階だけ少し改装されて、下の間取りはほとんど直されなかったみたいですよ」

 なるほど、最初にシャレー式プチホテルと思ったのは、あながち間違いじゃなかったみたいだ。

「そう言う事なら、入口が周囲の建物よりも少し内に入っている事も納得しました」

 どうやらピンと来なかったらしいエドヴァルドが「レイナ?」と、不思議そうな表情をこちらへと向ける。

「多分、今は作業場になってるあの、レストランだった場所からも外へは出る事が出来て、外にもレストランの席が1つか2つあったんじゃないかと思うんです。客寄せと言うか、気軽に中に入って欲しい家主の想いがあったと言うか」

 多分テラス屋根か何かがあって、オープンテラスのカフェスペースがあった――そんな名残が見える。

「縫製一筋のご夫人には必要なかったかも知れないですけど……復活させても良いかも知れないですね」

 木製のテラス屋根を復活させて、バーレントの木綿生地を、雨除け日よけにテラス屋根に貼るのも良いかも知れない。

 カフェまでは必要ないだろうけど、新しいチョコ製品が出来たら、そこで味見をして貰うのも良いかも知れない。
 だったら、商品ドレスを汚す事もない気がする。

「作業場のスペースを少し削って、そこにチョコを置いて、表で食べながら待って貰うようにすれば、中の商品を汚さずに済むだろうし……削った分は2階に場所を確保して、物置は屋根裏部屋が使えそうだし……せっかくだから、ご夫人の作業場を残せば、きっと近所の皆さんが固定客として戻って来てくれるかもだし、そこでバーレント領の製品を気に入ってくれれば―――」

「――ナ、レイナ!」

 口元に手をあてて、ぶつぶつと呟き始めた私をヤバいと思ったのか、エドヴァルドが勢いよく両肩を揺さぶってきた。

「え?あっ、すみません!何て言うかつい、色々とイメージが浮かんだと言うか――」

「――だろうな。ほぼ気持ちが傾いているのは分かるが、上の階も見るんだろう。イフナースが驚いてる」

 エドヴァルドが親指を上げて示した先には、階段を上がりかけていたイフナースが、苦笑未満の表情を浮かべて、私とエドヴァルドを待っていた。

「二階は夫人の住居とダイニング、三階は夫人の身の回りの世話をしていた使用人の住居だったようですね。年齢を考えれば、夫人を三階まで歩かせていては…と、そう言う部屋割りになっていたようです。少人数の同居だからと、食事はダイニングで一緒にとっていたと聞いてます」

 なるほど二階は壁をかなり取り払って、ダイニングスペースと住居スペースとざっくり二分した広めの間取りだったけど、三階は逆にプチホテルのスタンダードシングル部屋、と言った感じだった。

「夫人の住居スペースあたりを試着室として二階に持って来れば、個室感もあって良いかも知れないですね。ダイニングスペースの方には商品をディスプレイするようにするとか……最後、商会の事務所と従業員の休憩室を三階に持って来て、従業員と、あと商談とか用のある人には頑張って三階に上がって貰えれば、いけそうな気がします」

 具体的に、どんな道具が必要でどこに配置するのが動線上無理がないのかとか、そのあたりはヘルマンさんの分野になるだろう。

「「………」」

 そう脳裡で思いながら、うんうんと頷いた私を、エドヴァルドとイフナースが半ば唖然としつつ見つめていた。

「……三軒目は、ご案内せずとも良さそうですね」
「………そうだな」

 三軒目、とのイフナースの言葉が聞こえたので、いいタイミングかも知れないと私も口を開いた。

「あの、もし次の候補物件が、噴水広場近くの洋菓子店〝イクスゴード〟の二階とかでしたら、行かなくても大丈夫です」

「おや、ご存じで?」

「はい。ボードリエ伯爵の邸宅おやしきに伺った時に、そこのお菓子を頂いた事があって……美味しかったので、帰りに寄って、買い足して帰った事もあります」

 エドヴァルドが無言のまま、僅かに片眉を動かしていた。

 どうやらその一言で、今「ミカ君がバイトしている」お店だと察したらしい。

「ああ、なるほど。では、どんな物件かある程度分かると言う事ですね。そこに決めなくても、参考までに二階の見学だけしていかれても良いとは思いますが、もう宜しいですか?」

 自分に気を遣わずとも、納得するまで見学すれば良い――。

 特にこちらに媚びる事もなく、悪徳不動産業者とは真逆の事をキチンと口にするイフナースは、やはり将来のギルド長を目指す幹部なんだなと思う。

 とは言え、今、ミカ君と出くわしてもちょっと困るし、覚えているかどうかはともかく、店主とも顔を合わせた事がある。

 一階に洋菓子店があるのは不向きだと言う純粋な理由を差し引いても、行かないにこした事はないと思えた。

「はい、ありがとうございます。諸々納得の上で、私、ここがいいと思いました」

 とは言え、三軒目に行かない事と、物件を決めてしまう事とは別の話だ。
 お伺いを立てるようにエドヴァルドを見上げると、エドヴァルドも、もう一度ざっと物件の中を見回していた。

「広さなんかを考えると、一軒目の方が色々と出来るような気もするが、貴女は元々、高位貴族層向けではなく『市民に親しまれる』事を重視した店と製品を出したいと言っていた訳だから、それならばこの物件くらいがちょうど良いのかも知れんな」

 ヘルマンさんのお店を上回る規模でセカンドラインが存在するようでは、本末転倒だ。

 私の考えの根底を、エドヴァルドはキチンと把握してくれているようだった。

「………良いですか?」

 とは言え、決して安い買い物じゃない。

 恐る恐るエドヴァルドに最終確認を取ると、エドヴァルドはクスリと口元を綻ばせた。

「ただの我儘なら迷いもするだろうが、貴女がイデオン公爵領の為を思って始めた商会と事業だしな。それに、もうそのつもりで動き始めている領の関係者も多い。必要経費と思っているさ。気になるなら、早めに黒字転換してくれれば良い。初年度からそうなるとも思っていないから、必要以上に肩に力を入れるな」

「――お話しもまとまったようですので、では商業ギルドの方に戻りましょうか。そろそろ、アズレート副ギルド長とキヴェカス卿の話もひと段落ついた頃でしょう」

 私とエドヴァルドの会話を引き取るようにイフナースがそう話をまとめて、私たちは馬車で再度王都商業ギルドの方へと引き返す事にした。
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