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第二部 宰相閣下の謹慎事情
362 激務はリハビリになるか
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
エドヴァルドと私は公爵邸に、ヤンネは王都中心街にある事務所へと戻る形で、商業ギルドでの解散となった。
ただ、もともとヤンネとはたまたまギルド内で遭遇しただけなので、当たり前と言えば当たり前だったかも知れない。
公爵邸に戻ったその足で、エドヴァルドは王宮へと出仕して行った。
多分、私を送る為だけに同乗してくれたんだろうと思う。
「レイナ。他の人間に対してなら『すみません、わざわざ』となるかも知れないが、私には『ありがとう』で良い。私は――その方が嬉しい」
「……っ」
そして私の躊躇を見透かしたように、耳元でそんな事を囁いて行った。
本当に、本当に、心臓に悪い。耳に毒だ。
「レイナ様、この後のご予定を伺っても?」
一緒に見送っていた、セルヴァンの視線が生温かい。
ヨンナも無言だったけど、口元に笑みが浮かんでいる。
きっと声をかけてくれなければ、そのまま膝から崩れ落ちていたかも知れなかった。
「あー…えーっと…セルヴァンの都合が良いタイミングで、物件契約の書類を一緒に読んで欲しいのと、それまではラウラが書いてくれた原稿の確認かな?」
不動産契約の為の書類は、その場で署名する事もヤンネに渡す事もなく、いったん自分で持ち帰って来た。
ユングベリ商会名義で購入するんだから、目は通すべきだろう。
商売に限らず、公式の文章を捕まえて「読んでませんでした」なんて言い訳は通用しない。
分かりづらい言い回しの所なんかがあれば、エドヴァルドやセルヴァンに聞けば良いだけの話だ。
「物件契約、ですか……」
「あ、専門的な知識の話じゃなくて、一般的な物価から考えて暴利を貪っていないかとか、著しくこちら側に不利な文言はないかとか、初期工事をギルドに頼むか、公爵邸から誰か雇った方が良いのか、そもそも借りるべきか買い上げるべきか……とか?」
ベルドヴァ男爵夫人の場合は、亡き夫の遺産でいったん物件を買い上げたと同時に、自分が亡くなった際には権利を王都商業ギルドに戻す形で契約をしていたらしい。
夫人の身の回りの世話をしていた使用人は、これも数人の事だった為、遺産の中からまとまった金額をそれぞれに渡して、皆が領地の息子、孫と言ったところに引き上げていったんだそうだ。
購入か賃貸契約かと言う話ももちろんだけど、特に物価や労働条件の話となると、アンジェス国での暮らしがまだまだ短い私では、判断がしづらいのだ。
私がそう言うと、セルヴァンも「なるほど」と納得をしてくれたっぽかった。
「無い知恵をお貸しする事は、もちろんやぶさかではありませんが、最終的にはどうぞ旦那様の許可をお取り下さいますよう」
「もちろん、もちろん!だってそもそも、イデオン公爵領の為の商会なんだから」
「レイナ様……」
セルヴァンもヨンナも「感動した!」と、某日本の首相が叫びでもした様な表情で、しばらくこちらを見つめていた。
いや、二人ともそんな年齢じゃないし、それはさすがに怒られそうだ。
私も内心をごまかす様に「あはは…」と微笑っておいた。
* * *
時間が読めないから、夕食は待たなくて良いと言われていたけど、意外に夕食の途中に、エドヴァルドは戻って来た。
「えーっと、食べたらまた王宮に戻る…とかですか?」
そう聞いてしまう程には前科がありすぎる宰相閣下は、ちょっと不本意そうに見えた。
「……今日は違う」
そして自分でも「今日は」と言ってしまうあたり、自覚はあったんだろうなと思う。
「すみません。意外にじゃあ、高等法院ではもめなかったってコトなんですね?」
早く帰れた理由なんて、それくらいしかないだろう。
エドヴァルドも、特に何かを仄めかせる事なく「そうだな」と頷いた。
エドヴァルドに食事が運ばれるタイミングで、私には紅茶が運ばれてきたけど、ここは話を聞く意味でも、ゆっくりお茶は飲む事にする。
「高等法院は私の管轄下にあって、実務の長としては長官のロイヴァス・へルマンがいるが、部門長としての高等法院・法院長職もあって、クロヴィス・オノレ子爵は、ユセフの上司であると同時に、次の法院長に最も近い男とも言われているんだ」
私は視線をちょっと上に向けながら、エドヴァルドの言葉を何とか飲み込む。
さしずめエドヴァルドが最高経営責任者、ヘルマン長官が最高執行責任者で、高等法院・法院長は最高法務責任者、と言ったところだろうか。
「…何となくですけど、組織図として理解しました」
どこかのコヴァネン子爵とは雲泥の差で、よくできた人だと言う事も。
「そうか。まあそんな男だから、そのオノレ子爵さえ首を縦に振れば、ユセフだろうとヤンネだろうと内心はどうであれ従わざるを得ない。元より私やフォルシアン公は、ユセフに助手をさせたい訳だから、余計に退路が無い」
どうやらヤンネも、特許権が絡む事もあって、イデオン公爵領ではなくフォルシアン公爵領の関係者であるユセフに、本気でどこまで手伝わせて良いのかと言う確認をエドヴァルドに対して取る事も兼ねて、私が丸投げ…ゴホン、依頼した案件を箇条書きにして、持参して来ていたとの事だった。
――過去のアレコレがなければ、その用意周到さは素直に感心出来たかも知れない。
ただ、この間の公爵様方飛び入り参加の昼食会のメニューや今日の眼鏡の話はそこになかったらしく、エドヴァルドが親切にも口頭で追加したんだそうだ。
「もしかしてですけど…テオドル大公殿下の話もされました?」
「ああ。昼食会でサレステーデの王族が非常識を重ねた事は、代理で参加した文官達を通じて高等法院にも伝わっているし、ユセフも休んでいる訳だからな。事態を丸く収める為に大公位に戻って貰って、各国とサレステーデをどう扱うかについて話し合って貰うとは言ったな。書記としてレイナを指名しているとも」
「ちなみにその時のキヴェカス卿の反応は……?」
「今にも倒れそうな顔色で頭を抱えていて、怪訝そうな表情を見せたユセフに『断言しても良い。来月には仕事が倍になっている』と呻いていたな」
アイツも段々分かってきたな、とエドヴァルドはむしろちょっと可笑しそうだった。
「ユセフ自身はまだ懐疑的だったがな。ヤンネの作成した一覧表を見たオノレ子爵が、ユセフの『臨時出向』を即決した。どのみちサレステーデの騒動が片付くまで、ユセフは高等法院に出勤させない方が良いと考えていたみたいだからな。リハビリを兼ねて助手してこい――と」
「…わぁ」
激務がリハビリ。
中々にスパルタな感じの上司なんですね、オノレ子爵。公爵家子息への忖度もゼロ。
それは次期CLOと目されていても不思議じゃないかも。
「そんな訳でユセフは明日から、サレステーデの件が決着するまでは、ヤンネの事務所に住み込みで働く事になった」
「え、住み込み⁉︎公爵令息がですか⁉︎って言うか、現在の高等法院・法院長は何も仰らなかったんですか⁉︎」
色々とツッコミどころ満載で思わず声を上げた私に、エドヴァルドは苦笑していた。
「現在の法院長は定年寸前でな。裁判以外の分野から、少しずつ権限移譲しているところなんだ。だからオノレ子爵が、事実上の最終判断者で問題はない。それと高等法院職員は、泊まり込みも日常茶飯事だから、ユセフもどこが寝床であろうとさしたる抵抗はない筈だ」
「ええ……」
それで良いのか、アンジェス法曹界。
「まあ、一応フォルシアン公爵家から交代で警備も配されるようだから、必要以上に心配せずとも良いだろう。――それよりも、レイナ」
ユセフとヤンネへの扱いが、実は私よりも雑かも知れないエドヴァルドが、不意に表情を改めた。
「今日、スヴェンテ公爵とも話をした。公爵邸訪問の日を決めてきた。明日にでも『南の館』のミカに伝えてくれるか」
「あっ…はい、分かりました…」
妙にエドヴァルドの表情が硬いのが気になったけれど、聞いてみるほどの確信も、この時の私には持てていなかった。
エドヴァルドと私は公爵邸に、ヤンネは王都中心街にある事務所へと戻る形で、商業ギルドでの解散となった。
ただ、もともとヤンネとはたまたまギルド内で遭遇しただけなので、当たり前と言えば当たり前だったかも知れない。
公爵邸に戻ったその足で、エドヴァルドは王宮へと出仕して行った。
多分、私を送る為だけに同乗してくれたんだろうと思う。
「レイナ。他の人間に対してなら『すみません、わざわざ』となるかも知れないが、私には『ありがとう』で良い。私は――その方が嬉しい」
「……っ」
そして私の躊躇を見透かしたように、耳元でそんな事を囁いて行った。
本当に、本当に、心臓に悪い。耳に毒だ。
「レイナ様、この後のご予定を伺っても?」
一緒に見送っていた、セルヴァンの視線が生温かい。
ヨンナも無言だったけど、口元に笑みが浮かんでいる。
きっと声をかけてくれなければ、そのまま膝から崩れ落ちていたかも知れなかった。
「あー…えーっと…セルヴァンの都合が良いタイミングで、物件契約の書類を一緒に読んで欲しいのと、それまではラウラが書いてくれた原稿の確認かな?」
不動産契約の為の書類は、その場で署名する事もヤンネに渡す事もなく、いったん自分で持ち帰って来た。
ユングベリ商会名義で購入するんだから、目は通すべきだろう。
商売に限らず、公式の文章を捕まえて「読んでませんでした」なんて言い訳は通用しない。
分かりづらい言い回しの所なんかがあれば、エドヴァルドやセルヴァンに聞けば良いだけの話だ。
「物件契約、ですか……」
「あ、専門的な知識の話じゃなくて、一般的な物価から考えて暴利を貪っていないかとか、著しくこちら側に不利な文言はないかとか、初期工事をギルドに頼むか、公爵邸から誰か雇った方が良いのか、そもそも借りるべきか買い上げるべきか……とか?」
ベルドヴァ男爵夫人の場合は、亡き夫の遺産でいったん物件を買い上げたと同時に、自分が亡くなった際には権利を王都商業ギルドに戻す形で契約をしていたらしい。
夫人の身の回りの世話をしていた使用人は、これも数人の事だった為、遺産の中からまとまった金額をそれぞれに渡して、皆が領地の息子、孫と言ったところに引き上げていったんだそうだ。
購入か賃貸契約かと言う話ももちろんだけど、特に物価や労働条件の話となると、アンジェス国での暮らしがまだまだ短い私では、判断がしづらいのだ。
私がそう言うと、セルヴァンも「なるほど」と納得をしてくれたっぽかった。
「無い知恵をお貸しする事は、もちろんやぶさかではありませんが、最終的にはどうぞ旦那様の許可をお取り下さいますよう」
「もちろん、もちろん!だってそもそも、イデオン公爵領の為の商会なんだから」
「レイナ様……」
セルヴァンもヨンナも「感動した!」と、某日本の首相が叫びでもした様な表情で、しばらくこちらを見つめていた。
いや、二人ともそんな年齢じゃないし、それはさすがに怒られそうだ。
私も内心をごまかす様に「あはは…」と微笑っておいた。
* * *
時間が読めないから、夕食は待たなくて良いと言われていたけど、意外に夕食の途中に、エドヴァルドは戻って来た。
「えーっと、食べたらまた王宮に戻る…とかですか?」
そう聞いてしまう程には前科がありすぎる宰相閣下は、ちょっと不本意そうに見えた。
「……今日は違う」
そして自分でも「今日は」と言ってしまうあたり、自覚はあったんだろうなと思う。
「すみません。意外にじゃあ、高等法院ではもめなかったってコトなんですね?」
早く帰れた理由なんて、それくらいしかないだろう。
エドヴァルドも、特に何かを仄めかせる事なく「そうだな」と頷いた。
エドヴァルドに食事が運ばれるタイミングで、私には紅茶が運ばれてきたけど、ここは話を聞く意味でも、ゆっくりお茶は飲む事にする。
「高等法院は私の管轄下にあって、実務の長としては長官のロイヴァス・へルマンがいるが、部門長としての高等法院・法院長職もあって、クロヴィス・オノレ子爵は、ユセフの上司であると同時に、次の法院長に最も近い男とも言われているんだ」
私は視線をちょっと上に向けながら、エドヴァルドの言葉を何とか飲み込む。
さしずめエドヴァルドが最高経営責任者、ヘルマン長官が最高執行責任者で、高等法院・法院長は最高法務責任者、と言ったところだろうか。
「…何となくですけど、組織図として理解しました」
どこかのコヴァネン子爵とは雲泥の差で、よくできた人だと言う事も。
「そうか。まあそんな男だから、そのオノレ子爵さえ首を縦に振れば、ユセフだろうとヤンネだろうと内心はどうであれ従わざるを得ない。元より私やフォルシアン公は、ユセフに助手をさせたい訳だから、余計に退路が無い」
どうやらヤンネも、特許権が絡む事もあって、イデオン公爵領ではなくフォルシアン公爵領の関係者であるユセフに、本気でどこまで手伝わせて良いのかと言う確認をエドヴァルドに対して取る事も兼ねて、私が丸投げ…ゴホン、依頼した案件を箇条書きにして、持参して来ていたとの事だった。
――過去のアレコレがなければ、その用意周到さは素直に感心出来たかも知れない。
ただ、この間の公爵様方飛び入り参加の昼食会のメニューや今日の眼鏡の話はそこになかったらしく、エドヴァルドが親切にも口頭で追加したんだそうだ。
「もしかしてですけど…テオドル大公殿下の話もされました?」
「ああ。昼食会でサレステーデの王族が非常識を重ねた事は、代理で参加した文官達を通じて高等法院にも伝わっているし、ユセフも休んでいる訳だからな。事態を丸く収める為に大公位に戻って貰って、各国とサレステーデをどう扱うかについて話し合って貰うとは言ったな。書記としてレイナを指名しているとも」
「ちなみにその時のキヴェカス卿の反応は……?」
「今にも倒れそうな顔色で頭を抱えていて、怪訝そうな表情を見せたユセフに『断言しても良い。来月には仕事が倍になっている』と呻いていたな」
アイツも段々分かってきたな、とエドヴァルドはむしろちょっと可笑しそうだった。
「ユセフ自身はまだ懐疑的だったがな。ヤンネの作成した一覧表を見たオノレ子爵が、ユセフの『臨時出向』を即決した。どのみちサレステーデの騒動が片付くまで、ユセフは高等法院に出勤させない方が良いと考えていたみたいだからな。リハビリを兼ねて助手してこい――と」
「…わぁ」
激務がリハビリ。
中々にスパルタな感じの上司なんですね、オノレ子爵。公爵家子息への忖度もゼロ。
それは次期CLOと目されていても不思議じゃないかも。
「そんな訳でユセフは明日から、サレステーデの件が決着するまでは、ヤンネの事務所に住み込みで働く事になった」
「え、住み込み⁉︎公爵令息がですか⁉︎って言うか、現在の高等法院・法院長は何も仰らなかったんですか⁉︎」
色々とツッコミどころ満載で思わず声を上げた私に、エドヴァルドは苦笑していた。
「現在の法院長は定年寸前でな。裁判以外の分野から、少しずつ権限移譲しているところなんだ。だからオノレ子爵が、事実上の最終判断者で問題はない。それと高等法院職員は、泊まり込みも日常茶飯事だから、ユセフもどこが寝床であろうとさしたる抵抗はない筈だ」
「ええ……」
それで良いのか、アンジェス法曹界。
「まあ、一応フォルシアン公爵家から交代で警備も配されるようだから、必要以上に心配せずとも良いだろう。――それよりも、レイナ」
ユセフとヤンネへの扱いが、実は私よりも雑かも知れないエドヴァルドが、不意に表情を改めた。
「今日、スヴェンテ公爵とも話をした。公爵邸訪問の日を決めてきた。明日にでも『南の館』のミカに伝えてくれるか」
「あっ…はい、分かりました…」
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