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第二部 宰相閣下の謹慎事情
385 海の見える部屋
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「ふむ……とりあえず、儂が与えられておる部屋に行くか?議事録の取り纏めが、まずは必要であろう?」
バリエンダール国王、王太子、宰相は王の執務室でこの問題を引き続き話し合うと言う事で、残されたこちら側は、テオドル大公に割り振られている部屋で議事録を取りまとめつつ、今後の動き方を相談する事になった。
バリエンダール王都自体が海に近いと言う事もあり、王宮も角度によっては部屋からも海が見渡せるそうで、テオドル大公の部屋は、来訪時にはユリア夫人と共に、いつも海の見える広めの部屋を用意して貰っているらしい。
「うわぁ……海!」
そうして案内されたそこは、さしずめ、海外ホテルのオーシャンフロントなスイートルームだった。
王都の立地自体が複雑に入り組んだ入り江の中にあるため、リゾートホテルよろしく一面が海と言うよりは、小型の船や建物が立ち並ぶ港湾を一望している――そんな感じではあったけど、それでも充分に見応えのある風景だ。
私やマトヴェイ外交部長はまだ、自分達に用意されている部屋を見てはいないけど、まあきっと、そっちはオーシャンビューツインくらいだったら御の字じゃないだろうか。
それならば、今のうちにこの部屋を堪能しておきたい!
「うん?レイナ嬢は、海を見るのは初めてかね?」
思わず目を輝かせていた私に、テオドル大公がいっそ微笑ましいとでも言うように、こちらを向いた。
「ああ、いえ、元いた国でも見た事はあるんですけど、気軽に行ける場所に住んではいなかったので、あまりなじみがないと言うのが正確なところです。まあ…隣の領地まで行かなきゃ、くらいの感覚でしょうか」
お台場あたりのホテルに行こうが、豊洲あたりのショッピングモールに行こうが、大抵はタワーマンションや高層のビジネスビルに景色の大半を阻まれ、モノレールの移動途中に窓からチラッと眺めるのがせいぜいだ。
海水浴となると、千葉あるいは神奈川に足を延ばす必要がある。
私は特に泳ぐ事が好きでも得意でもないので、結果として、海へのなじみは薄いと言う訳だった。
そもそも〝ヘルマン・アテリエ〟を思い浮かべる限り、この世界で水着文化、海水浴文化があったようには思えない。
私としても、泳ぐよりは海の幸を十二分に味わいたいので、そこは深く語らないでおこうと思った。
今出された昼食は、どちらかと言えば「アンジェスの使者の労をねぎらう」事に注力された、海の幸少なめ、年配向け、かつアンジェス寄りの料理だったし、夜はバリエンダール王家の皆様と顔を合わせる必要がないと言うのなら、出来れば商業ギルドに顔を出す傍ら、海の幸を食べに行きたかった。
「なるほどな。そう言う事であれば、この景色も一見の価値はあるだろうな」
テオドル大公は、私のそんな内心の葛藤にはもちろん気付く事なく、純粋に、窓から見える海の景色に感動しているのだと思っているっぽかったけど。
『さて……ではここからは少し、母国語で話す事にしようか。分かる使用人も中にはいようが、そう言った者は逆に迂闊に他者に洩らす事はせんだろうしな』
確かに、イデオン公爵家で働く人たちの中にも、バイリンガル、トリリンガルの才能を持つ人たちは複数いて、守秘義務に関しても徹底的に教育を受けている。
中には最初から探りを入れる事を狙って潜り込む者もいるのかも知れないけど、どうやらこの部屋に配されているのは、以前にもテオドル大公に付いた事のある、見知った使用人たちばかりらしく、だからこそ大公も、警戒を最低限に留めたんだと思われた。
『今、飲み物と一緒に書く物も用意させておるから、後でこの部屋で今の話を纏めると良い。ここなら充分な広さはあるし、当事者である儂の記憶も辿れるしな』
忘れんうちが良かろう?と、微笑うテオドル大公が、ちょっとお茶目に見える。
とは言え、とてもそんな自虐ネタっぽい話には頷けないと思ったのか、マトヴェイ外交部長は表情を痙攣らせているだけなので、代わりに私が『頼りにしています』と微笑っておいた。
『すまんな。儂の判断で、あの場での「ビリエル・イェスタフ」の話は控えさせて貰った』
わざわざアンジェスの言葉にするからには、こみいった話だろうとは思ったけど、そのテオドル大公の言葉には、内心で「やっぱり」と頷いてしまった。
『うむ。まさか三人揃ってあの場に出て来るとは思わんかったからな。今日は王太子殿下お一人で、後は別室で皆で会議をするだろうと思っておったし、であれば、その話をして探りを入れてみようと思ったのだが……』
既に亡くなったとされている〝幻の王弟〟ヘリスト・サレステーデの名を敢えて伏せ、真実を追求する事はせずに「ビリエル・イェスタフ」としてバリエンダールから戻した事は、国王、王太子、宰相の三人共が把握――と言うか、主導なり黙認なりをしている。
ただしその理由と思惑は三者三様の筈で、あの場で三人揃われてしまっては〝幻の王弟〟の存在を、あの場で明らかには出来なかった。
少なくとも、三人それぞれの思惑がある程度判明するまでは、切り札として残しておくべきと、とっさにテオドル大公も判断したんだろう。
『しかしこのままでは、あの三人がどう思っているのかを探るのが難しかろうな……』
口元に手をやりながら唸るテオドル大公に、私は僅かに首を傾げた。
意外にそうでもない、と言う事が伝わってくれれば良いのだけど――と思いながら視線を向ければ、テオドル大公は、意味はともかく私が何かを言いたがっていると言う事は察してくれたみたいで『どう思うね?』と、自ら話を振ってくれた。
マトヴェイ外交部長がこの場にいる分、私から声をかけづらいと言う事をすぐに察してくれたようだった。
『多分ですけど――何もせずとも、それぞれから接触があると思いますよ?』
目礼をしながら答えた私に、テオドル大公は『ほう?』と興味深げな表情を見せた。
マトヴェイ外交部長も、それは同じみたいだった。
無言のまま続きを促され、私もそのまま話を続けた。
『さっき大公様が、バルキン公爵の配下にある刺客の存在は仄めかされたものの、名前までは仰らなかったでしょう?多分、三人共が内心では疑問に思っている筈ですよ?その中にビリエル・イェスタフはいるのだろうか……って』
『……確かにな』
『第一王子、第二王子、第一王女が揉め事を起こして、第三王子はとてもじゃないけど御輿にすら出来ない事が分かったとなれば、きっと三人共の頭によぎっている筈ですよ?活かし方はともかくとして――〝幻の王弟〟の存在が』
マトヴェイ外交部長も、バリエンダールに来るにあたって、公安あるいは刑務どちらかの長官から、事件の概要なり事情聴取の内容なりは耳にしているのかも知れない。
気難しい表情は見せているけれど、根掘り葉掘り、どういう事かとこちらに聞いて来る様な事はしなかったからだ。
『活かし方はともかく…か。その時点で既に一般的な令嬢の発想ではないな』
いっそ感心した、と言わんばかりのその声色に、私よりもテオドル大公の方が、可笑しそうにくつくつと声を洩らしていた。
『宰相の執着もさもありなん…と其方も思うだろう、マトヴェイ卿?』
『そうですね。そして大公殿下が同行を強く願われた理由も』
そうだろう、そうだろう…と頷くテオドル大公に『私の話は良いですから!』と思わず声が出てしまった。
『おお、そうであったな。まあ、あまり揶揄うと後で宰相にアンディション侯爵邸を氷漬けにされるやも知れんしな』
ははは……!と、笑っているのはテオドル大公一人で、めちゃめちゃありそうだ…と思ってしまった私や護衛に控えるベルセリウス将軍らは、気持ち顔色が悪くなっていたと思う。
そして「氷柱現場」を目撃していないマトヴェイ外交部長は、テオドル大公の軽い冗談だと、そのままスルーしてしまっていた。
……きっとそのうちマトヴェイ外交部長も「こっち側」の人になると思いますけどね⁉
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「うわぁ……海!」
そうして案内されたそこは、さしずめ、海外ホテルのオーシャンフロントなスイートルームだった。
王都の立地自体が複雑に入り組んだ入り江の中にあるため、リゾートホテルよろしく一面が海と言うよりは、小型の船や建物が立ち並ぶ港湾を一望している――そんな感じではあったけど、それでも充分に見応えのある風景だ。
私やマトヴェイ外交部長はまだ、自分達に用意されている部屋を見てはいないけど、まあきっと、そっちはオーシャンビューツインくらいだったら御の字じゃないだろうか。
それならば、今のうちにこの部屋を堪能しておきたい!
「うん?レイナ嬢は、海を見るのは初めてかね?」
思わず目を輝かせていた私に、テオドル大公がいっそ微笑ましいとでも言うように、こちらを向いた。
「ああ、いえ、元いた国でも見た事はあるんですけど、気軽に行ける場所に住んではいなかったので、あまりなじみがないと言うのが正確なところです。まあ…隣の領地まで行かなきゃ、くらいの感覚でしょうか」
お台場あたりのホテルに行こうが、豊洲あたりのショッピングモールに行こうが、大抵はタワーマンションや高層のビジネスビルに景色の大半を阻まれ、モノレールの移動途中に窓からチラッと眺めるのがせいぜいだ。
海水浴となると、千葉あるいは神奈川に足を延ばす必要がある。
私は特に泳ぐ事が好きでも得意でもないので、結果として、海へのなじみは薄いと言う訳だった。
そもそも〝ヘルマン・アテリエ〟を思い浮かべる限り、この世界で水着文化、海水浴文化があったようには思えない。
私としても、泳ぐよりは海の幸を十二分に味わいたいので、そこは深く語らないでおこうと思った。
今出された昼食は、どちらかと言えば「アンジェスの使者の労をねぎらう」事に注力された、海の幸少なめ、年配向け、かつアンジェス寄りの料理だったし、夜はバリエンダール王家の皆様と顔を合わせる必要がないと言うのなら、出来れば商業ギルドに顔を出す傍ら、海の幸を食べに行きたかった。
「なるほどな。そう言う事であれば、この景色も一見の価値はあるだろうな」
テオドル大公は、私のそんな内心の葛藤にはもちろん気付く事なく、純粋に、窓から見える海の景色に感動しているのだと思っているっぽかったけど。
『さて……ではここからは少し、母国語で話す事にしようか。分かる使用人も中にはいようが、そう言った者は逆に迂闊に他者に洩らす事はせんだろうしな』
確かに、イデオン公爵家で働く人たちの中にも、バイリンガル、トリリンガルの才能を持つ人たちは複数いて、守秘義務に関しても徹底的に教育を受けている。
中には最初から探りを入れる事を狙って潜り込む者もいるのかも知れないけど、どうやらこの部屋に配されているのは、以前にもテオドル大公に付いた事のある、見知った使用人たちばかりらしく、だからこそ大公も、警戒を最低限に留めたんだと思われた。
『今、飲み物と一緒に書く物も用意させておるから、後でこの部屋で今の話を纏めると良い。ここなら充分な広さはあるし、当事者である儂の記憶も辿れるしな』
忘れんうちが良かろう?と、微笑うテオドル大公が、ちょっとお茶目に見える。
とは言え、とてもそんな自虐ネタっぽい話には頷けないと思ったのか、マトヴェイ外交部長は表情を痙攣らせているだけなので、代わりに私が『頼りにしています』と微笑っておいた。
『すまんな。儂の判断で、あの場での「ビリエル・イェスタフ」の話は控えさせて貰った』
わざわざアンジェスの言葉にするからには、こみいった話だろうとは思ったけど、そのテオドル大公の言葉には、内心で「やっぱり」と頷いてしまった。
『うむ。まさか三人揃ってあの場に出て来るとは思わんかったからな。今日は王太子殿下お一人で、後は別室で皆で会議をするだろうと思っておったし、であれば、その話をして探りを入れてみようと思ったのだが……』
既に亡くなったとされている〝幻の王弟〟ヘリスト・サレステーデの名を敢えて伏せ、真実を追求する事はせずに「ビリエル・イェスタフ」としてバリエンダールから戻した事は、国王、王太子、宰相の三人共が把握――と言うか、主導なり黙認なりをしている。
ただしその理由と思惑は三者三様の筈で、あの場で三人揃われてしまっては〝幻の王弟〟の存在を、あの場で明らかには出来なかった。
少なくとも、三人それぞれの思惑がある程度判明するまでは、切り札として残しておくべきと、とっさにテオドル大公も判断したんだろう。
『しかしこのままでは、あの三人がどう思っているのかを探るのが難しかろうな……』
口元に手をやりながら唸るテオドル大公に、私は僅かに首を傾げた。
意外にそうでもない、と言う事が伝わってくれれば良いのだけど――と思いながら視線を向ければ、テオドル大公は、意味はともかく私が何かを言いたがっていると言う事は察してくれたみたいで『どう思うね?』と、自ら話を振ってくれた。
マトヴェイ外交部長がこの場にいる分、私から声をかけづらいと言う事をすぐに察してくれたようだった。
『多分ですけど――何もせずとも、それぞれから接触があると思いますよ?』
目礼をしながら答えた私に、テオドル大公は『ほう?』と興味深げな表情を見せた。
マトヴェイ外交部長も、それは同じみたいだった。
無言のまま続きを促され、私もそのまま話を続けた。
『さっき大公様が、バルキン公爵の配下にある刺客の存在は仄めかされたものの、名前までは仰らなかったでしょう?多分、三人共が内心では疑問に思っている筈ですよ?その中にビリエル・イェスタフはいるのだろうか……って』
『……確かにな』
『第一王子、第二王子、第一王女が揉め事を起こして、第三王子はとてもじゃないけど御輿にすら出来ない事が分かったとなれば、きっと三人共の頭によぎっている筈ですよ?活かし方はともかくとして――〝幻の王弟〟の存在が』
マトヴェイ外交部長も、バリエンダールに来るにあたって、公安あるいは刑務どちらかの長官から、事件の概要なり事情聴取の内容なりは耳にしているのかも知れない。
気難しい表情は見せているけれど、根掘り葉掘り、どういう事かとこちらに聞いて来る様な事はしなかったからだ。
『活かし方はともかく…か。その時点で既に一般的な令嬢の発想ではないな』
いっそ感心した、と言わんばかりのその声色に、私よりもテオドル大公の方が、可笑しそうにくつくつと声を洩らしていた。
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そうだろう、そうだろう…と頷くテオドル大公に『私の話は良いですから!』と思わず声が出てしまった。
『おお、そうであったな。まあ、あまり揶揄うと後で宰相にアンディション侯爵邸を氷漬けにされるやも知れんしな』
ははは……!と、笑っているのはテオドル大公一人で、めちゃめちゃありそうだ…と思ってしまった私や護衛に控えるベルセリウス将軍らは、気持ち顔色が悪くなっていたと思う。
そして「氷柱現場」を目撃していないマトヴェイ外交部長は、テオドル大公の軽い冗談だと、そのままスルーしてしまっていた。
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