聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
302 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

384 銀狼父子と大公サマはかく語りき

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「ふむ……貴国にサレステーデの第一王子、第二王子、第一王女の三名が今滞在していると言うのは、理解した。どうやら、全員貴族牢だと言う事も含めてな。テオ殿の言葉でなければ、にわかには信じぬところだが……」

 口元に手をやりながら唸る、メダルド・バリエンダール国王陛下に、両隣のミラン王太子やフォサーティ宰相も、それぞれが何とも言えない表情ながらも、一応頷いてはいる。

 そう言えば…と、書記をしながら私はふと思った。

 テオドル大公、自分の判断なのか陛下フィルバートなりエドヴァルドなりから言われているのかは分からないけれど、サレステーデの「幻の王弟」の話は、さっきから一切口にしていない。

 キリアン第一王子の暴挙に関しては「バルキン公爵とその子飼」と言う言い方しかしていない。

 もしかすると、国王、王太子、宰相が別々の思惑を抱えている場合の事を考えて、あえてこの場では手の内の全てを明かさない様にしている可能性があるように思えた。

 こんな時は、書記と言う別の役目があるのは有難い。
 私が何かを口にして、挙げ足を取られる可能性は格段に少なくなる。

「フィルバート陛下からの、この『自治領』としての共同統治案も、至って本気と言う事なのだな?その深慮の一端を今聞く事は出来ようか?サレステーデにはもう一人王子がいる筈。その王子が王位を継いで、今回の件と関わりのない高位貴族なり宰相なりが後ろ楯となるのが普通であろう?」

 そしてメダルド国王の現実的な疑問で、こちらが必要以上に公開処刑みせものになる事もなさそうで、それも有難かった。

「おや、陛下はまだ、サレステーデの第三王子が国内侯爵家に臣籍降下が決まっている事をご存じではありませんでしたか。まあ、我々も今回の愚行に関しての事情聴取の間に耳にした事なので、知る機会がなくても致し方ないところはありましょうが」

 …これ、このまま「たまたま」って書き写すべきなんだろうか。
 迷った私は悪くない。

 うん、マトヴェイ外交部長が書いてくれていると信じておこう。

「うん?まあ第三王子だからな……婿入りの縁談が先んじて決まっていたとしても不思議ではないか……しかしこの様な状況ともなれば、縁談を白紙に戻すか、そのまま王と王妃とするか、いずれにせよ納得せざるを得ないのではないのか?」

「いえ、陛下。ここから先はどうやらサレステーデの国内でも一部貴族しか知らぬ事の様ですが、第三王子は日頃より素行が悪く、犯罪スレスレの事を国内でしでかした上に、臣籍降下をする家ではない別の家の令嬢を妊娠させているとか。どうも懲罰人事としての臣籍降下の様で、この王子を次の国王にしていては、早晩、国内でクーデターが起きるやも知れませぬぞ」

「⁉」

 国王、王太子、宰相全員が息を呑んでいるのが私にも分かった。

「どうやらセゴール国王は第二王子を次の国王にする事を考えていたらしいとの話はあれど、今は病床の身。大勢の集まる場で証言された事でもないため、それは公の事としては認められず、第一王子側から命を狙われたところを、第二王子派ベイエルス公爵家の手引きで我が国アンジェスに入ったようで」

「そのベイエルス公爵家の縁者がアンジェスにおるとでも?」

「さようですな。まあ、こちらはこちらで我が国のフィルバート陛下との距離が遠い非主流派の家だったのですがね。何とかサレステーデの第一王子に対抗できる縁談をまとめて、凱旋帰国をしたい王子側と、その事でサレステーデとの繋がりが深くなると陛下に進言して、自らの立場を底上げしたかった非主流派とが手を組んだ結果が、同行した王女による、公爵令息の籠絡狙いと言う訳でしてな」

 ………すみません、テオドル大公。
 色々お気遣い頂いているようで。

 多分三者三様に驚いているバリエンダールの皆様方の傍らで、マトヴェイ外交部長だけが無言で視線をこちらに向けていた。

 ええ、そうです。
 アレをざっくりまとめればそんな感じです――と言う風に、私は黙って頷いておいた。

「第二王子も何かしら考えてはいたらしいが、こちらは実行する前に第一王女が先に捕らえられてしまったものだから、結果的に何も出来んかったと言う状況になっておるな。だが計画があった事は分かっておるから、第一王子や第一王女ほどの罪はないにせよ、無罪と言う訳にもいかぬのよ」

「………」

 テオドル大公の言葉が終わる頃に至っては、メダルド国王が「ううむ……」と、困り果てた様に呻き声を発していた。

「もはや王の交代程度では済ませられぬと言う事か……」

「だからこその『自治領』ですぞ陛下。今回、他国の王位争いに一方的に巻き込まれたのがアンジェス。だが、それを理由に王族を廃したところで、我が国がサレステーデを乗っ取る為に詭弁を弄しているとしか周辺諸国は思いますまい。起きた事態が事態なだけに」

「うむ。サレステーデ欲しさに難癖をつけているとしか思わぬであろうな。あまりに荒唐無稽、と」

「特に我が国は以前から水面下でギーレンと度々揉めておるしな。これ幸いと兵を出されでもすれば目も当てられぬ」

「……そうなれば、下手をするとアンジェス、サレステーデの双方がギーレンの軍門に降る可能性があると言う事か。確かにそれは、我が国にとっても好ましくない先行きとなり得るな。うむ、テオ殿が窓口となって我が国へとやって来たのが、アンジェスの誠意と決意の表明と言う訳だな。この自治領の仮の長として、サレステーデに赴かれるか」

 どうやらバリエンダールの国王陛下は、話の通じない人と言う訳ではないらしい。
 少なくともギーレンのベルトルド国王よりは、遥かに理知的と言えた。

 貴方が自治領主になるのかと、問われたテオドル大公は苦笑ぎみにかぶりを振った。

「一度王宮を退いて、余生を楽しんでいた年寄りをこれ以上働かせんでくれんかね。第一、あのように寒暖差のある土地に行っていては、ただでさえ残り少ない寿命が縮むわ」

「笑えん事を言わんでくれ、テオ殿。王太子や宰相まで反応に困っているではないか。……ではテオ殿が行かぬとなると、誰が?自治領と言うからには、我が国へは報告と納税の義務を負うと言うだけで、実際に治める人間はアンジェスから出すつもりなのだろう?」

 ああ、そうか。

 フィルバートは、エドヴァルドと話し合って決めた自治領案の話を書きはしても、誰がそこに赴任するかについては書き記さなかったのか。

 自治領案を受け入れて、アンジェスに来ると決めてから言うつもりだったか、そこはテオドル大公にさせて、バリエンダール側の驚愕を想像して楽しむつもりだったか――うん、後者だろうな。きっと。

 現にテオドル大公の方でも、その質問は予想していたと言わんばかりに、よどみなく答えたからだ。

「うむ。儂ではないが、もう一人の王族である陛下の叔父、レイフ・アンジェスから内諾は得たと聞いておる。そしてその下にサレステーデの第二王子を付けておけば、いらぬ事をして補佐職に落とされたのだと、誰もが理解出来るだろうし、王族としてのプライドが木端微塵になるであろう時点で、充分な罰だ――とな」

「なっ……」

「久々のバリエンダールゆえ、この後は自由にさせて貰うがな、陛下。三日後に戻る際には返信の用意と共に返事を聞かせてくれるかね」

「う、うむ。とりあえずはこの後は我らバリエンダールの人間だけで相談をさせて貰うとしよう。今夜の夕食は、それまでに話し合いが終わるかどうかも定かではない故、別々にとらせて貰いたい。明日の茶会や夕食会などは、話し合いの状況次第では顔を出す予定をしておるので、今回はそれで容赦願えるか」

 もちろんですとも陛下、とテオドル大公は微笑わらった。

 伊達に長く王族をやっていなかったんだな――と、思わず拍手をしたくなってしまった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。