聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
311 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

393 タダより高いものはない

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 翌朝。

 魚にしろ野菜にしろ肉にしろ、王都内に点在する市場マルケッティが開く時間と言うのは、朝早めではあるけれど、こちらが思う程に早朝オープンと言う訳ではなかった。

 と言うのも、その日水揚げされた魚はまず、王族や王宮内で働く多くの人々の為に納められて、その残りが市場で売られると言った仕組みが取られているから…と言う事らしい。

 おかげで、朝の4時とか5時とかからセリに行くと言ったイメージに囚われず、ちょっと早めに朝食を――くらいの時間に出かける事が出来た。

 とは言え。

「焼け石に水だったかなぁ……」

 テオドル大公にマトヴェイ外交部長、私とそれぞれの護衛で合計10人。
 更に「ユングベリ商会従業員」としてバルトリ、シーグ、リックがいて、市場の中をねり歩いているのだ。

 いくら他にも客と思しき人々がいようと、そもそも190cm超えのベルセリウス将軍がまず目立つ。

 そこからテオドル大公とマトヴェイ外交部長に視線が向けば、まず間違いなく「護衛までいて、どこの貴族王族のお忍びか」となる。

「いや、王宮用の正装よりは遥かに良いと思いますよ」

 そう言いながら、この市場には既に何度か来ていると言うバルトリが、先頭に立って私を案内してくれている。

 広さとしては、テレビで見た札幌場外市場が近いような気がする。

 アンジェスの王都中心街で年始を挟んで開かれる露店は所謂「青空市」だそうだけど、バリエンダール王都にあるこの市場は、ちゃんと建物があって、屋根がある常設市場だ。

 店舗数としては、食事をする処も含めて60店舗弱あるんだとか。

「せいぜい地方から出て来て、孫の王都観光に付き添っている…くらいにまではなっているかと」

 バルトリの苦笑に、私も「やっぱ、そうなるかぁ…」と同じく苦笑が洩れてしまう。

「まあ、今更仕様がないよね。それでバルトリ、寄って欲しいお店って、こっち?」

 市場に入る前、さてどこに行こうかと中に目を凝らした時に、バルトリが「立ち寄って欲しいお店があります」と言ったのだ。

 民族衣装を提供してくれた人物が、貸与に関しての代金は不要なので、その代わりに一軒、指定する店舗に立ち寄って欲しいとの話があったんだそうだ。

 ああ、やっぱり「進呈」ではなく「貸与」なんだな――と、そこに民族の誇りを垣間見た気がした。

 とは言え、着て歩いてこその洋服なので、散策中の汚れなんかに関しては気にしなくて良いとの話もあったらしいので、ある程度柔軟な考えを持つ人物である事は間違いないんだろう。

 もともと市場の見学に来た訳だから、立ち寄って食事をするなり何か買物をする事が衣装の対価と言うなら喜んで…と、テオドル大公にも断りを入れた上で、まずはそのお店に行ってみる事にした。

「ええ、申し訳ないですが一番奥になりますので、よければそれまでに他に寄ってみたいお店があれば、頭に留め置いていただければ、後ほど――」

 そう言ってバルトリが前方を指差したところで、その先から、明らかに「揉め事が起きています」と分かる、木箱がひっくり返る音と、怒号とが聞こえてきた。

「なんだ、ケンカか?」

 多分ベルセリウス将軍にとっては、領防衛軍なんかにいればしょっちゅうあるような事で、あまり慌てたりはしないのかも知れない。

 ただ私は、ちょっとイヤな可能性にぶち当たってしまい、思わずこめかみが痙攣ひきつるのを感じた。

「――バルトリ」

 エドヴァルドにはまるで及ばないものの、ちょっと低くなるよう意識して声を出してみれば、バルトリにはフイッと顔を逸らされてしまった。

「なるほど。アレの仲裁も衣装代の内なのね?」

「いえ…その…もしかしたら、そう言った事も起きるかも知れない、としか聞いていなかったんですが」

「ああ、そう。まあじゃあ、店主さんにはあとで話を聞くから、止めるのは自分でやってね?」

「双子は借りても?」

「ハイハイ、ユングベリ商会として対処するってコトね。分かりました、許可します」

 ポンポンと進む私とバルトリのやり取りに「レイナ嬢?」と、後ろからウルリック副長が近づいて来た。

「大丈夫です、副長。どうやら衣装代としてお金を落とす筈だったお店で揉め事が起きているみたいなんですけど、料金に入っていたみたいなので、バルトリと双子シーグリックに行かせます」

「それは……」

「過剰な戦力を投入して、お店が壊れちゃっても困るので、まずは三人に行かせます。手に負えなそうとなったら、お手伝いをお願いしても?もしくは、形勢不利になって逃げようとする雑魚がいたら押さえていただくとか」

 その間に「美味いサカナを食いに来ただけなのに…」とか愚痴るリックを引きずるように、バルトリがシーグも連れて先行する。

 それを見たウルリック副長も「まあ…では仰るように、とりあえず、逃げようとするのがいたら押さえますか」と、前方に目を凝らしながら頷いた。

「レイナ嬢は少し下がっていて下さい。彼らの捕縛をすり抜けたヤツがこちらへ駆けてこないとも限りませんしね」

 何気なく後ろを見れば、テオドル大公の前にはベルセリウス将軍とマトヴェイ外交部長が立っているので、そっちは大丈夫そうだと、私はウルリック副長の後ろに付いた。

「それにしても周囲の店が皆遠巻きに見ているだけで、警備を呼びに行ったりとか、動く様子がないので、もしかしたら今回が初めての揉め事じゃないのかも知れませんね」

 ウルリック副長の言葉に、一瞬だけ周囲を見渡してみれば、確かに誰も、積極的に怒号の先に駆け付けようとはしていない。

 むしろ「ああ、まただよ…」とか「仕方ないよ。どこかのエライお貴族様がバックに付いているんだろう?」とか囁かれている声をうっかり耳にしてしまって、私は思わず足を止めてしまった。

「レイナ嬢?」

 私の変化に目ざとく気付いたウルリック副長が声をかけてくれたけど、結局、今の声がどこから発せられたものなのかを特定が出来ずに、それ以上を詳しく探る事が出来なかった。

「……副長」
「どうされました」
「どうも、地上げか乗っ取りか、何かしら物騒な話が、この市場には以前からあるみたいですね」

 なるべく周囲には聞こえづらいボリュームで話をしてみれば、聞こえたのはウルリック副長だけだったらしい。

 答える代わりに軽く目を瞠っている。

「だから、誰も動かない。手を貸せば、次は自分たちの方に矛先が向くかも知れないって、皆戦々恐々としてる。しかも実働部隊とは別に、この国の「お貴族様」とやらも背後にいるっぽい」

「――それは」

「タダより高いモノはない、ってよく言ったものですよ、ホント。ああ、私の国のことわざなんですけどね?」

 言い得て妙過ぎて反論も出来ませんね、とウルリック副長も苦笑いだ。

「副長……リックの『美味いサカナを食いに来ただけなのに』って言うさっきの言葉、私も心から賛同します」

 これは確実に「何か」に巻き込まれた。

 ……どうしてこうなった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。