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第二部 宰相閣下の謹慎事情
397 偶然なら必然に
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
『チェーリア、せっかくだからいつものスープを貰えるかな』
多分ここで、ジーノ青年はハタラ語に切り替えたんだろう。
分かったわ、待ってて!と言うチェーリアさんの明るい声が返ってきた。
意外に気安いな、と思って見たのが伝わったのか、ジーノ青年の方から『ユレルミ族とハタラ族は遊牧移動の距離や行程が割に近い所にあって、以前から交流があるんですよ。私と彼女も幼馴染です』と種明かしをしてくれた。
『スープって、メニューにないですね』
ついでに気になった事を聞いてみると、ジーノ青年は一瞬、虚を突かれた表情を見せたものの、すぐに『気になりますか?』と笑みを返してきた。
『ユレルミ族の郷土料理のようなものです。調味料が大量生産出来る類の物ではないので、私や部族の者が訪れた時にだけ作ってくれるんですよ』
なるほど、裏メニューか。
話を聞いている私の視線が、ナニカを訴えていると気が付いたんだろう。
ジーノ青年は、ここに来てから初めて、思惑のない純粋な笑みを閃かせた。
『――チェーリア!こちらの皆さんも味見をしたいそうだよ!』
え、良いの⁉と厨房の方から声が聞こえて来る。
『さっきの〝ソラータ〟を追い払って貰った御礼に頼むよ、費用は私が出すから!』
分かったわ!と声が返ってきたところで、私もジーノ青年に『察して下さって有難うございます』と一礼した。
この辺りはバルトリの通訳が可能で、それを聞いたテオドル大公も「ふむ。売り物にないメニューか」と関心を示して、ジーノ青年にこの場の食事の同席を認めた形になった。
やがて厨房の方から『バートリ、運ぶの手伝ってくれる?』と言った声が聞こえて、一人用の小さな器に入った汁物が、それぞれの目の前に運ばれた。
「あと、こちらの調味料はお好みで足して下さい、との事です」
そしてバルトリが、小さな器に入った薄い茶色の液体をテーブルの中央付近にコトリと置く。
ただ、その調味料が何かを確認する前に、既に私のテンションはリンゴ酢なみに再浮上していた。
「……つみれスープ⁉うわ、何で気が付かなかったんだろう、私!確かにこれだけ魚料理があってミルフィーユ仕立てにまで出来るなら、さらに細切れにして、つみれスープにだってなるし‼」
と、言う事は今、目の前に置かれた調味料は――。
「……魚醤キタ……」
どちらかと言えば「ナンプラー」に近い味なので、和風のつみれ汁と言うよりは、ベトナム風あるいはタイ風のつみれスープと言った方が良いかも知れない。
「レ、レイナ嬢……?」
「――フォサーティ卿!」
テオドル大公が「どうしたね?」と口を開くよりも早く、私は隣のテーブルのジーノ青年に向かって声を上げていた。
うう、遮ってしまってゴメンナサイ。でも、魚醬の存在は無視出来ません!
「……もしかしてコレも、商会長としてのお眼鏡にかないましたか?」
察しの良いジーノ青年は、私のテンションが、りんご酢と同じだと言う事に既に気が付いていたらしい。
私もブンブンと、首を大きく縦に振った。
「しかしこれは……元は売り物になるような魚を全て王都の業者に取り上げられた結果、身を細かくしてしまえば――との試行錯誤の末に出来た産物ですよ。この調味料もしかりです。きっかけは魚を獲る事をやめて別の土地へと移住して行った一家の所に、処分されないままの魚が残された結果の、言わば偶然の産物。どちらも定期的な取引が見込めるとも思えないのですが」
なるほど「大量生産の見込めない調味料」とジーノ青年が言った理由は、そのあたりにあったようだ。
つみれに関しても「半端物」との意識が強く「料理」との意識があまりなかったに違いない。
「偶然なら、必然にしましょう!後で提案書を書き起こしますから、目を通して貰って、フォサーティ卿が可能と思われた部分を、四部族の方でも、何なら国境にまたがる部族の方でも、話を持ちかけてみて頂けませんか?」
仮にサレステーデが自治領化すれば、北方遊牧民の部族の間でも動揺は生まれるだろう。
自分達の扱いはどうなるのか、と。
その時に、圧力を受けないだけの二次産業を確立させておく、あるいは見通しだけでも立てておけば、この機に乗じて叛乱あるいは独立を…などと不穏な計画は、少なくともすぐには生まれない筈だ。
そう言う意味をこめてジーノ青年を見つめてみたところ……そう長い沈黙の時間を必要とせず、彼の顔色が変わった。
――もし彼が宰相家に入り、ミラン王太子の側近候補にまで上り詰めてきた理由が、北方遊牧民の部族を護る為だったとしたら。
先王の代で流出してしまった、カラハティによる外貨収入をサレステーデから取り戻す事で、北方遊牧民への迫害の歴史も含めて何とか関係の修復を図りたい国王と、基本的には父親の意を汲みつつ、出来れば自分の代で国ごと吸収したいミラン王太子。
カラハティの牧畜を生業とする部族にすれば、バリエンダールとサレステーデの統合は、遊牧移動の面から言っても歓迎される。
ただし先王への不信感も根強く残っていて、現王家がどこまで自分達の存在を認めてくれるのか、先行きが不透明。
単にサレステーデを自治領化するだけでは、北部地域に住まう彼らとて、自治領化を望むようになるかも知れない。
恐らく今頃王宮では、その危険性について散々に取り沙汰され、天秤にかけられている筈だ。
ジーノ青年ですら把握していない、遊牧民たちの部族数。
それぞれが自治や独立を主張しだせば、今度はバリエンダールの、国としての治安が揺らぐ。
ならば国の方から、彼らの伝統を尊重した第二次産業を提示して、生活の安定を保障すれば良い。
サレステーデの自治領化にあたって、北部地域の境界線を改めて決めれば良い。
ジーノ・フォサーティの名は、北方遊牧民の頭にもなり得るし、バリエンダールの次期宰相にもなり得る名だ。
彼は恐らく、未だ誰にも付いていない。
王と王太子と宰相の出方を伺っていて、現時点ではミラン王太子が、最も彼の目指す場所に近いと言うだけだ。
「……その書面とやらは後でゆっくり拝見するとして」
王家とのやり取りはテオドル大公に預けてでも、私は目の前のジーノ青年と話を詰めなくてはならないと、この時に確信した。
「今、どんな事を案として考えているのか、素案を伺っても?」
私は片手をパッと開いて、指を折り込んでいく形で一つずつ説明する事にした。
「まず、皆さんが着用されている衣装。衣装そのものを部外者が着用する事が不快だと言う場合は、ショール、剣帯、ブーツ…あるいは人形を作って着せるのはどうでしょう?一体の人形に色々な部族の服を着せる事が可能になりますから、生地としては少なくとも数は補えます。この辺りは、どれなら定期的に王都の店舗に卸せるかを私に教えて下さい」
着せ替え人形に関しては、話をしている途中で思いついた事だ。
それならば、王都で北方遊牧民の血を引いている事を伏せて暮らす人々にも、子供のおもちゃと称して隠れ需要があるかも知れないからだ。
リクエストがあれば、希望の刺繍を施すと言う形にして、予約販売制にしても良いかも知れない。
民族の誇りは、人形を通して子や孫の世代にだって受け継がれるかも知れない。
「人形……」
思いもしなかった、と言った表情をジーノ青年は見せた。
これにはバルトリも、大きく目を見開いている。
「次にエプレ。実と砂糖と水とで、パンの種に使える部分やら、調味料になるタイミングやら、これから実験をして、安定生産を目指しましょう。それまでは皮の部分なんかを使って、香り袋を作りませんか?」
何と言ってもここはバリエンダール、ハーブやスパイスの入手は容易な筈だ。
あとは塩と、北部で有名な花の蕾なり花びらなりを一緒に仕込めば、しばらくはインテリアとしても使えて、完成後は入浴剤にもなり得る、香り袋の素の完成だ。
完成品を詰める小袋には、花柄でも、何なら民族の紋章を刺繍してみたって良いかも知れない。
薔薇風呂ではないけど、仕込む花びら次第では貴族層にだってウケそうな気がする。
「それと、魚介関係。アングイラは身の部分を食べる用途で焼くとして、残りの部分は魚醤…って私の居た国では呼ばれてましたけど、調味料の原材料にしちゃいましょう。これも、どのくらい放置しておけば味が落ち着くか、実験しても良いですね。他の魚も、丸々焼いたり煮たりする、通常メニューに使わない分は、細切れにして茹でちゃいましょう。どっちも飛躍的に保ちが良くなりますから、他の地域への輸出が容易になります」
「輸出……」
少なくともユングベリ商会のアンジェス本店は、輸入しますよ?
私はそう言って、片目を閉じた。
『チェーリア、せっかくだからいつものスープを貰えるかな』
多分ここで、ジーノ青年はハタラ語に切り替えたんだろう。
分かったわ、待ってて!と言うチェーリアさんの明るい声が返ってきた。
意外に気安いな、と思って見たのが伝わったのか、ジーノ青年の方から『ユレルミ族とハタラ族は遊牧移動の距離や行程が割に近い所にあって、以前から交流があるんですよ。私と彼女も幼馴染です』と種明かしをしてくれた。
『スープって、メニューにないですね』
ついでに気になった事を聞いてみると、ジーノ青年は一瞬、虚を突かれた表情を見せたものの、すぐに『気になりますか?』と笑みを返してきた。
『ユレルミ族の郷土料理のようなものです。調味料が大量生産出来る類の物ではないので、私や部族の者が訪れた時にだけ作ってくれるんですよ』
なるほど、裏メニューか。
話を聞いている私の視線が、ナニカを訴えていると気が付いたんだろう。
ジーノ青年は、ここに来てから初めて、思惑のない純粋な笑みを閃かせた。
『――チェーリア!こちらの皆さんも味見をしたいそうだよ!』
え、良いの⁉と厨房の方から声が聞こえて来る。
『さっきの〝ソラータ〟を追い払って貰った御礼に頼むよ、費用は私が出すから!』
分かったわ!と声が返ってきたところで、私もジーノ青年に『察して下さって有難うございます』と一礼した。
この辺りはバルトリの通訳が可能で、それを聞いたテオドル大公も「ふむ。売り物にないメニューか」と関心を示して、ジーノ青年にこの場の食事の同席を認めた形になった。
やがて厨房の方から『バートリ、運ぶの手伝ってくれる?』と言った声が聞こえて、一人用の小さな器に入った汁物が、それぞれの目の前に運ばれた。
「あと、こちらの調味料はお好みで足して下さい、との事です」
そしてバルトリが、小さな器に入った薄い茶色の液体をテーブルの中央付近にコトリと置く。
ただ、その調味料が何かを確認する前に、既に私のテンションはリンゴ酢なみに再浮上していた。
「……つみれスープ⁉うわ、何で気が付かなかったんだろう、私!確かにこれだけ魚料理があってミルフィーユ仕立てにまで出来るなら、さらに細切れにして、つみれスープにだってなるし‼」
と、言う事は今、目の前に置かれた調味料は――。
「……魚醤キタ……」
どちらかと言えば「ナンプラー」に近い味なので、和風のつみれ汁と言うよりは、ベトナム風あるいはタイ風のつみれスープと言った方が良いかも知れない。
「レ、レイナ嬢……?」
「――フォサーティ卿!」
テオドル大公が「どうしたね?」と口を開くよりも早く、私は隣のテーブルのジーノ青年に向かって声を上げていた。
うう、遮ってしまってゴメンナサイ。でも、魚醬の存在は無視出来ません!
「……もしかしてコレも、商会長としてのお眼鏡にかないましたか?」
察しの良いジーノ青年は、私のテンションが、りんご酢と同じだと言う事に既に気が付いていたらしい。
私もブンブンと、首を大きく縦に振った。
「しかしこれは……元は売り物になるような魚を全て王都の業者に取り上げられた結果、身を細かくしてしまえば――との試行錯誤の末に出来た産物ですよ。この調味料もしかりです。きっかけは魚を獲る事をやめて別の土地へと移住して行った一家の所に、処分されないままの魚が残された結果の、言わば偶然の産物。どちらも定期的な取引が見込めるとも思えないのですが」
なるほど「大量生産の見込めない調味料」とジーノ青年が言った理由は、そのあたりにあったようだ。
つみれに関しても「半端物」との意識が強く「料理」との意識があまりなかったに違いない。
「偶然なら、必然にしましょう!後で提案書を書き起こしますから、目を通して貰って、フォサーティ卿が可能と思われた部分を、四部族の方でも、何なら国境にまたがる部族の方でも、話を持ちかけてみて頂けませんか?」
仮にサレステーデが自治領化すれば、北方遊牧民の部族の間でも動揺は生まれるだろう。
自分達の扱いはどうなるのか、と。
その時に、圧力を受けないだけの二次産業を確立させておく、あるいは見通しだけでも立てておけば、この機に乗じて叛乱あるいは独立を…などと不穏な計画は、少なくともすぐには生まれない筈だ。
そう言う意味をこめてジーノ青年を見つめてみたところ……そう長い沈黙の時間を必要とせず、彼の顔色が変わった。
――もし彼が宰相家に入り、ミラン王太子の側近候補にまで上り詰めてきた理由が、北方遊牧民の部族を護る為だったとしたら。
先王の代で流出してしまった、カラハティによる外貨収入をサレステーデから取り戻す事で、北方遊牧民への迫害の歴史も含めて何とか関係の修復を図りたい国王と、基本的には父親の意を汲みつつ、出来れば自分の代で国ごと吸収したいミラン王太子。
カラハティの牧畜を生業とする部族にすれば、バリエンダールとサレステーデの統合は、遊牧移動の面から言っても歓迎される。
ただし先王への不信感も根強く残っていて、現王家がどこまで自分達の存在を認めてくれるのか、先行きが不透明。
単にサレステーデを自治領化するだけでは、北部地域に住まう彼らとて、自治領化を望むようになるかも知れない。
恐らく今頃王宮では、その危険性について散々に取り沙汰され、天秤にかけられている筈だ。
ジーノ青年ですら把握していない、遊牧民たちの部族数。
それぞれが自治や独立を主張しだせば、今度はバリエンダールの、国としての治安が揺らぐ。
ならば国の方から、彼らの伝統を尊重した第二次産業を提示して、生活の安定を保障すれば良い。
サレステーデの自治領化にあたって、北部地域の境界線を改めて決めれば良い。
ジーノ・フォサーティの名は、北方遊牧民の頭にもなり得るし、バリエンダールの次期宰相にもなり得る名だ。
彼は恐らく、未だ誰にも付いていない。
王と王太子と宰相の出方を伺っていて、現時点ではミラン王太子が、最も彼の目指す場所に近いと言うだけだ。
「……その書面とやらは後でゆっくり拝見するとして」
王家とのやり取りはテオドル大公に預けてでも、私は目の前のジーノ青年と話を詰めなくてはならないと、この時に確信した。
「今、どんな事を案として考えているのか、素案を伺っても?」
私は片手をパッと開いて、指を折り込んでいく形で一つずつ説明する事にした。
「まず、皆さんが着用されている衣装。衣装そのものを部外者が着用する事が不快だと言う場合は、ショール、剣帯、ブーツ…あるいは人形を作って着せるのはどうでしょう?一体の人形に色々な部族の服を着せる事が可能になりますから、生地としては少なくとも数は補えます。この辺りは、どれなら定期的に王都の店舗に卸せるかを私に教えて下さい」
着せ替え人形に関しては、話をしている途中で思いついた事だ。
それならば、王都で北方遊牧民の血を引いている事を伏せて暮らす人々にも、子供のおもちゃと称して隠れ需要があるかも知れないからだ。
リクエストがあれば、希望の刺繍を施すと言う形にして、予約販売制にしても良いかも知れない。
民族の誇りは、人形を通して子や孫の世代にだって受け継がれるかも知れない。
「人形……」
思いもしなかった、と言った表情をジーノ青年は見せた。
これにはバルトリも、大きく目を見開いている。
「次にエプレ。実と砂糖と水とで、パンの種に使える部分やら、調味料になるタイミングやら、これから実験をして、安定生産を目指しましょう。それまでは皮の部分なんかを使って、香り袋を作りませんか?」
何と言ってもここはバリエンダール、ハーブやスパイスの入手は容易な筈だ。
あとは塩と、北部で有名な花の蕾なり花びらなりを一緒に仕込めば、しばらくはインテリアとしても使えて、完成後は入浴剤にもなり得る、香り袋の素の完成だ。
完成品を詰める小袋には、花柄でも、何なら民族の紋章を刺繍してみたって良いかも知れない。
薔薇風呂ではないけど、仕込む花びら次第では貴族層にだってウケそうな気がする。
「それと、魚介関係。アングイラは身の部分を食べる用途で焼くとして、残りの部分は魚醤…って私の居た国では呼ばれてましたけど、調味料の原材料にしちゃいましょう。これも、どのくらい放置しておけば味が落ち着くか、実験しても良いですね。他の魚も、丸々焼いたり煮たりする、通常メニューに使わない分は、細切れにして茹でちゃいましょう。どっちも飛躍的に保ちが良くなりますから、他の地域への輸出が容易になります」
「輸出……」
少なくともユングベリ商会のアンジェス本店は、輸入しますよ?
私はそう言って、片目を閉じた。
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