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第二部 宰相閣下の謹慎事情

403 天才ギルド長の着任事情

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 シレアン・メルクリオと言う人は本来、バリエンダール王都商業ギルドにおける覆面調査部門の責任者だと言う事だった。

 責任者としての立場から、覆面調査員が上げる報告から店舗の経営状況を判断して、必要とあれば仕入れ先の変更や価格交渉なんかをアドバイスしたりするらしく、その複雑な業務内容も相まって、この部門を束ねた人の多くは、その後副ギルド長あるいは小さなギルドならギルド長として取り立てられたりする事が多いらしい。

 そういう点では、チェーリアさんの店舗に関しても、アレコレ手助け出来たのも納得だと言えた。

「ねえ、君が話せる中で、どの国の言葉だったら、他が聞いても分からなそう?」

 そして、ナザリオ・セルフォンテ現バリエンダールギルド長は、話し方は軽いのに、内容としては笑えなそうな事をこちらに言ってきた。

「ネーミ族の従業員を抱えて、ジーノ・フォサーティが門前払いをしなかったくらいだから、北方遊牧民の固有言語もいくつか話せるよね?だけどそれだと、ネーミ族の彼は多少理解が出来てしまう。他には?アンジェスが母国語としても、ギーレンで行商人登録をしたからにはギーレン語も話せるだろうし、従業員もいそうだし……あとは、サレステーデとかベルィフとかは、どう?」

「……そんなに秘密にしたい話があるんですか?」

「そりゃあまあ、商人としての守秘義務くらいは常識として守ってくれるだろうけど、それだって、守らないヤツは守らないからね。保険くらいはかけておきたいよ」

 そう言われれば、そうかも知れないとは思いながらも、考えてみればベルセリウス将軍やその部下たる軍の皆サマは、王宮に出入り出来るように、高位ではないにせよ実家が爵位持ちの筈で、それは王宮護衛騎士であるトーカレヴァやノーイェルさんも、そうだ。
 将軍やマトヴェイ部長、テオドル大公含め全員が王都学園出身者となると、アンジェス以外の言語も、得意不得意はともかく、全く出来ない訳ではないだろう。

 シーグリックの双子も、エドベリ王子に仕えるにあたって、まだ習熟度に差はあれど、ギーレン以外の他国語を勉強している。
 何より公になっていないにせよ、父親はベルィフの王弟殿下ときている。

「……え、何、ユングベリ商会ってそんな多国籍商会なの?」

 私の眉間に皺が寄っている事に気付いたナザリオギルド長の表情カオが、僅かに痙攣ひきつった。

「ええ、まあ……どの言語も、誰かは理解出来ると思うんです。この部屋の中だけなら、ネーミ以外の北方言語で話して貰うのが、多少は覆い隠せるのかな、と言ったところですね」

 部屋の外で聞き耳を立てそうな人間がいるなら、そこまでは関知出来ない。

 それをちょっと仄めかせてみたところ、ナザリオギルド長は一瞬だけ目を瞬かせた後「アハハ……!」と、何故か爆笑した。

『良いね、君!察しの良い子は僕は大好きだよ!うん、思わず手を貸したくなるくらいにはね!ジーノの気持ちがちょっと分かっちゃったなぁ……』

 その言葉に周囲の反応が様々別れたので、何言ってるのコノヒト、と言う話の内容なかみはともかくとして、今、バリエンダール語以外を話したのだろうと言う事はすぐに分かった。

『そうだね。君の予想通り、ギルドの中だって一枚岩じゃない。そう言う事なら、ベルィフの言葉で話をさせて貰うよ。君の商会の従業員より、外に聞かれない事を優先させて貰おうかな』

 私は、どうぞ…と言う意味をこめて、右手の手のひらをナザリオギルド長の方へと向けて見せた。

*        *         *

『もともと、僕はベルィフの出身なんだ』

 最初こそ、何でここで若きギルド長の身の上話を聞かなきゃならないんだと思ったものの、聞いているうちに、そうは言っていられなくなった事を、嫌でも理解させられる事になった。

『家は貧乏男爵家で、僕は長男でもなかったから、口減らしも同然に、王弟殿下の側近だった、とある侯爵様の邸宅おやしきに奉公に出されたワケなんだけど』

『⁉』

 突然の、ベルィフの王弟殿下と言う単語に、やっぱり双子シーグリックが反応した。
 ただ、場の空気を読んで、声をあげる事だけは必死に堪えたみたいだった。

『読み書きや計算が異様に早いって、将来の家令を目指してあれこれ仕込まれていたんだけど、侯爵様の娘婿に、ギルドを手伝ってくれって頼みこまれてさ』

 何でもその侯爵の娘と言うのは、最初は王都商業ギルドの副ギルド長だった婚約者のところに降嫁する筈だったのが、跡取りである嫡男の病死で、急遽婿を取らざるを得ない立場へと変わってしまったんだそうだ。

『でもギルドとしても、好き好んで次期ギルド長候補を手放したくはない――その妥協案が、僕をギルドで教育する事だったんだよね』

 本来であれば、その侯爵家からの干渉は、ギルドとて突っぱねても良い立場にあった。
 膝を折る相手は国王のみと言う不文律があるからだ。

『最初は確かに、侯爵家もギルドも、二人を別れさせるより他ないって思ってたみたいなんだけどね?ある日駆け落ち未遂騒ぎを起こしちゃったものだから、妥協案を考えざるを得なくなったんだよ。まあ、特殊事例だよね』

 その時点でナザリオ少年は既に、王都学園卒業レベルの学力をもって、即戦力としてギルドに入れるだけの素地があったらしいのだ。
 不世出の天才、とでも言うべき才があると言う事なんだろう。

『で、僕がアンジェスでの研修を終えて、ベルィフ王都で副ギルド長になった時に、ちょっと各国の王都商業ギルド内で箝口令が敷かれている事件が起きて』

『え、アンジェスで研修?』

『そうだよー。ヘルマン侯爵領の領都のギルドでね。まあ、それは今は置いといて』

 ヘルマン侯爵領の領都、と言うところで思うところもあったんだけれど、今はナザリオギルド長に最後まで話させる方を優先した方が良さそうだった。

『――ここバリエンダールの、当時の王都商業ギルド長が殺されちゃったんだよね』

『えっ……』

 これにはさすがに、私を含めてベルィフ語をそれなりに理解出来る何名かが無言で目をみはった。

 王都以外のギルド長や、王都の副ギルド長以下は、基本的に王都商業ギルド長に任命権があり、唯一王都商業ギルド長のみ、王に任命権があるのだそうだ。

 長期政権による癒着を防ぐべく、基本は5年で交代。初めて王都商業ギルド長となる場合を除いて、50歳が任命の上限、それを過ぎたら地方のギルド長や大手商会への再雇用などが選択肢として開かれているらしい。

 そこは、一定の年齢になったら子会社に出向したり、民間に天下りしたりするような感覚で良いのかも知れない。

『基本的には、その時点での王都商業ギルド長が次のギルド長を指名して、それを国王陛下に奏上して任命して貰う訳なんだけど』

 研修の間に他国のギルド員とも顔見知りになっていたりするので、必ずしも所属ギルドの副ギルド長が繰り上がるとは限らないんだそうだ。

『5年の任期になっていない内に殺されちゃって、しかも犯人が先代国王の血統主義を重んじていた一派の一人だった、副ギルド長…なんて話になって、バリエンダールの王都商業ギルドの秩序が一時期無茶苦茶になっちゃったワケなんだよ』

『―――』

 ナザリオギルド長の、軽い口調と話の内容なかみの乖離が凄すぎて、誰も声を出せずにいる。
 もちろん、私も。

『で、当時前代未聞だったんだけど、バリエンダールの王宮に、ベルィフ、ギーレン、アンジェス、サレステーデ4ヶ国のギルド長が一堂に会してさ。急遽自分達のギルドから、自分も含めて誰かバリエンダールに出せないかと、そう言う話し合いになったんだよね』

 副ギルド長まで捕らえられて空席となると、確かにバリエンダールの王都商業ギルドとしては誰を推しようもない。地方のギルド長とて、自薦にしろ他薦にしろ、そこに口を出せる仕組みルールが確立されていないのであれば、八方塞がりになっても仕方がない状況だったのだ。

 そして最終的な任命権者はバリエンダール国王になるとは言え、王家とギルドとの癒着を疑わせる訳にはいかない以上、勝手な指名は出来ない。
 アレコレとバリエンダール王宮上層部が苦慮した結果が、4ヶ国のギルド長を自国に招くと言う事だったんだろう。

『で、貧乏とは言え実家が男爵家で、一応侯爵家の後ろ楯も持ってる僕が赴任すれば、ある程度は肩書きで周囲を黙らせられるんじゃないかと思われたみたいで、ある日突然バリエンダールへ行けと言い渡されました、と』

 ホントにいきなりだったよ?と、ナザリオギルド長は笑った。

『ただベルィフの王都商業ギルドとしても、前の副ギルド長は侯爵家に取られるわ、やっと代わりが育って来たら、また外に出されるわで、最初はすっごい渋ってたみたいなんだよ。まあ、経緯だけ聞けば当たり前だよね』

『それは……確かに』

『だから一応、バリエンダールの王都商業ギルドが落ち着いたら、次かその次かの任期で、僕を戻すって言う条件で妥協したんだってさ。で、その時に、このシレアンを僕の次として引き上げるって言う話で、二人しての同時赴任。彼はサレステーデの地方ギルドにいたけど、この話の発端となってる少数民族問題に知識と理解があるって、次のサレステーデの王都商業ギルド長候補になっていたみたいだったからね』

 ――残念ながらその血統主義者達は、まだ結構あちこち残っていてね?少なくとも次の任期では、まだ僕は動けないだろうね。

 そこで私の目を覗き込むように、挑戦的とも言える目線で、ナザリオギルド長はそう言った。
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