聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
323 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

403 天才ギルド長の着任事情

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 シレアン・メルクリオと言う人は本来、バリエンダール王都商業ギルドにおける覆面調査部門の責任者だと言う事だった。

 責任者としての立場から、覆面調査員が上げる報告から店舗の経営状況を判断して、必要とあれば仕入れ先の変更や価格交渉なんかをアドバイスしたりするらしく、その複雑な業務内容も相まって、この部門を束ねた人の多くは、その後副ギルド長あるいは小さなギルドならギルド長として取り立てられたりする事が多いらしい。

 そういう点では、チェーリアさんの店舗に関しても、アレコレ手助け出来たのも納得だと言えた。

「ねえ、君が話せる中で、どの国の言葉だったら、他が聞いても分からなそう?」

 そして、ナザリオ・セルフォンテ現バリエンダールギルド長は、話し方は軽いのに、内容としては笑えなそうな事をこちらに言ってきた。

「ネーミ族の従業員を抱えて、ジーノ・フォサーティが門前払いをしなかったくらいだから、北方遊牧民の固有言語もいくつか話せるよね?だけどそれだと、ネーミ族の彼は多少理解が出来てしまう。他には?アンジェスが母国語としても、ギーレンで行商人登録をしたからにはギーレン語も話せるだろうし、従業員もいそうだし……あとは、サレステーデとかベルィフとかは、どう?」

「……そんなに秘密にしたい話があるんですか?」

「そりゃあまあ、商人としての守秘義務くらいは常識として守ってくれるだろうけど、それだって、守らないヤツは守らないからね。保険くらいはかけておきたいよ」

 そう言われれば、そうかも知れないとは思いながらも、考えてみればベルセリウス将軍やその部下たる軍の皆サマは、王宮に出入り出来るように、高位ではないにせよ実家が爵位持ちの筈で、それは王宮護衛騎士であるトーカレヴァやノーイェルさんも、そうだ。
 将軍やマトヴェイ部長、テオドル大公含め全員が王都学園出身者となると、アンジェス以外の言語も、得意不得意はともかく、全く出来ない訳ではないだろう。

 シーグリックの双子も、エドベリ王子に仕えるにあたって、まだ習熟度に差はあれど、ギーレン以外の他国語を勉強している。
 何より公になっていないにせよ、父親はベルィフの王弟殿下ときている。

「……え、何、ユングベリ商会ってそんな多国籍商会なの?」

 私の眉間に皺が寄っている事に気付いたナザリオギルド長の表情カオが、僅かに痙攣ひきつった。

「ええ、まあ……どの言語も、誰かは理解出来ると思うんです。この部屋の中だけなら、ネーミ以外の北方言語で話して貰うのが、多少は覆い隠せるのかな、と言ったところですね」

 部屋の外で聞き耳を立てそうな人間がいるなら、そこまでは関知出来ない。

 それをちょっと仄めかせてみたところ、ナザリオギルド長は一瞬だけ目を瞬かせた後「アハハ……!」と、何故か爆笑した。

『良いね、君!察しの良い子は僕は大好きだよ!うん、思わず手を貸したくなるくらいにはね!ジーノの気持ちがちょっと分かっちゃったなぁ……』

 その言葉に周囲の反応が様々別れたので、何言ってるのコノヒト、と言う話の内容なかみはともかくとして、今、バリエンダール語以外を話したのだろうと言う事はすぐに分かった。

『そうだね。君の予想通り、ギルドの中だって一枚岩じゃない。そう言う事なら、ベルィフの言葉で話をさせて貰うよ。君の商会の従業員より、外に聞かれない事を優先させて貰おうかな』

 私は、どうぞ…と言う意味をこめて、右手の手のひらをナザリオギルド長の方へと向けて見せた。

*        *         *

『もともと、僕はベルィフの出身なんだ』

 最初こそ、何でここで若きギルド長の身の上話を聞かなきゃならないんだと思ったものの、聞いているうちに、そうは言っていられなくなった事を、嫌でも理解させられる事になった。

『家は貧乏男爵家で、僕は長男でもなかったから、口減らしも同然に、王弟殿下の側近だった、とある侯爵様の邸宅おやしきに奉公に出されたワケなんだけど』

『⁉』

 突然の、ベルィフの王弟殿下と言う単語に、やっぱり双子シーグリックが反応した。
 ただ、場の空気を読んで、声をあげる事だけは必死に堪えたみたいだった。

『読み書きや計算が異様に早いって、将来の家令を目指してあれこれ仕込まれていたんだけど、侯爵様の娘婿に、ギルドを手伝ってくれって頼みこまれてさ』

 何でもその侯爵の娘と言うのは、最初は王都商業ギルドの副ギルド長だった婚約者のところに降嫁する筈だったのが、跡取りである嫡男の病死で、急遽婿を取らざるを得ない立場へと変わってしまったんだそうだ。

『でもギルドとしても、好き好んで次期ギルド長候補を手放したくはない――その妥協案が、僕をギルドで教育する事だったんだよね』

 本来であれば、その侯爵家からの干渉は、ギルドとて突っぱねても良い立場にあった。
 膝を折る相手は国王のみと言う不文律があるからだ。

『最初は確かに、侯爵家もギルドも、二人を別れさせるより他ないって思ってたみたいなんだけどね?ある日駆け落ち未遂騒ぎを起こしちゃったものだから、妥協案を考えざるを得なくなったんだよ。まあ、特殊事例だよね』

 その時点でナザリオ少年は既に、王都学園卒業レベルの学力をもって、即戦力としてギルドに入れるだけの素地があったらしいのだ。
 不世出の天才、とでも言うべき才があると言う事なんだろう。

『で、僕がアンジェスでの研修を終えて、ベルィフ王都で副ギルド長になった時に、ちょっと各国の王都商業ギルド内で箝口令が敷かれている事件が起きて』

『え、アンジェスで研修?』

『そうだよー。ヘルマン侯爵領の領都のギルドでね。まあ、それは今は置いといて』

 ヘルマン侯爵領の領都、と言うところで思うところもあったんだけれど、今はナザリオギルド長に最後まで話させる方を優先した方が良さそうだった。

『――ここバリエンダールの、当時の王都商業ギルド長が殺されちゃったんだよね』

『えっ……』

 これにはさすがに、私を含めてベルィフ語をそれなりに理解出来る何名かが無言で目をみはった。

 王都以外のギルド長や、王都の副ギルド長以下は、基本的に王都商業ギルド長に任命権があり、唯一王都商業ギルド長のみ、王に任命権があるのだそうだ。

 長期政権による癒着を防ぐべく、基本は5年で交代。初めて王都商業ギルド長となる場合を除いて、50歳が任命の上限、それを過ぎたら地方のギルド長や大手商会への再雇用などが選択肢として開かれているらしい。

 そこは、一定の年齢になったら子会社に出向したり、民間に天下りしたりするような感覚で良いのかも知れない。

『基本的には、その時点での王都商業ギルド長が次のギルド長を指名して、それを国王陛下に奏上して任命して貰う訳なんだけど』

 研修の間に他国のギルド員とも顔見知りになっていたりするので、必ずしも所属ギルドの副ギルド長が繰り上がるとは限らないんだそうだ。

『5年の任期になっていない内に殺されちゃって、しかも犯人が先代国王の血統主義を重んじていた一派の一人だった、副ギルド長…なんて話になって、バリエンダールの王都商業ギルドの秩序が一時期無茶苦茶になっちゃったワケなんだよ』

『―――』

 ナザリオギルド長の、軽い口調と話の内容なかみの乖離が凄すぎて、誰も声を出せずにいる。
 もちろん、私も。

『で、当時前代未聞だったんだけど、バリエンダールの王宮に、ベルィフ、ギーレン、アンジェス、サレステーデ4ヶ国のギルド長が一堂に会してさ。急遽自分達のギルドから、自分も含めて誰かバリエンダールに出せないかと、そう言う話し合いになったんだよね』

 副ギルド長まで捕らえられて空席となると、確かにバリエンダールの王都商業ギルドとしては誰を推しようもない。地方のギルド長とて、自薦にしろ他薦にしろ、そこに口を出せる仕組みルールが確立されていないのであれば、八方塞がりになっても仕方がない状況だったのだ。

 そして最終的な任命権者はバリエンダール国王になるとは言え、王家とギルドとの癒着を疑わせる訳にはいかない以上、勝手な指名は出来ない。
 アレコレとバリエンダール王宮上層部が苦慮した結果が、4ヶ国のギルド長を自国に招くと言う事だったんだろう。

『で、貧乏とは言え実家が男爵家で、一応侯爵家の後ろ楯も持ってる僕が赴任すれば、ある程度は肩書きで周囲を黙らせられるんじゃないかと思われたみたいで、ある日突然バリエンダールへ行けと言い渡されました、と』

 ホントにいきなりだったよ?と、ナザリオギルド長は笑った。

『ただベルィフの王都商業ギルドとしても、前の副ギルド長は侯爵家に取られるわ、やっと代わりが育って来たら、また外に出されるわで、最初はすっごい渋ってたみたいなんだよ。まあ、経緯だけ聞けば当たり前だよね』

『それは……確かに』

『だから一応、バリエンダールの王都商業ギルドが落ち着いたら、次かその次かの任期で、僕を戻すって言う条件で妥協したんだってさ。で、その時に、このシレアンを僕の次として引き上げるって言う話で、二人しての同時赴任。彼はサレステーデの地方ギルドにいたけど、この話の発端となってる少数民族問題に知識と理解があるって、次のサレステーデの王都商業ギルド長候補になっていたみたいだったからね』

 ――残念ながらその血統主義者達は、まだ結構あちこち残っていてね?少なくとも次の任期では、まだ僕は動けないだろうね。

 そこで私の目を覗き込むように、挑戦的とも言える目線で、ナザリオギルド長はそう言った。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。