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第二部 宰相閣下の謹慎事情

423 報告書に困ってます

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『不可抗力に襲われたら、どうするんだ…なんて思われてませんよね?言っておきますが、そもそも『不可抗力』と言うのは、本人が十分に注意して予防策を講じていて、それでもその被害を防げなかった時に初めて使う言葉ですからね。不可抗力が起きると思うなら、それはむしろ確定的故意です。防げます。対処法を考える事も出来る筈です』

『『……う』』

 何故か私だけでなく、ベルセリウス将軍も内心が抉られているっぽかった。

 そんなベルセリウス将軍を冷ややかに眺めているウルリック副長は『軍はケンカとトラブルの宝庫です。いちいち不可抗力だとか言っていた日には、業務が回りません』などと、大きな背中を小さく丸めている上司を一刀両断していた。

 あ、これはきっと将軍もよく「不可抗力だろう!」とか叫んでいるクチなのかも知れない。

『今のうちから予防策を講じて下さい。宜しいですね?』

 とは言え副長も副長なりに、私の「気を付けます」発言に一応の配慮はしてくれたらしい。
 なのでこの場は、黙ってそこで手うちにする事にした。

 ご迷惑をおかけします…ってペコリと頭を下げたら、苦虫を嚙み潰したみたいな表情になってたけど。

「――おお、そっちは思ったより早かったのだな」

 そしてちょうどそこへ、テオドル大公がメダルド国王との謁見を終えて、部屋へと戻って来た為、何とかひと息つけた…なんて思った事は秘密だ。
 副長の笑顔が怖いので。

「しかし何だ、本当に説教しておったのか」

 窓際のティーテーブルと椅子の所で小さくなっていた私と、そのすぐ傍で立っていたウルリック副長を見て、テオドル大公は、自分が戻って来る前までの部屋の様子に察しがついたらしい。

「ええ。それはもう、遠慮なく」

 副長も、悪びれる事なくそう答えて頷いていた。

「ウチの上司にしろレイナ嬢にしろ、武力と知力の違いはあれど、なまじ能力があるだけに、いざと言う時には自己犠牲精神が先走りますからね。そんなものは本人以外誰も喜ばないと、ちゃんとクギを刺しておきませんと」

 そうでしょう?と、問われたテオドル大公が今度は怯んでいる。

「ま、まあ…他人に頼る事が下手な人間と言うのは、確かに一定数存在しておるわな。しかし、依存も困るが反発も困る――そのあたりの匙加減は、そもそも難しかろうよ」

「大公殿下……」

 ウルリック副長はそこで緩々と首を横に振ると、今、私が手にしている封筒の中身を、テオドル大公に見せる様にと、視線で合図を送って来た。

「まあ、まあ。とりあえずそんな隅で丸まっとらんで、この応接用のソファに座り直さんか。互いに何を話したのか、報告も必要な事だしな」

 そう言ってテオドル大公自身が率先してソファに腰を下ろしてくれたので、私もおずおずとその向かいに座って、そのタイミングでローテーブルに封筒を置いた。

「ふむ……ブローチか?この細かい細工を見るに、街で気軽に買える物でもなさそうだが」

 さすが大公サマ。
 宝飾類に対する審美眼は鋭いご様子だ。

「えーっと……何でもコレがあると、明日ギルドのシレアンさんと取引先を探すのにも便利だろう、とフォサーティ卿が……」

「ジーノが?」

 ただ、ブローチの持ち主がジーノ・フォサーティ宰相令息と聞いたところで、テオドル大公の眉間に皺が寄った。

「……彼奴あやつ、イヤな方向に成長しとるな。だがまあ、状況的に受け取らぬと言う事も難しかったか。せめて服にはつけんことだな。ロクな展開にならん気がするわ」

 テオドル大公も、ブローチ自体は初めて見ると言いつつも、やはり「触るな危険」物体である事は察しがついたらしい。

「ああっ、そのっ、今回はミラン王太子が『余計な意味は持たせない』と、保証して下さるそうです……」

「殿下が?それはまた……」

 そこで私は、テオドル大公に念の為アンジェス語でとお願いをして、ユングベリ商会の店舗と販路の早急な確立をもって、サレステーデのについても受け入れると、少なくとも王太子と宰相はそう考えているようだと、先刻までの話をかいつまんで説明した。

『すみません、例の自称・王弟ビリエルの話をその場でさせて頂きました』

『ああ、構わんよ。儂が許可した事でもあるし、元より儂もメダルド陛下にお伝えしたからな』
 
『どうやら自称・王弟ビリエルに関しては、ミラン王太子が主体となってサレステーデに送られたようですが……宰相も国王陛下も、その事自体に反対はされなかったと』

 とは言え、先代陛下の話はアンジェス語でさえも口には出来ない。

 私は別の机にあった紙とペンをローテーブルの方に持って来て「先代陛下の暗殺の代償としての帰国優遇」「国王陛下はご存じないようだ」「ミルテ王女とバルキン公爵家との縁談を潰す為」「ビリエルにも、王弟ヘリストとしての復位の意志があったらしい」とだけ箇条書きをすると、テオドル大公がざっと目を通したと判断したところで、それをすぐにビリビリに破いた。

『何と……』

『ちょっと、どこまで公式な会談記録として記載したものか、判断が出来ないのですが……』

『うむ……確かに、陛下はあくまで縁組を通じての復権で恩を売りつつ、双方で北方遊牧民達との融和政策を話し合っていく事を考えていたと仰せだったな。ただ実際には、サレステーデ側で暮らす民族の一部が強硬な拒否の姿勢を崩していないとかで、もしかしたら、自分の代での決着は難しいかも知れぬとお考えだったようだ』

『現状、王太子殿下はその強硬派を交渉のテーブルに引っ張り出すのに、ユングベリ商会が使えると判断されたみたいです。その前段階として、フィルバート陛下からの書状に関しては、受け入れるべきと陛下に奏上をしてみる、と。フォサーティ宰相も王太子殿下の側に回られるようですね』

『ふむ……であれば、メダルド陛下も反対はせんだろうな。何より北部地域への思い入れが強い方だ。王家の権力ではなく、商業取引によって和平が成り立つのであれば、なおのこと二つ返事で頷かれるやも知れん』

『思い入れ、ですか』

『うん?』

『いえ……ミラン王太子から、アンジェス国の先代宰相閣下のを少し伺いました。大公サマがお若い頃は、随分と血気盛んでいらした事も含めて』

『!』

 私の言葉に、テオドル大公が息を吞む様に目を見開いた。

『勝手な推測ですけど……メダルド陛下も、まだ国王ではなかった為に、力及ばなかった自分を今でも悔いていらっしゃるのかも知れませんね。それ故の融和政策――でしょうか』

『そうか……あの頃は、ミラン殿下もまだかなり小さかった筈だが……覚えていたのか……』

『それだけ衝撃的な事だったのかも知れませんよ?それもあって潔癖と言うか……ミルテ王女の縁組に関して過剰反応なされているのかも知れません』

 メダルド国王は「一人の妃を愛する、仲の良い家族」に固執し、ミラン王太子は自分や父が見てきた国政の裏側を、ミルテ王女には見せない事に腐心する。

 一見すると真面なようで、どこか歪な感情を持つ王族の姿が、そこにあった。

『……報告に困る事を言うでないわ……』

 テオドル大公は「ううむ…」と唸ったまま、しばらく天井を見上げていた。
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