聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

452 行商人の正体

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「ロサーナ公爵様お一人で……?」

 ロサーナ公爵家には、派閥とかはなかったんだろうか。
 それとも、娘が王女と親しくしているが為に、万一の際の影響を考えたんだろうか。

 と言うか、自分は手に手をとって逃避行、父親だけ渦中に残してきた…とかだったら、普通にぶっ飛ばし案件だと思うんだけどな。

 十河家ウチみたいに、親に搾取され続けるだけの家ならともかく、少なくとも王都から逃がそうとしてくれただけ、親として気にかけてくれているだろうに。

「心当たりと言うのは、王都にお一人で残られている、公爵様……?」

 私の視線から不穏な空気を感じ取ったのか、ラディズ青年がわたわたと慌て始めた。

「いやっ…そのっ、それはそうなんだけどっ、僕は僕で、彼女の実家で頭を下げて、知恵を借りるつもりで……っ!」
「実家」

 バリエンダールの貴族が、サレステーデに渡って、恋人の実家で頭を下げてどうするんだろう…?

「資金、武器、食料支援?それじゃ逆に反逆者と思われて処罰されません?貴方も公爵様も」

 と言うかそれ以前に、今、サレステーデ王宮内は、複数の王子王女の不在で大混乱の筈だ。
 国政を宰相一人が支えているらしいのに、国境を越えたところで――。

「あ」
「えっ⁉」

 私がおかしな声をあげて、横になっている女性の方を振り返った所為か、ラディズ青年がビクッと身体を強張らせた。

「もしかして、サラチェーニ嬢って……お父様は……」
「‼」

 ハッキリと目を瞠ったラディズ青年に、私は自分の推測を確信した。

「確かサレステーデの宰相には、商業ギルドで行商人登録をした娘さんがいるとか、フォサーティ宰相が――」

「……っ」

 この腹芸の出来なさっぷりは、某アンジェスの宰相室で働く「忠犬1号」ことシモン・ローベルト宰相副官を、ちょっと彷彿とさせる。

「まあ……すぐに否定出来なかった時点でアウトな気も……」
「う…」
「って言うか、それで協力得られても、立派な内政干渉……」
「ち、違うんだ!」
「どのあたりがでしょう」

 多分もうコノヒトには、こちらから話を振らないと、進まない。
 私は色々と取り繕うコトを諦めた。

「多分、サレステーデ側にも某公爵家ベッカリーアと繋がっている家がある筈だって言う話があって……サラに僕の身元を証言して貰って、その上で僕が向こうで人質になれば、信用もして貰えて、手を取り合えるんじゃないかと……」

「何で陛下でも王太子殿下もなく、他国を頼るの……」

 思わず息を吐き出してしまったけど、ロサーナ公爵が周囲の敵味方を判断出来ずに孤軍奮闘していたと言うなら、その判断を下すための視野は、確かに相当に狭くなっていただろう。

 何故サレステーデの宰相、と思ったものの、よく考えたら、ベッカリーア公爵家に嵌められて、社会的に死にかけている長男が、行商人として旅をしていたサレステーデ宰相の娘さんとたまたま恋に落ちた事を、公爵の方が利用しようと思い立ったのかも知れなかった。

 んー…と、私は人差し指で頬をかきながら、ゆっくりと立ち上がった。

 え?と、何だか縋る様な視線がこちらに向けられる。

 いや、捨てられた仔犬宜しくこちらを見られても!アナタ、おいくつですか⁉

「とりあえず、フォサーティ卿から王都に連絡を入れて貰って、ロサーナ公爵を保護して貰います。もちろん、大っぴらにはせず、裏からこっそりと」

「裏から……こっそり」

「オリエッタちゃんが出席した、ミルテ王女とのお茶会の件での顛末説明とでも言って貰えれば、周囲からは怪しまれずに登城出来るでしょう。実際には、公爵様の持つ情報を王太子殿下側に明かして貰います」

「―――」

「あと、今、サレステーデはアンジェス国と揉めているので、そちらの宰相サマはこちらに意識も人も向けられないと思います。下手をすると、今回のイラクシ族の抗争とは関係なく、こちらからは街道を抜けられない状況になっている可能性もあります」

「えっ、えっ……?」

 もし、本当にそろそろ商売をやめて、戻って来て欲しいと思っていたとしても、よりによって、今――としか思わない筈だ。
 こればかりは、国と国との話が絡むので、私からはこれ以上言えないけど。

「サラチェーニ嬢の容態が落ち着いたら、お二人共にまとめて説明を――しようと思いますが、その辺りはフォサーティ卿経由で、王太子殿下の許可を頂いてからで良いでしょうか」

 ラディズ青年は、気圧された様に首を縦に振っていた。

「どちらが年上だか分かりませんねぇ……」

 護衛騎士のノーイェルさんに、ラディズ青年を見ていて貰う様お願いをして、奥の部屋へと歩きだしたところで、苦笑交じりのウルリック副長が追い付いてきた。

 私も副長もラディズ青年の年齢は知らないけど、私より年上な事だけはハッキリしているからだ。

「これがバリエンダールの人じゃなければ、軍で鍛えてあげて下さい!ってお願いするところですね、間違いなく」

「勉強は出来るが、実戦に弱い――王都学園でも、年に何人かは見かけていたタイプですね。教育する人間次第では、使える側に化けるとは思いますけど。ムダに要領は良い様子ですし」

 彼は、何だかんだ言って、ギリギリの最底辺は常に超えてきていると、ウルリック副長は言った。
 それが今まで彼の寿命を延ばしていたのだ、と。

「あの彼女が本当にサレステーデの宰相の娘さんなら、今サレステーデに入国させちゃったら、王妃派側妃派に取り込まれるとか、狙ってくれって言っている様なものだし、バリエンダールの王宮に一度向かって、泊って貰う方が早いと思うんですよ。仮に街道が開通しても、サレステーデに入って王都にまで辿り着くのに、何日かかるやら…って話だろうし。いざとなったら〝転移扉〟を起動してあげる方が早そうだし」

「……確かに」

「まあ、そのあたりはバリエンダールむこうの王宮に投げちゃいましょう。こちらはまだ、テオドル大公殿下の居場所も特定出来ていませんし」

 とりあえず、ロサーナ公爵を一匹狼で行動させていても、こちら側の利益になる事は何もない。

 とっとと保護して、情報共有を図るべきなのだ。

「そうですね……。ですが、あの二人をただ保護するのも、勿体無いのでは?上手くいけば、交渉の――」

 私は、後ろを振り返りそうになっていたウルリック副長の袖を、軽く引いた。
 そこまでだ、と言う様に。

 多分、このまま二人を王都へ移動させれば、自治領化にあたって、サレステーデ宰相に対しての事実上の人質と見做される事になるのは、間違いない。

 更にこちら側に有利な手札を持つ事が可能になる。

 とは言え、ここにいるアンジェス組の面々では、本来とても口など挟めない。
 ここはジーノ青年が、失地回復の為に自ら動いていると、その建前を通す事が大前提なのだ。

 どちらかの宰相家に肩入れは出来ない。
 どちらも残さなくてはならない。

「今回はするだけです、残念ながら」
「――なるほど」

 確かに、少々残念ですね――そう言いながら、ウルリック副長は私に代わって奥の部屋の扉をノックした。
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