聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
376 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

453 唆したのは、誰

しおりを挟む
『ユングベリ。ラディズ殿が、もう何か……?』

 ユッカスに着いてから、周囲の様子をみて「商会長」呼びだった筈の、ジーノ青年の口調が元に戻っている。
 私が微かに眉を顰めたのを見たバルトリが、ゴホゴホと、聞こえる様な咳払いを部屋に響かせた。

「ジーノ、言葉で」

 どうやら、私がうっかり他の言語で答える事を期待しての声掛けだったらしい。

 確かに、そのままだと私は気付かずに、ジーノ青年の発した言語で返事をしていただろう。
 バルトリは私の言語チートの仕組みは知らないまでも、私が相手の言語を返してしまう「クセ」があるとでも思って、予防線を張ってくれたみたいだった。

 さすがバルトリも〝鷹の眼〟の一員だと、真面目に有難いと思ってしまった。

「やれやれ、手強い」

 そう言って肩を竦めたジーノ青年に、バルトリが軽く頷いたところをみると、そこはきっとバリエンダール語になったと言う事なんだろう。

「それで、どうされました?」

 フォサーティ卿、とあくまで「ジーノで良い」と言われている事は全力無視スルーで、話しかける。

「至急王都の王太子殿下に連絡を取って頂いて、さっきの方の御父上――ロサーナ公爵を、保護して下さいませんか」

「……保護?ロサーナ公爵を?」

 怪訝そうなジーノ青年に、私は、ラディズ青年が視察先で陥れられて、派閥に入る事を強要されていたらしい事や、ロサーナ公爵の手引きで王都から脱出したらしい事とを話した。

「病気療養……」

「本人と公爵様以外の弟妹は、真実を知らされず、そう言う事になっているらしいです。ロサーナ公爵は、ご自身の派閥をお持ちじゃないんですか?どうやらお一人で、某公爵家ベッカリーアの不正の証拠を探していらっしゃるみたいですよ」

 話をしながら私は、もしかしたらミルテ王女主催のあのお茶会で、宰相家側室夫人とその実子であるグイドが「痺れ茶」を持って乗り込んで来たのは、ロサーナ公爵による誘導だったのではないかと、ふと思ってしまった。

 長男が運び屋をやらされたお茶を利用して、夫人とグイドがお茶会で盛大に自爆する様に仕向けたのではないか……?

 私の推測に、ジーノ青年も「……ありえますね」と、眉根を寄せながらも頷いた。

「あれは、あの二人以外誰が考えても成功する筈のない、策とも呼べない策でしたからね。娘や王女殿下が参加しているにしろ、口に入る心配もしなくて良い。まずもって、その前に露見する。相手側には、自分は裏切り者ではないと見せかけつつ、裏では司直の手が入るきっかけを与える事が出来る」

 もしベッカリーア公爵家側から何か責められたとしても、表向きは「側室夫人と息子が、これほど愚かとは思わなかった」で済む。
 実際、誰が見ても呆れてしまう行動を、あの二人はとった。

 露見させる為に仕組んだと言う証拠は、そこにはない。
 多分あの二人なら簡単に、口約束だけでどうとでも踊っただろう。
 間違いなく、ロサーナ公爵の策略勝ちだ。

「正面から言っても、ロサーナ公爵も逃がした息子さんの事はお認めにならないと思いますから、そこは王太子殿下経由で、お茶会の顛末を説明とか、何とでも理由をつけて連絡をとって頂いて、殿下側に付いて頂くべきと思いますよ?」

 加えてミラン王太子にも、ロサーナ公爵家の嫡男を罰しない事を確約して貰わなくてはならない。
 そう言った私に、さすがにジーノ青年は即答しなかった。

 確かに、普通に言ったら他国の刑事処罰に関してなどと、口を挟みすぎである事は間違いない。
 だから私は慌てて、ラディズ青年と一緒にいた女性の「正体」を明かした。

「な……」
「どうやら、無理な移動による過労らしいので、本人の体調が落ち着いたら、念のため確認はしますけどね」

 ただ、サレステーデ宰相の娘が、ギルドカードを持って諸国を旅していると言うのは、そもそもバリエンダール側から聞いた話だ。

 ジーノ青年もその場にいた訳だから、誰よりも反論が出来ないのが、本人だと言って良かった。

「二人が本当に思い合っているなら、むしろ公的に縁談にしてしまって、サレステーデに婿入りして貰う方が良い気がするんですよ。一見すると、ロサーナ公爵家を継げないと言う罰にはなりますけど、ロサーナ公爵にしてみれば、息子さんが狙われる事もなくなる訳ですし、娘さんの相手を探していたサレステーデの宰相様にとっても、相手は公爵令息な訳ですから、悪い話じゃない」

「それは……」

「すみません、先走ってますね。ただ、ロサーナ公爵に殿下側に完全に付いて頂く為には、検討の余地はある話だと思って……一応、そう言った事を王太子殿下にお話し頂けないかと」

 ――ベッカリーア公爵家側が、ロサーナ公爵の密かな離反に気が付いて、何かしらの策を巡らせてくる前に。

 私が敢えてこの場で口に出さなかった部分も、ジーノ青年は正確に理解していた。

「そうですね……先ほど我々が到着したあの部屋には、一度〝転移扉〟を繋いだ事による残留魔力がまだある筈。本来は、不測の事態が生じた時の為に、1日ほどそのまま消させない様に維持しておくものですが……ある意味、今も不測の事態だと言えますしね。手紙だけでも届ける様にしてみましょうか」

 ぜひ、と私が答えかけたところで『ジーノ』と、別の声がそこに投げかけられた。

『カゼッリ伯父上』

『私は共通語の全てをまだ理解出来る訳ではないが、その話は先に処理をしてしまうべき話である事くらいは、分かった。私の住居に行って来い。その間、我々はこのお嬢さんと話をさせて貰う』

『伯父上――』

『封鎖された街道やイラクシ族の居住地域の状況に関しても、確認に行かせている連中からの情報が届くのを待っているところだろう。どのみち、それまでは皆、動けまい。それならば取引とやらの話をするのも悪くはないと思うがな』

 どうやら周囲からも信頼を得ている、しっかりした族長さんらしい。

 さっきまでラディズ・ロサーナ公爵令息を見ていた所為か、それは何割増しにも見えていたかも知れない。
 きっと年齢さえ重ねれば……では片付かない、経験の違いがそこにある事は明らかだった。

『うむ。儂もバートリを雇って貰っている礼は改めてしたいと思っていたしな』
『こちらも、チェーリアからの手紙は読んでいて、話はしてみたいと思っていた』

 ユレルミのカゼッリ族長に加えて、ネーミとハタラの族長からも、それぞれそんな風に言われて、劣勢に立ったジーノ青年は、反論のきっかけが掴めずにいるようだった。

 分かりました、とジーノ青年が答えたのは、そう長い間考えてからの事ではなかった。

「先に殿下に知らせてきますよ。困った事があれば、後でまとめて伺いますから、申し訳ありませんがそれまで伯父上や皆さまのお相手をお願い出来ますか」

 もちろん、私の方も「分かりました」としか答えようのない話だった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど

有賀冬馬
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。 私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。 偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。 そして私は、彼の妃に――。 やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。 外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。