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第二部 宰相閣下の謹慎事情
471 追憶と追悼の薔薇(前)
「しかし…そうか、トーレン殿下の……」
「エドヴァルド様?」
「ああ、いや、陛下が……」
聞けば、今回のサレステーデの暴挙にあたって、バリエンダールと足並みを揃える事になった以上は、今までテオドル大公が非公式に墓参をしていた事を、一度は公の事として扱う事で、長く冷えた関係になっていた両王室の関係にケリをつけても良いのでは――となったらしい。
「次の宰相としての立場から言えば、私が行くのが妥当だろうし、まだ表向きの政情が不安定ならば、いざとなれば謹慎中の独断にしてしまえば済む、と」
「……謹慎と言う単語の意味が分からなくなりそうです」
真面目に呟く私に、エドヴァルドが僅かに口の端を上げた。
「ユングベリ商会の販路を伸ばす点でも、貴女と行くのが効率的だとも言っていた」
「所々マトモなんですよね、陛下って……」
ところどころ、のあたりでエドヴァルドが苦笑いしている。
「陛下をそんな風に言えるのは貴女くらいだろうな」
「いえ、きっとボードリエ伯爵令嬢も同意見です」
サイコパス陛下の性質は、少なくとも〝蘇芳戦記〟プレイヤーならば、知っている。
そこまでは言わないにしても、私とシャルリーヌの繋がり方を知るエドヴァルドは「…そうか」と、何となく納得した、と言う風に軽く頷いていた。
「まあいずれにせよ、落ち着いたらその場所に花を手向けに行くよう言われていたんだ。まさか今回、そのすぐ側に移動して来るとは思わなかったから……花の用意がない。さて、どうしたものか……」
「――なるほど、貴方がトーレン殿の後継者でいらっしゃるか」
「「‼︎」」
そこへ不意に割って入って来た声があり、私とエドヴァルドがそれぞれに辺りを見回した。
「いや、すまぬ事をした、イデオン公。まあ、この通り五体満足にはしておるのだ」
気が付くと「なんちゃって釣り竿」を手にしたままの、フェドート元公爵とテオドル大公が、湖のある方角からこちらへと歩いて来るところだった。
「イオタが知らせに来てくれてな。儂とヴァシリーは、釣りは一時中断だ。しかし、これは興味深かった。アンディション侯爵領に戻っても、近くの湖で妻と二人で釣り糸を垂らしてみるのも楽しそうだ」
「うむ。其方達が戻ってからも、一人でも楽しめそうだしな」
思いがけず、釣りはお二方の性には合ったようです。
「……レイナ?」
今度は何だ、と言いたげなエドヴァルドの問いかけに、私は乾いた笑いを返してしまった。
「私がやった前提なんですね」
「まさか、違うと?」
「いえ、違ってないんですけど」
いまひとつ、エドヴァルドの釣り姿は想像出来ないな……と思ったのが表情に出ていたのか、テオドル大公も「うむ。せめてマトヴェイ卿の年齢くらいになって、余裕が出ているかどうかだろうな」と、相槌を打つかの様に頷いていた。
「エドヴァルド様、アレは『釣り竿』と、私の居た国では言うんですけど、個人で魚を獲る為の道具です。ただ、アレを一般流通させると、下手をすると資源が枯渇しかねないので、軍ではいざと言う時の隠し道具、この湖畔では個人の趣味として、広めずにおきたいんです。今は夕食の為に、銛で魚を突くよりは良いかな、と提案したにすぎないので」
海上の漁だって、山での狩猟だって、手当たり次第の収穫はしていない筈。
そう言った私に「…なるほど」と、エドヴァルドの理解も及んだらしかった。
「それで、イデオン公。儂の隣におるこの男が、フェドート公爵家先代当主であり、トーレン殿下の婚約者だった、ジュゼッタ姫の実の兄、ヴァシリー・フェドートだ」
距離がある程度近くなったところでの、テオドル大公の紹介に、フェドート元公爵は綺麗で上品な〝ボウアンドスクレープ〟の礼を見せた。
「いや、先触れもなきところ、こちらこそ謝らなくてはならない。イデオン公爵家当主エドヴァルド・イデオンだ。トーレン殿下亡き後の宰相位を引き継いでいる」
返礼するエドヴァルドの〝ボウアンドスクレープ〟と言うのも、実はちょっと珍しい。
元々、彼は各国の国王以外に下げる頭はない筈だけれど、やはりそこは先代宰相絡みと言う事で、思うところがあったのかも知れなかった。
その珍しい姿に、うっかり見とれてしまっていたのはヒミツだ。
「そうか……」
そんな私の隠れた動揺はさておき「宰相位を引き継いでいる」と聞いたフェドート元公爵は、泣き笑いと表するのが一番近い表情を浮かべていた。
「以前にテオドルがここへ来たのは、トーレン殿が身罷られた事を知らせる為のものだったが……こうして後継を名乗る者が改めて現れたと聞くと、月日の流れと世の儚さを感じるな……」
「ヴァシリー……」
お互いにファーストネームを呼び合う二人に、エドヴァルドが少しだけ眉根を寄せていたけれど、口に出しては何も言わなかった。
「ああ、すまんすまん、テオドル。それでイデオン公爵、我が妹の為に、トーレン殿の遺志を汲んで花を手向けてくれようとしていたと、今耳にしたが」
「申し訳ない。本来であれば、先触れ含め、正式なやり取りをさせて貰った上で、訪ねさせて貰うつもりだった。何分想定外の事であった為に、何も持たず、侵入者の様な振る舞いになってしまった事、平にご容赦願いたい。今回は礼だけでも尽くさせていただいて、また機会を改めさせて貰えないだろうか」
「儂からも頼めるか、ヴァシリー。今回に限っては、儂が約束通りに戻れなかった事もあるからな」
トーレン・アンジェス先代宰相とジュゼッタ姫との間に起きた事は、エドヴァルドやフィルバートの代にあった事じゃないけれど、それでも政治の中枢に身を置く者として、目を背けてはならない事と、エドヴァルドも居丈高に出る事をしなかったし、テオドル大公もそこに口添えをしているのだ。
「―――」
フェドート元公爵は一瞬だけ目を閉じた後、何かを決断したと言った表情のまま、くるりと身を翻した。
「付いて来られるが良い」
エドヴァルドやテオドル大公は確かにそうだろうけど、私はどうしたものかと思ったところ、明らかにそれを見透かしたエドヴァルドに、あっという間に腰に手を回されてしまった。
……あ、はい。
そっとキノコ狩り、あるいは釣りの戦列に復帰するとかはダメなんですね。
「いつもテオドルが来る時も、よほど季節外れでなければ、その花で良いと伝えてあるのですよ」
「うむ。しかし、良いのかヴァシリー?」
後に続くテオドル大公がそう言うからには、敷地のどこかで花を育てていると言う事だろうか。
確かに、ここから街までは近いとは言えないし、いつでも自分でも花を捧げられる様にしているのかも知れない。
「トーレン殿の後継者なのだろう?であれば、構わんよ。代理ではなく自らが来る。今回は不可抗力だったと言い、またの機会にと言う。その気持ちは充分に伝わったとも」
「ヴァシリー……」
やがて元の邸宅が見え、その建物の右手に、背の低い門扉のあるアイアンアーチが見えた。
「鋏は今持って来させる。ここから持って行って貰えれば良い。妹も喜ぶだろうしな」
「……うわぁ」
もちろん、感嘆の声を上げたのは私だ。
エドヴァルドは、軽く目を見開いただけだ。
「バラ……?」
そこには、左右二種類、色の違う薔薇が綺麗に咲き誇っていた――。
「エドヴァルド様?」
「ああ、いや、陛下が……」
聞けば、今回のサレステーデの暴挙にあたって、バリエンダールと足並みを揃える事になった以上は、今までテオドル大公が非公式に墓参をしていた事を、一度は公の事として扱う事で、長く冷えた関係になっていた両王室の関係にケリをつけても良いのでは――となったらしい。
「次の宰相としての立場から言えば、私が行くのが妥当だろうし、まだ表向きの政情が不安定ならば、いざとなれば謹慎中の独断にしてしまえば済む、と」
「……謹慎と言う単語の意味が分からなくなりそうです」
真面目に呟く私に、エドヴァルドが僅かに口の端を上げた。
「ユングベリ商会の販路を伸ばす点でも、貴女と行くのが効率的だとも言っていた」
「所々マトモなんですよね、陛下って……」
ところどころ、のあたりでエドヴァルドが苦笑いしている。
「陛下をそんな風に言えるのは貴女くらいだろうな」
「いえ、きっとボードリエ伯爵令嬢も同意見です」
サイコパス陛下の性質は、少なくとも〝蘇芳戦記〟プレイヤーならば、知っている。
そこまでは言わないにしても、私とシャルリーヌの繋がり方を知るエドヴァルドは「…そうか」と、何となく納得した、と言う風に軽く頷いていた。
「まあいずれにせよ、落ち着いたらその場所に花を手向けに行くよう言われていたんだ。まさか今回、そのすぐ側に移動して来るとは思わなかったから……花の用意がない。さて、どうしたものか……」
「――なるほど、貴方がトーレン殿の後継者でいらっしゃるか」
「「‼︎」」
そこへ不意に割って入って来た声があり、私とエドヴァルドがそれぞれに辺りを見回した。
「いや、すまぬ事をした、イデオン公。まあ、この通り五体満足にはしておるのだ」
気が付くと「なんちゃって釣り竿」を手にしたままの、フェドート元公爵とテオドル大公が、湖のある方角からこちらへと歩いて来るところだった。
「イオタが知らせに来てくれてな。儂とヴァシリーは、釣りは一時中断だ。しかし、これは興味深かった。アンディション侯爵領に戻っても、近くの湖で妻と二人で釣り糸を垂らしてみるのも楽しそうだ」
「うむ。其方達が戻ってからも、一人でも楽しめそうだしな」
思いがけず、釣りはお二方の性には合ったようです。
「……レイナ?」
今度は何だ、と言いたげなエドヴァルドの問いかけに、私は乾いた笑いを返してしまった。
「私がやった前提なんですね」
「まさか、違うと?」
「いえ、違ってないんですけど」
いまひとつ、エドヴァルドの釣り姿は想像出来ないな……と思ったのが表情に出ていたのか、テオドル大公も「うむ。せめてマトヴェイ卿の年齢くらいになって、余裕が出ているかどうかだろうな」と、相槌を打つかの様に頷いていた。
「エドヴァルド様、アレは『釣り竿』と、私の居た国では言うんですけど、個人で魚を獲る為の道具です。ただ、アレを一般流通させると、下手をすると資源が枯渇しかねないので、軍ではいざと言う時の隠し道具、この湖畔では個人の趣味として、広めずにおきたいんです。今は夕食の為に、銛で魚を突くよりは良いかな、と提案したにすぎないので」
海上の漁だって、山での狩猟だって、手当たり次第の収穫はしていない筈。
そう言った私に「…なるほど」と、エドヴァルドの理解も及んだらしかった。
「それで、イデオン公。儂の隣におるこの男が、フェドート公爵家先代当主であり、トーレン殿下の婚約者だった、ジュゼッタ姫の実の兄、ヴァシリー・フェドートだ」
距離がある程度近くなったところでの、テオドル大公の紹介に、フェドート元公爵は綺麗で上品な〝ボウアンドスクレープ〟の礼を見せた。
「いや、先触れもなきところ、こちらこそ謝らなくてはならない。イデオン公爵家当主エドヴァルド・イデオンだ。トーレン殿下亡き後の宰相位を引き継いでいる」
返礼するエドヴァルドの〝ボウアンドスクレープ〟と言うのも、実はちょっと珍しい。
元々、彼は各国の国王以外に下げる頭はない筈だけれど、やはりそこは先代宰相絡みと言う事で、思うところがあったのかも知れなかった。
その珍しい姿に、うっかり見とれてしまっていたのはヒミツだ。
「そうか……」
そんな私の隠れた動揺はさておき「宰相位を引き継いでいる」と聞いたフェドート元公爵は、泣き笑いと表するのが一番近い表情を浮かべていた。
「以前にテオドルがここへ来たのは、トーレン殿が身罷られた事を知らせる為のものだったが……こうして後継を名乗る者が改めて現れたと聞くと、月日の流れと世の儚さを感じるな……」
「ヴァシリー……」
お互いにファーストネームを呼び合う二人に、エドヴァルドが少しだけ眉根を寄せていたけれど、口に出しては何も言わなかった。
「ああ、すまんすまん、テオドル。それでイデオン公爵、我が妹の為に、トーレン殿の遺志を汲んで花を手向けてくれようとしていたと、今耳にしたが」
「申し訳ない。本来であれば、先触れ含め、正式なやり取りをさせて貰った上で、訪ねさせて貰うつもりだった。何分想定外の事であった為に、何も持たず、侵入者の様な振る舞いになってしまった事、平にご容赦願いたい。今回は礼だけでも尽くさせていただいて、また機会を改めさせて貰えないだろうか」
「儂からも頼めるか、ヴァシリー。今回に限っては、儂が約束通りに戻れなかった事もあるからな」
トーレン・アンジェス先代宰相とジュゼッタ姫との間に起きた事は、エドヴァルドやフィルバートの代にあった事じゃないけれど、それでも政治の中枢に身を置く者として、目を背けてはならない事と、エドヴァルドも居丈高に出る事をしなかったし、テオドル大公もそこに口添えをしているのだ。
「―――」
フェドート元公爵は一瞬だけ目を閉じた後、何かを決断したと言った表情のまま、くるりと身を翻した。
「付いて来られるが良い」
エドヴァルドやテオドル大公は確かにそうだろうけど、私はどうしたものかと思ったところ、明らかにそれを見透かしたエドヴァルドに、あっという間に腰に手を回されてしまった。
……あ、はい。
そっとキノコ狩り、あるいは釣りの戦列に復帰するとかはダメなんですね。
「いつもテオドルが来る時も、よほど季節外れでなければ、その花で良いと伝えてあるのですよ」
「うむ。しかし、良いのかヴァシリー?」
後に続くテオドル大公がそう言うからには、敷地のどこかで花を育てていると言う事だろうか。
確かに、ここから街までは近いとは言えないし、いつでも自分でも花を捧げられる様にしているのかも知れない。
「トーレン殿の後継者なのだろう?であれば、構わんよ。代理ではなく自らが来る。今回は不可抗力だったと言い、またの機会にと言う。その気持ちは充分に伝わったとも」
「ヴァシリー……」
やがて元の邸宅が見え、その建物の右手に、背の低い門扉のあるアイアンアーチが見えた。
「鋏は今持って来させる。ここから持って行って貰えれば良い。妹も喜ぶだろうしな」
「……うわぁ」
もちろん、感嘆の声を上げたのは私だ。
エドヴァルドは、軽く目を見開いただけだ。
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そこには、左右二種類、色の違う薔薇が綺麗に咲き誇っていた――。
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