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第二部 宰相閣下の謹慎事情
477 続・鷹の眼、特殊部隊、そして草
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「少し冷えてきたな。中に入らせて貰うか?」
馴染みのない――と言うか、人生初の「頭ポンポン」の衝撃で気が付いていなかったけど、言われてみれば、身体に当たる風が、少し冷たく感じられる様になってきたかも知れない。
頷いた私は、エドヴァルドと二人立ち上がって、湖に釣り糸を垂らすテオドル大公とフェドート元公爵の所へと歩み寄った。
ちょうど、何かを一匹フェドート元公爵が釣り上げたところで、なるほど、使い方としてはああなるのか……なんて、エドヴァルドが呟いている。
「釣り糸を垂らせば必ず釣れる訳ではないので、気の短い人には向いてないですよ。ただ、釣れないなら釣れないで、湖面を眺めたまま無心の時間が自動的に訪れるので、何も考えたくない時にはピッタリの趣味です」
「うむ。戻ったらアンディション侯爵領内の湖で釣り場を作るつもりだ。妻ともそうだが、ヨーン・キヴェカスが来た時も、彼奴なら付き合ってくれるだろうしな」
テオドル大公……そんなにハマっちゃったんですか。意外です。
「大公様、どんな規模の湖かは知りませんけど、釣った魚の何割かは湖に戻した方が良いですよ。ちゃんと次の世代が育つように加減しないと、湖から魚がいなくなってしまいます」
キャッチ&リリースだったか……釣った魚を全部食べていては、早々に生態系が壊れる。
「おお、確かに。そう言う意味では、ここもそうだな」
「そうですね。ちょっと皆さんの戦利品を確認して、成長途中の小さい魚とかは戻した方が良いと思います。あと餌も、虫を取りつくしてしまうのも問題ですし、お時間と気が向いたら、いっそ偽の餌を用意する事もオススメします」
「偽の餌?」
「木とか羽とかで、虫っぽくとか小魚っぽくとか見せて、魚を騙して捕まえるんです。馬鹿馬鹿しいと思われるかもですけど、私のいた国では『疑似餌』とか言って、ちゃんと釣るための戦略の一環として認知されていました」
「ほう……」
「まあ、今のは余談ですね。お時間のある時にでも、手慰みに作ってみられるのも一興かなと言う事で」
ふむ、と頷く二人をよそに戦利品バケツを除いてみると、なるほど大小含めて数匹ずつといった感じで、だけどそれが成魚なのか稚魚なのかが、この場の誰にも分からないので、とにかく一か所に集まって、料理長さんに判断して貰って、成魚じゃない魚を戻して貰う事になった。
「アングイラだけは、稚魚も料理としてあるとは、ハタラ族の方に聞いているんですけどね。それにしても、全部は食べつくさない方が良いと思います」
そして、釣り組とキノコ狩り組とが湖畔の一か所に集まったところで、私はエドヴァルドが、三人新たに引き連れてきている事を知った。
「えーっと……グザヴィエとコトヴァは分かったけど……」
春の歌をちょいちょい歌っていたデュオが、このくらいの身長差があったように思う。
ベルセリウス将軍並みの身長を誇るグザヴィエと、私よりもちょっとだけ背が高いくらいのコトヴァ。
バリエンダール語を話せると言う基準で、一度軍の三人組の代わりに候補に挙がっていた〝鷹の眼〟の二人だ。
体術や潜入が得意だと聞いている。
そして、あと一人。
私に分かるのは〝鷹の眼〟にいない青年、と言う事だけだ。
「ああ、これはバリエンダール王宮で拾った」
「え、そんなエドヴァルド様、捨て犬か捨て猫拾ったみたいな……」
「そうですよ、閣下。自分だけ、扱いが雑じゃないです⁉」
キノコの入った袋を持ちながら、雰囲気も口調も軽い青年が、エドヴァルドに抗議の声を上げている。
軍のウルリック副長よりも、更に遠慮がないと言った感じだろうか。
「今頃姿を現して、漁夫の利で付いて来ようとしている時点で論外だ。文句があるなら、帰れ」
「ひ…ひどっ……」
泣きマネの青年を、エドヴァルドは全力無視状態だ。
「自分、ちゃんとサレステーデ王宮の最新情報を調べてたんですよ⁉結構今必要な情報じゃないです⁉」
「⁉」
サレステーデ王宮、のところで私だけでなく、テオドル大公も反応を示していた。
エドヴァルドはと言えば、舌打ちでもしそうないきおいで表情を歪めていて、こちらとしては、余計に「誰だ」と気になってしまう。
「……ロイヴァス、つまりは公安が抱える〝草〟に属している男だ。出発前にあいつが言っていただろう。状況次第では〝草〟も、バリエンダールで情報を持って合流する可能性があると」
「……〝草〟……」
王宮所属。
ロイヴァス・ヘルマン公安長官の下で動く事が基準の諜報組織。
ヘルマン長官の上にはエドヴァルドがいても、直接〝草〟を動かす事は、エドヴァルドはしないと言っていたような。
とは言え確かに、今が「その状況」だと言えなくもない。
戸惑う私たちに青年は「どうも、リーシンです」と片手を振って見せた。
「まあ、自分は他国の調査が基本、今回みたいに表に出てくる事はあまりないんで、実のところは、こっちもビックリなんですけどー」
なるほど各国を探る「スパイ活動」が業務のメインであるならば、これまでにせよ、あまり表に出る事は好ましく思っていないのかも知れない。
「あ……じゃあ、サラチェーニ・バレス宰相令嬢の事とか……」
「もちろん、知ってる知ってる。恋人付きでユッカス村にいるって聞いて、オドロイタよねー」
軽い。
エドヴァルドが「戻ったらロイヴァスに、監督不行き届きを言っておく必要があるな」などと呟いているからには〝草〟としての身分は偽りではないと言う事なんだろうけど。
「ほら、でも、自分結構、食料集めましたよ⁉後でちゃんと、話聞いて下さいよー」
まずは腹ごしらえしたいですけどね、などと清々しく青年は笑った。
馴染みのない――と言うか、人生初の「頭ポンポン」の衝撃で気が付いていなかったけど、言われてみれば、身体に当たる風が、少し冷たく感じられる様になってきたかも知れない。
頷いた私は、エドヴァルドと二人立ち上がって、湖に釣り糸を垂らすテオドル大公とフェドート元公爵の所へと歩み寄った。
ちょうど、何かを一匹フェドート元公爵が釣り上げたところで、なるほど、使い方としてはああなるのか……なんて、エドヴァルドが呟いている。
「釣り糸を垂らせば必ず釣れる訳ではないので、気の短い人には向いてないですよ。ただ、釣れないなら釣れないで、湖面を眺めたまま無心の時間が自動的に訪れるので、何も考えたくない時にはピッタリの趣味です」
「うむ。戻ったらアンディション侯爵領内の湖で釣り場を作るつもりだ。妻ともそうだが、ヨーン・キヴェカスが来た時も、彼奴なら付き合ってくれるだろうしな」
テオドル大公……そんなにハマっちゃったんですか。意外です。
「大公様、どんな規模の湖かは知りませんけど、釣った魚の何割かは湖に戻した方が良いですよ。ちゃんと次の世代が育つように加減しないと、湖から魚がいなくなってしまいます」
キャッチ&リリースだったか……釣った魚を全部食べていては、早々に生態系が壊れる。
「おお、確かに。そう言う意味では、ここもそうだな」
「そうですね。ちょっと皆さんの戦利品を確認して、成長途中の小さい魚とかは戻した方が良いと思います。あと餌も、虫を取りつくしてしまうのも問題ですし、お時間と気が向いたら、いっそ偽の餌を用意する事もオススメします」
「偽の餌?」
「木とか羽とかで、虫っぽくとか小魚っぽくとか見せて、魚を騙して捕まえるんです。馬鹿馬鹿しいと思われるかもですけど、私のいた国では『疑似餌』とか言って、ちゃんと釣るための戦略の一環として認知されていました」
「ほう……」
「まあ、今のは余談ですね。お時間のある時にでも、手慰みに作ってみられるのも一興かなと言う事で」
ふむ、と頷く二人をよそに戦利品バケツを除いてみると、なるほど大小含めて数匹ずつといった感じで、だけどそれが成魚なのか稚魚なのかが、この場の誰にも分からないので、とにかく一か所に集まって、料理長さんに判断して貰って、成魚じゃない魚を戻して貰う事になった。
「アングイラだけは、稚魚も料理としてあるとは、ハタラ族の方に聞いているんですけどね。それにしても、全部は食べつくさない方が良いと思います」
そして、釣り組とキノコ狩り組とが湖畔の一か所に集まったところで、私はエドヴァルドが、三人新たに引き連れてきている事を知った。
「えーっと……グザヴィエとコトヴァは分かったけど……」
春の歌をちょいちょい歌っていたデュオが、このくらいの身長差があったように思う。
ベルセリウス将軍並みの身長を誇るグザヴィエと、私よりもちょっとだけ背が高いくらいのコトヴァ。
バリエンダール語を話せると言う基準で、一度軍の三人組の代わりに候補に挙がっていた〝鷹の眼〟の二人だ。
体術や潜入が得意だと聞いている。
そして、あと一人。
私に分かるのは〝鷹の眼〟にいない青年、と言う事だけだ。
「ああ、これはバリエンダール王宮で拾った」
「え、そんなエドヴァルド様、捨て犬か捨て猫拾ったみたいな……」
「そうですよ、閣下。自分だけ、扱いが雑じゃないです⁉」
キノコの入った袋を持ちながら、雰囲気も口調も軽い青年が、エドヴァルドに抗議の声を上げている。
軍のウルリック副長よりも、更に遠慮がないと言った感じだろうか。
「今頃姿を現して、漁夫の利で付いて来ようとしている時点で論外だ。文句があるなら、帰れ」
「ひ…ひどっ……」
泣きマネの青年を、エドヴァルドは全力無視状態だ。
「自分、ちゃんとサレステーデ王宮の最新情報を調べてたんですよ⁉結構今必要な情報じゃないです⁉」
「⁉」
サレステーデ王宮、のところで私だけでなく、テオドル大公も反応を示していた。
エドヴァルドはと言えば、舌打ちでもしそうないきおいで表情を歪めていて、こちらとしては、余計に「誰だ」と気になってしまう。
「……ロイヴァス、つまりは公安が抱える〝草〟に属している男だ。出発前にあいつが言っていただろう。状況次第では〝草〟も、バリエンダールで情報を持って合流する可能性があると」
「……〝草〟……」
王宮所属。
ロイヴァス・ヘルマン公安長官の下で動く事が基準の諜報組織。
ヘルマン長官の上にはエドヴァルドがいても、直接〝草〟を動かす事は、エドヴァルドはしないと言っていたような。
とは言え確かに、今が「その状況」だと言えなくもない。
戸惑う私たちに青年は「どうも、リーシンです」と片手を振って見せた。
「まあ、自分は他国の調査が基本、今回みたいに表に出てくる事はあまりないんで、実のところは、こっちもビックリなんですけどー」
なるほど各国を探る「スパイ活動」が業務のメインであるならば、これまでにせよ、あまり表に出る事は好ましく思っていないのかも知れない。
「あ……じゃあ、サラチェーニ・バレス宰相令嬢の事とか……」
「もちろん、知ってる知ってる。恋人付きでユッカス村にいるって聞いて、オドロイタよねー」
軽い。
エドヴァルドが「戻ったらロイヴァスに、監督不行き届きを言っておく必要があるな」などと呟いているからには〝草〟としての身分は偽りではないと言う事なんだろうけど。
「ほら、でも、自分結構、食料集めましたよ⁉後でちゃんと、話聞いて下さいよー」
まずは腹ごしらえしたいですけどね、などと清々しく青年は笑った。
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