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第二部 宰相閣下の謹慎事情

478 くどいようですが、キャンプがしたい

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 たかが四人。
 されど四人。

 増えた中に、到底相部屋で雑魚寝などさせられない某国宰相閣下などいらっしゃっては、さすがのフェドート元公爵邸も、定員オーバーが危惧されていた。

 もっとも、グザヴィエとコトヴァの方でそんな予想は既に立てていたのか、彼らはちゃっかりユッカス村で「天幕セット」を借りて、持参してきていた。
 このあたり、さすが〝鷹の眼〟の一員だと思う。まったくもって、抜かりがない。

「……エドヴァルド様、アレ、買って帰って公爵邸の庭で広げても良いですか」
「……何だって?」

 フェドート元公爵の許可を得て、湖畔の開けたところで天幕をセッティングしはじめているところを指差して私が尋ねれば、エドヴァルドの表情は、困惑も露わなものに変わっていた。

 本気だったんですか、と眉を顰めていたのはバルトリだ。
 どうやら彼は、私が単にカラハティの皮製である事に興味を示しているのだと思っていたらしかった。

「野営は仕事、天幕は生活の一部分だけど、私がやりたいのは、そうじゃないのよ、バルトリ。大事な人や友達と一緒に、テントを設営したり料理をつくったり、焚き火でリラックスしたり。夜は星を見ながらじっくり語り合うのよ。時には一人で、非日常を満喫するのよ」

 今でも充分非日常だけど、それはそれ、これはこれだ。

 シャルリーヌ…を誘って、来てくれるだろうか。
 BBQくらいならばともかく、アウトドアに関しては結構好き嫌いがあると聞く。
 おひとりさまキャンプなるものが流行っているのも、恐らくはキャンプハラスメントが表裏一体となっている事にも原因がある。

 大学の授業で近くに座っていた女の子が、彼氏に誘われて行ったは良いけど、調理準備や後片付けは全部自分、彼氏は作るそばから食べるだけ。彼氏はまた行こうと何度も言ってくるけれど、あんなもの何が楽しいのかと、怒り心頭で友人にぶちまけていたのを耳にしている。

 チラっとエドヴァルドを見てみるものの――こっちの方が、もっと「ない」かも知れない。

 仮にも公爵サマに、寝台以外のところで横になれと言うのもどうなのかと言う話だ。

「えー……その、私がやりたいだけなので、公爵邸の中なら、一人でも出来るかな、とか――」

 とりあえず一歩引いたところから様子を窺ってみたものの、エドヴァルドの表情から、どうやら対応を間違えたらしい事に気が付いて、言いかけた言葉を途中で止めて、言い直してみた。

「そ、その、私の居た国では『キャンプ』って言って、野営とはちょっと違って、さっきの釣りみたいな娯楽の一環なんですけど、エ…エドヴァルド様も期間中、一度体験してみられます?なんて……」

 何言ってんだこいつ!みたいな表情を見せているのは、エドヴァルド以外のアンジェス組だ。

 うん、分かってる!分かってるんだけど、最重要人物の表情と空気を読んだら、こうなるんだって!

「……もし私が断ったら?」
「えーっと……シャルリーヌ嬢を呼ぶので、お部屋から庭を温かい目で見守って下さい」
「………」

 無表情!無表情コワイ‼

「……買うなと言ったら?」
「しばらく拗ねます」
「………」

 拗ねてどうするって話なんだけど、存外エドヴァルドは複雑そうに、眉間に皺を寄せていた。
 すみません、小学生の「買って買って病」みたいな話をしました。言い直します。

「その……興味のない事を他人様ひとさまに強要するのは本意じゃないので……」

 あくまで「私が」キャンプをしたいのだと、さりげなく主張。

 …キャンプの話である筈なのに、周囲が固唾を呑んで見守っているのもおかしな話だとは思うけど。

「……貴女が何かを欲しいと言うのも、そうはない事だから、買う事までは止めはしないが」

「!」

「その『キャンプ』とやらを、一人でするのは許可しない。いくら公爵邸の中にしても、妙齢の令嬢であるボードリエ伯爵令嬢と二人と言うのも許可出来ない。やりたくなったら、声をかけてくれ。敷地内、どこなら良いのか庭師や〝鷹の眼〟に考えさせる」

 やった!と目を輝かせた私に、エドヴァルドは諦めた様に嘆息した。

*        *         *

 釣った魚と、収穫した山菜とキノコを、どう料理するのか厨房を覗きに行きたかったのに、アンジェス王宮の〝草〟である、リーシンの持つ情報を共有しておくべきと、エドヴァルドからは却下され、ほぼ強制的に団欒の間ホワイエに居残りさせられてしまった。

 うん、まあ、サラさんの事を思えば、料理がどうのと言っていられない事も確かだ。

「今のサレステーデは、バレス宰相が一人で国政を背負っている状況です」

 まずは現状説明とばかりに、居並ぶ面々を前にリーシンは口を開いた。

「まあ、もともと王が病に倒れてから、それなりの日がたっていますから、昨日今日突然国政を背負われたと言うワケでもないんですけどね。王太子指名もまだでしたし、余計に。バレス家は侯爵家ですけど、北方遊牧民、すなわちバリエンダールとの折衝や、常に冷害による食糧難の危険に晒されている事からも、王子王女の後ろにいる公爵家は、どこも前には立ちたがらなかったようで」

 どうやら、実務は宰相に押し付けておいて、王亡き後の椅子を狙う事にのみ、どの家も注力していたらしい。

「素行不良で有名な第三王子に関しては、臣籍降下先は侯爵家。他の王子王女ので芽が出そうになったからと言って、それまでの評判もあって、急には表に出てこられない。そもそもが、軟禁状態にあったらしいですし」

 セゴール国王が健康体だった間は、第三王子を王命で押し付けられる可能性を憂慮して、娘を国外に出していたものの、王が倒れた後は、宰相権限で降下先の家ごと抑え込んでいたらしい。

「と言うか、王子王女連中がアンジェスでやらかした件に関しては、情報がまだ宰相のところで留まったままみたいで」

 これにはエドヴァルドが「ほう……」と、微かに表情を動かした。

「まあ、それもそうか。それが知られれば、第三王子と言う軽すぎる御輿を担ぎ上げたいと思う貴族は沸いて出るだろうし、宰相自身、消される可能性も出てくる」

「だから娘サンを呼んで、保護してくれそうな家をいくつか当たらせたいみたいなんですけどね?まさか、恋人がいて、一緒に戻るとは夢にも思ってないでしょうから、どう転ぶだろうなー……とは思いますね」

 直近の事情をまったく把握していないフェドート元公爵は、要領を得ないと思いながらも、場の空気を読んで口を挟まないようにしているみたいだったけど、その隣でテオドル大公は「ふむ」と、口元に手を当てて考える姿勢を見せていた。

「と、言う事は娘御の安全確保をこちらから主張すれば、今のサレステーデは話を受け入れやすいと言う事か」

「バレス宰相が一人で国政を担っていると言うのが実情であるならば、そうでしょうね。宰相自身を突いても難しいとは思いますが、家族の話を持ち出すのであれば、あるいは」

 エドヴァルドも、同意を見せる様に頷いている

「第三王子派に取り込まれたり消されたりするよりは余程…と思うように積極的に仕向けておくべきでは、と」

「では其方は、娘御は今のままバリエンダール側に留めておくべきと思うか?父親の説得の為に、敢えて帰らせると言うもあるぞ」

 テオドル大公の言葉に「問題は、そこですね」とエドヴァルドは珍しく考える仕草を見せた。
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