聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

501 族長夫人の小さな報復

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「もともと、私が王都に出るよりも遥かに前、それこそ生まれる前と言っても良いくらいから、イラクシ族は他部族との交流には後ろ向きな部族だったんです」

 ランツァ伯母上の話を疑っている訳では決してないと、前置きをした上でジーノ青年がそう口を開いた。

 確かにイユノヴァ青年が家出をしたくらいだ。
 より閉鎖的な考えだったんだろう事は想像出来る。

 メダルド国王の政策と、イーゴス族長が恐らくは時代遅れによる民族の没落あるいは部族の民がバラバラになってしまう事を危惧して、少しずつ手を取り合おうとしていたのかも知れない。

 いくら内部抗争が原因とは言え、今回、外側から圧力をかけて制圧をした様なものだ。

 国としての立場で考えれば必要な事だったし、せめてと同じ北方遊牧民族の中から人選はしていたものの、それでも残されている人たちが殻に閉じこもってしまう可能性も否定出来ないのだろう。

 敵と見做され、悪印象を持たれている可能性は、ゼロではない。
 その上、わざと族長を病気にした人間が、まだ内部にいる「かも知れない」とは言えないんだろう。

 万一、違っていた場合のリスクを、どうしたって気にしてしまうだろうから。

「追求をするのは簡単です。ですがようやく少し歩み寄りを見せ始めた一族を、また内にこもらせたくはないと言うのが、どうしても先に立ってしまい……優柔不断と言われても仕方がありませんが、即答出来ませんでした」

 ジーノ青年は、ここで取り繕っても仕方がないと思ったに違いない。
 いっそ正直に胸の内を吐露していた。

「まあ……繊細な問題ではあるからな……」

 長年の経緯を知るテオドル大公の歯切れも、どことなく悪い。
 方向を定めてから行けとは言うものの、無理強いはしづらいんだろう。

「だが、ジーノ……」

「ええ。分かっています。ミラン殿下お一人を、血塗られた道に立たせる訳にはいかない。むしろ私こそが矢面に立てる存在とならなければならない」

 サラさんを事実上の人質にしようと言うミラン王太子からの手紙は、間違いなく北部地域との狭間で揺れていたジーノ青年に「王家を取れ」と、そう言う舵を切らせた。

「イーゴス族長とトリーフォン君には私が代表として会います。族長が話が出来る状態かも含めて、確かめないといけない。村の手前で待機して下さっている三族長には、揉め事を起こした姉妹とその一族をどうするかについて話し合ったうえで、そこにイラクシ族からは口を出させない様にしましょう」

「うむ。まあ、今はそんなところだろうな。裏切り者がいるとするならば、族長に近い人物である可能性が高い。話をしながら探るが良かろう。儂は其方の伯母をよくは知らぬが、其方よりも長くこの地に住まう者なのであろう?そう言った者からの忠告は無下にせぬ方が良いぞ」

「……肝に銘じます」

 テオドル大公、今の発言、下手をすれば甥である筈のジーノ青年より、ランツァさんのハートを掴んだんじゃないでしょうか。

 誰だって、疑われるよりも信じてくれる人の方が良いに決まっている。
 しかも大公サマは、ちゃんとその根拠を出して、よからぬ思惑がない事も明言している。

 若い頃はさぞ……なんて言ったら、ユリア夫人に叱られるかな……?


 後日こっそりサラさんが教えてくれたところによると、私たちが帰った後にその話をどこからか耳にしたらしいランツァさんは、サラさんたちがダルジーザ族の拠点から戻ってきた日の夕食で、どうやらジーノ青年の食事だけ、何やら一品激辛なモノにすり替えて出したんだとか。

 ジーノ青年は半ば涙目で、黙って一皿食べ切ったらしいけど、その「ぷちざまぁ」、いつかどこかで使ってみたい――なんて、二人でひそひそ話をしたのは、オトメの永遠のヒミツだ。

*        *         *

「レイナ」

 国が動かす〝転移扉〟だろうと、小型だろうと携帯簡易型だろうと、自分が一緒に使うと言う時には、エドヴァルドは絶対に隣にいて、手を差し出してくれる。

 周囲は生温かい視線やら、苦い表情やら千差万別だけれど、その手の本当の意味を知るのは、私だけだ。

 ――二度と独り、見知らぬ土地に立たせることはしない。

 私とエドヴァルドの間でだけ、共有されることだ。

「……はい」

 だから今日も、私はその手を取る。
 この手があれば、どこに行こうと怖くはない。

 まずはジーノ青年が先陣を切り、その後にはラディズ青年とサラさん、シレアンさんが続き、アンジェス組はその後に〝転移扉〟を通り抜けた。

「来たか、ジーノ」

 足元と周りの景色が一瞬歪んで見えるのは、扉を通る限りは如何ともしがたいんだろう。

 歪みが元に戻った頃、そう言ってジーノ青年を呼んだ声が耳に届いた。

「カゼッリ伯父上」

 通り抜けた先には既に三族長がいて、ユレルミ族のカゼッリ族長がジーノ青年の肩を軽く叩いていた。

「イラクシの族長姉妹を抑えて下さった件、有難うございました。皆、無事でしょうか」

「ああ、大丈夫だ。落馬した者もいたが、擦り傷ですんでいるしな。そちらも、逃げ出した連中は捕らえる事が出来たのか?」

「ええ。アンジェス国からの客人の手を借りる形となってしまいましたが……」

 二人がそう話をしはじめたタイミングで、ちょうどベルセリウス将軍やウルリック副長たちが、グルグル巻きにしたままの逃亡者たちを抱えて、自分たちが最後だと、通り抜けてきていた。

「……うむ。どうやらなかなかの強者とみた」

「バートリと、同じ職場ではないのですが、同じあるじの下で仕えているらしいですよ。残念ながら」

 スカウトはできませんよ、と苦笑混じりのジーノ青年に「残念だ」とカゼッリ族長は大まじめに顔を顰めていた。

 ほう……?と、バルトリと同じネーミ族のバラッキ族長の方が、僅かに片眉を動かしたほどだ。

「ところで伯父上、ここは……」

 結局、村のどこに転移をしたのかが分からずに、皆がぐるりと辺りを見回していた。

「まあ、我らとしても族長の館にいきなり……と言うのは、誤解を招くのではと思ってな。集会場を空けて貰ったのだ。不届き者どもを転がしておくのにもちょうど良かったしな」

 カゼッリ族長の言葉にかぶるかの様に、その部屋の扉が、キィ……と、たてつけの悪そうな音と共に開かれた。

「これは……」

 そんな若い声に、皆の視線が集中する。

 そこには、ネーミ族ともユレルミ族ともハタラ族とも違う衣装を身に着けた青年が、驚いた様に立ち尽くしていた。
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