聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
428 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

505 気弱な長男の決意(後)

しおりを挟む
 とは言え、私の特殊な言語チートでは、北方遊牧民族の皆様の言葉は、他人様ひとさまには教えられない。

「ああ……うん、それくらいだったら、私でも教えられるから大丈夫だよ」

 さすがは行商人のサラさん。
 元々は侯爵令嬢でもある訳だから、本人のスペックは相当に高そうだ。

「……分かりました」

 途中からは無言になり、複雑な表情で話の成り行きを窺っていたジーノ青年が、そこで観念したかの様に大きく息を吐き出した。

「個人的にはあまり賛成とは言えませんが、それが最も早くカタが付くのも確かでしょう。伯父上、そう言う事ですので、バラッキ族長とガエターノ族長とで、街道を封鎖した姉妹それぞれと、彼女たちに付いた一族の連中の尋問をお願い出来ますか」

「おまえが、あの母子おやこの尋問に入るのか?」

 賛成、反対どちらかを主張すると言うよりは、ジーノ青年の動きを確認しようとしているカゼッリ族長に、ジーノ青年はゆっくりと頷いた。

「ラディズ殿はイラクシ族の部族言語が話せない。商業ギルドのシレアン・メルクリオと言えば、近隣諸国含めて最も北方遊牧民に顔の利く人物ではありますけど、北部出身ではないと言うところで、話を聞いて貰えない部分が出てくるかも知れない。ユングベリ商会長も、従業員にネーミ族出身者を抱えてはいるけれども、本人が話を聞いて貰えるかとなれば、また別の話。どう転んでも良いように、私が付いていた方が良いと思っていますよ」

「……ふむ」

 カゼッリ族長は、少しの間だけ考える仕種を見せた。

 バラッキ族長やガエターノ族長が、血の気の多そうな為人ひととなりに見える事を思えば、カゼッリ族長は二人よりも落ち着きがある。

 ジーノ青年の性格を考えれば、確かにそこに血の流れを感じさせた。

「しかし先ほどまでの様に、抗争を押さえるだけなら我ら部族だけで良かったが、その先の事となると、我ら以外の関係者が立ち会った方が、今後いらぬ憶測を招かずに済むと思うのだがな」

「伯父上、それは……」

 カゼッリ族長は言外に、ジーノ青年が姉妹側の事情聴取を行わないのであれば、アンジェス組の中からの立ち合いを、と仄めかせている。

 気付いたジーノ青年はもちろん、エドヴァルドやテオドル大公も微かに眉をひそめていた。

「……リーシン」

 そして、ややあってから仕方がないとばかりに、エドヴァルドが一人の名を呼んだ。

「え」

 公安付〝草〟の一員であるリーシンは、それまで空気のごとく黙って様子を窺っていたけれど、いきなりの名指しに、軽く目を見開いていた。

「おまえが、テオドル大公とマトヴェイ卿の通訳に付いてやれ。お二人ともそれでよろしいか」

 ああ、そうか。
 バリエンダール語はともかくとして、北方遊牧民族固有の言語となると、話せる人間の数はガクンと落ちてしまう。

 私もバルトリも、ジーノ青年、シレアンさんにサラさんまでもがトリーフォン君たちと話す場に残るとなると、通訳可能な人間が他にいないのだ。

 と言うかリーシンは話せるんだ……ある意味〝草〟もそれなりに訓練されていると言う事なんだろう。

「えーっと……ネーミ語なら分かるんですが、他となると……」

 自信なさげなリーシンに「いや」と答えたのは、バルトリだった。

「俺もそうですし、それで問題ないかと。発音やちょっとした文字の違い程度だから、ほぼ想像がつきます」

「……な、なるほど」

 軍の皆さま方やトーカレヴァ達なんかは、もとより捕まえた下っ端の監視と言う形で、話には加わらない。

「ま、その辺りが妥協点か」

 テオドル大公も、最後には納得したとばかりに頷いていた。

*        *         *

「――お待たせいたしました」

 こちら側が二手に分かれようとの話が落ち着いた頃、イーゴス族長の様子を見に行っていたマカールも、再度この部屋へと戻ってきていた。

 ただ、今回はトリーフォン君もその母親も一緒ではない。

「我らが族長は、まだ身を起こすどころか言葉も発せる状況にはないのですが、こちらから話す事は理解していると思われます。ですから、お話は族長のところで」

「良いのですか?病み上がりの族長には、ご負担なのでは?」

 そう言ったジーノ青年に、マカールは緩々と首を横に振った。

「私が族長の意思を無視して勝手な行動をとっていると思われないためにも必要なことです。また、族長も、変に気遣われる事はよしとされないでしょうから」

 それだけを聞いていると、このマカールと言う人には、部族内での専横を目論むような意思はなさそうだけど、さすがに今の一言だけで判断は出来ない。

「ただ、エレメアの方が何か、貴方がたに失礼なことを口にするかも知れない。一連の騒動で、トリーフォンの身が危うかったこともあって、気が立っているのですよ。そのあたり、どうかご容赦願いたい」

 族長の側室夫人を隠れ蓑にしている場合だって、考えられる。

 トリーフォン君とエレメア側室夫人と、このマカールと言う人との関係性は、注視していた方が良いのかも知れない。

 ジッとエドヴァルドを見上げれば、言いたいことは分かっているとばかりに、エドヴァルドは頷いてくれた。

 思いがけずシレアンさんと一緒に、ギルドと商会関係者として、参加しなくちゃならない。
 ラディズ青年には極力話をさせないようにしないといけないからだ。

 そうなると、件の三人の様子は、エドヴァルドに見ておいて貰わざるを得なくなる。

 私はそこでふと思い立って、シーグをちょいちょいと手招きした。

「……イオタ、可能な範囲で良いから、ここしばらくの族長の食事内容を探ってみて貰えないかな」

 直接的な毒ではないにせよ、族長の体調を悪化させる様なメニューがなかったとは限らない。
 確認させておいて損はないと、シーグを呼んだのだ。

 厨房なり台所なりに入り込むのであれば〝鷹の眼〟男性陣よりもシーグの方が良いだろう。

「……分かりました」

 ごめん、シーグ。
 これも薬草づくりのための勉強だと思って!

 私とシーグがすみでこそこそと相談しているのをよそに、ジーノ青年がラディズ青年の前にゆっくりと歩を進めていた。

「……ではお願いします、ラディズ殿」
「あ、ああ。サラのためだものね。頑張るよ」

 ラディズ青年は、そう言って、右手の拳をぎゅっと握りしめていた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。