聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

528 先代ギルド長のために

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「保存の話もあったから、魚は厨房に置かせて貰ってあるんだよ。あ、追加で貝もあるから。昼食会が済んだら、バルトリとか他の従業員の手を借りて、運び出してやって。で、面白い調理法が見つかれば、僕かシレアンかジーノに連絡してよ。チェーリアでも良いんだけど、あの女性ひとかなりお人好しだろう?誰にレシピを盗まれるとも限らないからね」

 お人好しと言っても悪い意味じゃないよ、と斜め前を歩きながら、ナザリオギルド長は片手をひらひらと振っている。

「帰る前にもう一度食べに来て欲しかったけど残念だ、って彼女言ってたよ」

 私もチェーリアさんは素直にいい人だと思うので、そこをあげつらうつもりはなかった。

「そうですね。でも、まぁ……これっきりと言う事もないと思うので」

「確かにね。それで、イユノヴァ・シルバーギャラリーとの店舗共有の件は、考えてくれた?実はそれを確認したくて、押しかけて来たようなところはあるんだよね」

「ナザリオギルド長は……どうしてそこまで、あのお店に拘るんですか?正直、ギルド長としての職務の範囲は越えている様に思うんですけど」

 実際、気にはなっていたのだ。
 シレアンさんも、それに頷けば、トリーフォンを受け入れる事もやぶさかじゃない様な事を言っていた。

「あー……やっぱり、そこにいっちゃうかぁ」

 口調は軽いけれど、ナザリオギルド長は、わざとこちらを見ない様にしている気がした。

『んー……じゃあ、僕とシレアンしか知らない事だから、言葉を変えて良いかな。気付かなければ黙っていても良かったんだけど、聞けばだいぶ深くまで関わっちゃったみたいだしね』

 私には同じようにしか聞こえなかったけれど、エドヴァルドが無言で眉をひそめたところを見ると、確かに話す言語が変わったと言う事なんだろう。

 以前のナザリオギルド長との王都商業ギルド内でのやり取りを考えれば、もしかしたらベルィフ語に変えているのかも知れない。

『前に、僕がこの年齢でバリエンダール王都商業ギルド長になったのは、先代まえのギルド長が任期満了前に殺されて、すぐに任命出来る人材が他にいなかった……って話をしたよね』

『はい、伺いました』

『で、その殺された前のギルド長の娘さんが、王都から北部イラクシ族に嫁いだって言う話もしたよね?』

『……されてましたね』

 答える私の口の中は、ちょっと渇いていたかも知れない。
 まさか、と思ったけれど、ナザリオギルド長は緩々と首を横に振った。

『今、誰を想像したのかは何となく分かったけど、その娘さんはもう病気でこの世にはいない女性ひとだから、違うと思うよ』

 シレアンさんから概略は耳にしているんだろう。
 私が一瞬エレメア側室夫人を疑った事を察して、否定してきていた。

『ああ、でも、まるきり無関係でもないのかな』
『え?』

 首を傾げた私に、ナザリオギルド長は一瞬空中で、説明の言葉を模索していた様に見えた。

『今は亡き先代ギルド長の娘さんの結婚相手、イユノヴァオーナーの従兄いとこだったんだけどね。それは同時にエレメア側室夫人の義兄であるマカールの兄でもあったわけなんだよ』

『……?』

 ナザリオギルド長じゃないけれど、私もちょっと、頭の中に家系図を書きそびれた。

『まあ、少数民族の家系図なんて、狭くて当然だから、辿ればどこかで繋がるのは、むしろ当たり前だよ。――だからね』

 そこは深く追求しなくても良いでしょ、とナザリオギルド長は言う。

『多分先代ギルド長だったら、その……トリーフォンだっけ?その子を放っておかなかったと思うんだよ。もちろん、イユノヴァ・シルバーギャラリーの方もだけど』

『それは……』

『別にお人好しぶるつもりはないよ。たださ、僕もシレアンもいきなり他国のギルドからここに来ただろう?余所者が任期の間、適当な経営をしていると思われたくなかったんだよね。先代ギルド長の仕事内容を確認した限り、相当優秀な人だった事は間違いないからさ。どのみち何年か先に次に繋がなきゃいけないなら、ちゃんと彼の遺志もそこに加えておきたいじゃない』

 これが副ギルド長だったら、ここまではしなかった――と、前を歩きながら、ナザリオギルド長はそこでおどけて見せた。

『あっちはあっちで、引きずり降ろされても当然な仕事しかしていなかったしね。これでも、慈善事業はしていないつもりだよ?』

 単に、先代ギルド長の遺志と功績が、自分とシレアンに今の動きをさせているのだと、ナザリオギルド長はそう断言した。
 この分だと、シレアンさんに聞いても、同じ事を言いそうだ。

『イユノヴァオーナーも、早くにイラクシ族の村を飛び出してきての修行三昧だったから、自分とトリーフォンが親戚関係にある事は知らないと思うよ。そもそも、先代ギルド長の娘さんがイラクシ族に嫁いだ事さえも知らないんじゃないかな。僕もシレアンも、北方遊牧民族の男性と結婚した、としかぼかして説明した事はないからね』

 この後も、自分たちの方からは知らせるつもりはない、とナザリオギルド長はきっぱりと言い切った。

『多少なりとやらかしている事を聞けば、自省する必要は確かにある訳だろう?聞けばどうしたって、どちらにも甘えが出てくる。知らずにいておいて、少なからずの苦労を背負うべきだね』

 元が天才肌であるにせよ、ナザリオギルド長がこれまで置かれてきた環境は、決して易しい環境ではなかった。
 逆境を跳ね返し続けて、ここまで来ている。

 トリーフォンの心身が少し不安定だと分かっていても、ナザリオギルド長はそこを乗り越えさせたいと思っているに違いなかった。

『別に僕は、心が折れたまま放っておくとは言ってない。先代ギルド長の為にも、多少の協力はするよ。そこは疑って欲しくないね。……で、そろそろ納得してくれた?』

『そ……うですね。シレアンさんとお二人、亡くなられた先代ギルド長の存在を限りなく尊重していらっしゃると言うのは、分かりました』

『僕もシレアンも、ここへ来てから分かった事だけれど、王公認で、中央と北部との商業面からの懸け橋になろうとしていた人だったみたいだからね。この国の特殊性を考えれば、それは引き継ぐべき事項はなしではあるよね』

 そう言ったところで、どうやら昼食会が行われる部屋の前に付いたらしい。

「本当は、まだまだ話し足りないんだけど仕方がないな」

 恐らくは言葉を元に戻して、ナザリオギルド長は扉の前に立った。

「まあ、とりあえずは今日持ち帰る品物の感想と取引の書類を送り返してくれる事を待ってるよ。共有店舗の取引書面は、正式な形にしたためて、別便で僕の方から送るから。あ、講師派遣に関する資料もそこに付けておくね」

 ああ、忙しい。

 そう笑ったナザリオギルド長は、案内役の侍女が扉を叩くのを、笑みを浮かべながら見つめていた。
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