聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

529 王女様との再会

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「レイナおねえさま!」

 昼食が用意されていると言う部屋に足を踏み入れた時、そんな声と共にこちらに走り寄って来た影があった。

「……おねえさま?」

 その声を聞き咎めて、エドヴァルドが「何の話だ」と言わんばかりの視線をこちらへと向けた。

「えー……あ、ちなみにあちらは『テオお祖父様』だそうです」

 言外に「王女が名付けた」と仄めかしながら、先に部屋に来ていたテオドル大公を私が指し示すと、エドヴァルドの眉間の皺がますます深くなった。

「テオお祖父様がご無事だったのももちろんですけれど、おねえさまもご無事でよかったですわ!父や兄に届く情報も断片的でしたから、心配していましたの!」

 私の両手を掴んで、目をキラキラと輝かせる美少女に、迫力負けした私がドン引きしそうになる。

 すると流石に、メダルド国王もこれ以上は……と思ったみたいだった。

「ミルテ、気持ちは分かるがそのあたりにしておかぬか。ユングベリ嬢が困っておる」
「ごめんなさい、おねえさま!安心したら、つい……」

 父親の注意を受け、シュンとなる美少女とか――さすが〝蘇芳戦記〟バリエンダールサイドの本来の主役だ。

 こんな美少女との縁談が……と思うと、一瞬、胸の奥が痛みを訴えた様な気がした。

 私はミルテ王女に向かって柔らかく微笑んだつもりだったけど、上手くいっただろうか。

「……レイナ」
「「⁉」」」

 そんな私の耳元に、エドヴァルドがふいに顔を寄せてきた。
 私だけではなく、ミルテ王女も、ちょっと驚いている。

「余計な心配はしなくて良い。貴女が気にしている様な話は、すでに粉々にしておいた」
「……っ」

 その様子に顔色を悪くしているのはミラン王太子だけで、ミルテ王女なんかは目を丸くした後で、私とエドヴァルドを交互に見やりながら、微かに頬を染めていた。

「そう言えばテオお祖父様が、おねえさまには婚約されている公爵様がいらっしゃると。もしかしてこちら、お迎えに……?」

「え……ええ、そんなところ……です」

 それだけを聞くと、さも、今迎えに来たかの様で微妙な言い回しだなと思ったんだけれど、隣から「それ以上は言わなくても良いだろう」的なオーラをビシバシ感じたので、私は曖昧に微笑わらうしかなかった。

 そして私の曖昧な微笑を単に肯定と受け取ったミルテ王女は、ぴしりと背筋を伸ばして、外交的な仕種と笑みに切り替えてきた。

 王女と言う地位があるので、ミルテ王女の場合はそれが〝カーテシー〟の代わりにもなる。

「はじめまして。バリエンダール国王メダルドが息女、ミルテです。ユングベリ商会長には、先だっての茶会で『おねえさま』とお呼びしても良いと、許可をいただいています。どうかこの先のお付き合いもお認めいただけると幸いです」

 嫌味にも高圧的にもならない、絶妙なところを突いているのは、無意識だろうし、ミルテ王女の見た目と為人ひととなりだからこそ許される事だろう。

 逆にエドヴァルドの場合は、公爵としては王女より下位でも、宰相としては王子王女は同格になるため、一般的な礼儀として、軽く胸に片手をあてて、一礼した。

「イデオン公爵エドヴァルドと申します。確かに私は「レイナの婚約者である公爵」とはなりますが、同時にアンジェス国の宰相位も保持しております。今後も外交の場でお目にかかる機会があるやも知れません。どうぞ、お見知りおきを」

「まあ!宰相様でいらしたんですのね。でしたら、その外交の際にはぜひ、おねえさまもお連れ下さいませ。わたくしの方で精一杯おもてなしをさせていただきますから!」

 返事の前に、一瞬エドヴァルドの不穏な視線がこちらを向いた気がした。
 どうしてここまで王女殿下と親密になっているのかと言いたげだ。

「まあ……お茶会でイロイロあって、絆が深まったとでも言いましょうか……」

 うん。間違ってはいない筈だ。

「おねえさま!あの、わたくしのお茶の話、父――陛下から許可をいただきましたの!兄である王太子殿下の婚姻に合わせて披露目をし、その後は定期的に流通させていこうと言う話になりました!わたくしそれを一刻も早くおねえさまにお伝えしたくて……」

「まあ、そうなんですのね?ちなみにそのお茶は、今日も……?」

「ええ、もちろんです!」

 嬉しそうに目を輝かせる王女に、私は隣で訝しげに立つエドヴァルドを見やった。

「王女殿下が、兄である王太子殿下の為に、自ら茶葉を厳選して、工場に指示をして、試行錯誤を繰り返しながらブレンドさせたと言うお茶があるんです。最近の王宮外交の場でも出されているそうで、最終的にはもっと味を調えた完成形を、王太子殿下の婚姻の儀で振る舞いたいと。そう言う逸話付のお茶があるんです」

「……ほう」

「ですので、よければ最後感想を伝えてあげて下さい」

「……それを、いずれ貴女の商会で取り扱うつもりなのか」

 やはりエドヴァルド、詳しく説明せずともそこまでは察せられたらしい。

「そうですね。アンジェスにしか店舗がないままそれをすれば、国内の店から反感を買うでしょうけど、王都の店舗を開業させた後の事であれば、そこは最小限に抑えられるかと」

 どのみち、ミラン王太子の婚姻の儀とて、来月や再来月と言う話じゃない。
 次期国王の婚姻だ。

 こちらがバリエンダール店舗の開業準備を今から進めたとしても、充分に追いつけるだろう。

「……なるほど」

 そこからは、ちょっと声を落として、私はエドヴァルドに囁いた。

「ちなみにテオドル大公サマは『味はごくごく一般的。だからそのブレンドが出来た経緯と、王女殿下の名前で売れば、付加価値が付いて「売れるお茶」になるだろう』――と」

「ふ……忌憚のない意見、とはそう言う事か」

「どちらかと言えば珈琲文化みたいですからね、バリエンダールも北部も」

 理解した、と言うように頷いたエドヴァルドは、不安げにこちらを見ているミルテ王女に向き直った。

「では私も、商会への出資者として、そのお茶を最後楽しみにしておりますよ」

 それだけを言うと、チラリとメダルド国王を見て、そろそろ限界だと判断したんだろう。
 私を連れて、用意された席への案内を、侍女に対し促した。

「ミルテ様、ぜひまたあとで」

 私がそう言ってミルテ王女に笑いかけると、王女自身も、あまり陛下を怒らせたくないと思ったんだろう。
 最後「え、ええ。帰る前に最後ぜひご挨拶させて下さいませ!」と、もつれそうな口調で慌てて礼を見せていた。

「すまぬな、イデオン宰相。以前は病で臥せっている事も多かったのでな。つい皆が甘やかしてしまった」

「……いえ。懇意にしていただいている事が伺えて、光栄に思いますよ」

 うわぁ……牽制してる。
 ナニとも誰とも言えないけれど、確実に冷ややかな一瞥が、部屋の中に投げられた。

 ……うん、見なかった事にして座ろうかな。
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