聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【バリエンダール王宮Side】王太子ミランの訣別(5)

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 ジーノが先導をする形で北部ユレルミ族が拠点とする村への移動を行うのと前後するように、父メダルドの名前で、アンジェス国フィルバート陛下宛の親書を持たせた使者を派遣した。

 内容は当然、テオドル大公との連絡が取れなくなっていることによる帰国遅延の話だ。

 それはそれで、少しの時間を置いて、使者が王あるいは宰相からの受取の伝言を聞いて戻って来るものと思っていたが、そこへまたこちらも、予期せぬ封書を送り付けられることとなった。

 こちらからの使者が〝転移扉〟の向こうに姿を消したのと同時に、アンジェス国側からも使者が現れたのだから、どう考えてもこちらからの使者を予測していたうえで、待機をしていたのだとしか思えなかった。

 ――完全に、情報戦として先手を取られている。

 恐らくは、既に昨日のうちから何らかの形でテオドル大公が戻っていないとの情報を掴んでいたのだろうと思われた。

「なっ……⁉」

 アンジェス国からの使者が恭しく差し出した封書を開いた父メダルドが、顔色を変えて立ち上がっている。

「使者殿、これは……」

「当人より『あくまで休暇中の私用。婚約者と長く離れていたくない気持ちをお汲み取り頂きたい』との伝言を預かっております」

 いや、しかし……と今にも封書を握りつぶしそうな父メダルドに、私はとりあえずその手の中の封書を見せて貰えないかと声をかけた。

 封書を受け取る傍ら、父の耳元で「陛下、落ち着いて下さい」と、使者に届かない声をかける。

 父の手が少しゆるんだのを肯定と取って、私はその封書を抜き取って、その場で一読した。

「⁉」

 そしてかろうじて、その場で声を上げることを思いとどまる。

 そこには、今日からを取って、婚約者と過ごす筈だったと言うアンジェス国宰相エドヴァルド・イデオン公爵からの、言ってしまえば「本人が帰って来ないのであれば、こちらから出向く」と、もはや返信を必要としていない一文が書き記されていたのである。

 しかも、こちらからの使者が用件を済ませて戻るタイミングで同行する――と。

「ミ……ミラン、ここにあるイデオン宰相殿の『婚約者』と言うのは……」
「お察しの通り、レイナ・ユングベリ嬢ですよ」
「うむ……と言うことは、ここにいないと知れば……」
「ええ。間違いなくユレルミ族の村へ行きたいと仰られるでしょうね」

 その瞬間、父が苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。

 我が国でも、北部地域との関係は繊細で、常に薄氷の上を歩いているようなものなのだ。
 国王としての父の葛藤は、私ですら理解が出来た。

 やって来た使者は、次に〝転移扉〟が開くタイミングで、自分もすぐに戻らせて貰うと、その場に片膝をついて待機の姿勢を見せた。

 彼がとる行動としては、それが正しいし、また、それが唯一の正解だ。

 私と父との会話がある程度制限されてしまう事になるが、致し方のないところではあった。

「ただ陛下、今回に限って言えば、来られたその足でユレルミ族の村まで移動して頂く方が良いのではありませんか」

 私からの提案に「なんと」と、父メダルドは軽く目を瞠っていた。

「もちろん平時であれば、他国の、それもテオドル大公殿下に匹敵するような要人を、北部地域へなど行かせられません。ですが今回は私用を強調なさっているうえに、自分もトーレン殿下とジュゼッタ姫を偲ぶために出向きたいと仰る。むしろ断る理由を探すのが難しい」

「……そうか。確かにな」

「それと、王宮内に部屋を用意することなく北部に向かっていただければ、アンジェス国の宰相が来ていると言う事実そのものが、王宮内、最低限の人数にしか知られずに済みます。こちらの内情を必要以上に悟られないと言う意味でも、その方が良いのではないでしょうか」

 私の言葉に、目から鱗とばかりに父が頷いている。

「ただし〝転移扉〟を設定しなおす時間と、ノヴェッラ女伯爵にも魔力の再補充と、少し休んでいただく必要はあるでしょう。ですから来るのであれば明日の朝と条件付けたうえで〝転移扉〟を再起動させるまでの間、陛下の執務室あるいは私の執務室にお立ち寄りいただくのはいかがです?」

「うむ。今この国へ来て、関係者のいない王宮内で一泊するよりはよほど良かろうな。万一のことがあれば、我が国とて無事では済まぬ可能性があるからな」

 ミランの言や良し、と父メダルドは最終的な賛同の意を示した。

「私の執務室では他の貴族の目に止まる機会も増えよう。フォサーティ宰相もいる、其方の執務室の方が色々と都合が良いように思うぞ」

 そう結論を出した父に、反対する理由は私にはなかった。

*        *         *

 返書の使者が控室で一晩過ごして戻ることは、そう珍しいことではない。
 アンジェス王宮には、イデオン宰相宛「明日ならば」と手紙のみを転移させておいた。

 ノヴェッラ女伯爵は元々稀有な魔力量の持ち主であり「当日中の起動でもかまわない」との発言はあったが、今回は私も父も敢えて聞かなかったことにしておいた。

 もしかしたら、テオドル大公の安否が分かるのではないか――父が一縷の望みに縋りたがっていたのが見え隠れしたからだ。


 そして、翌朝。
 残念ながら父が期待していたようにはならず、再度の〝転移扉〟の起動を知らせるかのように、部屋の中央の円陣が淡い光を放ち始めた。

 まず最初は、こちらから行かせていた使者が姿を現し、その後に続くように、紺青色のやや暗い髪色をした、一人の男性が姿を現した。

「!」

 私自身は一度、以前アンジェス国で執り行われたトーレン殿下の葬儀の際に会った覚えがある。
 何よりも「冷徹」「鉄壁」の名を背負うに足る威圧感を当時から持ち合わせていた。

 冷ややかに細められた目と視線の鋭さは、その当時から些かも変化していないように思う。

「メダルド国王陛下、ミラン王太子殿下にご挨拶申し上げます。アンジェス国宰相エドヴァルド・イデオン。本日は休暇中の私用にて訪ねさせていただきました。直前の無茶な要望をお聞き届け下さり感謝申し上げます」

「…………」

 建前も甚だしいその発言に、私だけではなく隣に立つ父メダルドの表情もさすがに強張っている。

 アンジェス国側の使者が入れ違いに戻っていく挨拶に、片手を上げて応えるイデオン宰相の態度の方が、むしろ堂々としているくらいだった。

「お忙しいところ申し訳ない。婚約者のいるところにさえ案内願えれば、あとは捨て置いていただいて構わないのだが」

 いっそ怖いくらいに淡々と投げかけられたその声に、私と父は互いにハッと我に返った。
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