聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの希求(2)

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「宰相、其方は私の執務室を元に戻す指揮をとれ」

 ミラン王太子の執務室を出る直前、王太子はそう冷ややかに言いきった。

「殿下……」

「そもそも、其方は私預かりで当面執務室を出てはならぬと陛下から沙汰されている身。であれば、この部屋を元に戻せと私が命じるのもおかしなことではあるまい。地道な手作業だろうと魔道具を使おうと手段までは問わぬ。そこでしばらく自身の発言の軽率さを省みているが良い」

「……っ」

 自分よりも遥かに年上、父親世代の宰相に対し、怯むことなくその過ちを突きつけている。

 ここしばらく、自国アンジェスでロクでもない王族を何人も目の当たりにしていた所為せいか、ミラン王太子が桁違いに次期国王としての器を持っているかのように見えた。

「イデオン宰相はこちらへ。宰相、ノヴェッラ女伯爵から〝転移扉〟の再整備終了連絡が届いた際には『セニチェートの間』へ、その遣いを寄越してくれ」

 ミラン王太子は返事を必要としていないし、さすがにそれと分かるフォサーティ宰相も、黙って頭を下げただけだ。

 私はそこには口を挟むことなく、王太子の後に続いて執務室を出た。

 敢えて視界から外れない程度の距離をとったところで、双子の片割れリックが静かに近付いてきた。

 王太子もその事は分かっていたが、たった今の非礼のこともあってか、ここは見て見ぬフリをして、会話が聞こえない距離を保つ事を選んだようだった。

「……あの。が北部地域に行ったのは、状況的にそうせざるを得なかったと言うか」

 小声でそう囁いたリックは、バリエンダールの王都商業ギルド長が今回絡んでいて、街道封鎖をした一族を食料含めた商品取引において孤立させることで、早期の事態解決を促しており、ギルド幹部と共に「ユングベリ商会」を巻き込んだのが、主な原因だと私に説明した。

 この国の商業ギルドと王家との関係はかなり特殊で、少数民族の問題にも深い関わりがあるようだと。

「だから、そのギルド長の言を王家の側も受け入れて、かつ、王宮内に軟禁されることを忌避するためにレイナも北部へ向かった……と?」

「王宮にいたとて、対立する公爵家がどう出てくるか分からないって言うのがあったから……」

 チラチラとこちらの顔色をリックが伺っているが、正直先ほどの「レイナが気に病む」の一言で、だいぶ抑えられた筈と思っている。

「なるほど、王宮内に玄人が忍び込む危険より、遠く離れた北部地域で頭数だけ揃う素人と対峙する方がまだ安全だと」

「た、多分。いざという時、王宮内だと外交問題になるところが、北部だったら宰相の養子公認で正当防衛だって主張できるわけだし?」

 リックとて、見た目に反してギーレンの王子侍従が本職だ。
 政治的な話題でもそれなりに自分で考えて発言は出来るようだった。

「あまり暴走しないで欲しいんだけど……俺としては、お嬢様を通り越して妹にまでそのとばっちりがいくのを何よりも心配している」

「…………」

 自分の中の軸がしっかりしているのは、私にも見て取れる。
 清々しいほどの妹重視発言だが、咎めだてする気にはなれなかった。

「――王太子殿下」

 そこへ前方からかけられた声があり、私は前を歩くミラン王太子と、その先の声の主を辿った。

「ノヴェッラ伯。もういいのか」

 見ればやや年齢が上と思える女性が、ミラン王太子へと話しかけたところだった。

「お気遣いいただきありがとうございます、殿下。何とか再度の起動が出来るところまで、魔力は回復致しました。陛下にも既に連絡は入れております」

「そうか。そのあたり、私では判断のしようがないからな。いけると判断したなら、早速そうさせて貰うだけのことだが」

「お任せ下さいませ」

 一礼する女性をよそに、ミラン王太子がこちらを振り返る。

「イデオン宰相。どうやらすぐにでも貴殿を北部地域へ案内は出来そうだが、如何なさりたい?今から案内をしようとしていた別室で、少し休んでから行かれても、こちらはいっこうに構わないが」

 ――私の答えなど、一つしかなかった。

「当代聖女どのに無理がないのであれば、ぜひお願いしたい。私の婚約者も、よく無理をする。早くこの手で捕まえておきたい」

 私がそう言い切ったところで、女性、つまりはノヴェッラ女伯爵が、軽く目を瞠っていた。
 そう言えばこの女性とも、会って話をするのは初めてだったかも知れない。

 聖女と言う存在は〝転移扉〟の起動と維持が主たる任であり、なかなか中央の政治にかかわってくることは少ない。

 向こうも間髪入れずに答えた私を少し訝しんでいたものの、ミラン王太子の「ユングベリ嬢と婚約関係にあるそうだ」と言う一言で、納得したとばかりに頷いていた。

「あの方は知識の吸収にも貪欲で、将来が楽しみな方でいらっしゃいますわ。この先、バリエンダールとアンジェスを繋ぐ架け橋のお一人になられるかと」

 恐らくは純粋にレイナを褒めてはいるのだろうが、私の心中はやや複雑だ。

 思わず答えそこねていたものの、彼女は自分がすぐにでも扉を繋がなくてはならないと思っていたからか、そのまますぐに身を翻した。

 社交辞令であれば、それはそれで構わない。とりたてて不快には思わなかった。

「イデオン宰相、ではこのまま〝転移扉〟のある部屋に再度案内をしよう」

 ミラン王太子の言に、私も二つ返事で頷いた。
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