聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
485 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの希求(3)

しおりを挟む
「……しかしまさか、宰相閣下を名乗られる方が、にせよ護衛3人で他国までおいでとは、思いもよりませんでした」

 再び〝転移扉〟のある部屋まで辿り着いた時、振り返り際にミラン王太子が感心したように口を開いた。

 正確には、リックは護衛ではないのだから二人と言えるだろうが、ここでは素知らぬふりを通した。

 正直、レイナの傍にはベルセリウスを筆頭に軍の人間が複数付いているのだから、過剰戦力、下手をすれば脅しになると思っていたのだ。

 すぐに合流出来ると思っていたからこそ出来たことではあったのだが、そこはわざわざ口にしない。

「ここからユングベリ嬢たちと共に〝扉〟を通ったのはフォサーティ宰相の息子ジーノだが、ユレルミ族の村――ユッカス村の代表者は族長カゼッリ、養子縁組前のジーノとは、伯父と甥の関係にあった。もしジーノが何らかの理由で不在にしているようなら、カゼッリ族長を訪ねるといい」

 そう、事前情報を渡してくれたミラン王太子に「承知した」とだけ短く頷いておく。

「せめてこちらからは余計な横槍が飛ばぬよう、諸々押さえておくつもりはしている」

 ミラン王太子の言う「余計な横槍」は、恐らく縁談の話ではないように思う。
 だがそれ以上は今のところ内政干渉だろうと、私は深く聞かないことにしておいた。

 今は何を置いても、テオドル大公の安否確認が先だからだ。

「聖女殿。この度の助力感謝する」
「ノヴェッラ伯爵マリーカと申します、宰相閣下」

 部屋の中央に描かれた円陣に立つ前に頭を下げた私に、バリエンダールの当代聖女は穏やかに微笑わらった。

 思い返せばきちんとした名乗りは受けていなかったかも知れないが、言われるまで気にはしていなかった。

ご婚約者レイナ様にも申し上げましたが、私の力と知識で役立つことがございましたら、いつなりとご連絡下さいませ。聖女、聖者の力はどの国も貴重なもの。協力に否やはありませんから」

 どこかの花畑在住聖女とは違う――などとレイナが考えた姿が目に浮かぶようだった。

 思わず苦笑してしまった私を、怪訝そうに聖女と王太子とが見ていたが、私も「いや」と片手を上げるだけに留めた。

「では、くれぐれも気を付けて行ってきて欲しい。いくら私用と言えど、何かあれば即国際問題になるのはお分かりだと思うので」

「承知した、王太子殿下。テオドル大公の無事が分かれば、いらぬ憶測は呼ばずに済むと思われるが、私自身も留意はしておこう」

 そうして私は、バリエンダールの王宮に何時間も滞在しないうちに、北方の遊牧民族、少数民族ユレルミ族が拠点とするユッカス村へと移動をしたのだ。

*        *         *

 レイナたちがその繋がった空間を通ってから、それほど日時が経過していた訳ではないこともあって、当代聖女ノヴェッラ女伯爵も、それほどの魔力を使うことなく、再整備をすることが出来たらしかった。

 通常であれば〝転移扉〟を繋げる距離が長い場合には、もっと長めの休息を必要としているのだと言う。

 移動した先は、木で組み上げられたと思われる壁が特徴的な建物の中だった。
 壁にかかっている、大きな角を持つ動物の頭もやたら印象的だ。

「俺、ちょっと周囲見てくるよ。もし妹がいたら、その方が話が早いし」
「ああ、そうだな」

 確かにそれは一理あると思った私は許可を出し、リックは素早く部屋の外へと姿を消した。

「とは言え、お館様」

 リックが出て行くのを横目に、グザヴィエが辺りを見回しながら眉を顰めている。
 どうやらこの館には、ほとんど人の気配がしないらしい。

「そのユッカス村とやらの、具体的にどのあたりにこの館があるのかは分かりませんが、お嬢さんやベルセリウス将軍たちは少なくともここにはいないと思いますよ」

 グザヴィエの言葉に、同じ様に周囲を見渡したコトヴァも頷いていた。

「と言うか、近場にも気配がしない」
「……っ」

 たださすがに、最後のコトヴァの一言には頷きそびれた。

「まさかテオドル大公の居場所が分かって、ここも離れたとでも……?」

 答えようのない、苛立ちのこもった私の呟きに、グザヴィエとコトヴァは賢明にも互いに顔を見合わせただけで返事をしなかった。

 私も答えを期待していた訳ではないので、素早く、もしそうだった場合のことを考えるよりほかはなかった。

「――閣下」

 そこへ、扉がノックされた音と共に、リックが外から顔を覗かせた。

「早いな。もう何か分かったのか?」
「いや……そうとも言えるし違うとも言える……」

 何とも言えない表情を浮かべるリックに、私は嫌な予感を覚える。

「前置きはいいから結論を話せ。おまえならば私にいちいち忖度もしないだろう」

 八つ当たりではないと言い切れないところはあったのだが、私の部下でも身内でもないリックも、そこは気に留めていないのか、むしろ「それは、まあ」と頷いたくらいだった。

「この部屋の外で、ユレルミ族の族長夫人って女性ひとに出くわしたんだよ。それで『の迎えだ』って話をしたら『その人はどこに』って、閣下と話をしたそうだったから、連れてきた。中に入れても良いか?」

「族長夫人?」

 思いがけない話に、微かに目を瞠る。

 ただ、宰相令息ジーノがいなければ族長を捜せとミラン王太子が言っていたこともあり、私はリックに許可を出すことにした。

 そうして現れたのは、民族衣装と思しき装いに身を包んだ、落ち着いた雰囲気を持つ女性で、バリエンダール語は、かなり片言だった。

 私は今更ながら、北部地域にちゃんと辿り着いていたことを実感したと言って良かった。
 恐らくは大半の人間が、部族の言語しか話せないのだ。

 さすがに族長は話せるとして、その夫人として少しずつ覚えている……と言ったところなのかも知れなかった。

「あなた、れいな、こいびと」
「……っ」

 ただ、片言であるが故の破壊力がここまでとは思わなかった。
 婚約者、の単語が出なかったのだとして「恋人」と言われたことはなかったために、さすがに動揺してしまったのだ。

 この分だと、私が「婚約者」と伝えたところで、通じないだろう。

 妙にニヤニヤと口元を綻ばせているリック、グザヴィエ、コトヴァの三人には、あとでどうしてやろうかと思いながらも、この時の私は思わず口元に手をあてながら「……そうだ」としか返すことが出来なかった。

「わかった。わたし、ぞくちょう、つま、ランツァ。ジーノ、呼んでくる。かれ、ことば、だいじょうぶ。すこし、まつ」

 そう言ってふわりと微笑ったランツァ族長夫人は、その場から軽やかに身を翻して、どこかへと向かって行った。


 どうやらレイナたちがどこでどうしているのかは、その宰相令息に確認するよりほかなさそうだった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。