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第三部 宰相閣下の婚約者
559 海鮮BBQ・堪能編(前)
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「なるほど……何でまた、魔道具コンロあるのに炭焼きなのかと思えば、そう言うコトね……」
私が、各たこつぼ型――もとい、タンドール窯風コンロの横に藁を持って来て貰ったところで、シャルリーヌがピンときたとばかりに頷いた。
「いや、もちろん、魔道具で火を起こすタイプのコンロが、基本的に備え付けの大型傾向にあるから、外に持ち出しにくかったって言うのも、理由としてはあるのよ?だけどまあ、一番の理由は、手っ取り早く美味しい鮭のタタキを作りたかった、って言うのがあるかな」
手近な所に置かれた藁を数本手に取って、それをハラハラとまた下に落としながら、私もシャルリーヌの想像が合っているとばかりにそう答えた。
テレビの旅番組でカツオの藁焼きを見ていたのを思い出す。
藁をいきなり激しく燃やすのではなく、炭や薪に着火をした、あまり火力の強くない熾火の状態に藁をくべるのがベターだと言っていた。
そしてまずは皮の部分、その後全体を通して1~2分ほど、強火で一気に焼き上げるのだと。
まず通常の過熱だと、目に見えない水と二酸化炭素が火から発生する。
そのまま加熱し続けると食材の水分が多くなり、鮮度が徐々に失われるらしい。
それが藁を燃やした火には水分が殆ど生成されないと言う。
藁は炭素で構成されているので、燃やした際に二酸化炭素しか排出されないのと同時に、乾燥した藁はかなりの高熱で燃える。
そこで旨味が逃げずに凝縮され、さらに藁特有の香ばしい香りが食材に加わって、食欲をそそる料理に変化するのです!……なんて、テレビでは言っていた。
きっと鮭だって、そうそう違いはないと思うのだ。
「それにほら、藁って結構ないきおいで燃えるでしょ?フランベのパフォーマンスみたいに、ゲストの人たちの印象にも残ると思うのよ。料理人の腕の見せ所、的な?」
多分、私がやったところで行きつく先は消し炭だ。
ここはやっぱり「本日の料理はこのシェフが腕によりをかけて――」的に、ラズディル料理長に頑張って貰うのが一番だ。
「ああ、まあ、バックヤードにスポットがあたるのは悪いコトじゃないわよね」
どうやらシャルリーヌも、藁焼きはテレビでなら見た記憶があると言う事で、宙を見上げて思い出そうとする仕種を見せていた。
「何ならホタテでも出来るんじゃない、ソレ?」
「……確かに。じゃあ、あとで何個か試して貰おうか」
私とシャルリーヌが頷きあったところで、木箱からはみ出るほどの貝殻が、いくつも視界に飛び込んで来た。
家令補佐ユーハンが〝鷹の眼〟の何人かと、貝殻付ホタテを運んできてくれたのだ。
「わぁ……ホントにホタテだわ……」
思わず、と言った態で呟いているシャルリーヌに、私もぶんぶんと首を縦に振る。
「じゃあ、貝殻焼き分はそのままにしておいて、藁焼き分を取り出して、貝柱とヒモに分けよっか。ヒモは今日は無理だけど、干物にして仕込んでおけばイイし」
「え、じゃあそれも『お泊り会』に持って来てよ。極上の酒の肴じゃないの、それ」
「「「‼」」」
シャルリーヌの「酒の肴」と言う言葉に、料理長を筆頭に、その場の酒好き使用人たちが、あちこちで反応していた。
「……っ、働かざる者食うべからず!この貝から出来る酒の肴が欲しい人は、殻から剥がすのを手伝うように‼」
その場のノリと勢いで思わず叫んでいたけど、思いのほか、皆の食いつきが良かった。
厨房の本職料理人たち以外にも、我も我もとホタテの下拵えに名乗りを上げている。
放っておいたら貝殻焼きより多くの量を持って行かれそうで、慌てて止めないといけないくらいだった。
「……今日の参加料が〝ジェイ〟で良いと言うのは、我々への気遣いかと思っていたが」
そんな中、本気で驚いた――と言わんばかりの声が、不意に背後から聞こえてきた。
「あながち社交辞令でもなかったと言う訳か」
「マトヴェイ部長」
振り返ると、セルヴァンに案内されて来たらしいマトヴェイ外交部長が、いつの間にか私のすぐ後ろにまで距離を詰めていた。
「それは、そうですよ。そもそも〝アンブローシュ〟で出されたくらいなんですから、お二人分の参加料としては充分だろうと思ったんですけど」
立ち上がって挨拶をしようとした私に「いい、いい、気にするな」と、部長は片手を上げた。
同じように隣で頭を下げたシャルリーヌにも、楽にしてくれと微笑っている。
「あのレストランと王宮には、ブラーガの海岸線で穫れる、年季の入った〝ジェイ〟を選りすぐって納めているからな。悪いが今日は、国内で一番流通をしているカプート地域のモノだ。その代わり、量はそれなりに確保させたつもりだ」
「マトヴェイ部長がご用意下さったんですか?」
「もちろん、コンティオラ公爵閣下の許可は得ている。今日の話を聞いてからほとんど時間がなかったから、市場からかき集められるだけ、かき集めて来た感は否めないがな。許せ」
「いえいえ、そんな!とんでもない!」
慌てて片手を振る私に、マトヴェイ部長は苦笑いを見せた。
「閣下と宰相殿と大公殿下も、もう来る筈だ。私は足のことがあるから、先に向かって様子を見ておくよう言われたのだ」
「そうなんですね」
サレステーデに出す召喚状は、上手く書けたのだろうか。
恐らくは私の知らないところで、バリエンダールの王への招待状も書かれている筈だけど、そのあたりは私には聞けるはずもない話だった。
「何だかんだ言って、もう、アンジェスで集まることは決定なんですね」
注意深く、誰が、どこで、いつ――と言うことは避けたつもりだ。
マトヴェイ部長も、分かっているとばかりに重々しげに数度頷いた。
「まあ、詳しいコトは話せる範囲で、あとで宰相閣下が話すだろう。とても無関係とは言えない関わりが多々ありすぎるからな」
そうですねー……と棒読みになった私に、ふとマトヴェイ部長の生温かい視線が降り注いだ。
「…………まあ、あまり無理をしないことだ。言うべき相手が違うのかも知れないが」
「⁉」
「私も若いころは妻を朝まで離してやれずに、あちこち痕までつけて、盛大に叱られたものだ。その頃のことを少し思い出した」
私の首筋を見ながら、真顔でそんなことを言うマトヴェイ部長に、私は「うっ」と言葉に詰まり、隣で吹き出しかけたシャルリーヌが、口元を手で押さえてそっぽを向いた。
どうやら政略結婚じゃない結婚をしたマトヴェイ部長も、テオドル大公に負けず劣らずの愛妻家らしい――なんてコトを思う余裕は、この時の私にはなかったのだった。
私が、各たこつぼ型――もとい、タンドール窯風コンロの横に藁を持って来て貰ったところで、シャルリーヌがピンときたとばかりに頷いた。
「いや、もちろん、魔道具で火を起こすタイプのコンロが、基本的に備え付けの大型傾向にあるから、外に持ち出しにくかったって言うのも、理由としてはあるのよ?だけどまあ、一番の理由は、手っ取り早く美味しい鮭のタタキを作りたかった、って言うのがあるかな」
手近な所に置かれた藁を数本手に取って、それをハラハラとまた下に落としながら、私もシャルリーヌの想像が合っているとばかりにそう答えた。
テレビの旅番組でカツオの藁焼きを見ていたのを思い出す。
藁をいきなり激しく燃やすのではなく、炭や薪に着火をした、あまり火力の強くない熾火の状態に藁をくべるのがベターだと言っていた。
そしてまずは皮の部分、その後全体を通して1~2分ほど、強火で一気に焼き上げるのだと。
まず通常の過熱だと、目に見えない水と二酸化炭素が火から発生する。
そのまま加熱し続けると食材の水分が多くなり、鮮度が徐々に失われるらしい。
それが藁を燃やした火には水分が殆ど生成されないと言う。
藁は炭素で構成されているので、燃やした際に二酸化炭素しか排出されないのと同時に、乾燥した藁はかなりの高熱で燃える。
そこで旨味が逃げずに凝縮され、さらに藁特有の香ばしい香りが食材に加わって、食欲をそそる料理に変化するのです!……なんて、テレビでは言っていた。
きっと鮭だって、そうそう違いはないと思うのだ。
「それにほら、藁って結構ないきおいで燃えるでしょ?フランベのパフォーマンスみたいに、ゲストの人たちの印象にも残ると思うのよ。料理人の腕の見せ所、的な?」
多分、私がやったところで行きつく先は消し炭だ。
ここはやっぱり「本日の料理はこのシェフが腕によりをかけて――」的に、ラズディル料理長に頑張って貰うのが一番だ。
「ああ、まあ、バックヤードにスポットがあたるのは悪いコトじゃないわよね」
どうやらシャルリーヌも、藁焼きはテレビでなら見た記憶があると言う事で、宙を見上げて思い出そうとする仕種を見せていた。
「何ならホタテでも出来るんじゃない、ソレ?」
「……確かに。じゃあ、あとで何個か試して貰おうか」
私とシャルリーヌが頷きあったところで、木箱からはみ出るほどの貝殻が、いくつも視界に飛び込んで来た。
家令補佐ユーハンが〝鷹の眼〟の何人かと、貝殻付ホタテを運んできてくれたのだ。
「わぁ……ホントにホタテだわ……」
思わず、と言った態で呟いているシャルリーヌに、私もぶんぶんと首を縦に振る。
「じゃあ、貝殻焼き分はそのままにしておいて、藁焼き分を取り出して、貝柱とヒモに分けよっか。ヒモは今日は無理だけど、干物にして仕込んでおけばイイし」
「え、じゃあそれも『お泊り会』に持って来てよ。極上の酒の肴じゃないの、それ」
「「「‼」」」
シャルリーヌの「酒の肴」と言う言葉に、料理長を筆頭に、その場の酒好き使用人たちが、あちこちで反応していた。
「……っ、働かざる者食うべからず!この貝から出来る酒の肴が欲しい人は、殻から剥がすのを手伝うように‼」
その場のノリと勢いで思わず叫んでいたけど、思いのほか、皆の食いつきが良かった。
厨房の本職料理人たち以外にも、我も我もとホタテの下拵えに名乗りを上げている。
放っておいたら貝殻焼きより多くの量を持って行かれそうで、慌てて止めないといけないくらいだった。
「……今日の参加料が〝ジェイ〟で良いと言うのは、我々への気遣いかと思っていたが」
そんな中、本気で驚いた――と言わんばかりの声が、不意に背後から聞こえてきた。
「あながち社交辞令でもなかったと言う訳か」
「マトヴェイ部長」
振り返ると、セルヴァンに案内されて来たらしいマトヴェイ外交部長が、いつの間にか私のすぐ後ろにまで距離を詰めていた。
「それは、そうですよ。そもそも〝アンブローシュ〟で出されたくらいなんですから、お二人分の参加料としては充分だろうと思ったんですけど」
立ち上がって挨拶をしようとした私に「いい、いい、気にするな」と、部長は片手を上げた。
同じように隣で頭を下げたシャルリーヌにも、楽にしてくれと微笑っている。
「あのレストランと王宮には、ブラーガの海岸線で穫れる、年季の入った〝ジェイ〟を選りすぐって納めているからな。悪いが今日は、国内で一番流通をしているカプート地域のモノだ。その代わり、量はそれなりに確保させたつもりだ」
「マトヴェイ部長がご用意下さったんですか?」
「もちろん、コンティオラ公爵閣下の許可は得ている。今日の話を聞いてからほとんど時間がなかったから、市場からかき集められるだけ、かき集めて来た感は否めないがな。許せ」
「いえいえ、そんな!とんでもない!」
慌てて片手を振る私に、マトヴェイ部長は苦笑いを見せた。
「閣下と宰相殿と大公殿下も、もう来る筈だ。私は足のことがあるから、先に向かって様子を見ておくよう言われたのだ」
「そうなんですね」
サレステーデに出す召喚状は、上手く書けたのだろうか。
恐らくは私の知らないところで、バリエンダールの王への招待状も書かれている筈だけど、そのあたりは私には聞けるはずもない話だった。
「何だかんだ言って、もう、アンジェスで集まることは決定なんですね」
注意深く、誰が、どこで、いつ――と言うことは避けたつもりだ。
マトヴェイ部長も、分かっているとばかりに重々しげに数度頷いた。
「まあ、詳しいコトは話せる範囲で、あとで宰相閣下が話すだろう。とても無関係とは言えない関わりが多々ありすぎるからな」
そうですねー……と棒読みになった私に、ふとマトヴェイ部長の生温かい視線が降り注いだ。
「…………まあ、あまり無理をしないことだ。言うべき相手が違うのかも知れないが」
「⁉」
「私も若いころは妻を朝まで離してやれずに、あちこち痕までつけて、盛大に叱られたものだ。その頃のことを少し思い出した」
私の首筋を見ながら、真顔でそんなことを言うマトヴェイ部長に、私は「うっ」と言葉に詰まり、隣で吹き出しかけたシャルリーヌが、口元を手で押さえてそっぽを向いた。
どうやら政略結婚じゃない結婚をしたマトヴェイ部長も、テオドル大公に負けず劣らずの愛妻家らしい――なんてコトを思う余裕は、この時の私にはなかったのだった。
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