聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
528 / 813
第三部 宰相閣下の婚約者

559 海鮮BBQ・堪能編(前)

しおりを挟む
「なるほど……何でまた、魔道具コンロあるのに炭焼きなのかと思えば、そう言うコトね……」

 私が、各たこつぼ型――もとい、タンドール窯風コンロの横に藁を持って来て貰ったところで、シャルリーヌがピンときたとばかりに頷いた。

「いや、もちろん、魔道具で火を起こすタイプのコンロが、基本的に備え付けの大型傾向にあるから、外に持ち出しにくかったって言うのも、理由としてはあるのよ?だけどまあ、一番の理由は、手っ取り早く美味しい鮭のタタキを作りたかった、って言うのがあるかな」

 手近な所に置かれた藁を数本手に取って、それをハラハラとまた下に落としながら、私もシャルリーヌの想像が合っているとばかりにそう答えた。

 テレビの旅番組でカツオの藁焼きを見ていたのを思い出す。

 藁をいきなり激しく燃やすのではなく、炭や薪に着火をした、あまり火力の強くない熾火の状態に藁をくべるのがベターだと言っていた。
 そしてまずは皮の部分、その後全体を通して1~2分ほど、強火で一気に焼き上げるのだと。

 まず通常の過熱だと、目に見えない水と二酸化炭素が火から発生する。
 そのまま加熱し続けると食材の水分が多くなり、鮮度が徐々に失われるらしい。

 それが藁を燃やした火には水分が殆ど生成されないと言う。
 藁は炭素で構成されているので、燃やした際に二酸化炭素しか排出されないのと同時に、乾燥した藁はかなりの高熱で燃える。

 そこで旨味が逃げずに凝縮され、さらに藁特有の香ばしい香りが食材に加わって、食欲をそそる料理に変化するのです!……なんて、テレビでは言っていた。

 きっと鮭だって、そうそう違いはないと思うのだ。

「それにほら、藁って結構ないきおいで燃えるでしょ?フランベのパフォーマンスみたいに、ゲストの人たちの印象にも残ると思うのよ。料理人の腕の見せ所、的な?」

 多分、私がやったところで行きつく先は消し炭だ。
 ここはやっぱり「本日の料理はこのシェフが腕によりをかけて――」的に、ラズディル料理長に頑張って貰うのが一番だ。

「ああ、まあ、バックヤードにスポットがあたるのは悪いコトじゃないわよね」

 どうやらシャルリーヌも、藁焼きはテレビでなら見た記憶があると言う事で、宙を見上げて思い出そうとする仕種を見せていた。

「何ならホタテでも出来るんじゃない、ソレ?」
「……確かに。じゃあ、あとで何個か試して貰おうか」

 私とシャルリーヌが頷きあったところで、木箱からはみ出るほどの貝殻が、いくつも視界に飛び込んで来た。

 家令補佐ユーハンが〝鷹の眼〟の何人かと、貝殻付ホタテを運んできてくれたのだ。

「わぁ……ホントにホタテだわ……」

 思わず、と言ったていで呟いているシャルリーヌに、私もぶんぶんと首を縦に振る。

「じゃあ、貝殻焼き分はそのままにしておいて、藁焼き分を取り出して、貝柱とヒモに分けよっか。ヒモは今日は無理だけど、干物にして仕込んでおけばイイし」

「え、じゃあそれも『お泊り会』に持って来てよ。極上の酒の肴じゃないの、それ」

「「「‼」」」

 シャルリーヌの「酒の肴」と言う言葉に、料理長を筆頭に、その場の酒好き使用人たちが、あちこちで反応していた。

「……っ、働かざる者食うべからず!この貝から出来る酒の肴が欲しい人は、殻から剥がすのを手伝うように‼」

 その場のノリと勢いで思わず叫んでいたけど、思いのほか、皆の食いつきが良かった。

 厨房の本職料理人たち以外にも、我も我もとホタテの下拵えに名乗りを上げている。
 放っておいたら貝殻焼きより多くの量を持って行かれそうで、慌てて止めないといけないくらいだった。

「……今日の参加料が〝ジェイ〟で良いと言うのは、我々への気遣いかと思っていたが」

 そんな中、本気で驚いた――と言わんばかりの声が、不意に背後から聞こえてきた。

「あながち社交辞令でもなかったと言う訳か」
「マトヴェイ部長」

 振り返ると、セルヴァンに案内されて来たらしいマトヴェイ外交部長が、いつの間にか私のすぐ後ろにまで距離を詰めていた。

「それは、そうですよ。そもそも〝アンブローシュ〟で出されたくらいなんですから、お二人分の参加料としては充分だろうと思ったんですけど」

 立ち上がって挨拶をしようとした私に「いい、いい、気にするな」と、部長は片手を上げた。

 同じように隣で頭を下げたシャルリーヌにも、楽にしてくれと微笑わらっている。

「あのレストランと王宮には、ブラーガの海岸線で穫れる、年季の入った〝ジェイ〟を選りすぐって納めているからな。悪いが今日は、国内で一番流通をしているカプート地域のモノだ。その代わり、量はそれなりに確保させたつもりだ」

「マトヴェイ部長がご用意下さったんですか?」

「もちろん、コンティオラ公爵閣下の許可は得ている。今日の話を聞いてからほとんど時間がなかったから、市場からかき集められるだけ、かき集めて来た感は否めないがな。許せ」

「いえいえ、そんな!とんでもない!」

 慌てて片手を振る私に、マトヴェイ部長は苦笑いを見せた。

「閣下と宰相殿と大公殿下も、もう来る筈だ。私は足のことがあるから、先に向かって様子を見ておくよう言われたのだ」

「そうなんですね」

 サレステーデに出すは、上手く書けたのだろうか。

 恐らくは私の知らないところで、バリエンダールの王へのも書かれている筈だけど、そのあたりは私には聞けるはずもない話だった。

「何だかんだ言って、もう、アンジェスで集まることは決定なんですね」

 注意深く、誰が、どこで、いつ――と言うことは避けたつもりだ。
 マトヴェイ部長も、分かっているとばかりに重々しげに数度頷いた。

「まあ、詳しいコトは話せる範囲で、あとで宰相閣下が話すだろう。とても無関係とは言えない関わりが多々ありすぎるからな」

 そうですねー……と棒読みになった私に、ふとマトヴェイ部長の生温かい視線が降り注いだ。

「…………まあ、あまり無理をしないことだ。言うべき相手が違うのかも知れないが」

「⁉」

「私も若いころは妻を朝まで離してやれずに、あちこち痕までつけて、盛大に叱られたものだ。その頃のことを少し思い出した」

 私の首筋を見ながら、真顔でそんなことを言うマトヴェイ部長に、私は「うっ」と言葉に詰まり、隣で吹き出しかけたシャルリーヌが、口元を手で押さえてそっぽを向いた。

 どうやら政略結婚じゃない結婚をしたマトヴェイ部長も、テオドル大公に負けず劣らずの愛妻家らしい――なんてコトを思う余裕は、この時の私にはなかったのだった。
しおりを挟む
感想 1,451

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。