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第三部 宰相閣下の婚約者
561 海鮮BBQ・延長戦
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エドヴァルドと逆隣にいたシャルリーヌに「そば粉」って、こっちで通じるの?とこっそり聞かれた私は、ハタと思い出した。
道理でエドヴァルドが怪訝そうにしていた筈だ。
慌てた私が、バリエンダール北部で食べた「グレーチカ」を粉状にしたものを、私のいた所ではそう呼ぶのだと説明して、ようやく得心がいったみたいだった。
その間に、私はそっとシャルリーヌに「お土産にそば粉で『あべかわもち』もどきと『そばぼうろ』も作って貰ったから、それは手土産で持って帰って」と囁き返した。
「えっ、うそ」
「ホント、ホント。そんなにそば粉を確保出来ていないから、当面は作れないと思うけど」
何せ北部地域ではまだ、実を茹でて炒飯風にする食べ方しか定着をしておらず、粉にするところから始めないとならないからだ。
いずれバリエンダールかサレステーデでレシピ化して、アンジェスで売るつもりだと言えば「買う、買う!」と、喰いつきを見せた後で、チラリとエドヴァルドに視線を向けながら、恐らくは聞こえるように少し声のボリュームを上げた。
「ボードリエのお義父様が、学園で提供している昼食メニューの参考に、一度話が聞きたいって仰っていたのよ。ほら、私が何度かここで色々と食べさせて貰っている話をするじゃない?そうしたら『イデオン公爵領内の産地優先で構わないから、それ以外に必要な食材があるなら、紹介可能な子息がいるかも知れないだろう?』って。お義父様、次期領主となる以外の生徒たちに活路と言うか、チャンスを与えてあげられないかって思ってるみたい」
「……なるほど」
どの貴族家も、ギリギリ次男は長男の予備的な扱いで領にとどまることが出来たとしても、三男以下は卒業、成人後の進路に困るのが現状だ。
ヘルマン侯爵家の某デザイナー氏や、兄の公安長官氏にしても、少なからず紆余曲折があったと聞く。
自分の領地と学園、あるいはユングベリ商会とを領地の特産品で繋げることが出来るなら、そしてその間に立てるなら、場合によっては家から独立して、やっていく算段が付けられる。
学園理事長として、ボードリエ伯爵は生徒の選択肢を増やしたいと思っているのかも知れない。
「如何ですかしら、宰相閣下……?」
膝の上にあった筈の扇が、いつの間にか口元にあてられた上、扇から垣間見える目線だけを、じっと窺うようにしてエドヴァルドに向けている。
さすがだ。
今でこそアンジェスに腰を落ち着けようとしていても、さすがギーレンルートの主人公張ってただけのことはあるし、エヴェリーナ妃の下で学んでいただけのことはある。
「…………」
エドヴァルドは気圧された訳ではないにせよ、シャルリーヌが口にした「ボードリエ伯爵が考える学園の展望」に関しては、思うところがあったのかも知れない。
シャルリーヌの話を一言の下に切り捨てることはしなかった。
「ついては、レイナを我が家にお招きして、お泊り会を開く許可を下さいませ?義父であれば、特許権案件だと言えば、それを洩らすようなことは致しませんわ。文書で説明するよりも、実際に食して貰う方が話が早いですし、改善点があると思えば助言もやぶさかではないと思いますの」
「レイナを……ボードリエ伯爵邸へ?」
半目になっているエドヴァルドの周辺の空気が、間違いなく冷えはじめていた。
けれどシャルリーヌは動じない。
私を挟んで、ハブとマングースの様になっているのは、いかがなものか――例えはともかく、牽制しまくりの空気を感じ取ったのは、多分私だけじゃなかったと思う。
「泊まる必要があるとは思わないが」
「あら。私は、レイナの体調を思えばこそ、提案させて頂いておりますのに。ゆっくりと眠る夜も大切だと思いますけれど?」
ねえ、宰相サマ?
「――――」
声には出ていない。
出ていないけれど、間違いなく唇は「鬼畜な」とのオプションまで付いて、そう動いていた。
そして、給仕をしているようで、さりげなく私の近くで頷いているセルヴァンとヨンナを見ていると、誰がそれを焚きつけたのか、否応なしに理解が出来てしまった。
「いつの間に結託した……?」
そんな風に、苦虫を嚙み潰したような声を洩らしたエドヴァルドも、私同様に理解が及んだに違いなかった。
公爵家当主と伯爵家令嬢では、通常なら厳然とした身分差があり、不敬罪確実な話ではある。
だけど事実上の〝聖女〟であることと、現時点で私のただ一人の友達である点とが、その差を限りなくフラットにしていた。
そこを理解して言ってのけた時点で、シャルリーヌの胆力はギーレンの次期王妃たるに充分なものだったのだと証明されたようなものだった。
「くくっ……宰相、其方の負けではないかな」
シャルリーヌの隣、私とは逆方向にいたテオドル大公が、口元に手を当てながら笑っていた。
「学園理事長としてのボードリエ伯爵が思うところにも一理あろう。良いではないか、一日や二日や三日。他国に出るわけでもなかろうに」
「勝手に日を増やさないでいただけますか、大公!」
思わず、と言った態で叫び返したエドヴァルドを、コンティオラ公爵とマトヴェイ部長は、困惑した面持ちのまま、ひたすらそのやり取りを見守っていた。
「レイナ」
気付けばシャルリーヌが、私の腕を軽く突いていた。
ここは、私に「おねだり」しろと言うことなんだろう。
キャラじゃないのに!
「あー……えっと……エドヴァルド様」
私は何とか頑張って、小首を傾げながらエドヴァルドを見上げてみた。
軽く表情筋が痙攣っているのは、ご愛嬌だ。
「ダメ、でしょうか……?」
「……っ」
こんな大根役者のパフォーマンスで果たして効果があるのかと思ったけれど、エドヴァルドは、不本意そうに唇を噛んで、最後には明後日の方向を向いた。
「…………〝鷹の眼〟の選りすぐりを付ける。それが条件だ」
「エドヴァルド様!」
やった!と表情を輝かせた私に、シャルリーヌが自分の腕を私の方へと絡めてきた。
「もちろん、護衛の方々も歓迎いたしますわ!当然ですもの。それに義父との話は、レイナは洩れなく閣下へと奏上しますでしょう?御心配には及びませんわ。一日と言わず二日でも三日でも、当ボードリエ家は歓迎いたしますわ。レイナの体調回復が最優先ですもの」
「一日だ!一晩あれば伯爵とも充分に話は出来るだろう……!」
反射的に叫び返したエドヴァルドに、とうとう堪えきれなくなったテオドル大公の方が爆笑していた。
いや、モテるではないか――などと、どこに笑いのツボをお持ちなんですか、大公サマは!
「ま、まあホラ、次の炙り?、出来たようだぞ」
まだ笑いを残しながらも、テオドル大公が藁焼きされている鮭とホタテを指さしている。
私は慌ててラズディル料理長に、薄切りでお皿に並べてくれるようお願いをした。
「これはもう、魔道具コンロと藁とでは全然味が違うと思いますから、ぜひ味わってみて下さい!」
藁焼きは塩一択。
招待状お出ししますわ、などと言うシャルリーヌと、今にも舌打ちしそうなエドヴァルドを何とか宥めながら、私は鮭とホタテの炙りをそれぞれの前に置いた。
切り身とタタキの味の違いをご堪能あれ、だ。
そうして中庭にいた皆が欠食児童の如く食べつくした頃、コンティオラ公爵とマトヴェイ部長が、サレステーデにどのような書面を送ることにしたのか、私やシャルリーヌが聞いても差し障りのない範囲で教えてくれることになった。
道理でエドヴァルドが怪訝そうにしていた筈だ。
慌てた私が、バリエンダール北部で食べた「グレーチカ」を粉状にしたものを、私のいた所ではそう呼ぶのだと説明して、ようやく得心がいったみたいだった。
その間に、私はそっとシャルリーヌに「お土産にそば粉で『あべかわもち』もどきと『そばぼうろ』も作って貰ったから、それは手土産で持って帰って」と囁き返した。
「えっ、うそ」
「ホント、ホント。そんなにそば粉を確保出来ていないから、当面は作れないと思うけど」
何せ北部地域ではまだ、実を茹でて炒飯風にする食べ方しか定着をしておらず、粉にするところから始めないとならないからだ。
いずれバリエンダールかサレステーデでレシピ化して、アンジェスで売るつもりだと言えば「買う、買う!」と、喰いつきを見せた後で、チラリとエドヴァルドに視線を向けながら、恐らくは聞こえるように少し声のボリュームを上げた。
「ボードリエのお義父様が、学園で提供している昼食メニューの参考に、一度話が聞きたいって仰っていたのよ。ほら、私が何度かここで色々と食べさせて貰っている話をするじゃない?そうしたら『イデオン公爵領内の産地優先で構わないから、それ以外に必要な食材があるなら、紹介可能な子息がいるかも知れないだろう?』って。お義父様、次期領主となる以外の生徒たちに活路と言うか、チャンスを与えてあげられないかって思ってるみたい」
「……なるほど」
どの貴族家も、ギリギリ次男は長男の予備的な扱いで領にとどまることが出来たとしても、三男以下は卒業、成人後の進路に困るのが現状だ。
ヘルマン侯爵家の某デザイナー氏や、兄の公安長官氏にしても、少なからず紆余曲折があったと聞く。
自分の領地と学園、あるいはユングベリ商会とを領地の特産品で繋げることが出来るなら、そしてその間に立てるなら、場合によっては家から独立して、やっていく算段が付けられる。
学園理事長として、ボードリエ伯爵は生徒の選択肢を増やしたいと思っているのかも知れない。
「如何ですかしら、宰相閣下……?」
膝の上にあった筈の扇が、いつの間にか口元にあてられた上、扇から垣間見える目線だけを、じっと窺うようにしてエドヴァルドに向けている。
さすがだ。
今でこそアンジェスに腰を落ち着けようとしていても、さすがギーレンルートの主人公張ってただけのことはあるし、エヴェリーナ妃の下で学んでいただけのことはある。
「…………」
エドヴァルドは気圧された訳ではないにせよ、シャルリーヌが口にした「ボードリエ伯爵が考える学園の展望」に関しては、思うところがあったのかも知れない。
シャルリーヌの話を一言の下に切り捨てることはしなかった。
「ついては、レイナを我が家にお招きして、お泊り会を開く許可を下さいませ?義父であれば、特許権案件だと言えば、それを洩らすようなことは致しませんわ。文書で説明するよりも、実際に食して貰う方が話が早いですし、改善点があると思えば助言もやぶさかではないと思いますの」
「レイナを……ボードリエ伯爵邸へ?」
半目になっているエドヴァルドの周辺の空気が、間違いなく冷えはじめていた。
けれどシャルリーヌは動じない。
私を挟んで、ハブとマングースの様になっているのは、いかがなものか――例えはともかく、牽制しまくりの空気を感じ取ったのは、多分私だけじゃなかったと思う。
「泊まる必要があるとは思わないが」
「あら。私は、レイナの体調を思えばこそ、提案させて頂いておりますのに。ゆっくりと眠る夜も大切だと思いますけれど?」
ねえ、宰相サマ?
「――――」
声には出ていない。
出ていないけれど、間違いなく唇は「鬼畜な」とのオプションまで付いて、そう動いていた。
そして、給仕をしているようで、さりげなく私の近くで頷いているセルヴァンとヨンナを見ていると、誰がそれを焚きつけたのか、否応なしに理解が出来てしまった。
「いつの間に結託した……?」
そんな風に、苦虫を嚙み潰したような声を洩らしたエドヴァルドも、私同様に理解が及んだに違いなかった。
公爵家当主と伯爵家令嬢では、通常なら厳然とした身分差があり、不敬罪確実な話ではある。
だけど事実上の〝聖女〟であることと、現時点で私のただ一人の友達である点とが、その差を限りなくフラットにしていた。
そこを理解して言ってのけた時点で、シャルリーヌの胆力はギーレンの次期王妃たるに充分なものだったのだと証明されたようなものだった。
「くくっ……宰相、其方の負けではないかな」
シャルリーヌの隣、私とは逆方向にいたテオドル大公が、口元に手を当てながら笑っていた。
「学園理事長としてのボードリエ伯爵が思うところにも一理あろう。良いではないか、一日や二日や三日。他国に出るわけでもなかろうに」
「勝手に日を増やさないでいただけますか、大公!」
思わず、と言った態で叫び返したエドヴァルドを、コンティオラ公爵とマトヴェイ部長は、困惑した面持ちのまま、ひたすらそのやり取りを見守っていた。
「レイナ」
気付けばシャルリーヌが、私の腕を軽く突いていた。
ここは、私に「おねだり」しろと言うことなんだろう。
キャラじゃないのに!
「あー……えっと……エドヴァルド様」
私は何とか頑張って、小首を傾げながらエドヴァルドを見上げてみた。
軽く表情筋が痙攣っているのは、ご愛嬌だ。
「ダメ、でしょうか……?」
「……っ」
こんな大根役者のパフォーマンスで果たして効果があるのかと思ったけれど、エドヴァルドは、不本意そうに唇を噛んで、最後には明後日の方向を向いた。
「…………〝鷹の眼〟の選りすぐりを付ける。それが条件だ」
「エドヴァルド様!」
やった!と表情を輝かせた私に、シャルリーヌが自分の腕を私の方へと絡めてきた。
「もちろん、護衛の方々も歓迎いたしますわ!当然ですもの。それに義父との話は、レイナは洩れなく閣下へと奏上しますでしょう?御心配には及びませんわ。一日と言わず二日でも三日でも、当ボードリエ家は歓迎いたしますわ。レイナの体調回復が最優先ですもの」
「一日だ!一晩あれば伯爵とも充分に話は出来るだろう……!」
反射的に叫び返したエドヴァルドに、とうとう堪えきれなくなったテオドル大公の方が爆笑していた。
いや、モテるではないか――などと、どこに笑いのツボをお持ちなんですか、大公サマは!
「ま、まあホラ、次の炙り?、出来たようだぞ」
まだ笑いを残しながらも、テオドル大公が藁焼きされている鮭とホタテを指さしている。
私は慌ててラズディル料理長に、薄切りでお皿に並べてくれるようお願いをした。
「これはもう、魔道具コンロと藁とでは全然味が違うと思いますから、ぜひ味わってみて下さい!」
藁焼きは塩一択。
招待状お出ししますわ、などと言うシャルリーヌと、今にも舌打ちしそうなエドヴァルドを何とか宥めながら、私は鮭とホタテの炙りをそれぞれの前に置いた。
切り身とタタキの味の違いをご堪能あれ、だ。
そうして中庭にいた皆が欠食児童の如く食べつくした頃、コンティオラ公爵とマトヴェイ部長が、サレステーデにどのような書面を送ることにしたのか、私やシャルリーヌが聞いても差し障りのない範囲で教えてくれることになった。
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