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第三部 宰相閣下の婚約者

560 海鮮BBQ・堪能編(後)

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「えっと、まず、よく加熱した網の上に、平らな方を下にして〝ジェイ〟ほたてを置きます。他の貝もついでなんで、焼きに入りましょう。そっちは、向きとかは気にしなくて良いです」

 実際に作業をしてくれるのは厨房の皆だけど、説明と指示を兼ねる様な感じで、私が口を開く。

 ムール貝とマテ貝は、パックリ口を開いたところで、キノコと合わせてアヒージョにするため、とりあえずはホタテの近くに並べて置いた。

「切り身にした分はそれぞれ焼いていくとして、チーズを挟んでロール巻きにしたこっちの魚も、切り身と一緒に焼きますね。あと、時短で先に焼いて、身をほぐした分があるので、これは今から別の料理に活用します」

 なるべく焼きの時間に大きな差をつけないようにと、ジャガイモの鮭フレークチーズ乗せと、鱒フレークとチーズ入りの一口オムレツに関しては、先にフレークを作っておくことで、作業工程を一つ省いたのだ。

 あちらこちらの小型コンロに、魚の切り身と貝が並んでいくのは、なかなかに圧巻だ。

「これぞ海鮮バーベキュー!って感じね?」
「でしょう?バリエンダールで魚を仕入れた時に、絶対にやろうと思ってたのよ」

 などとシャルリーヌと私が盛り上がっている脇で、エドヴァルドを始め高位貴族の皆さま方、半ば唖然とその光景を見つめている。

「このような食し方があるとはな……」

 そう呻くテオドル大公に、私は「基本が焼くだけだから、むしろ海が近い街ではやっているかも知れません」と、一応の断りを入れておいた。

「コンティオラ公爵閣下、閣下のご領地で、既にレシピ化されている、あるいはレシピはなくとも市民や漁師の住むところで周知されている……そんな料理がないか、後日確認させていただく事は可能でしょうか」

 この王都で知られていなくとも、地元で家庭料理化している可能性がある。
 私がそう言うと、コンティオラ公爵は微かに目を見開いていた。

「確認、と言っても……」

 ぼそぼそと囁くような小声で、チラリとエドヴァルドを見やる。

「…………」

 エドヴァルドは、答えない。
 答えないがしかし「行かせるわけがないだろう」と言う魔王いあつのオーラが半端ない。

「ええっと、た、例えばキヴェカス卿の事務所の誰かに行っていただくとか……」

 なので慌てて私も、考えていた案を口にする。

「ほ、ほら、特許権が絡む話になるわけですし……」

 まだ「私が行く」とか「行きたい」とか一言も言っていないのに、威圧って!

「あー……ブラーガの海岸線からカプート地域にかけては、ナルディーニ侯爵領になる。すぐには……難しいかも知れない」

 エドヴァルドに気を遣った訳でもないだろうけど、そんな言い方を、コンティオラ公爵はした。

「……ナルディーニ侯爵か」

 そしてエドヴァルドも、その名前を耳にしたせいか、取り巻く空気が少し変わる。

「一応味をみて、話をするに値すると思えば――と言うことで、どうか」
「……そうさせて貰おう」

 どうやら〝スヴァレーフ〟におけるサンテリ伯爵との話し合いと違って、そう気軽にいくものではなさそうと言うことだけは、今の私にも分かった。

「お嬢――レイナ様!貝の口が開いてきた分は、どうします⁉」

 お嬢さん、とクセで言いかけたラズディル料理長が、参加者に思い至ったのか慌てて言い直している。

 エドヴァルドがそこは聞かなかったコトにした様なので、私はすぐに指示を出した。

「待って!慌てないで、平らな方の殻から身が離れてくるのを待って?離れたのを確認してから、ひっくり返して。あっ、熱々の汁が零れるかも知れないから、気を付けてね!」

 確か最初の方の汁は、吐き出された海水が多いから、最後の方に出てくる汁を残せば良かった筈。
 あと、貝柱がもう片方の殻からもはずれて、ぐつぐつと汁が沸騰するのが見えてきたら、上の貝殻は剥がしてしまってOKだ。

 この時点で、マテ貝とムール貝はキノコと一緒にアヒージョの方に移行して良いだろう。

「それと〝ジェイ〟の中身に見えてる黒っぽいところは、他の味を壊しちゃうから、上手く取ってね」

 正確には内臓部分にあたっていて、重金属や貝毒が蓄積されている恐れがあるとか聞いた気がするけど、今はそこまで説明しなくても良いだろうと思う。

 独特の苦みを好んで食べる人もいると聞く。
 ただ初めての食べ方である今回は、取り除いてしまう方が無難だと考えたのだ。

「で、魚醤とバターをちょっと垂らして、ひと煮立ちさせたら、完成です!」

 実際に殻付きホタテを焼いている使用人たちから「おお……」と、声が上がる。
 そりゃあ、そっちにいる方がよりいい匂いがしてる筈だものね。

 くっ……近くに駆け寄れない自分が、ちょっと哀しい。

「切り身の方も焼き上がってきてますよ!」
「じゃあ、どんどん取り分けていって?塩を好みでつけて、どうぞ!魚醤は……好みがあるだろうから、任せるわ!」

 私たちが腰を下ろしたテーブルには、先に調味料があれこれと並べられている。
 シャルリーヌのアドバイスによる、料理長渾身のソースももちろん置かれている。

 現時点で焼き上がった量から判断して、私は藁焼きを後回しにすることにした。

 あと、そば粉のクレープ包みも先にテーブルに置いて貰った。

「レイナ、これは……?」

 目ざとくそれを見つけたエドヴァルドが、隣から私に問いかける。

「サンドイッチの亜種だと思って下さい。あ、包んであるこの皮はそば粉です」
「そば粉……」
「あ、もしお口に合わなかった時の為に、小麦粉版も用意は出来ますから」

 この中で、そばを口にしていないのはコンティオラ公爵とシャルリーヌだ。

 シャルリーヌも、本人は大丈夫と言っているけれど、それが前世でのことであれば、現時点では食べるまでは分からないと言うことになるからだ。

「調理法もシンプル。立ったまま食べるのにも向いている。……閣下、この中の複数が、防衛軍で取り入れても良い食事だとは思われませんか」

 隣のテーブルにつく直前、マトヴェイ部長がコンティオラ公爵にそう囁きかけていた。

 うん。まあ、焼くだけ解すだけジャガイモにまぶすだけ……は、確かに野営向きだと思う。
 現に北方遊牧民族ユレルミ族のランツァさんでさえ関心を示していたもの。

「うむ……ナルディーニ侯とも話はしやすい、か……」

 ただどうやら、ホタテの獲れる領は何か問題があるらしい。

「あの、まだ料理出ますので、お話でしたらその後で……」

 鮭のタタキと、ホタテの炙り。
 まだありますので!
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