503 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者
565 エウシェン(前)
しおりを挟む
王宮内には、官吏や王の執務の為の部屋、来賓に向けての社交会場や宿泊区、使用人の居住区など様々な場所がある。
当然、王族の居住区域も亡くなった代々の王族のお墓も、王宮の中にある。
そして持病や毒と言うよりは、年齢を重ねた末、徐々に寝台から起き上がれなくなったことで己の老い先を悟ったトーレン・アンジェス殿下は、その居住区でエドヴァルドに業務の完全な引き継ぎを指示する傍ら、テオドル大公には葬儀や埋葬に関しての要望を予め伝えていたのだと言う。
「王室墓廟に関わることだから、テオドル大公の方が一からの説明は要らないと思ったんだろうな」
窓の外を眺めるエドヴァルドの目は、景色よりも遠い所を見ているような気がした。
トーレン殿下がテオドル大公に伝えた要望は三つ。
・執務室にある、花びらの乾ききった花の束と、紫のポケットチーフを自分と共に棺に入れること。
・周りが何を言おうと、王室墓廟には埋葬をしないこと。
・遠くバリエンダールまで見渡せそうな景勝の地に埋葬をしてほしい。
少なくとも先代や先々代の王と同じ空間に埋葬されることだけは、死んでも許容が出来ないと、テオドル大公に強く言っていたらしい。
それならば、遠くバリエンダールに思いを馳せられそうな土地で、たった一人で埋葬をされる方が何十倍も何百倍もマシだと。
犯した罪を思えば、ちょうどそれで釣り合いもとれるだろう――と。
しかもテオドル大公は、皆が棺に捧げた花の中から、先代国王が捧げた花を密かに抜き取ったらしい。
気付いている人間はほとんどいなかったらしいけど、すぐ傍にいたエドヴァルドはしっかりとそれを目撃していたと言う。
同じ空間に埋葬されることすら拒む人が、花なぞ捧げられたくもないだろうと、それは大公の独断だったそうだ。
「トーレン殿下の意を最大限に汲んだテオドル大公が、探し出したのがエウシェンの地だった。喪に服す、臣籍降下をしてアンディション侯爵領に行くための下見をする……などと言いながら、近隣あちらこちらを旅して決めたと聞く」
王都よりほんの少し標高の高い場所にあり、自然に囲まれた、農耕や薬草栽培を中心とした、王都の喧騒とは真逆の静けさを持つエリアらしい。
何より視界を遮るものがなく、遠くの山まで見渡せるような景勝が、テオドル大公にとっては決めてだったようだ。
普段は、乾燥した植物の茎を編んで作られたバッグを土産物として売っている小さな村に、墓標に供える花の栽培や墓周辺の土地の管理なんかを依頼しているそうだ。
「まずは墓標の麓の村に行って、墓標に入るための鍵と供える花を村長から受け取る」
盗賊や墓荒らしを警戒して、墓標近辺は柵と鍵が設置されているらしい。
「元より華美な装いをしない方ではあったが、宰相と言う役職を考えれば、どこで恨みを買っていないとも限らない。何より、花やポケットチーフは殿下が何より大事にされていたもの。静かに眠らせてさしあげるには、そのくらいはした方がいいとテオドル大公と当時話し合った」
「……だから、今、手ぶらなんですね」
墓標に表敬訪問を、と言う割には手土産ひとつ持っていないことを不思議に思っていたけど、日頃は訪れる人間のそう多くない村に、少しでもお金を落とせれば……と言うことなんだろう。
「フェドート元公爵邸で見たような花は、元より特殊なものだ。その村で、訪れた時期に咲く花を買って捧げたとしても、むしろ理にかなっている――くらいには、殿下は思っているはずだ」
私と同じように馬車から見える景色を見ているエドヴァルドの目は、実際にはトーレン殿下の面影を追っていると思う。
少し、故人の為人を懐かしむように、口元を綻ばせていた。
「……お好きだったんですか、殿下のこと」
その仕種から尋ねてみれば、もしかしたら今まで考えたこともなかったのか、エドヴァルドは少しだけ目を見開いていた。
「ふむ……まあ、実の父親よりも父親らしかったかも知れないな。世間一般に聞く父親と言うのは、きっとこうなんだろうと、一方的に考えていたことは確かだ」
わずか10歳で、後妻と愛妾とを巻き込んで刃傷沙汰となった、書類上の父親――先代イデオン公爵に先立たれていては、血縁上の実父のことも踏まえ、エドヴァルドの中での父親像は、ロクでもない像が出来上がっていた可能性がある。
「表から裏まで、本当に多くのことを教わった。最初の頃は私が虐げられているかのような印象を周囲に与えていたらしく、時折テオドル大公が執務室に飛んできていたな。よく『子育て、ヘタか!』などと叫んでいたのは、あまり話さない者同士だった私と殿下との間を取り持とうとしていたのかも知れん」
後日テオドル大公は「殺伐とした空気が常に部屋に満ちていたから、換気をしようとしていただけ」と微笑って、それ以上、あまり詳しい話はしてくれなかった。
それぞれに、しまっておきたい話があれこれとあるのかも知れない。
そうこうしているうちに、馬車はだんだんと王都の喧騒から遠ざかり、辺りは森の木々に囲まれるようになった。
「私もしばらく来れていなかった。怒りはしないだろうが、嫌味のひとつは言われそうだ」
口元の笑みは残したまま、まるでまだ、そこにトーレン殿下がいるかのような言い方を、エドヴァルドはした。
当然、王族の居住区域も亡くなった代々の王族のお墓も、王宮の中にある。
そして持病や毒と言うよりは、年齢を重ねた末、徐々に寝台から起き上がれなくなったことで己の老い先を悟ったトーレン・アンジェス殿下は、その居住区でエドヴァルドに業務の完全な引き継ぎを指示する傍ら、テオドル大公には葬儀や埋葬に関しての要望を予め伝えていたのだと言う。
「王室墓廟に関わることだから、テオドル大公の方が一からの説明は要らないと思ったんだろうな」
窓の外を眺めるエドヴァルドの目は、景色よりも遠い所を見ているような気がした。
トーレン殿下がテオドル大公に伝えた要望は三つ。
・執務室にある、花びらの乾ききった花の束と、紫のポケットチーフを自分と共に棺に入れること。
・周りが何を言おうと、王室墓廟には埋葬をしないこと。
・遠くバリエンダールまで見渡せそうな景勝の地に埋葬をしてほしい。
少なくとも先代や先々代の王と同じ空間に埋葬されることだけは、死んでも許容が出来ないと、テオドル大公に強く言っていたらしい。
それならば、遠くバリエンダールに思いを馳せられそうな土地で、たった一人で埋葬をされる方が何十倍も何百倍もマシだと。
犯した罪を思えば、ちょうどそれで釣り合いもとれるだろう――と。
しかもテオドル大公は、皆が棺に捧げた花の中から、先代国王が捧げた花を密かに抜き取ったらしい。
気付いている人間はほとんどいなかったらしいけど、すぐ傍にいたエドヴァルドはしっかりとそれを目撃していたと言う。
同じ空間に埋葬されることすら拒む人が、花なぞ捧げられたくもないだろうと、それは大公の独断だったそうだ。
「トーレン殿下の意を最大限に汲んだテオドル大公が、探し出したのがエウシェンの地だった。喪に服す、臣籍降下をしてアンディション侯爵領に行くための下見をする……などと言いながら、近隣あちらこちらを旅して決めたと聞く」
王都よりほんの少し標高の高い場所にあり、自然に囲まれた、農耕や薬草栽培を中心とした、王都の喧騒とは真逆の静けさを持つエリアらしい。
何より視界を遮るものがなく、遠くの山まで見渡せるような景勝が、テオドル大公にとっては決めてだったようだ。
普段は、乾燥した植物の茎を編んで作られたバッグを土産物として売っている小さな村に、墓標に供える花の栽培や墓周辺の土地の管理なんかを依頼しているそうだ。
「まずは墓標の麓の村に行って、墓標に入るための鍵と供える花を村長から受け取る」
盗賊や墓荒らしを警戒して、墓標近辺は柵と鍵が設置されているらしい。
「元より華美な装いをしない方ではあったが、宰相と言う役職を考えれば、どこで恨みを買っていないとも限らない。何より、花やポケットチーフは殿下が何より大事にされていたもの。静かに眠らせてさしあげるには、そのくらいはした方がいいとテオドル大公と当時話し合った」
「……だから、今、手ぶらなんですね」
墓標に表敬訪問を、と言う割には手土産ひとつ持っていないことを不思議に思っていたけど、日頃は訪れる人間のそう多くない村に、少しでもお金を落とせれば……と言うことなんだろう。
「フェドート元公爵邸で見たような花は、元より特殊なものだ。その村で、訪れた時期に咲く花を買って捧げたとしても、むしろ理にかなっている――くらいには、殿下は思っているはずだ」
私と同じように馬車から見える景色を見ているエドヴァルドの目は、実際にはトーレン殿下の面影を追っていると思う。
少し、故人の為人を懐かしむように、口元を綻ばせていた。
「……お好きだったんですか、殿下のこと」
その仕種から尋ねてみれば、もしかしたら今まで考えたこともなかったのか、エドヴァルドは少しだけ目を見開いていた。
「ふむ……まあ、実の父親よりも父親らしかったかも知れないな。世間一般に聞く父親と言うのは、きっとこうなんだろうと、一方的に考えていたことは確かだ」
わずか10歳で、後妻と愛妾とを巻き込んで刃傷沙汰となった、書類上の父親――先代イデオン公爵に先立たれていては、血縁上の実父のことも踏まえ、エドヴァルドの中での父親像は、ロクでもない像が出来上がっていた可能性がある。
「表から裏まで、本当に多くのことを教わった。最初の頃は私が虐げられているかのような印象を周囲に与えていたらしく、時折テオドル大公が執務室に飛んできていたな。よく『子育て、ヘタか!』などと叫んでいたのは、あまり話さない者同士だった私と殿下との間を取り持とうとしていたのかも知れん」
後日テオドル大公は「殺伐とした空気が常に部屋に満ちていたから、換気をしようとしていただけ」と微笑って、それ以上、あまり詳しい話はしてくれなかった。
それぞれに、しまっておきたい話があれこれとあるのかも知れない。
そうこうしているうちに、馬車はだんだんと王都の喧騒から遠ざかり、辺りは森の木々に囲まれるようになった。
「私もしばらく来れていなかった。怒りはしないだろうが、嫌味のひとつは言われそうだ」
口元の笑みは残したまま、まるでまだ、そこにトーレン殿下がいるかのような言い方を、エドヴァルドはした。
954
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。