聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

575 ふつつかな娘ですが(後)

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 カカオ料理をどこで活かすか。

 ピクリとエドヴァルドのこめかみが痙攣ひきつった様にも見えたけれど、フォルシアン公爵の目の笑っていない微笑みも、深みがありすぎて無視スルー出来なかった。

 最後、どうしようかとエリサベト夫人を見れば、極上の美女の微笑みにダメ押しをされる羽目になり、結局私はあっさり白旗を上げてフォルシアン公爵家側に付くことにした。

 そもそも、夫妻は案の可否はともかく、私に何かしら答えて欲しいと思っている風に見えるからだ。

 ここでエドヴァルドに泣きつくのは「違う」気がした。

「えっと……パッと思いつくのは二つなんですけど」

「二つ」

 続けて?と目で語るフォルシアン公爵に、私は少し頭の中で説明の仕方を整えた。

「一つは今、夜の営業をしていない〝ヘンリエッタ〟の店舗を、そのままカカオ料理のレストランとして夜営業で使用することです。もちろん耳に良い話ばかりではないですが、少なくとも厨房を含めて場所をそのまま転用出来る分、料理人さえ確保出来ればすぐにでも開業まで持っていけるのは大きいと思います」

「ふむ。……ならば、その『耳に悪い話』とは?」

 きちんと話の根幹を捉えているフォルシアン公爵に、私も微かに口元を綻ばせる。

「そのレストランが受け入れられれば良いですけど、ダメだった際、一緒に〝ヘンリエッタ〟の評判も落ちかねません」

「――――」

 なるほど、とフォルシアン公爵が答えるまで、一瞬の間があった。

「思うところはあるが、先に二つ目を聞こうか」

「あ、はい。えっと……領内の景勝地にカカオ料理メインのレストラン付宿泊施設を建てることです。避暑目的でも、王都と自領を行き来する途中の息抜きでも、そのあたりは後で考えるにしても、こじんまりとした規模で、きめ細かで家族的なもてなしと、その土地の旬の素材も一緒に活かした、本格的な料理を提供することを売りに、お客様に来て貰うんです」

 イメージは「オーベルジュ」だ。
 フランス語で「郷土料理を提供するレストラン付きのホテル」を指す。

 宿泊業がメインではなく、あくまでレストランの規模に合わせた宿泊設備を備えるという考え方で、日本にしろ諸外国にしろ、20室以下ほどの客室数の少ない施設がほとんどだった筈だ。

「多少実験的な話にはなりますが、メニューの開発もまだ途中と言うことでしたら、私としては二つ目の案を推奨します」

「実験?カカオ料理の提供と言う面以外でかい?」

「はい。最初の話にしても今の話にしても、従業員不足と言う面は絶対に出てきますよね?だったらそれを逆手に取って、例えば王宮直轄の使用人養成所……でしたっけ?そこから人を募集して、料理もサービスも一から作り上げるんです」

 料理人も育てる。
 従業員も育てる。
 言わばオープニングスタッフとして就職することをゴールにした、研修だ。一種の就業体験インターンシップだとも言える。

「何なら支配人クラスは王都の学園から募っても良いですけど。王宮の担当者なりボードリエ学園理事長なりと、一年後二年後の開業を目指しての計画……的な感じでしょうか」

 王宮側にしろ学園側にしろ、就職斡旋先が増えるのだから、開業計画さえしっかりしていれば、拒否する理由はない。
 何しろ後ろ楯にフォルシアン公爵家の名前があるのだから、尚更だ。

 そしてこちら側からすれば、最低限の教育は王宮なり学園なりが行ってくれるのだから、今の使用人たちに負担がいくことが少ない。

 フォルシアン公爵なり代理の誰かなりが、間に立つ分忙しくなるだろうけど、そこまで厭うようでは、メニューを開発したとて宝の持ち腐れで終わる可能性が高い。

 そもそも一番単純な手段は、開発したレシピを〝アンブローシュ〟なりどこかのレストランに売っておしまいにすることの筈だけど、フォルシアン公爵が、定期的なカカオの取引先を広げたくて、別の案を模索しているくらいなのだから、多分本人は、自分が忙しいくらいは気にしない筈だ。

 エドヴァルドほどではないにしても、社畜の気はありますよ、フォルシアン公爵。

「レストラン付宿泊施設か……」
「王宮あるいは学園と組んで有望な新人を囲い込むと言う点では興味深いな」

 私の話に、エドヴァルドもちょっと興味を示しているみたいだった。

「もしもその案でいくとするなら、今回の件を手始めに、二軒目をイデオン公爵領内で計画するのも良いかもですよ?例えば復興を目指すハーグルンド領近辺で、とか、クヴィスト公爵家側と、乳製品と羊の話を決着させるのに利用するとか……」

 もちろん、各貴族家とて自分の邸宅やしきに優秀な人材が欲しいわけだから、毎年学園の成績上位者や職業訓練における有望な者を搔っ攫う訳にもいかない。
 そこは軋轢を生まない落としどころを話し合わないといけない。

「そしてフォルシアン公爵領内で上手くいった場合、残りの公爵領内持ち回りで二軒目三軒目と建てていけば、他の公爵様方にも納得いただけませんか?」

「なるほどね……しかしそこそこ、長期の計画になるね」

「もともとアムレアン侯爵令息の代で軌道に……と思って研究開発されているのであれば、ちょうど良いかと思ったんですけど……」

 私の言葉に、フォルシアン公爵がハッと我に返った様に、苦笑を浮かべた。

「ああ、そうだ。そうだったね。私がそれを言い出していたね。しかしそこまでいくと、一番目の案を薦める気は最初から欠片もなかったように見えるね」

「一見手っ取り早い話なので、案としてお話はしたんですけど……さっきも言った通り、元の〝ヘンリエッタ〟の評判を落とす危険が付きまといますから」

 元のネームバリューがあるために、昼から夜へと流れる客は一定数出てくるだろうし、昼間のカフェの甘味をイメージして来る顧客は「甘くないカカオ料理」に、賛否両論思うところも出て来るだろう。

 絶対に、どこかで揉める。

「どうしても捨てられない案と思われるのでしたら、二番目の案が成功したところで、王都への凱旋と言う形で計画されると宜しいかと。それだけで印象が変わると思います」

 それはもう〝ヘンリエッタ〟のおまけではなくなる。

「ふむ」
「……あまり欲張るな。何もかもは手に入らないぞ」

 私の言葉に考え込む仕種を見せたフォルシアン公爵に、エドヴァルドがギーレンのエヴェリーナ妃ばりの科白で、待ったをかけていた。

「あ、ああ……そうか、そうだな」
「気は済んだか?」
「どうして、おまえの方が偉そうなんだ。まあ、分かっていたことではあるが」

 そう、エドヴァルドに対して肩をすくめて見せたフォルシアン公爵は、一度エリサベト夫人を見て、互いの意思を確かめ合うように頷きあってから、私の方へと向き直った。

「色々と、試すようなことを言って悪かったね。改めて、私たち夫婦の養女にならないか、レイナ嬢?このフォルシアン公爵家であれば、誰にも後ろ指を指されない公爵令嬢として、エドヴァルドに嫁がせてあげられる。自分の努力とは無関係なところで非難をされることがなくなる。ユセフのことで、色々と思うところはあるかも知れないが、だからこそ私とエリサベトが、貴女の楯となろう」

「もう、結局この部屋でそこまで話してしまうのね?」

「フォルシアン公爵閣下……エリサベト様……」

 既に既定事項のようにも思えるけれど、私に最後の決定権を委ねてくれたのは、きっと夫妻とエドヴァルドの優しさだろう。

 頭を下げようとした私は、ふとそこで気が付いた。


 ふつつか者ですがよろしくお願いします――は、通じる言い回しなんだろうかと。
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