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第三部 宰相閣下の婚約者

595 カモネギの危機(後)

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 ルーミッド・マトヴェイ卿は、元々はコンティオラ公爵領防衛軍ダールグレン侯爵家の領主家次男として生まれて、軍の司令官代理としての職務をこなしていたところが、先の政争でフィルバートを庇って足に大怪我を負い、軍の第一線からは退いて、王宮の文官として新たな生活を確立した人だ。

 フィルバートが国王になるにあたって、褒賞として王宮外交部での登用と一代貴族「マトヴェイ」の名を授けている。
 政治的実権は薄いものの、マトヴェイの名が過去アンジェスに置いて侵略を阻止した英雄の名と言うこともあり、各所でそれなりの敬意をもって接せられている。

 そもそもが軍のナンバー2として、領内や国内各所の力関係に詳しかったうえに、王宮外交部に登用されたことで、諸外国の知識もそこに加わった。

 今回の様に、フォルシアン公爵領とコンティオラ公爵領双方に関係するであろう詐欺事件が起きた際には、協力を求めるのにうってつけと思ったのだ。

「本来であれば、司法・公安を司るイデオン公爵、あるいは公安のヘルマン長官に伝えるべき案件だとは思います。ただ、現段階ではまだ早急だと思うんです。マトヴェイ卿に相談をして、ギルドの自警団でカタがつけば、報告と司法による裁きを最後依頼すれば、各所被害は最小限で済むのではないかと」

 そもそもここまでの話で、フォルシアン、コンティオラ両公爵が何らかの政治的意図をもって投資詐欺事件を起こした形跡は全くない。

 エドヴァルドやロイヴァス・ヘルマンの手を借りてしまえば、領全体を束ねるコンティオラ公爵、あるいはフォルシアン公爵が無傷で済まなくなる。

 三国会談前のこの時期に、それは避けるべきじゃないかと思うのだ。

 正直マリセラ嬢に関しては、安易な投資話に飛びつこうとしている時点で、何らかのは必要だろうけど、コンティオラ公爵やフォルシアン公爵がこの件で最悪失脚などしてしまっては、明らかにアンジェスの国政が立ち行かなくなる。

 まずはコンティオラ公爵に近く、公爵領内で一定の力を振るえるであろうマトヴェイ卿――今は外交部長である彼に協力を依頼するのが得策だと思えた。

 コンティオラ公爵領内にあるビュケ男爵家、エモニエ侯爵家はもちろんのこと「英雄」の名があれば、フォルシアン公爵領内のコデルリーエ男爵家やダリアン侯爵家にだって意見は言える筈なのだ。

 何せ彼自身が、領主相当の一代貴族であると同時に、ダールグレン侯爵家の出なのだから。

「レイナちゃん……ちゃんと『イル義父様』のことも考えてくれているのね……あの人が聞いたら号泣しそうだわ……」

 説明しているうちに、目を潤ませたエリィ義母様に、なぜかよしよしと頭を撫でられてしまった。

「!」

 子供の時にだってされたことがない仕種に、思わず身体が硬直してしまう。

「ごめんなさい、19歳の義娘むすめにすることではなかったかしら」
「あ、いえ、ちょっとビックリしただけで……」
「ふふ。あとで『イル義父様』も多分同じことをすると思うわよ?」
「えー……っと、イヤとは言いませんが、エドヴァルド様の機嫌が傾きそうな……」

 うっかり内心を零せば、エリィ義母様も一瞬だけ考える仕種を見せたものの、最終的には「……そうかも知れないわね」と頷いた。

「正直なところ、わたくしイルも、イデオン公の結婚は諦めていたところがあるの。家庭環境に恵まれていなかったところもあるし、今の時世、養子を取ることが珍しいことでもないから、後継ぎと言う点で当主である彼を揺さぶることも出来ない。だから、まさかここまで、夫同様、あるいはそれ以上の執着を見せられるとは思わなかったのよ」

 あ、イル義父様の溺愛ぶりはご自覚済みなんですね、エリィ義母様。

 私はエドヴァルドの話よりも、うっかりそっちに気を取られてしまった。

「まあでも、イデオン公の気持ちならわたくしの夫がある意味よき理解者と言えるでしょうから、その辺りのあしらいはあちらに任せておきましょう」

「あしらい……」

 あしらい方ってあるのか。
 いつかちょっと聞いてみたいかも知れない。いや、私じゃ無理……?

 そんな私の表情から内心を悟ったのか、エリィ義母様が「ふふ」と、淑女の微笑わらいを口元に滲ませた。

「レイナちゃんはまだ、夫婦の駆け引きは難易度高いでしょうから、この母と少しずつ学んでいきましょうね……?」

「…………よ、よろしくお願いします…………」

 エリィ義母様、最強ですか。

 アンジェス社交界の頂点の実力を垣間見ました。はい。

「話がそれましたわね。ええ、そう言うことであれば、マトヴェイ卿を頼るということについては理解しました。それでこのあと、どう動くつもりなのかを聞いてもいいかしら?」

 話をさっと戻してくれたエリィ義母様に、私も背筋を伸ばして、体勢を整えた。

「カルメル商会の方には、その紹介した商会の担当者が、次にいつコンティオラ公爵家のお嬢様を訪ねるつもりなのかを探って貰いましょう。もちろん、こちら側に付いたことはバレないようにして貰わないと――ですが」

「分かった。副ギルド長アズレートに確認させよう」

 話が実務に戻ったのを察したリーリャギルド長が、素早く頷いている。

「実は今日、不動産の仮契約書を持って来ていて、正式な契約に移行して貰おうと思っていました。それから改めてお店を見に行って、改装案の話を担当者としたいなと思っていたんですが……それは可能ですか?」

 そもそものここへ来た目的を告げれば、ギルド長も「もちろん」と答えを返す。

「と言うことは、改装業者はギルドを通すってコトでいいんだね?」
「はい。そのつもりです」

「分かった。ならあとでイフナースに、不動産部門から誰か出すように言っておくよ。ソイツに希望をある程度伝えてくれるか。そこから数日内に改めて、その希望に添えそうな業者を紹介することになるから」

「分かりました。……それでそのお店で、ラヴォリ商会の商会長代理を呼んで、この件の対応方含めた情報のすり合わせをしたいと思っています。もちろん、不動産担当の方には帰って貰うことになるかと思いますが」

 ナイショの打ち合わせには、空き店舗はうってつけだ。

 特に買い取りと改装、新規開店までがほぼ決定している店舗内での話となれば、万一のことがあっても疑われないし、理由いいわけとしては完璧だ。

「出来ればマトヴェイ卿にも、なんとかそこに抜けて来て貰えないかと思っていまして」

 多分外交部は今死ぬほど忙しい筈だけど、そこは元主家のためと拝み倒すしかない。

「……レイナちゃんの名前を表に出せば、まず間違いなくイデオン公に筒抜けになるわね」

 私の話を聞きながら、エリィ義母様はちょっと困ったように眉根を寄せていた。
 そんな仕種でもまったく美貌が損なわれないのは反則だと、ちょっと思う。

 そして間違いなく、エリィ義母様の名を使えばフォルシアン公爵に筒抜けになる点は、同じだろう。

 うーん……と唸った私は、そこで一人、適任者がいたことに思い至った。

「あ、レヴに連絡取ればいいんだ」
「え?」

の王宮護衛騎士です。彼の飼っている鳥と時々遊ばせて貰っているので、多分私が手紙を出せば、周囲も皆、また鳥の話かとしか思わない筈です」


 ――うん、ついでにリファちゃんとも遊べるし一石二鳥だ!















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いつも読んでいただいてありがとうございます!

先日の家族に続き、残念ながら私もアウトだったようで……。

隔離、待機期間が終了するまで、少し更新ペースが開くと思います。

恐れ入りますが、お待ちいただけると幸いですm(_ _)m
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