聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

602 気分は探偵です(前)

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「ユングベリ商会長」

 ノックの後、呼ばれて扉に近付いたカール商会長代理は、私の予想通りに「貴女の商会のかたと仰ってますよ」と、振り返りながら告げた。

 さて、誰だろう……と思いながら扉の近くまで行くと、半開きの扉の向こうに、マトヴェイ外交部長の姿が見えた。

「え……早っ」

 確かに手は借りるつもりでいたけど、相手は外交部の部長。
 コンティオラ公爵と、そのすぐ下の長官がいるとは言え、人事・典礼部門のナンバー3にあたる人だ。

「声をかけておいてなんだけど……よく、出て来れたね」

 マトヴェイ部長が部屋の外にいるうちは、あくまで「ユングベリ商会の先代商会長の懐刀」設定だ。

 私があえて敬語を省いたところを、マトヴェイ部長もよく分かっていたみたいだった。

「呼んでおいて……と言いたいところですが、主家の危機と言われては、無視も出来ないでしょう」

 ただ、声も表情も非っ情にお疲れな雰囲気満載だ。
 マトヴェイ部長でコレなら、コンティオラ公爵のクマはさぞや色濃いことになっていそうだ。

「とりあえず、みんな一度中に入って?それから説明する」

 マトヴェイ部長の後ろを見れば、トーカレヴァとルヴェックも一緒だった。

 トーカレヴァが軽く頷いているので、多分リファちゃん先導で、エドヴァルドとコンティオラ公爵、フォルシアン公爵たちには知られずに出て来られたと言うことなんだろう。

「あ、レヴ!見て分かると思うけど、脱走リファちゃん、ウチに来てた!もうしばらくこのままでいいよね?」

「…………」

 ちょっと声のボリュームを上げて、私が頭上のリファちゃんを指させば、リファちゃんもそれに合わせて「ぴ!」と声を発している。

 うん、空気を読めるとは何て賢い

「……緊張感が削がれるので、せめて肩にしたらいかがですか」

 どうやら事情があるとは察したみたいだけど、トーカレヴァもそれだけは言わずにいられなかったらしい。

「ん」

 私も、そう言われればそうかと、リファちゃんに人差し指を差し出して、頭の上から肩まで移って貰った。

 そこで扉を大きく開けた私は、とりあえずマトヴェイ部長を部屋の中へと招き入れる。

「……な」
「⁉」

 そして中に入った途端、コンティオラ公爵夫人と視線が合い、案の定と言うか双方が絶句していた。

 どうしてココに、は多分お互い様だろう。

 トーカレヴァとルヴェックも中に入ったところで、カール商会長代理が再度扉を閉めている。

「んー……どうしようかな、コデルリーエ男爵領の話も気にはなるけど、マトヴェイ部長が来て下さったのなら、全体の話をしてしまった方が良いよね……?」

 口元に手をあてて、呟きながらカール商会長代理を見れば、彼はさすがに困った様に笑っていた。

「商業界全体を考えれば、あまり外聞の良い話ではないのですが、このままいけば高等法院案件でしょうからね。リーリャギルド長たちも納得はされると思いますよ」

 商人同士の小競り合いなら自警団案件で地方法院あるいは王都法院が裁きを下す。

 商人と貴族のトラブルであれば、地方であれ王都であれ、自警団と警備隊が話し合いをして、最終判断を地方(王都)法院に委ねる。

 だけど今回は、カルメル商会は一般市民だとしても、騙した側のブロッカ商会の商会長は下位と言えど貴族であり、更に高位の貴族のお嬢様を騙そうとしている。

 シャプル商会はペーパーカンパニーと言えるだろうから、この場合はブロッカ商会の傘下と見做される。

 下位貴族が高位貴族相手に、それも王都で犯罪を犯すのならば、それは高等法院案件となるのだ。

 コヴァネン子爵絡みの案件が良い例だ。
 あれは子爵が王都内で公爵家の別邸を襲撃した(実際は馬車だったけど、そこはオトナの駆け引きが……ごにょごにょ)ために、高等法院案件となった。

 ブロッカ商会による、カルメル商会への詐欺だけなら、王都法院案件だった。

 それが更にコンティオラ公爵令嬢からお金を巻き上げようとしているのだから、当然、高等法院案件になると、カール商会長代理は仄めかせているのだ。

 高等法院……と呟くエリィ義母様の隣で、私は改めてマトヴェイ部長に椅子を勧めた。

「外交部が死ぬほど忙しいことは承知しています、マトヴェイ部長。ですので早速本題に入らせていただきますね」

「!」

 外交部、マトヴェイ部長――と聞いたカール商会長代理が、思わずと言ったていで目を瞠っているけれど、ワケあってユングベリ商会の従業員を外で装ったのだと、すぐに察したみたいだった。

 さすが大商会の次期商会長、その辺りの察しは良い。
 声を上げてこちらを詰問するようなこともしなかった。

 後で聞いたところによると、王都のマトヴェイ家に、ラヴォリ商会は出入りをしていないらしい。

 ラヴォリ商会の傘下にあって、ダールグレン侯爵家が懇意にしている商会の王都の店舗と普段はやりとりをしているらしく、ラヴォリ商会の関係者とは、今日が初対面だったそうだ。

 マトヴェイ部長の方は、ここがラヴォリ商会の事務所だと言うこと以外の関心は、現時点では持っていないらしく「うむ」と、話の続きを促してきていた。

 カール商会長代理に、違っているところがあったら言って欲しいと断りを入れた上で、私は一連の詐欺事件を、どこかの名探偵よろしく集まっている人々を相手に語ることになった。

「事の発端は、コンティオラ公爵領下、ビュケ男爵領に本店を置くカルメル商会が、投資詐欺にあったと、親商会であるビュケ男爵領あるいは隣接する領のラヴォリ商会の支店に泣きついたところから始まります」

 チラとカール商会長代理を見れば、特に何も言ってはこない。恐らくそこは間違ってはいないし、男爵領だろうが隣の領だろうが、そこまで指摘しなくてもいいと思っているのだろう。

 なので私は、そこからビュケ男爵領下のギルドに話が上がって、次に王都商業ギルドに話が上がってきたのだと、居並ぶ面々に説明をした。

 同時にカルメル商会長はラヴォリ商会本店も訪れ、ラヴォリ商会の支店とビュケ男爵領ギルドが把握をした話を、そこで改めてカール商会長代理にも告げたのだろう、と。

「恐らくですけど、額が大きかったことと、騙したと思われる側の商会に貴族の影が見えたために、地方の案件としては留めておけなくなったんだと思います」

「――そうですね。その時点でビュケ男爵領のギルドにも話が通っているのであれば、こちらとしても王都商業ギルドに申告をしない訳にはいかない。たとえ先に情報がいっていたとしても、黙っていてはこちらの信用にかかわる。ですから私はカルメル商会長を連れて王都商業ギルドを訪れ、そこでユングベリ商会長とすれ違った、と言うわけなんですよ」

 私の話を補填するように、カール商会長代理も頷いてくれた。

「もしかして……」

 そこに、震える声でコンティオラ公爵夫人がこちらに話しかけてきた。
 ここはもう、否定をしても仕方がないので、私はゆっくりと頷いて見せる。

「ご想像の通りです。カルメル商会から、詐欺で大金を巻き上げたのは十中八九ブロッカ商会です。夫人は何かしらご存知で、ブロッカ商会の商会長を追いかけようとされていたのでは?」

「……私は……」

 ブロッカ商会の商会長は、元エモニエ侯爵令嬢の夫。

 私の言葉にマトヴェイ部長は驚き、コンティオラ公爵夫人は今にも倒れそうな顔色で、そこに腰を下ろしていた。

「エモニエ侯爵家に事情を聞きに行くには、場所が遠すぎます。姪御さんが住まう子爵領に向かうのも、きっとそうでしょう。そうなると、ブロッカ商会の商会長の滞在先がセルマで、夫人はそれを確認しに行こうとされていた――あたりじゃないかと思ったんですが、違いますか?」

「な……」

 これにはカール商会長代理も驚いている。

「シャプル商会、ブロッカ商会の関係者は今、所在不明の扱いになっています!もしそれが本当なら、自警団にすぐ連絡を――」

 それは、そうだ。
 シャプル商会、ブロッカ商会の関係者の行方が掴めないから、投資した資金の回収が出来ずに、カルメル商会は困窮している。

 居場所が分かるのなら、何としてでも追いかけて、資金を取り戻したいに違いない。
 カルメル商会の困窮は、回りまわればラヴォリ商会にとっても打撃となるのだから。

「カール商会長代理、確かコンティオラ公爵家にはカルメル商会経由で、シャプル商会かブロッカ商会か、家庭教師として邸宅を訪ねているのでは?」

 私の言葉にビクリと身体を震わせたコンティオラ公爵夫人を横目に、カール商会長代理が、やれやれとばかりに嘆息した。
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