聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

630 絶対零度の晩餐会~その鳥は残業する~

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「お食事中失礼致します。旦那様――」

 食事中と言っても、もう終わったも同然だったけど、ノックの音と共に食堂に入って来た家令ラリは、口調も丁寧に一礼をして、イル義父様の傍まで歩み寄っていた。

「……うん?王都警備隊の隊士と自警団の副団長が、レイナちゃん宛に来てるって?」

 ラリの声は小声だったけど、イル義父様の声はハッキリとこちらまで聞こえた。

「ああ、そうか。王都商業ギルドも警備隊も、話の橋渡し役になっているのはレイナちゃんだからか……ラリ、そのまま団欒の間ホワイエで待たせておいてくれるか。多分食事が終わるのを見計らって来ているんだろう。邸宅やしきの奥に招かれるなどとは、彼らとて露ほども思ってはいまいよ」

 いえ、イル義父様。
 夕食後を見計らってくるようにと最初に言ったのはエリィ義母様です。

 しかも直前までお義兄様ユセフがギルドに行っていた筈なのに、それでも私の名前が出て来ると言うことは、多分その副団長さんは、リーリャギルド長かアズレート副ギルド長あたりから、何かしらの言付けを持たされているんだろう。

 ただここでは、否定しようがしまいが大勢に影響はないだろうと、私はとりあえず微笑わらって無視スルーすることにしておいた。

「コンティオラ公爵。くどいようだが、マリセラ嬢を囮にしての現行犯逮捕と言うことで良いのかな」

 カトラリーから手を離して念押しするイル義父様に、コンティオラ公爵は一瞬だけ言葉に詰まっていたものの、最終的には当主としての顔で「ああ」と、短いながらも了承の意を見せた。

 俯くコンティオラ公爵夫人からも、反論の言葉は返らない。

 ヒース君も何も言わないけど、彼の態度は最初から一貫しているので、多分今更だと思って誰も聞かないんだろう。

「本来は食事が済み次第王宮に戻る予定だったが、我々も彼らと話を合わせておく必要はあるだろう。同席するよ。基本的にはレイナちゃんに場は預けるけど、途中で口を挟むかも知れない点は承知しておいて貰えるかな」

「あっ、はい、もちろんです!」

「ヒース殿も、コンティオラ邸に戻るのはもう少し待って貰えるかな。君も彼らと話を合わせる必要はあるだろうからね」

 確かに邸宅やしきを囲む、あるいは別室待機予定の自警団、王都警備隊とヒース君も、互いの顔を見知っておく必要はある。

 彼は落ち着いた仕種で「……お気遣い有難うございます」と、頭を下げた。

「エリィとコンティオラ公爵夫人は――」

 別室でもう休むかと、イル義父様がそう言いかけたところで、エリィ義母様のステキな笑顔にぶつかって、言いかけた言葉を空中分解させていた。

「あなた。私たちの可愛い義娘むすめが頑張っていると言うのに、休めとおっしゃいます?」

「いや、だけど……」

「確かにコンティオラ公爵夫人は、今日一日色々と聞かされて心労も重なっておいでかも知れませんけど、公爵夫人としてそこはあと少し堪えて頂きたいですわ」

 どうやら馬車の事故による怪我も大したことはないと判断したエリィ義母様は、同じ公爵夫人として、ここで関わるのを止めて、皆に後を任せると言う選択肢を認めない方向に舵を切ったように見えた。

「……ええ。わたくしは、大丈夫ですわ」

 夫人は気丈に頷いているけれど、この場ではそう言うしかなかっただろう。

 そして当然お義兄様ユセフだけが残ると言う選択肢も、少なくともエリィ義母様には存在しない筈。

 本人も、それは理解しているとばかりに立ち上がっていた。

 ……結局全員、団欒の間ホワイエに移動することになったのだ。


*         *         *


「チチッ!」

 そして団欒の間ホワイエに戻るための扉を開けた時、聞き覚えのある鳴き声と共に、頭上にぽてっと何かが落ちた

「え、リファちゃん⁉」

 場の流れ的に頭の上でそのままにはしておけず、人差し指に乗り移らせた状態で、目の前にまで下ろして来る。

「ぴ」

 ただいま!とでも言いたげに、リファちゃんが小さく鳴いた。

「……あ」

 足に小さな筒が付いているところを見ると、これは「お仕事」だ。

 とは言えこの場ではどうとも対応出来ないな……と思っていると、リファちゃんを乗せていない方の手を、不意にスッと掬い上げられた。

「コイツ、乗った。アナタ、レヴのあるじ?」

 なんだか、アンジェス語が第一言語じゃない、と言うようなカタコトな声が私の耳に届いた。

「はじめまして。ワタシ、王都けいびたい、キリーロヴ・ソゾン。レヴは、キーロと呼ぶ。アナタも、ソレで」

 王宮護衛騎士である今、レヴの主は私じゃない――なんてことを言いかけたけど、掬い上げた私の手の甲に、触れてはいないけれど唇を落として挨拶をしようとしたため、一瞬ひんやりとした空気が足元を流れた。

 それが凍り付かなかったのは、一見チャラそうな態度だったにも関わらず、実際には私の手にそっと紙片を掴ませてきたのをエドヴァルドも見たからだろう。

 多分リファちゃんが運んだ「お手紙」を、私に魔力がないと聞いていた彼が、既に取り出しておいてくれたのだ。

「ええっと……ソゾンさん」
「キーロ」
「キ……キーロね。話しにくければ、アナタの国の言葉でも私は大丈夫よ?」

 私の言葉に、キーロは視線を私の手から外して、こちらを見上げてきた。

「ワタシ、アンジェス、ギーレン、国境の村、住んでた。ギーレン語できても、分からないと、時々言われる」
 
 なるほどギーレンの地方出身で、多少訛りの様なものがあると言うことか。

「……ソゾン?」

 問題ない、と私が言おうとしたそこへ、コンティオラ公爵が聞き覚えがあると言った小声を不意に洩らしていた。

「……アナトリエ・マトヴェイ夫人を知っているか?」

 どうやらマトヴェイ部長の愛妻は、アナトリエと言う名前らしい。初めて聞いた。

 そんなことを内心で思っていると、問われたキーロは小首を傾げつつ「アナトリエ……アナ、伯母」と正解を明かしてくれた。

「そうか……ああ、失礼。ソゾンと言うのは、アナ夫人がマトヴェイと結婚するにあたって養女に入った男爵家の名だ。もともと跡取りがおらず、アナ夫人の弟・ルキヤンが貴族教育を一から受けて、今は国境の男爵領を支えている。そうか……では、ソゾン男爵の息子と言うことか……」

 どうやらアナトリエ夫人の「アナ」と言うのは知られた愛称らしく、上司であるコンティオラ公爵も、普段からそう呼んでいるのだと言うことを伺わせた。

 そして自分一人が納得しているわけにもいかないと、コンティオラ公爵はそう説明をしてくれたけど、キーロが「それ、すこし、違う」と公爵に視線を向けた。

「ルキさま、村の子ども、何人か引き取った。ワタシ、その中のひとり」

 カタコトのまま話しているのを聞けば、過去にダールグレン侯爵領防衛軍との小競り合いで潰された村の中で、もともと軍に敵対する意思のなかった村人たちを、当時指揮をとっていたマトヴェイ部長が取り込んで、討伐依頼を出していたソゾン男爵領内に住居を提供したと言うことらしい。

 ルキヤン・ソゾン現男爵にも実子はおらず、子どもは全て同じ村の中から見どころのある子を養子に迎えているんだそうだ。

 今はともかく、元・特殊部隊出身となると……いずれ時々小競り合いのある国境付近を守らせようとでも、男爵は考えていたんだろうか。

 あるいはもしも自領に危機が及んだ時のために、なるべく確実な情報を得られる位置に人材を送り込もうとしたか。

 特殊部隊が実質解散状態にある今も、キーロが王都に留まっているからには、後者の理由が色濃い気がした。

 そんなキーロが、ふと立ち上がって、服の内側から小さな小箱を取り出して私に差し出した。

「レヴから。コレ、ヘリファルテ、えさ」
「え⁉あ、まさか高級なエサとか⁉」
「ぴぴっ!」

 キーロの代わりにリファちゃんが、そうだと言わんばかりに返事をしている。

「しかたがないのできょうは貸し出す、と、伝言。えさもセットで」
「やったぁ、さすがレヴ!分かってるー」

 何が高級かと言うのも、もともと気になって仕方がなかったので、私はリファちゃんを肩に乗せつつ受け取ったその木箱を、その場でカパッと開けてみた。

「何かの……脂身?」
「王都に入ってくる害獣、肉。たまに、捕まえるから」

 どうやら時々、王都周囲の森から迷いこんでくる、鹿だの熊だのイノシシだの(あくまでモドキ)と言った野生獣を仕留めることがあるらしく、その時に解体した肉を、キーロがレヴにリファちゃん用として回すことが今でもあるらしい。

 自警団も時折同じように遭遇しては狩るとのことなので、常に肉が手に入ると言う訳ではないと言う。

 なるほど、だからリファちゃんにとっての高級肉。
 リファちゃん、ジビエ好きなのか――!



「…………レイナ、話が逸れてる」

 急上昇した私のテンションに、水どころかみぞれをぶつける勢いで、エドヴァルドの冷ややかな声が降り注いだ。
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