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第三部 宰相閣下の婚約者
【コンティオラSide】英雄マトヴェイの軌道(前)
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ルーミッド・マトヴェイと書類に名を記すようになってからの期間は、実はまだルーミッド・ダールグレンと書いていた頃よりも短い。
とは言え政変によって、三人の王子がいた筈の王家が、たった一人の、それもほとんど表舞台に出ていなかった王子が「生き残った」ことにより、期間の長短に関わらず、私がダールグレン侯爵家の関係者であることを知る者の方が激減した。
それほどまでに上層部の人材の入れ替わりが大きかったのだ。
それまでは家の「予備」であった筈の次男や、一度市井に降りた筈の三男以下の男児が中枢に出て来る家が激増し、政務の風通し、風向きも明らかに変わった。
長の王宮勤めでもないのに外交部の、それも部長などと言う地位に就くことになったにも関わらず反対意見が出なかったのは、決してフィルバート第三王子を凶刃から護ったことだけが原因ではなかった。
「実務を回す下級官吏達の中には、上層部の動向なぞ我関せずで職務に没頭する者も多い。声も上げず改革もせず、自らに与えられた狭い範囲の職務のみを粛々とこなす――そうさせたのは、これまでの王家の咎ではあろうな。ともかく、今ならどんな部署でも肩書付けて入り放題。まあ、おまえは交渉ごとの多い部署に向いているんじゃないかと思ってな。どうだ?ダールグレンで謂れなき盗人と思われるよりは良いと思うがな」
王宮管理部で魔道具の開発や修理に携わるのが趣味だと思われていて、権力争いの外側にいた筈の第三王子。
元の本人の素質か、幼馴染であり、トーレン・アンジェス殿下から後継者教育を施された若き公爵、エドヴァルド・イデオン宰相からの助言があったのか。
私が兄から領主の地位を奪ってダールグレン侯爵家領主になる、あるいはそうさせたいと纏わりつく親族を振り払うのに、これ以上はない地位を彼らは用意してくれた。
「……私はたまたま、お近くにいて、剣の届くところに居たにすぎません。足の怪我も実力がそれだけ不足していたのだと」
正直言えば、どの王子のことも支持をしてはいなかった。
ただ、能力ではなく力づくで王位を獲ると言うのは「違う」と思ったのだ。
ただ、それだけのことの筈だった。
「防衛軍関係者は、どこを向いているかはともかくとしても、存外正義感の強い者が多いからな。おまえも、好むと好まざるとに関わらずその血は引いていると言うことだろうよ」
どこを向いているか、は言い得て妙だ。
正義感と言っても、あれば良いと言うものでもないし、場合によっては迷惑極まりないことだってある。
「もちろん恩義は感じている。いくら私でも、そこまで人でなしではないつもりだ。ただ、私を死の淵から引きずり戻して、父や兄がずたずたにした王家を立て直させるからには、おまえひとり、足の怪我くらいで隠居させるなどと、そんな悠長なことはしていられん。まだ、手だって頭だってあるだろう?ダールグレン家の領主争いからは解放してやる。そのかわり王家に、私に尽くせ」
足の怪我くらい。
防衛軍の人間にとって、思うように足が動かないことは致命傷だ。
だが第三王子は、それ以外にも存在価値があると、私に道を指し示した。
政変後の情け容赦のない措置ばかりが取り沙汰され、ほとんどの人間が遠巻きに様子を見ている孤高の国王だが、私が見る限り、非のない者を意味もなくいたぶるようなことは一度もしていない。
ただ公の場で、自分を裏切って第一王子へと付いた婚約者を自ら斬り捨てた話が、特大の影響力を持って国内外に浸透しており、王自身がそれを上手く利用しているフシもある。
その措置はやりすぎだろう、と私が苦い表情を浮かべるたびに、図ったように私のところに現れて「そもそも私を生かしたのは、おまえだぞ」とでも言いたげに、面白そうに笑う。
為政者として見るなら、それまでの王や王族よりも遥かに賢君と言えるかも知れない。
この王を、それまで管理部で魔道具にしか関わらせていなかった先代国王やその周辺は、何をしていたのかとさえ思う。
ただ政変が――陛下から、倫理や哀れみと言う概念を奪ったのだ。
そんなことを気にしていては、国は立ち行かないと思わせている。
ただの魔道具好きだった青年を、周囲に血塗れの君主と思わせるまでに変貌させた。
「……後悔しておられるか? 陛下を、お救いしたことを」
その後陛下から、古き英雄の名「マトヴェイ」を与えられることになった式典の席で、トーレン殿下の後を継いで宰相となったイデオン公爵に、そんな風に聞かれたことがあった。
私はその時、思ってもいなかった問いかけに目を瞠った。
「…………いえ」
どうしてか、それだけは今まで一度も思ったことがない。
「私にとっての陛下は、時々無茶をなさる、魔道具好きの青年――今また同じようなことが起きても、私は陛下をお守りするだろう」
足がダメでも出来ることはあると、道筋を立てて下さったのだ。
私は、今後同じような怪我をした者たちのためにも、その道を残しておく必要があった。
外交部官吏から部長となり、このまま緩やかに定年まで勤めあげることが出来れば――そんな風に思っていた。
この国が〝聖者〟を失って、後を継ぐ者を必要とするようになった、その時までは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アンケート、ご協力有難うございました!
ここで一度締め切りとさせていただき、後日改めて作品中で結果をお知らせ致します。
引き続き読んで頂けたら嬉しいですm(_ _)m
とは言え政変によって、三人の王子がいた筈の王家が、たった一人の、それもほとんど表舞台に出ていなかった王子が「生き残った」ことにより、期間の長短に関わらず、私がダールグレン侯爵家の関係者であることを知る者の方が激減した。
それほどまでに上層部の人材の入れ替わりが大きかったのだ。
それまでは家の「予備」であった筈の次男や、一度市井に降りた筈の三男以下の男児が中枢に出て来る家が激増し、政務の風通し、風向きも明らかに変わった。
長の王宮勤めでもないのに外交部の、それも部長などと言う地位に就くことになったにも関わらず反対意見が出なかったのは、決してフィルバート第三王子を凶刃から護ったことだけが原因ではなかった。
「実務を回す下級官吏達の中には、上層部の動向なぞ我関せずで職務に没頭する者も多い。声も上げず改革もせず、自らに与えられた狭い範囲の職務のみを粛々とこなす――そうさせたのは、これまでの王家の咎ではあろうな。ともかく、今ならどんな部署でも肩書付けて入り放題。まあ、おまえは交渉ごとの多い部署に向いているんじゃないかと思ってな。どうだ?ダールグレンで謂れなき盗人と思われるよりは良いと思うがな」
王宮管理部で魔道具の開発や修理に携わるのが趣味だと思われていて、権力争いの外側にいた筈の第三王子。
元の本人の素質か、幼馴染であり、トーレン・アンジェス殿下から後継者教育を施された若き公爵、エドヴァルド・イデオン宰相からの助言があったのか。
私が兄から領主の地位を奪ってダールグレン侯爵家領主になる、あるいはそうさせたいと纏わりつく親族を振り払うのに、これ以上はない地位を彼らは用意してくれた。
「……私はたまたま、お近くにいて、剣の届くところに居たにすぎません。足の怪我も実力がそれだけ不足していたのだと」
正直言えば、どの王子のことも支持をしてはいなかった。
ただ、能力ではなく力づくで王位を獲ると言うのは「違う」と思ったのだ。
ただ、それだけのことの筈だった。
「防衛軍関係者は、どこを向いているかはともかくとしても、存外正義感の強い者が多いからな。おまえも、好むと好まざるとに関わらずその血は引いていると言うことだろうよ」
どこを向いているか、は言い得て妙だ。
正義感と言っても、あれば良いと言うものでもないし、場合によっては迷惑極まりないことだってある。
「もちろん恩義は感じている。いくら私でも、そこまで人でなしではないつもりだ。ただ、私を死の淵から引きずり戻して、父や兄がずたずたにした王家を立て直させるからには、おまえひとり、足の怪我くらいで隠居させるなどと、そんな悠長なことはしていられん。まだ、手だって頭だってあるだろう?ダールグレン家の領主争いからは解放してやる。そのかわり王家に、私に尽くせ」
足の怪我くらい。
防衛軍の人間にとって、思うように足が動かないことは致命傷だ。
だが第三王子は、それ以外にも存在価値があると、私に道を指し示した。
政変後の情け容赦のない措置ばかりが取り沙汰され、ほとんどの人間が遠巻きに様子を見ている孤高の国王だが、私が見る限り、非のない者を意味もなくいたぶるようなことは一度もしていない。
ただ公の場で、自分を裏切って第一王子へと付いた婚約者を自ら斬り捨てた話が、特大の影響力を持って国内外に浸透しており、王自身がそれを上手く利用しているフシもある。
その措置はやりすぎだろう、と私が苦い表情を浮かべるたびに、図ったように私のところに現れて「そもそも私を生かしたのは、おまえだぞ」とでも言いたげに、面白そうに笑う。
為政者として見るなら、それまでの王や王族よりも遥かに賢君と言えるかも知れない。
この王を、それまで管理部で魔道具にしか関わらせていなかった先代国王やその周辺は、何をしていたのかとさえ思う。
ただ政変が――陛下から、倫理や哀れみと言う概念を奪ったのだ。
そんなことを気にしていては、国は立ち行かないと思わせている。
ただの魔道具好きだった青年を、周囲に血塗れの君主と思わせるまでに変貌させた。
「……後悔しておられるか? 陛下を、お救いしたことを」
その後陛下から、古き英雄の名「マトヴェイ」を与えられることになった式典の席で、トーレン殿下の後を継いで宰相となったイデオン公爵に、そんな風に聞かれたことがあった。
私はその時、思ってもいなかった問いかけに目を瞠った。
「…………いえ」
どうしてか、それだけは今まで一度も思ったことがない。
「私にとっての陛下は、時々無茶をなさる、魔道具好きの青年――今また同じようなことが起きても、私は陛下をお守りするだろう」
足がダメでも出来ることはあると、道筋を立てて下さったのだ。
私は、今後同じような怪我をした者たちのためにも、その道を残しておく必要があった。
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この国が〝聖者〟を失って、後を継ぐ者を必要とするようになった、その時までは。
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