聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

649 お宅訪問の心得?

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「お嬢さん、ファルコから」

 今は一人一人の希望を聞いている場合でもないと、ホットチョコレートが問答無用で配られていたそこへ、フィトが静かにやって来て、私の後ろに立った。

 イデオン公爵家の護衛が、フォルシアン家の中に堂々といて良いのかと思わなくもないものの、イル義父様が「それを認めないと、レイナちゃんを我が家に行かせないとか言う、ココロの狭い宰相がいてね」と苦笑いした時点で、誰も何も言えなくなった。

 さすがに四六時中家の中にいるわけではないものの、今回の様な「有事の際」には中に入らせるとの言質が取ってあるらしい。

 良くも悪くも〝鷹の眼〟にそれだけ信があって〝青い鷲〟に対しては、まだそこまでではないと言う事なんだろう。

 フォルシアン家側でも、有事の際だけならと、目を瞑ることにしたらしかった。

「ファルコから?宿……〝ブルクハウセン〟側に動きがあった?」

 ナルディーニ家の兄妹に聞かせるのに刺激が強すぎても困るので、念のため声を落としてフィトに確認を入れると、フィトも同じトーンで「ああ」と答えた。

「どうやらは夜の間にセルマの街から移動をして、いつ坊ちゃんたちが邸宅やしきを出ても良いように待機していたらしい。それで……今、何人かを残して宿を離れたそうだ。多分そう間を置かずにコンティオラ邸に入る」

「「!!」」

 声を落としたところで、ある程度は嫌でも耳に入る。
 場の空気が、ピリリと引き締まった気がした。

 ヒース君がお義兄様ユセフに視線を投げ、お義兄様ユセフもそれを受けて頷いた。

「――行くか」

 馬車一台が走る音と、二台続けて走る音とでは、コンティオラ邸内部に聞こえる確率がまるで違うと言うことで、馬車には私とお義兄様ユセフとヒース君が乗ることになり、自警団のラジス副団長と王都警備隊のキーロは馬でその後を付いて行くことになった。

「もともと馬車なんぞに乗るような大した人間でもないしな」

 ラジス副団長はそう言って笑い、下位貴族とは言え養子だと言うキーロも、その通りだと頷いていた。

 二人は昨夜はフォルシアン邸の護衛用の居住区に泊めて貰っていたらしい。

「……すまないが、学園見学は午後になると思う。それまでここで待っていて貰えるだろうか」

 年下相手と居丈高になることはせず、ゆっくりと言い聞かせるようにヒース君が言い、ナルディーニ家の兄妹も彼らなりに、自分たちでどうにか出来る話ではないことは分かっているんだろう。青い顔色のまま、コクリと頷いていた。

 ただティストの方は、こちらへくるりと振り返ると「……どうか母をよろしくお願いします」と、頭を下げた。

 どうやら父がナルディーニ家では異質の人格者と言われるだけのことはあるのか、息子もしっかりと教育は受けているようだった。

 妹フリーダはまだ10歳に満たないと言うこともあってか、兄につられるように慌てて頭を下げていた。

「……善処しよう」

 ここで「任せておけ」と太鼓判を押さないところが、お義兄様ユセフらしいのかも知れない。

「では母上、コンティオラ公爵夫人……この二人のことは宜しくお願いします」

 コンティオラ公爵夫人は、この邸宅やしきに居る間に、公爵家を取り巻く環境の悪さが次々と明らかになり、ほとんど何も言えずにいた。

 せめて口を差し挟まないことが、今の自分に出来ることだと、彼女なりの矜持でそうしているのかも知れなかった。

「……貴方たちが言い出したのだから、詐欺師たちが資金を受け取ってコンティオラ邸の門を出るまでは、ちゃんと見守るのよ?どれだけ腹が立とうと、言いたいことがあろうと、そこで割って入れば台無しになることくらいは分かるわね?」

 兄妹を託されたエリィ義母様は、頷きながらもお義兄様ユセフとヒース君を見て、そんな風に釘を刺した。

「……肝に銘じます」

 そう答えたのはお義兄様ユセフで、ヒース君は無言のまま、エリィ義母様に向かって頭を下げていた。

 エリィ義母様が「この子たち大丈夫かしら……」と言った目でこちらを見て来るので、これは私に「気を付けておいてくれ」と言っているのだなと、頷き返しておいた。

 物理で私に止められる筈もないのだけど、そこはまあ、いざと言う時はラジス副団長なりキーロなり、頼めば何とかしてくれるだろう。

「じゃあ行ってきます、エリィ義母様」
「レイナちゃんも気を付けてね」

 面子から言って、男性陣は会釈あるいは軽く頭を下げるだけだ。
 行ってきます、は私の役目と判断して、邸宅おやしきを出ることにした。

 コンティオラ公爵夫人は、黙って、ただ深々と頭を下げて、こちらを見送った。


*         *         *


 馬車は意外にも、フォルシアン公爵家の紋章入りの馬車だった。

「紋章のない馬車で行けば、外の連中に不審に思われる。逆に紋章入りの馬車で堂々と行けば、恐らくは商会の雇われに過ぎない非貴族階級の連中は、黙って見送ることしか出来ない。どこの紋章かは知らずとも、貴族の客が邸宅やしきを訪れたことくらいは分かるからだ。下手に騒ぎ立てない方が良いとの判断に落ち着く筈だ」

 何なら中にいる仲間が、来客中だと言って追い返すか、別室で待たせるか、適宜判断するだろうと思う筈だと、お義兄様ユセフは言った。

「……なるほど」

「ヒース殿は、近くまで行ったら頭を下げて外から見られないようにした方が良いだろうな。万一、外の誰かが顔を見たり覚えたりしていたら面倒だ」

 感心していたヒース君は、お義兄様ユセフの指摘に真摯に頷いている。

「その後、正面ではなく業者用の出入り口の方に馬車を向かわせるんですね。ああ、門番には邸宅やしきの中に馬車の到着を告げに行かないよう、あらかじめ言い含めておきました。密かに別室で監視をするのに、来客として馬鹿正直に告げられては作戦にならなくなるでしょうから」

「……そうか」

 いつの間に、と思ったお義兄様ユセフの方が、今度は言葉に詰まる番だった。

 一つの作戦に、お互いで足りないところを補い合っている感じだ。

「――先に乗ると良い」
「!」

 女性嫌い、女性不信のきらいがあっても、基本的には馬車に乗るにあたってのエスコートは出来るんですね、お義兄様。

「あ……ありがとうございます……?」

 うっかり語尾が疑問形になった私にお義兄様ユセフのこめかみが一瞬だけ動いた気がしたけど、口に出しては何も言わなかった。

 右奥に座った私の前にお義兄様ユセフが座り、ヒース君は……ちょっとだけ考える仕種を見せた後、最終的には私の隣に乗り込んで来た。

「――出せ」


 いよいよ、馬車は出発した。
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