聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

648 次期たちの決意

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「図々しくも、またお世話になり申し訳ございません」

 現れたヒース君が、まずそう言って頭を下げた。
 ここではイル義父様が不在のため、代理としてエリィ義母様が作法マナーとしてそれを受ける形になる。

「構いません。必要な手順の一つであり、フォルシアン公イェルムもそれを認めたことですから」

 家は違えど公爵令息と公爵夫人であるため、どちらが先に話したとて問題ないとのスタンスなんだろう。

「そう言っていただけると救われます。この場をお借りして、この二人も紹介させていただきます」

 ティスト・ナルディーニ、フリーダ・ナルディーニと名乗った兄妹は、状況を考えれば仕方がないとは言え、礼を取った時の顔色が、真っ青だった。

「二人、大丈夫かしら?まずは座って貰った方がよさそうね」

 そう言ったエリィ義母様は、侍女長カミラにホットチョコレートを持って来るようにと言っていた。

 ヒース君よりも、なんならシーグリックの兄妹よりもまだ若いわけだから、コーヒーや紅茶と言うよりはよほど落ち着いて飲めると思ったんだろう。

 フォルシアン家に常備されているのは、ちょっと羨ましい。

「この子たちも、ある程度事情は知っているのね?」

 二人の顔色を見たエリィ義母様がそう言い、それに頷いたのはヒース君だった。

「私が話しました。フリーダ嬢にはまだ早いかも知れないとは思ったのですが、少なくともナルディーニ侯爵家の継承権を持つ者として、ティスト殿は知っておくべきだろうと思ったのです」

 なるほど現ナルディーニ侯爵に直系長男がいるとは言っても、弟のクレト、その息子であるティスト二人の継承者順位が繰り上がる可能性が出て来る。

 今回の件が公になれば、家ごと取り潰される可能性もゼロではないとは言え、現侯爵と不仲と周知されている弟一家には、まだあらゆる選択肢が存在している状態だ。

 知っておくべき。

 ヒース君の判断は、兄妹の年齢を考えれば厳しい話だとは言え、決して間違いではなかった。

「それで、話をしているうちに分かったのですが――」

 ヒース君はそう言って、真夜中に私が〝鷹の眼〟経由で聞いた、デリツィア夫人が今回コンティオラ邸を訪れた真の理由を、エリィ義母様やお義兄様ユセフのいる場で明かした。

 私もちょうど食事がひと段落したら話そうと思っていたところで、そこは代わって貰えて有難かった。

 話せば必然的に、いつ寝たんだと言われるのは必至だったからだ。

(うう……ヒース君ありがとう……)

 一瞬お義兄様ユセフがこちらをチラ見した気がしたけど、私は気付かないフリをしておいた。

 ベランダでの会話だったから、もしかしたら多少は声が洩れ聞こえていて、何か感じていたのかも知れないけれど、そこはエリィ義母様の手前、無視スルー

「――ですので、連中が愚姉から資金を受け取って、邸宅やしきを出るまでは手を出さず、門の外に出たところで全員を捕らえる方向でいこうかと思うのですが」

 そうすれば、デリツィア夫人もナルディーニ侯爵に対して「役目は果たした。門を出てからのことは、契約外だ」と主張出来る筈だと、ヒース君は言った。

「詭弁なのは分かっていますが、情状酌量を主張し、一蓮托生で裁かれるのを避けるためには必要な手順だと考えます。私の考えは甘いでしょうか……?」

 問われたエリィ義母様は、少し考えてから「ユセフ、貴方はどう思って?」と、視線を移した。

「現役の高等法院職員である貴方なら、どう考えて?」

「……それは……」

 話を振られたお義兄様ユセフは最初こそ面食らっていたけれど、この場にいる皆の意見、特にナルディーニ家の兄妹から縋るような視線を受け、余計な口は利かず、真摯に回答する方を選択した。

「情状酌量を押し通す……どう思うかと問われれば、もちろんダメだと答えます。ただ――」

 そこでひと呼吸おいて、兄妹をじっと見た。

「やれる、やれないで聞かれれば――やれる。それが、私の答えです」

 どうやら、建前上等でデリツィア夫人、あるいは護衛のウリッセを切り離す方向に持って行こうと言うことらしい。

 イル義父様が「結論ありきの報告書をオノレ子爵に」と言っていた意味を、ここに来て肌で理解したのかも知れなかった。

 エリィ義母様が、満点の答案を受け取ったかのように、表情かおを綻ばせた。

「では、コンティオラ公爵令息の案を採用しましょう。レイナちゃんも、それで良いかしら?」

「あっ、はい!ただ付け加えるなら念のため、今、中にいるイデオン家の護衛たちはそのまま残して、人質にしてやれと引き返して来るような輩がいればそれに対処して貰う形では、どうでしょう?コンティオラ家の護衛で一丸となって外の全員を捕まえたとなれば、対外的な印象も良いでしょうし」

 お義兄様ユセフの言う「建前」の後押しにもなる筈。

 私がそう言ったところで、お義兄様ユセフとヒース君は軽く目を瞠っていたけれど、口に出しては何も言わなかった。

 エリィ義母様が「コンティオラ公爵令息に不満がなければ、そうしましょうか」と言い、その声でハッとヒース君も我に返っていた。

「え、ええ、むしろ有り難く思います。さすが――いえ、愚姉への愚痴はキリがないですから、今は控えさせて頂きます。早速ですが、この兄妹ふたりはお願いして、コンティオラ邸へ引き返させて頂いても……?」

 落ち着こうとしても、どうしても気が急くのだろう。
 今にも回れ右をしそうなヒース君を、止めたのはお義兄様ユセフだった。

「待て。今行ったとて、周りを取り囲んでいる連中に見つかる危険性が高まるだけだ。せめて邸宅やしきに偽教師が入ったのを見届けてからだ」

「あ……」

 ヒース君も、お義兄様ユセフの言葉はもっともだと思ったのか、踵を返しかけていた身体をピタリと止めていた。

「焦らずとも、そこからは一気だ。我々の馬車と同時に、コンティオラ家の護衛には出て貰う。騒ぎを悟らせず、静かに全員ぶちのめさせる」

 公爵令息が「ぶちのめす」とか良いのだろうかと思ったけど、高等法院でも多種多様な罵声は耳にするのかもと、思い直してそのまま聞くことにする。

「同時に王都の宿〝ブルクハウセン〟にいるヤツらも押さえる。セルマの街だけ時間差は出るが、恐らく資金が手に入るまではそこに留まるだろうし、こちらの情報も届かない筈だから、連動と言って良い動きは取れるだろう」

 そう言ったところでお義兄様ユセフは、こちらを見て意味ありげに口の端を持ち上げた。

「!」

 宿の名前は、昨日起きていない限り、まだ耳にはしていない筈――。

 やっぱり起きて、聞いていたんですね。
 お義兄サマ……。
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