聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
598 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

652 怒りの炎は鎮火せず(前)

しおりを挟む
「えー……あー……出来ればもうちょっと待って貰えると……」

 仮にも五公爵家の邸宅やしきだ。
 敷地の門を出るまでには、少し間がある筈。

 私がチラッとルヴェックに視線を向けると、分かっているとばかりに片手をこめかみにあてて、どこかあらぬところに視線を投げた。

 あ、これは霊媒師もどき……じゃなくて「念話」かなと思っていると、ややあって「今、連中が門の外に出たとハジェスさんが」と、待望の?答えをこちらに寄越した。

「外を囲んでいた連中と合流したところで、コンティオラ公爵家の護衛の長が声をかけたようです」

 お嬢マリセラ様が預けた資金の件で聞きたいことがあると、公爵令息が言っている――と告げたところで、舌打ちしてガラりと人が変わった偽教師たちと、乱闘にもつれこんだらしい。

 基本、邸宅やしきから門までの距離のこともあって、乱闘になろうと物音はここまで届かない。

「え」

 そのルヴェックが戸惑った声を突然発したので、もしや邸宅やしき内に入り込んだ者がいるのかと、一瞬緊張が走った。

「王都警備隊と王都商業ギルドの自警団の巡回担当者が遠目に様子を窺ってる……?」

 ところが想定外なルヴェックの呟きに、今度はこちらが「え」と零す番だった。

 ラジス副団長とキーロを振り返れば、二人は図ったように顔を見合わせていた。

「あー……多分、ただの巡回とは思えなくて、寄り道を思い立ったんだろうな?」

「ソウ、ですね。かんがえてみれば、ただ、巡回しろと指定されても、ワタシでも、不審、思う」

 どうやらどちらにも、それなりに優秀な人材が配されていたらしい。

 そして乱闘が起きてもいきなり割って入ることはせず、自分たちが何のために巡回させられたかを察して、乱闘から零れ落ちた破落戸ゴロツキが出ればそちらを回収する方に、自主的にシフトしたんだろう。

「じゃあ……外は、もういいかな?」

 私がそう聞けば、ルヴェックも「大丈夫だと思います。何ならハジェスさんもいますし」と、ようやく頷いた。

「お義兄様」

 念のため振り返って見れば、お義兄様ユセフも頷いている。
 頷いて「コンティオラ公爵令息」と、静かに話しかけた。

「向こうの部屋に入るのは構わない。だが、まずは契約書だ。何が書いてあるのか。それを確認しないことには始まらない。公の場で詐欺と立証することがより難しくなる。口頭の話では、言った言わないの水掛け論になるのは、裁判ではよくあることだ」

「…………分かりました」

 現役高等法院職員の静かな一言に重みを感じたのだろう。

 まだまだマグマを滾らせた状態のまま、それでも深呼吸を一度して、ヒース君は隣の応接間ドローイングルームに繋がる扉を率先して開いた。

「なっ……ヒース⁉︎貴方、学園見学に行ったんじゃ……」

 中から聞こえて来た声には答えず、ヒース君はずかずかと歩を進めて行く。

 偽教師が置いて行った契約書に関しては、皆が目を通した方が良いに決まっているので、お義兄様ユセフと私、ラジス副団長とキーロも、黙って応接間ドローイングルームへと移動をすることにした。

 とは言え奥までは行かず、扉の近くでまずは姉弟の動きを見守る。

「あっ……ちょっ……貴方何をしているの⁉それは大事な……っ」
「…………姉上」
「⁉︎」

 とても16、7歳が出せるとは思えないほどの声に、年上な筈のこの部屋の皆が、一瞬息を呑んでいた。

 マリセラ・コンティオラ公爵令嬢とは、いつぞや王宮で開かれた〝ロッピア〟で一瞬すれ違っただけ、まともな容姿の記憶はほとんど残っていなかった。

 今日初めて正面から見たと言えるけど、なるほど見るからにお父さん似のヒース君とは違い、こちらは夫人を若くしたかのような、キツめ美人だ。

 ゆるふわ美女のエリィ義母様とは対極の位置にある美人母娘、ナルディーニ侯爵父子に執着されるのもさもありなんと言えた。

 とは言え今は「残念感」が先に立っている。

 多分それはこの部屋にいる本人以外の皆が思っていることで、中でも血の繋がった弟は、机に置かれていたらしい書類を取り上げて目を通しながら、段々とその書類を持つ手を震えさせていた。

「貴方それに、お父様やお母様に黙って誰をこの邸宅おやしきに入れて――」
「……っ、姉上に言えた義理ですかそれは!」
「なっ⁉︎」

 マリセラ嬢が書類を取り上げた弟に視線を向ければ、当然、扉の傍にいた私たちが視界に入る。

 だけど彼女が誰何すいかの声を上げるよりも先に、ヒース君が爆発する方が早かった。

「そもそも何故僕がこの邸宅やしきに戻って来たと思います⁉︎ナルディーニ家の子息の学園案内⁉︎おかしいと思っていたんですよ!それならこの前ギーレンのエドベリ殿下がお越しだった時に侯爵とでも一緒に来れば良かったのだから!」

 どうやらこちらが関わる前の段階で、ヒース君は既にちょっとした違和感を覚えていたらしかった。

「王都商業ギルドや高等法院の関係者から詐欺事件を聞かされた僕の気持ちが分かりますか⁉︎ええ、分からないでしょうね!今だってこの話が詐欺だなって微塵も思ってないみたいですし!」

 そう言ったヒース君が、手にしていた書類を反対の手でパンッと叩いた。

 怒り心頭で、また「僕」になっているなー……と思っていると、それに気圧されたのか、そこで初めて、唖然と弟を見上げていただけだったマリセラ嬢の顔色が変わった。

「…………詐欺?」

 が、今は何を言ってもヒース君の怒りは煽られて増えるいっぽうだ。

「父上の公務しごとは何だと思っていたんです⁉︎海を挟んだ向こう側、バリエンダールとの外交問題に発展しないよう、漁場も漁獲量も国で定めた取り決めがあるのを今更知らないとでも⁉︎新しい漁場なんて、たとえ存在したとしても一介の公爵令嬢ごときがおいそれと携われるわけがないでしょう⁉︎」

「え……でも……」

「だから、詐欺だと言ったんです!漁場が新たに見つかって開拓されたなどと言う話自体が存在しない!実際にビュケ男爵領下にあった商会が、資金を渡した後に関係者に行方をくらまされた!迂闊な姉上はめでたく次の被害者です!本当は被害者と言うのもおこがましいと思いますけどね⁉︎」

 どうやらマトヴェイ卿の推薦通り、ヒース君はちゃんと書類が「読める」子だと言うことなんだろう。

 書類を握りつぶしてしまう前に、こちらにも読ませて欲しいと思いながらも、私もお義兄様ユセフも、そのタイミングが掴めずにいた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。