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第三部 宰相閣下の婚約者
654 向けられる矛先
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キーロによって気絶させられたデリツィア夫人をどうするかとなった時、当のキーロが緩々と首を横に振った。
「このヒト、むちゃくちゃ暴れたフリ、実は刃物、自分に向けるつもりだった。だから止めた」
「「「!」」」
「別室、寝かせるの良くない。誰か見てるべき」
キーロ以外のそれぞれが目を瞠り、一瞬、ソファに寝かせられたデリツィア夫人に視線を投げた。
「あ……ねぇルヴェック、ホンモノのウリッセってこっちに連れて来れる?」
ふと思いついた私がそう声をかければ、戸惑い気味ながらも「大丈夫です」とルヴェックは答えた。
「拘束してるんだったら解かなくても良いけど、とりあえず『この女性が妹さんの捕らわれ先を知ってる筈』とでも言っておけば、少なくとも自分で自分を傷つけるような真似はさせずに見張っててくれるんじゃないかな」
「なるほど妙案です。では、それで」
え、言い出したのは私だけど、ルヴェック、躊躇ゼロ?
「……本当に夫人は知っているのか?」
扉の向こうに姿を消したルヴェックを目で追いながら、お義兄様は声だけはこちらへと問いかけていた。
「さあ?」
「は?」
「え、だって知っていようがいまいが、問われて浮かぶ心当たりって二か所しかないですしね?嘘にはならないと思いますよ?」
夫を楯に脅されての協力者なら、王都の宿〝ブルクハウセン〟とセルマの街に今回の主要人物が待機していることは、見るか聞くかしている筈だ。
間違いなく、聞かれればどちらかの名前あるいは両方を答えるだろう。
「……大胆だな」
呆れた様にお義兄様が呟いたけど、私は別に嘘も間違ったことも言ってはいない。
「誘導しているだけですよ?」
そう言って小首を傾げると、どう言う効果があったのかは謎だけど、最終的にお義兄様は黙り込んだ。
「まあ、今はそれはそれとして、私たちもあの契約書面見せて貰いましょうよ」
「…………確かにな」
私はリーリャギルド長たちにそれを見せられるのか。
お義兄様は高等法院での証拠資料として提出出来るのか。
それぞれに確認する必要があった。
「コンティオラ公爵令息。それ以上書類を握りつぶされても困る。こちらにも見せて貰えるだろうか」
「あっ、すみません!つい……」
既に手元辺りが丸まっているけれど、あれ以上力を入れられても困る。
自分が怒りのあまり書類を握りしめようとしていたことに気付いたヒース君も、慌ててそれをお義兄様へと手渡していた。
「なっ……⁉」
「いいから、姉上は大人しくしてて!」
強いなぁ、ヒース君……と思いながらお義兄様の後ろから覗き込もうとすると、一瞬怪訝な表情をされた。
「……読むのか」
「読みますよ、もちろん。ラヴォリ商会の商会長代理の代理の立場もありますし」
「……そうか」
「あ、もしかして今『読めるのか』って思いました?これでも私、商法書全文暗記してますよ?」
MBA取得のための勉強途中だったと言っても通じないことは分かっているので、とりあえず直近の「成果」を口にしておく。
「「「全文⁉」」」
やはりそっちは効果があったのか、私の言葉に、お義兄様だけでなくあちらこちらから声が上がる。
「途中まではキヴェカス卿の前で暗唱してるんですけどね。いつか全部諳んじてやろうと機会を窺ってるんですけど」
あははー、と笑っていると、そこに少なからずの含みがあることに気付いたのだろう。
お義兄様はちょっとこめかみを痙攣らせていた。
「そんなわけで、お義兄様が読んだものから回して下さい」
「あ、ああ」
さすがの現役高等法院職員。
多分エドヴァルドよりは遅いと思うものの、それでもなかなかの速さでこちらに羊皮紙が回されてくる。
「お義兄様。中身の話はちょっと横に置くとして、書式としてはどうなんですか?」
ユングベリ商会が店舗購入をするために交わした契約書面と、見た目の形式としてはさほど大きな違いがあるようには見えない。
そう思いながら何枚か書面を手にしていると、自分の手元の書面に視線を落としたまま、お義兄様が答えた。
「私は軍法や刑法を中心に受け持つことが多いから、細かいことは言えないが……コンティオラ公爵令息が先ほど口にした、瑕疵関連費用の買主負担など、中身の話を専門の担当者に精査させようとする程度には、書式としては整っていると思う」
「つまり、子どもの落書きよりはちゃんとしている――と」
「そうだな。よく読まないと買主側が不利になる項目も複数ある。少なくとも、渡されたその日その場で署名をする書面でないことは確かだ」
「……っ」
さりげなく毒のこもったお義兄様の言葉に、コンティオラ公爵家の姉弟がそれぞれに目を瞠った。
……片方は涙目な気もするけど。
ただ、書類の隙間から様子を窺って見ると、媚びやあざとさではなく、自分の迂闊さを責められているために、悔しさが滲んで――と言った感じに見えた。
高等法院職員であるお義兄様は、余程の事がない限りは王宮関連行事にも顔を出していなかったらしいから、親しく話をする間柄ではなかっただろうけど、それでも目の前のこの、フォルシアン公爵を若くしました……と言う特徴的すぎる容貌は、聞かずとも誰なのかは分かっている筈だった。
問題は私だよねぇ……と思いながらも、とりあえずは書類を読み進める。
「……私の居た国でも、契約書や品質保証書とかで、不利になりそうな項目とかは書類の後半にもの凄く小さな文字で書いたりとか、読ませずに文字の中に埋没させようとする手法が時々とられてましたけど……うわ、悪意の塊だコレ……」
漁場周辺の土地建物の所有者たちから〝ジェイ〟を年間あるいは月間どのくらいの量、いくらで買い上げるのかが、まさかの売主側の言い値。
「完全にコレ、複数回資金を吐き出させることを念頭に置いてますね……」
読まない方が悪い、引っかかる方が悪い、の論法だ。
「ど、どうして、どこの誰とも分からない貴女にそれを言われなくてはなりませんの⁉」
……やっぱりこっちに来るよねぇ、矛先。
「このヒト、むちゃくちゃ暴れたフリ、実は刃物、自分に向けるつもりだった。だから止めた」
「「「!」」」
「別室、寝かせるの良くない。誰か見てるべき」
キーロ以外のそれぞれが目を瞠り、一瞬、ソファに寝かせられたデリツィア夫人に視線を投げた。
「あ……ねぇルヴェック、ホンモノのウリッセってこっちに連れて来れる?」
ふと思いついた私がそう声をかければ、戸惑い気味ながらも「大丈夫です」とルヴェックは答えた。
「拘束してるんだったら解かなくても良いけど、とりあえず『この女性が妹さんの捕らわれ先を知ってる筈』とでも言っておけば、少なくとも自分で自分を傷つけるような真似はさせずに見張っててくれるんじゃないかな」
「なるほど妙案です。では、それで」
え、言い出したのは私だけど、ルヴェック、躊躇ゼロ?
「……本当に夫人は知っているのか?」
扉の向こうに姿を消したルヴェックを目で追いながら、お義兄様は声だけはこちらへと問いかけていた。
「さあ?」
「は?」
「え、だって知っていようがいまいが、問われて浮かぶ心当たりって二か所しかないですしね?嘘にはならないと思いますよ?」
夫を楯に脅されての協力者なら、王都の宿〝ブルクハウセン〟とセルマの街に今回の主要人物が待機していることは、見るか聞くかしている筈だ。
間違いなく、聞かれればどちらかの名前あるいは両方を答えるだろう。
「……大胆だな」
呆れた様にお義兄様が呟いたけど、私は別に嘘も間違ったことも言ってはいない。
「誘導しているだけですよ?」
そう言って小首を傾げると、どう言う効果があったのかは謎だけど、最終的にお義兄様は黙り込んだ。
「まあ、今はそれはそれとして、私たちもあの契約書面見せて貰いましょうよ」
「…………確かにな」
私はリーリャギルド長たちにそれを見せられるのか。
お義兄様は高等法院での証拠資料として提出出来るのか。
それぞれに確認する必要があった。
「コンティオラ公爵令息。それ以上書類を握りつぶされても困る。こちらにも見せて貰えるだろうか」
「あっ、すみません!つい……」
既に手元辺りが丸まっているけれど、あれ以上力を入れられても困る。
自分が怒りのあまり書類を握りしめようとしていたことに気付いたヒース君も、慌ててそれをお義兄様へと手渡していた。
「なっ……⁉」
「いいから、姉上は大人しくしてて!」
強いなぁ、ヒース君……と思いながらお義兄様の後ろから覗き込もうとすると、一瞬怪訝な表情をされた。
「……読むのか」
「読みますよ、もちろん。ラヴォリ商会の商会長代理の代理の立場もありますし」
「……そうか」
「あ、もしかして今『読めるのか』って思いました?これでも私、商法書全文暗記してますよ?」
MBA取得のための勉強途中だったと言っても通じないことは分かっているので、とりあえず直近の「成果」を口にしておく。
「「「全文⁉」」」
やはりそっちは効果があったのか、私の言葉に、お義兄様だけでなくあちらこちらから声が上がる。
「途中まではキヴェカス卿の前で暗唱してるんですけどね。いつか全部諳んじてやろうと機会を窺ってるんですけど」
あははー、と笑っていると、そこに少なからずの含みがあることに気付いたのだろう。
お義兄様はちょっとこめかみを痙攣らせていた。
「そんなわけで、お義兄様が読んだものから回して下さい」
「あ、ああ」
さすがの現役高等法院職員。
多分エドヴァルドよりは遅いと思うものの、それでもなかなかの速さでこちらに羊皮紙が回されてくる。
「お義兄様。中身の話はちょっと横に置くとして、書式としてはどうなんですか?」
ユングベリ商会が店舗購入をするために交わした契約書面と、見た目の形式としてはさほど大きな違いがあるようには見えない。
そう思いながら何枚か書面を手にしていると、自分の手元の書面に視線を落としたまま、お義兄様が答えた。
「私は軍法や刑法を中心に受け持つことが多いから、細かいことは言えないが……コンティオラ公爵令息が先ほど口にした、瑕疵関連費用の買主負担など、中身の話を専門の担当者に精査させようとする程度には、書式としては整っていると思う」
「つまり、子どもの落書きよりはちゃんとしている――と」
「そうだな。よく読まないと買主側が不利になる項目も複数ある。少なくとも、渡されたその日その場で署名をする書面でないことは確かだ」
「……っ」
さりげなく毒のこもったお義兄様の言葉に、コンティオラ公爵家の姉弟がそれぞれに目を瞠った。
……片方は涙目な気もするけど。
ただ、書類の隙間から様子を窺って見ると、媚びやあざとさではなく、自分の迂闊さを責められているために、悔しさが滲んで――と言った感じに見えた。
高等法院職員であるお義兄様は、余程の事がない限りは王宮関連行事にも顔を出していなかったらしいから、親しく話をする間柄ではなかっただろうけど、それでも目の前のこの、フォルシアン公爵を若くしました……と言う特徴的すぎる容貌は、聞かずとも誰なのかは分かっている筈だった。
問題は私だよねぇ……と思いながらも、とりあえずは書類を読み進める。
「……私の居た国でも、契約書や品質保証書とかで、不利になりそうな項目とかは書類の後半にもの凄く小さな文字で書いたりとか、読ませずに文字の中に埋没させようとする手法が時々とられてましたけど……うわ、悪意の塊だコレ……」
漁場周辺の土地建物の所有者たちから〝ジェイ〟を年間あるいは月間どのくらいの量、いくらで買い上げるのかが、まさかの売主側の言い値。
「完全にコレ、複数回資金を吐き出させることを念頭に置いてますね……」
読まない方が悪い、引っかかる方が悪い、の論法だ。
「ど、どうして、どこの誰とも分からない貴女にそれを言われなくてはなりませんの⁉」
……やっぱりこっちに来るよねぇ、矛先。
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