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第三部 宰相閣下の婚約者
687 羞恥の海に沈む
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シャルリーヌを招いての「淑女教育」に関しては、イル義父様も「良いんじゃないか?」と賛成していた。
エドヴァルドがちょっと複雑そうなのは、ギーレンで王妃教育を受けていたと言えど、その王妃教育がエヴェリーナ妃、妃の実弟・ラハデ公爵、コニー第二夫人の共同だったとあっては、果たしてフォルシアン公爵夫妻の思う「淑女」なのか、疑わしく思っていたところがあるようだ。
それにアンジェスでは、私と貴族らしからぬやり取りを繰り返して、キノコだ海鮮だと、ご令嬢らしからぬ食事風景を展開してしまっている。
恐らくまともな「貴族令嬢の交流」らしきものを目撃したのは、一番最初のガゼボでのお茶会と氷柱落下前の食事風景くらいじゃなかろうか。
ぽつりと「淑女……」などと呟いているのがいい証左だと思う。
これ以上エドヴァルドの疑問がイル義父様やエリィ義母様に伝わらないうちに、茶葉の話をしてしまおうと私は慌ててエドヴァルドに話しかけた。
「あ、あの、エドヴァルド様! 一度ヨンナから茶葉の取り寄せの話があったと思うんですけど――」
「――ああ」
エドヴァルドもそこでふと、逸れた思考を引き戻されたようだった。
「聞いている。貴女がこのアンジェスで一つでも多く好きな品物、好きなことを見つけてくれれば、それは私にとっても喜ばしいことだからと、許可しておいたはずだが」
「……っ」
好きにして良いと突き放さず、公爵夫人としての良し悪しも語らず、ただ「この国で私の好きな品物、好きなことが一つでも多く増えるなら」と頷いてくれていたとヨンナに聞かされたことを思い出して、知らず頬に赤みがさした。
「まあ、まあ……そうでしたわね、レイナちゃんは〝転移扉〟でしか行き来の出来ない遠い異国から、聖女様のためにとイデオン公がお招きになったのでしたわね」
そんな私と、冷徹、鉄壁宰相どこ行った……な視線で私を見ているエドヴァルドとを目を細めて交互に見比べながら、エリィ義母様が微笑ましげに言った。
エリィ義母様。
間違ってはいないです。でも。
そうだけど、そうじゃないんです。
一瞬もどかしげになった私を目で制しながら、エドヴァルドの口からは貼り付けた笑みと共に流れるようなセリフがこぼれ出た。
「ええ、まあ。本来であれば聖女と共にギーレンに行かせてやるべきだったのかも知れませんが――どうにも私が彼女を手放せなくなってしまって」
実際に行かせられてはたまったものではなかったけれど、それは表向き知られていない話だ。
「ギーレンであれば、レイナでなくとも聖女の補佐が出来る人材はいくらでもいるでしょうから、彼女に残って貰ったとしても、支障はないと判断したんです」
「まあ……あの国は大国だからね」
補佐となる人間が匙を投げるような気もするけれど、これもここでは言えない話だ。
……エヴェリーナ妃の耳にでも入ったら、タダではすまなそう。
そんな内心はもちろん露知らず、エドヴァルドの言葉にイル義父様ですら納得の表情を浮かべている。
「彼女には聖女の様な魔力はない。一人では元の国に帰れる手段も持たない。それでも私は、妹である聖女ではなく私の手をとって欲しいと請うた。そして彼女は――それに応えてくれた」
「!」
エドヴァルドの手が、ちょうどギリギリ私の仮留めのピアスへと届いていた。
驚いて振り向けば、この上なく甘い笑顔にぶつかる。
ちょっ、だから、誰ですか⁉
「ふっ……男性ではなく、聖女である妹から略奪したか、エドヴァルド」
エリィ義母様ひとすじ、甘々夫婦の天然見本の様なイル義父様は、むしろ面白そうに微笑って、これを見ていた。
「聖女よりも彼女を愛している自信はある」
「わーっ‼」
だから、真顔で、何言ってるんですか⁉
「エドヴァルド様、疲れてますね⁉ 疲労困憊ですね⁉ さっきから不審人物ですよ⁉ お酒飲んでませんよね⁉」
「……何故偽らざるところを語って、そこまで言われなくてはならないんだ」
「いや、だって!」
「まあ、まあ。レイナちゃんはきっと照れているだけですわ、イデオン公。私が保証いたしましてよ」
エリィ義母様は言われて慣れているだけですよね⁉
「わっ、私の国では他の人の見ている前でそんな恥ずかしいコトを言ったりはしないんです――‼」
本当なら日本人の民族性について滔々と語りたいところが、エリィ義母様に「ほら、照れてる」と話を上書きされてしまった。
いやぁ、この部屋に味方がいない――‼
「……ふむ」
しかもエドヴァルドはエリィ義母様の言葉の方に納得したらしく、そのままピアスに触れていた手で私の頭を軽く撫でた。
「……では、三国会談が終わった後にでも、我が邸宅でゆっくり語らうとしようか」
「⁉」
「仕方がない。会談の後であれば、多少のイデオン邸の滞在は義父として認めるとしようか。先の楽しみでもなければ発狂しそうだしな」
「⁉」
……イル義父様とエドヴァルドの間で、何か分かり合ったように頷いている。
「淑女教育に支障がないようにして下さいませ? もともとが異国の出とのことですし、基本以上に習得済みのところもありますから、無理に詰め込もうとは思っておりませんけれど、それでも最低限学んで欲しいことはありましてよ?」
そして二人はエリィ義母様の咳払いで、ハッと我に返ったようだった。
「あ、ああ。夫人とボードリエ伯爵令嬢が教導役となれば、その辺りは心配していない。彼女のためにならないことはしないと思っている」
「まあ、そうだね。茶葉を知ること自体、ユングベリ商会長としても、将来のイデオン公爵夫人としても、有益であることは間違いないしね」
エドヴァルドの言葉に頷きつつも、イル義父様が「そうだ」と思い出したようにこちらに視線を向けた。
「ない話だとは思うけど、万が一にも揃えさせた茶葉の中に〝痺れ茶〟があった場合には、持ち込んだ商人の名前ともども大至急連絡を。とても王都の外へはやれないからね」
その声からは柔らかさも抜けていて、国内に五つしかない公爵家当主の顔となっていることに気付いた私は、無意識のうちにピッと背筋を伸ばしていた。
「はい。ただ王都商業ギルドの方で今、その〝痺れ茶〟の流通ルートを最優先事項として確認させていると聞いていますので、もし王都に茶葉が入っていたとしても、既にギルドが押さえているか、流通を止めている気がします」
微かに目を瞠ったエドヴァルドとは異なり、イル義父様は「なるほど」と感心したように頷いていた。
「さすが商売の品となるモノの動きを探るとあっては、我々王宮よりも早く確実と言ったところかな」
「あっ、それで明日、午後にでもギルドに来て欲しいと。その時点で分かっただけの情報を渡してくれるそうなんです」
「……何?」
「へぇ……」
ただ、その後続けた私の言葉には、二人して信じ難そうな表情を見せていた。
いくら何でも国内の流通情報がそんなに早く手に入るのか、と思ったのかも知れない。
だけどあの独自の通信網と、王以外の権力者に跪かない矜持とがあれば、何を置いてもやり遂げるような気がするのは、私だけなんだろうか。
「リーリャギルド長もそうなんですけど……こと、この件に関してはクインテン不動産部門長がやる気に満ち溢れていたので……もし明日、エドヴァルド様やイル義父様が満足するほどの情報が手に入ったなら、ぜひテオドル大公殿下に孫婿の有能さを仄めかしてあげて下さい。それ自体が充分な御礼になると思います」
「「――――」」
エドヴァルドとイル義父様。
二人ともが面喰らった表情を見せたのは、ちょっと珍しいことだったかも知れない。
エドヴァルドがちょっと複雑そうなのは、ギーレンで王妃教育を受けていたと言えど、その王妃教育がエヴェリーナ妃、妃の実弟・ラハデ公爵、コニー第二夫人の共同だったとあっては、果たしてフォルシアン公爵夫妻の思う「淑女」なのか、疑わしく思っていたところがあるようだ。
それにアンジェスでは、私と貴族らしからぬやり取りを繰り返して、キノコだ海鮮だと、ご令嬢らしからぬ食事風景を展開してしまっている。
恐らくまともな「貴族令嬢の交流」らしきものを目撃したのは、一番最初のガゼボでのお茶会と氷柱落下前の食事風景くらいじゃなかろうか。
ぽつりと「淑女……」などと呟いているのがいい証左だと思う。
これ以上エドヴァルドの疑問がイル義父様やエリィ義母様に伝わらないうちに、茶葉の話をしてしまおうと私は慌ててエドヴァルドに話しかけた。
「あ、あの、エドヴァルド様! 一度ヨンナから茶葉の取り寄せの話があったと思うんですけど――」
「――ああ」
エドヴァルドもそこでふと、逸れた思考を引き戻されたようだった。
「聞いている。貴女がこのアンジェスで一つでも多く好きな品物、好きなことを見つけてくれれば、それは私にとっても喜ばしいことだからと、許可しておいたはずだが」
「……っ」
好きにして良いと突き放さず、公爵夫人としての良し悪しも語らず、ただ「この国で私の好きな品物、好きなことが一つでも多く増えるなら」と頷いてくれていたとヨンナに聞かされたことを思い出して、知らず頬に赤みがさした。
「まあ、まあ……そうでしたわね、レイナちゃんは〝転移扉〟でしか行き来の出来ない遠い異国から、聖女様のためにとイデオン公がお招きになったのでしたわね」
そんな私と、冷徹、鉄壁宰相どこ行った……な視線で私を見ているエドヴァルドとを目を細めて交互に見比べながら、エリィ義母様が微笑ましげに言った。
エリィ義母様。
間違ってはいないです。でも。
そうだけど、そうじゃないんです。
一瞬もどかしげになった私を目で制しながら、エドヴァルドの口からは貼り付けた笑みと共に流れるようなセリフがこぼれ出た。
「ええ、まあ。本来であれば聖女と共にギーレンに行かせてやるべきだったのかも知れませんが――どうにも私が彼女を手放せなくなってしまって」
実際に行かせられてはたまったものではなかったけれど、それは表向き知られていない話だ。
「ギーレンであれば、レイナでなくとも聖女の補佐が出来る人材はいくらでもいるでしょうから、彼女に残って貰ったとしても、支障はないと判断したんです」
「まあ……あの国は大国だからね」
補佐となる人間が匙を投げるような気もするけれど、これもここでは言えない話だ。
……エヴェリーナ妃の耳にでも入ったら、タダではすまなそう。
そんな内心はもちろん露知らず、エドヴァルドの言葉にイル義父様ですら納得の表情を浮かべている。
「彼女には聖女の様な魔力はない。一人では元の国に帰れる手段も持たない。それでも私は、妹である聖女ではなく私の手をとって欲しいと請うた。そして彼女は――それに応えてくれた」
「!」
エドヴァルドの手が、ちょうどギリギリ私の仮留めのピアスへと届いていた。
驚いて振り向けば、この上なく甘い笑顔にぶつかる。
ちょっ、だから、誰ですか⁉
「ふっ……男性ではなく、聖女である妹から略奪したか、エドヴァルド」
エリィ義母様ひとすじ、甘々夫婦の天然見本の様なイル義父様は、むしろ面白そうに微笑って、これを見ていた。
「聖女よりも彼女を愛している自信はある」
「わーっ‼」
だから、真顔で、何言ってるんですか⁉
「エドヴァルド様、疲れてますね⁉ 疲労困憊ですね⁉ さっきから不審人物ですよ⁉ お酒飲んでませんよね⁉」
「……何故偽らざるところを語って、そこまで言われなくてはならないんだ」
「いや、だって!」
「まあ、まあ。レイナちゃんはきっと照れているだけですわ、イデオン公。私が保証いたしましてよ」
エリィ義母様は言われて慣れているだけですよね⁉
「わっ、私の国では他の人の見ている前でそんな恥ずかしいコトを言ったりはしないんです――‼」
本当なら日本人の民族性について滔々と語りたいところが、エリィ義母様に「ほら、照れてる」と話を上書きされてしまった。
いやぁ、この部屋に味方がいない――‼
「……ふむ」
しかもエドヴァルドはエリィ義母様の言葉の方に納得したらしく、そのままピアスに触れていた手で私の頭を軽く撫でた。
「……では、三国会談が終わった後にでも、我が邸宅でゆっくり語らうとしようか」
「⁉」
「仕方がない。会談の後であれば、多少のイデオン邸の滞在は義父として認めるとしようか。先の楽しみでもなければ発狂しそうだしな」
「⁉」
……イル義父様とエドヴァルドの間で、何か分かり合ったように頷いている。
「淑女教育に支障がないようにして下さいませ? もともとが異国の出とのことですし、基本以上に習得済みのところもありますから、無理に詰め込もうとは思っておりませんけれど、それでも最低限学んで欲しいことはありましてよ?」
そして二人はエリィ義母様の咳払いで、ハッと我に返ったようだった。
「あ、ああ。夫人とボードリエ伯爵令嬢が教導役となれば、その辺りは心配していない。彼女のためにならないことはしないと思っている」
「まあ、そうだね。茶葉を知ること自体、ユングベリ商会長としても、将来のイデオン公爵夫人としても、有益であることは間違いないしね」
エドヴァルドの言葉に頷きつつも、イル義父様が「そうだ」と思い出したようにこちらに視線を向けた。
「ない話だとは思うけど、万が一にも揃えさせた茶葉の中に〝痺れ茶〟があった場合には、持ち込んだ商人の名前ともども大至急連絡を。とても王都の外へはやれないからね」
その声からは柔らかさも抜けていて、国内に五つしかない公爵家当主の顔となっていることに気付いた私は、無意識のうちにピッと背筋を伸ばしていた。
「はい。ただ王都商業ギルドの方で今、その〝痺れ茶〟の流通ルートを最優先事項として確認させていると聞いていますので、もし王都に茶葉が入っていたとしても、既にギルドが押さえているか、流通を止めている気がします」
微かに目を瞠ったエドヴァルドとは異なり、イル義父様は「なるほど」と感心したように頷いていた。
「さすが商売の品となるモノの動きを探るとあっては、我々王宮よりも早く確実と言ったところかな」
「あっ、それで明日、午後にでもギルドに来て欲しいと。その時点で分かっただけの情報を渡してくれるそうなんです」
「……何?」
「へぇ……」
ただ、その後続けた私の言葉には、二人して信じ難そうな表情を見せていた。
いくら何でも国内の流通情報がそんなに早く手に入るのか、と思ったのかも知れない。
だけどあの独自の通信網と、王以外の権力者に跪かない矜持とがあれば、何を置いてもやり遂げるような気がするのは、私だけなんだろうか。
「リーリャギルド長もそうなんですけど……こと、この件に関してはクインテン不動産部門長がやる気に満ち溢れていたので……もし明日、エドヴァルド様やイル義父様が満足するほどの情報が手に入ったなら、ぜひテオドル大公殿下に孫婿の有能さを仄めかしてあげて下さい。それ自体が充分な御礼になると思います」
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