聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

688 ひみつの招待

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 茶葉の勉強会と王都商業ギルドへの立ち寄りについて、何とかエドヴァルドとイル義父様からの了解を得ることが出来た。

 ただ、私ひとりがギルドに行くとなると、エドヴァルド、イル義父様、エリィ義母様と三者三様の不安が湧き上がったようで、そこはお義兄様ユセフが同行すると言うことで、本人不在の場で何故か取り決められてしまった。

「……っ! それならば私が――」

「おまえにそんな時間があるワケないだろう、エドヴァルド。我々の夕食の時間を捻りだすだけでも手いっぱいなんだぞ。それにキヴェカス事務所が手がける裁判とも関連してくる。ユセフがダメと言うならキヴェカス卿と言う話になるが? どちらなら許容できるんだ」

「それは……っ」

 エドヴァルドとしては、当人同士まるでそりのあわないヤンネの方が安心だと、国が誇る能吏であるはずの宰相閣下としては意味不明な理論を展開しかけていたものの、心から辞退したい私が激しく首を横に振ったために、それ以上の言葉に窮してしまっていた。

「イデオン公、ユセフでしたらキヴェカス事務所でかなり揉まれたせいか、レイナちゃんとはほとんど『普通に』話せるようになっておりましてよ?」

「かえって心配になります」

「あら」

アイツユセフも少しは世間を知ったか……ともかく諦めろ、エドヴァルド。だからと言って両家の護衛から誰か付けたとして、それはそれで心配の種は尽きないんだろう? 今は個人の心境より『実』を取れ」

「…………」

 個人の心境より実利を考えろと言われると、私の方こそ「ヤンネとのお出かけ」を耐えなくてはいけないんじゃなかろうかと思ったものの、どうやら私に無理を強いるよりはと、エドヴァルドの方が呑み込んでくれたみたいだった。

「……ギルドの調査内容は、明日の夕食時に聞く。話が長引いてギルドに留まっているようだったら、こちらから行く。それでいいな、レイナ?」

「わ、分かりました」

 エドヴァルドにプラスアルファでイル義父様まで王都商業ギルドに来たとなれば、周囲も上層部もちょっとしたパニックを引き起こしそうだ。

 話を切り上げるわけにもいかないだろうけど、そこはもう運を天に任せて、二人にギルドに突撃されないことを祈るしかなかった。

「では、そろそろ王宮に戻るよ。それでエリィ、レイナちゃん。明日の朝食は私もエドヴァルドもここには来られないから、二人で食べていてくれるかい?」

 三国会談に加えて陛下主催のお茶会まで加わり、かつ、そのお茶会でナルディーニ侯爵始めとする投資詐欺と〝痺れ茶〟流通の関係者を一網打尽にしてしまおうと言う目論見までが加わった結果、とても朝食と夕食と二度席を外す時間は捻出出来なかったらしい。

 それなら、朝イデオン公爵邸に戻る前あるいは午後ギルドに行く前に、サンドイッチでも持って王宮に行っても良いかと思ったのだけれど、そこは何故かエドヴァルドにもイル義父様にも全力阻止された。

「皆が深夜残業だ徹夜だと殺気立っているところに貴女を来させるわけには行かない」

「まあ、あと、茶会と会談の準備に張り切っている陛下に構い倒されるのも困るだろう?」

「…………」

 確かにエドヴァルドの言う通り、徹夜ハイの集団の中に突撃したくはない。

 それに……サイコパス陛下さまが、いったい何を張り切っていらっしゃるのか、聞くのも怖い。いや、聞く前から滔々と語られそうな気もする。

 確かにそれもイヤです、イル義父様。

「ではお昼には少し早いくらいの時間に、兼用になるよう多めのサンドイッチを護衛の誰かに届けさせますわ。夜しか召し上がられないのは、今度はこちらが心配ですもの」

「エリィ……」

 感動プラス甘さマシマシの視線を交わし合っている夫妻を横目に、エドヴァルドが「ああ、そうだ」と思い出したかの様にこちらを見ながら、夫妻に聞こえないように、すっと私の耳元に顔を寄せて囁いた。。

「ブランデヴァイン……だったか? その新規取引話でラハデ公爵を招く件、陛下からの許可が下りた。三国会談の合間に来て貰って、アンディション侯爵邸に滞在して貰うことになるだろう」

「アンディション侯爵邸……ですか?」

「表向きは会談の後、バリエンダールのメダルド国王陛下がミルテ王女と共に旧知の友の邸宅やしきを訪ねるていだから――いや、国王にとっては表向きも何もそれが真実だろうな。ともかく、私が戻る時までにラハデ公爵宛ての招待状をしたためてくれるか。ボードリエ伯爵令嬢の一筆もあれば、なお良いだろう」

 どうやらラハデ公爵に秘密裡に来て貰い、ミルテ王女をギーレンのエドベリ王子とお見合いさせるかどうかの見極めをして貰おうと言う案に、サイコパス陛下さまも前向きになったらしい。

 ミルテ王女の存在が、自分への縁談にもならない。
 エドベリ王子がシャルリーヌを諦め、アンジェスにも聖女が定着する。

 その可能性が高まるかも知れないとなれば、簡易型の〝転移装置〟の一個や二個、喜んで貸し出すと言った態度に見えたと言う。

「テオドル大公も、ミルテ王女がアンディション侯爵邸に来るとなれば、今邸宅やしきで大公の帰りを待つユリア夫人も喜ぶだろうと、二つ返事で受けたようだ。まあ、アンディション侯爵邸で身内を集めての夜会が開かれる。そんな感覚でいてくれれば良い」

「な……なるほど。その、イル義父様やエリィ義母様には内密なんですか?この話……」

 養女としてお世話になっている現状、なかなかに至難の業だと思うのだけれど、それは分かっているのか、エドヴァルドも「なるべくで良い」と、かなりグレーゾーンなことを口にした。

「多分、耳に入ったところでこちらから口にしなければ聞いては来ないはずだ。聞かなかったことにするくらいは造作もないだろう」

 どういうことかと聞かれてしまったら、その時はその時と言うことか。
 確かに聞いたところで声高に吹聴するような為人ひととなりではないはずだから、その辺りの信頼関係は私よりもあるのだろう。

「じゃあ、夜のうちにこっそり認めておくようにします。彼女にも、書き上がった現物を持って来るように、と」

「ああ、そうしてくれ――」
「――⁉」

 そう言った刹那、エドヴァルドの唇が私の頬を掠めた。

 気付けばイル義父様とエリィ義母様がこちらをガン見している。

「なっ、なにして――」
「これで何の話をしていたか、あの二人にはうやむやになるだろう?」
「それにしたって……っ!」

 私ひとり赤くなっている気はしながらも、ひそひそと顔を寄せ合って言いあっていたせいか、ますますイル義父様の目が細められていく気がした。

「いやはや、変われば変わるものだな」
「なんだか日に日に貴方に似ていく気がしますわ、イル」

 エリィ義母様は、片手を頬にあてながらちょっと嘆息している。

「ユセフはユセフでですし……やっぱり情操教育を間違えましたわね、アナタ」

 そこはノーコメントを通すべきなのか、義娘むすめとしてイル義父様に苦情を言うべきなのか。

 ここから私はしばらくの間、対応に困りつづけることになった。
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