聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
647 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

689 エリィ義母様とふたりで

しおりを挟む
 そして翌朝の朝食の席には、エドヴァルドもイル義父様も現れなかった。
 事前に言われていた通り、朝食はエリィ義母様と二人だったのだ。

「ボードリエ伯爵令嬢は直接イデオン公爵邸の方にいらっしゃるの?」

 今朝出されているのは食後の珈琲で、それに口をつけながらのエリィ義母様の問いかけに、私は「はい」と頷いた。

「彼女やっぱり飲み慣れたギーレン産の茶葉をボードリエ邸で使っていたみたいなので、今日の会の話はすごく喜んでました」

 国同士の仲がどうであれ、戦争に発展して流通ルートが閉鎖されているわけでもない以上は、香辛料もそうだけど、日用品や生活必需品、嗜好品それぞれに商人が国をまたいで、あるいは各地商業ギルドを通して流通させている。

 移民や亡命者もいる以上、他国の食品も量は多くなくとも王都で購入可能なのだ。
 基本、ラヴォリ商会の様な大手商会が在庫として抱えていて、頼めばそこから邸宅おやしきに届けてくれると言うことらしい。

「今日はアンジェス国内の茶園の茶葉だけを揃えたのよね?」

「はい。それでも公爵領をまたいで20以上の茶園があると侍女長ヨンナが言ってました。各公爵邸はもちろんのこと、王宮や中心街の飲食店に納入されたり、個人購入もあったりするとか……」

「そうね。高級レストランだったり上級者にでもなれば、複数の茶園の茶葉をブレンドさせたオリジナルのレシピを持っていたりするわね。それに他国の茶葉を加えれば、100や200では済まないブレンドが出来上がるのではないかしら」

「ひゃぁ……」

「今日は基本の味だけを覚えて、また別の日にオリジナルブレンドを作ってみても良いんじゃなくて?」

 紅茶のオリジナルブレンドに関しては、特に特許権云々と言った話は出ないらしい。と言うのも、各家各飲食店すべて、配合率を他に明かさない不文律が出来上がっているからだそうだ。

 何の茶葉を掛け合わせているのかが分かっただけでは、まず間違いなく同じ配合率でお茶は淹れられないから、と言うことらしい。

 それだけ奥深い世界なんだろう。

「そうですね。自分の分はそうしてみようかなと思います。ただ今日はイオタ……ギーレンから来ている子には、上手くブレンドを完成させてあげたいなと思っていて」

 あくまでシーグの素性は明かさず、亡くなった母親の好きだった花を、咲かない季節でも感じられるようなモノを探しているのだと説明したところ、エリィ義母様もヨンナと同様に、いたく感動していた。

「それで『ロゼーシャ』の香りづけをしたいのね……」

「他にも香りのついた水とか匂い袋とかクッキーとか? いくつか考えているところで」

「あら! 匂い袋を考えているんだったら、刺繍の良い練習になるのではなくって?」

 目をランランと輝かせているエリィ義母様に、私は思わずう……と怯んでしまった。

「そ、それはまぁ、その子が自分でやればきっと……」
「それはそれ、レイナちゃんの分はレイナちゃんの分でしょう?」
「……そ、それもそのうちと言うことで」

 やったところで針を手に差して匂い袋が血に塗れる未来しか見えないのだけれど……いつまでも逃げるわけにもいかないだろうし、悩ましいところだ。

 とりあえず今日は、茶葉の勉強兼バラの香りと合う茶葉を探すこと!

 そんなこんなで朝食後、あれこれ作業があるので汚れても問題のない、装飾の少ないシンプルなドレスに着替えた。

 こう言う時は侍女の皆が来ている様なお仕着せとか楽そうだな……と思うものの、こればかりは誰も首を縦に振ってくれない。ましてエリィ義母様には最初から聞けるはずもない。

 結局シンプルであろうとなかろうとドレス以外の選択肢など最初から存在せず、私とエリィ義母様はイデオン公爵邸に向けて出発したのだった。


*         *         *


「セルヴァン、ヨンナ、ただいま。昨夜ゆうべは突然の連絡でごめんなさい。フォルシアン公爵夫人をお連れしたのだけれど、準備は大丈夫そう?」

 イデオン公爵邸では、玄関ホールにセルヴァン、ヨンナ始め使用人の皆がいて、私とエリィ義母様を出迎えてくれていた。

「大丈夫でございますよ、レイナ様。イオタが今少し食堂ダイニングの配置を動かしながら、ご用意を進めております。――改めまして、ようこそお越し下さいました、フォルシアン公爵夫人。イデオン公爵邸にて侍女長を務めておりますヨンナにございます」

「家令のセルヴァンにございます」

 馬車の中でエリィ義母様から聞いたところによると、エドヴァルドがフォルシアン公爵邸を訪ねたことは昔から何度かあっても(フォルシアン公爵の強制招待だったそうだけど)、実母義母含めて、邸宅やしきに長く女主人のいなかったエドヴァルドが、自分から誰かを招くと言うことは一切なかったらしい。

 自分が宰相になる前も宰相室でトーレン殿下の下で公務をこなしていたため、長い間、用があれば王宮の宰相室で――が基本デフォルトだったそうだ。

 だから茶葉の勉強と言う話は抜きにしても、イデオン公爵邸の未来の女主人となる私が「フォルシアン公爵夫人」を招いたことで、一気に私の存在が社交界の方にも周知されるだろうとエリィ義母様は微笑わらっていた。

 招待が急だったかどうかやその内容は二の次、特に王都以外の貴族にはそこまで伝わらず「イデオン公爵の婚約者がフォルシアン公爵夫人を邸宅やしきに招き、夫人もその招待を受けた」と言う事実のみが残るだろうとエリィ義母様は言った。

 本来のマナーではないと言うことさえ私が理解をしていれば、エリィ義母様の訪問自体は養女の件と併せて私の地盤固めに強力な援軍となるだろうとのことだった。

 もちろん、私なんかよりもそのことをよく分かっていたヨンナやセルヴァンは、殊更にエリィ義母様に向かって頭を下げていた。

 ……ちなみにシャルリーヌの方が先に来てしまうとおかしなことになるので、15分ほど時間をずらして伝えてある。

 多分食堂ダイニングであれこれと材料を確認している頃に到着するだろうと思われた。

「そう、あなたたちが家令セルヴァン侍女長ヨンナなのね。名前だけは以前からよく耳にしていたわ。フォルシアン公爵イェルムが妻エリサベト。今はレイナちゃんの養母ははでもあるわ」


 ヨンナとセルヴァンの挨拶に、エリィ義母様がそう鷹揚に頷いたところで、私とエリィ義母様は二人のあとに続いて食堂ダイニングへと足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。