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第三部 宰相閣下の婚約者
689 エリィ義母様とふたりで
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そして翌朝の朝食の席には、エドヴァルドもイル義父様も現れなかった。
事前に言われていた通り、朝食はエリィ義母様と二人だったのだ。
「ボードリエ伯爵令嬢は直接イデオン公爵邸の方にいらっしゃるの?」
今朝出されているのは食後の珈琲で、それに口をつけながらのエリィ義母様の問いかけに、私は「はい」と頷いた。
「彼女やっぱり飲み慣れたギーレン産の茶葉をボードリエ邸で使っていたみたいなので、今日の会の話はすごく喜んでました」
国同士の仲がどうであれ、戦争に発展して流通ルートが閉鎖されているわけでもない以上は、香辛料もそうだけど、日用品や生活必需品、嗜好品それぞれに商人が国をまたいで、あるいは各地商業ギルドを通して流通させている。
移民や亡命者もいる以上、他国の食品も量は多くなくとも王都で購入可能なのだ。
基本、ラヴォリ商会の様な大手商会が在庫として抱えていて、頼めばそこから邸宅に届けてくれると言うことらしい。
「今日はアンジェス国内の茶園の茶葉だけを揃えたのよね?」
「はい。それでも公爵領をまたいで20以上の茶園があると侍女長が言ってました。各公爵邸はもちろんのこと、王宮や中心街の飲食店に納入されたり、個人購入もあったりするとか……」
「そうね。高級レストランだったり上級者にでもなれば、複数の茶園の茶葉をブレンドさせたオリジナルのレシピを持っていたりするわね。それに他国の茶葉を加えれば、100や200では済まないブレンドが出来上がるのではないかしら」
「ひゃぁ……」
「今日は基本の味だけを覚えて、また別の日にオリジナルブレンドを作ってみても良いんじゃなくて?」
紅茶のオリジナルブレンドに関しては、特に特許権云々と言った話は出ないらしい。と言うのも、各家各飲食店すべて、配合率を他に明かさない不文律が出来上がっているからだそうだ。
何の茶葉を掛け合わせているのかが分かっただけでは、まず間違いなく同じ配合率でお茶は淹れられないから、と言うことらしい。
それだけ奥深い世界なんだろう。
「そうですね。自分の分はそうしてみようかなと思います。ただ今日はイオタ……ギーレンから来ている子には、上手くブレンドを完成させてあげたいなと思っていて」
あくまでシーグの素性は明かさず、亡くなった母親の好きだった花を、咲かない季節でも感じられるようなモノを探しているのだと説明したところ、エリィ義母様もヨンナと同様に、いたく感動していた。
「それで『ロゼーシャ』の香りづけをしたいのね……」
「他にも香りのついた水とか匂い袋とかクッキーとか? いくつか考えているところで」
「あら! 匂い袋を考えているんだったら、刺繍の良い練習になるのではなくって?」
目をランランと輝かせているエリィ義母様に、私は思わずう……と怯んでしまった。
「そ、それはまぁ、その子が自分でやればきっと……」
「それはそれ、レイナちゃんの分はレイナちゃんの分でしょう?」
「……そ、それもそのうちと言うことで」
やったところで針を手に差して匂い袋が血に塗れる未来しか見えないのだけれど……いつまでも逃げるわけにもいかないだろうし、悩ましいところだ。
とりあえず今日は、茶葉の勉強兼バラの香りと合う茶葉を探すこと!
そんなこんなで朝食後、あれこれ作業があるので汚れても問題のない、装飾の少ないシンプルなドレスに着替えた。
こう言う時は侍女の皆が来ている様なお仕着せとか楽そうだな……と思うものの、こればかりは誰も首を縦に振ってくれない。ましてエリィ義母様には最初から聞けるはずもない。
結局シンプルであろうとなかろうとドレス以外の選択肢など最初から存在せず、私とエリィ義母様はイデオン公爵邸に向けて出発したのだった。
* * *
「セルヴァン、ヨンナ、ただいま。昨夜は突然の連絡でごめんなさい。フォルシアン公爵夫人をお連れしたのだけれど、準備は大丈夫そう?」
イデオン公爵邸では、玄関ホールにセルヴァン、ヨンナ始め使用人の皆がいて、私とエリィ義母様を出迎えてくれていた。
「大丈夫でございますよ、レイナ様。イオタが今少し食堂の配置を動かしながら、ご用意を進めております。――改めまして、ようこそお越し下さいました、フォルシアン公爵夫人。イデオン公爵邸にて侍女長を務めておりますヨンナにございます」
「家令のセルヴァンにございます」
馬車の中でエリィ義母様から聞いたところによると、エドヴァルドがフォルシアン公爵邸を訪ねたことは昔から何度かあっても(フォルシアン公爵の強制招待だったそうだけど)、実母義母含めて、邸宅に長く女主人のいなかったエドヴァルドが、自分から誰かを招くと言うことは一切なかったらしい。
自分が宰相になる前も宰相室でトーレン殿下の下で公務をこなしていたため、長い間、用があれば王宮の宰相室で――が基本だったそうだ。
だから茶葉の勉強と言う話は抜きにしても、イデオン公爵邸の未来の女主人となる私が「フォルシアン公爵夫人」を招いたことで、一気に私の存在が社交界の方にも周知されるだろうとエリィ義母様は微笑っていた。
招待が急だったかどうかやその内容は二の次、特に王都以外の貴族にはそこまで伝わらず「イデオン公爵の婚約者がフォルシアン公爵夫人を邸宅に招き、夫人もその招待を受けた」と言う事実のみが残るだろうとエリィ義母様は言った。
本来のマナーではないと言うことさえ私が理解をしていれば、エリィ義母様の訪問自体は養女の件と併せて私の地盤固めに強力な援軍となるだろうとのことだった。
もちろん、私なんかよりもそのことをよく分かっていたヨンナやセルヴァンは、殊更にエリィ義母様に向かって頭を下げていた。
……ちなみにシャルリーヌの方が先に来てしまうとおかしなことになるので、15分ほど時間をずらして伝えてある。
多分食堂であれこれと材料を確認している頃に到着するだろうと思われた。
「そう、あなたたちが家令と侍女長なのね。名前だけは以前からよく耳にしていたわ。フォルシアン公爵イェルムが妻エリサベト。今はレイナちゃんの養母でもあるわ」
ヨンナとセルヴァンの挨拶に、エリィ義母様がそう鷹揚に頷いたところで、私とエリィ義母様は二人のあとに続いて食堂へと足を踏み入れた。
事前に言われていた通り、朝食はエリィ義母様と二人だったのだ。
「ボードリエ伯爵令嬢は直接イデオン公爵邸の方にいらっしゃるの?」
今朝出されているのは食後の珈琲で、それに口をつけながらのエリィ義母様の問いかけに、私は「はい」と頷いた。
「彼女やっぱり飲み慣れたギーレン産の茶葉をボードリエ邸で使っていたみたいなので、今日の会の話はすごく喜んでました」
国同士の仲がどうであれ、戦争に発展して流通ルートが閉鎖されているわけでもない以上は、香辛料もそうだけど、日用品や生活必需品、嗜好品それぞれに商人が国をまたいで、あるいは各地商業ギルドを通して流通させている。
移民や亡命者もいる以上、他国の食品も量は多くなくとも王都で購入可能なのだ。
基本、ラヴォリ商会の様な大手商会が在庫として抱えていて、頼めばそこから邸宅に届けてくれると言うことらしい。
「今日はアンジェス国内の茶園の茶葉だけを揃えたのよね?」
「はい。それでも公爵領をまたいで20以上の茶園があると侍女長が言ってました。各公爵邸はもちろんのこと、王宮や中心街の飲食店に納入されたり、個人購入もあったりするとか……」
「そうね。高級レストランだったり上級者にでもなれば、複数の茶園の茶葉をブレンドさせたオリジナルのレシピを持っていたりするわね。それに他国の茶葉を加えれば、100や200では済まないブレンドが出来上がるのではないかしら」
「ひゃぁ……」
「今日は基本の味だけを覚えて、また別の日にオリジナルブレンドを作ってみても良いんじゃなくて?」
紅茶のオリジナルブレンドに関しては、特に特許権云々と言った話は出ないらしい。と言うのも、各家各飲食店すべて、配合率を他に明かさない不文律が出来上がっているからだそうだ。
何の茶葉を掛け合わせているのかが分かっただけでは、まず間違いなく同じ配合率でお茶は淹れられないから、と言うことらしい。
それだけ奥深い世界なんだろう。
「そうですね。自分の分はそうしてみようかなと思います。ただ今日はイオタ……ギーレンから来ている子には、上手くブレンドを完成させてあげたいなと思っていて」
あくまでシーグの素性は明かさず、亡くなった母親の好きだった花を、咲かない季節でも感じられるようなモノを探しているのだと説明したところ、エリィ義母様もヨンナと同様に、いたく感動していた。
「それで『ロゼーシャ』の香りづけをしたいのね……」
「他にも香りのついた水とか匂い袋とかクッキーとか? いくつか考えているところで」
「あら! 匂い袋を考えているんだったら、刺繍の良い練習になるのではなくって?」
目をランランと輝かせているエリィ義母様に、私は思わずう……と怯んでしまった。
「そ、それはまぁ、その子が自分でやればきっと……」
「それはそれ、レイナちゃんの分はレイナちゃんの分でしょう?」
「……そ、それもそのうちと言うことで」
やったところで針を手に差して匂い袋が血に塗れる未来しか見えないのだけれど……いつまでも逃げるわけにもいかないだろうし、悩ましいところだ。
とりあえず今日は、茶葉の勉強兼バラの香りと合う茶葉を探すこと!
そんなこんなで朝食後、あれこれ作業があるので汚れても問題のない、装飾の少ないシンプルなドレスに着替えた。
こう言う時は侍女の皆が来ている様なお仕着せとか楽そうだな……と思うものの、こればかりは誰も首を縦に振ってくれない。ましてエリィ義母様には最初から聞けるはずもない。
結局シンプルであろうとなかろうとドレス以外の選択肢など最初から存在せず、私とエリィ義母様はイデオン公爵邸に向けて出発したのだった。
* * *
「セルヴァン、ヨンナ、ただいま。昨夜は突然の連絡でごめんなさい。フォルシアン公爵夫人をお連れしたのだけれど、準備は大丈夫そう?」
イデオン公爵邸では、玄関ホールにセルヴァン、ヨンナ始め使用人の皆がいて、私とエリィ義母様を出迎えてくれていた。
「大丈夫でございますよ、レイナ様。イオタが今少し食堂の配置を動かしながら、ご用意を進めております。――改めまして、ようこそお越し下さいました、フォルシアン公爵夫人。イデオン公爵邸にて侍女長を務めておりますヨンナにございます」
「家令のセルヴァンにございます」
馬車の中でエリィ義母様から聞いたところによると、エドヴァルドがフォルシアン公爵邸を訪ねたことは昔から何度かあっても(フォルシアン公爵の強制招待だったそうだけど)、実母義母含めて、邸宅に長く女主人のいなかったエドヴァルドが、自分から誰かを招くと言うことは一切なかったらしい。
自分が宰相になる前も宰相室でトーレン殿下の下で公務をこなしていたため、長い間、用があれば王宮の宰相室で――が基本だったそうだ。
だから茶葉の勉強と言う話は抜きにしても、イデオン公爵邸の未来の女主人となる私が「フォルシアン公爵夫人」を招いたことで、一気に私の存在が社交界の方にも周知されるだろうとエリィ義母様は微笑っていた。
招待が急だったかどうかやその内容は二の次、特に王都以外の貴族にはそこまで伝わらず「イデオン公爵の婚約者がフォルシアン公爵夫人を邸宅に招き、夫人もその招待を受けた」と言う事実のみが残るだろうとエリィ義母様は言った。
本来のマナーではないと言うことさえ私が理解をしていれば、エリィ義母様の訪問自体は養女の件と併せて私の地盤固めに強力な援軍となるだろうとのことだった。
もちろん、私なんかよりもそのことをよく分かっていたヨンナやセルヴァンは、殊更にエリィ義母様に向かって頭を下げていた。
……ちなみにシャルリーヌの方が先に来てしまうとおかしなことになるので、15分ほど時間をずらして伝えてある。
多分食堂であれこれと材料を確認している頃に到着するだろうと思われた。
「そう、あなたたちが家令と侍女長なのね。名前だけは以前からよく耳にしていたわ。フォルシアン公爵イェルムが妻エリサベト。今はレイナちゃんの養母でもあるわ」
ヨンナとセルヴァンの挨拶に、エリィ義母様がそう鷹揚に頷いたところで、私とエリィ義母様は二人のあとに続いて食堂へと足を踏み入れた。
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