聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

709 雪と氷の舞う館(中)

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 フォルシアン公爵邸の食堂ダイニングへ、結局エドヴァルドに「お姫様抱っこ」状態で抱えあげられたまま、運ばれることになってしまっていた。

 不本意な話酸欠寸前でフラフラになっていて、とても満足げな表情かおをしているエドヴァルドに「下ろしてくれ」と言う隙もなく運ばれた、というのが正しかった。

 食堂にいたお義兄様ユセフが、チベットスナギツネを彷彿とさせる虚無の表情になっていたのは無理からぬことだと思う。

 その視線を避けるように、イル義父様とエリィ義母様はまだなのか……と、中を見回したまさにその瞬間、背後から「んんっ」と咳払いをする音が聞こえた。

「……何故なっている、エドヴァルド」
「細かいことは気にするな。そちらが手を繋いで来たのと大差ないだろう」
「いやいやいや!」

 一緒にしてくれるな! と、声を上げたのはイル義父様だ。

「こっちは、レイナちゃん直伝の『ひざまくら』をエリィと楽しんだだけだ! 一緒にするな、図々しい!」 

 エリィ義母様は手を繋がれたまま「アナタ……」と、困った様に頬を染めながら俯いていた。
 そんなに「ひざまくら」が衝撃でしたか、エリィ義母様。

 恥じらうお義母様、ちょっと可愛いですが。

 そもそもイル義父様! 私、イル義父様に「直伝」はしていませんよね⁉

「まさかそっちは『叩き出されるようなコト』をしてきたんじゃないだろうな、エドヴァルド?」

「この短時間でどうしろと言うんだ、イル。ひざまくらにしたって、充分に時間があったとは思えないんだが?」

「……それは……まあ……」

 私がお義兄様ユセフ並みに呆然とコトの成り行きを窺っている間にも、とても公爵同士とは思えないやり取りが続いている。

 ただ納得したような、していないような微妙な表情をイル義父様が見せたところで、さすがに耐え切れなくなったのかお義兄様ユセフが「何でもいいから座って下さい……」とぼやいて、そこでようやく皆がハッと我に返っていた。

「あ、ああ。引き止めて済まなかったな、ユセフ。どうせ深夜仕事になるだろうから、ついでに食べて行けばいいと思ってな」

 そこは父親らしくイル義父様が、皆を代表した形でお義兄様ユセフに話しかけ、エドヴァルドは渋々と言ったていで私を椅子に下ろすと、自分はその隣に腰を下ろした。

 所謂「お誕生日席」にイル義父様が座ったところでイル義父様の斜め向かいにエドヴァルドが座る形になり、逆側にはもともとお義兄様ユセフが腰を下ろしていたため、エリィ義母様は必然的に私の向かい側に座る形なって……イル義父様が、何だかちょっと残念そうだった。

 もう、イル義父様のエリィ義母様へのベタ惚れっぷりは相当なものだと思う。
 これだから、時折エドヴァルドが影響を受けたっぽいおかしな振る舞いを見せるんだろう。

 絶対に、公務と違って手本となるような人物が周囲におらず、基準がイル義父様仕様になっている。

 うっかりため息をつきそうになってしまって、慌ててそれを呑み込んだ。

「レイナ?」
「いえっ、なんでも!」

 エドヴァルドは一瞬、ぶんぶんと首を横に振ったを胡乱げに見たものの、それ以上を深く聞いて来ることはなく、まずは……と、王都商業ギルドで何を話してきたのかをこの場で詳らかにするよう促してきた。

「あー……っと……」

 ギルドから預かって来た地図はどうしたっけ、と思ったところにどこからともなく筒状に丸められた紙が頭上に突然現れて、ポトリと目の前に落ちた。

「…………」

 誰だ、横着をしているのは。
 あるいはこの場に関わりたくないと、すぐさましたのか。

 若干不満に思いながらも、今この場ではどうしようもないことなので、とりあえず私は王都商業ギルドが調べた〝痺れ茶〟の流通路が書き込まれた地図を、エドヴァルドとイル義父様になるべく見えるように広げて見せた。

「これは……」

「まだ全部が全部〝痺れ茶〟だとは特定出来ていないそうなんですが、それでもこれまで国内で見かけなかった茶葉と言う括りになっているそうなので、限りなく『クロ』なんだと思います」

 私の隣で地図を凝視するエドヴァルドのさらに向こうで「さすが王都商業ギルドだな」と呟いたのは、イル義父様だ。

「それにしても……我がコデルリーエ男爵領だけではなく、アルノシュト伯爵領も関わりがありそうだとされているな。どうするつもりだ、エドヴァルド?」

 イル義父様に問われたエドヴァルドは意外にも「別にどうもしない」と、淡々としていた。

「もともとあの地はボードストレーム商会と共に、疑うべくもないレイフ殿下の派閥だった。邸宅やしきから茶葉が見つかるようなら、陛下からの茶会案内がいやでも欠席不可の召喚状に化けるだけのこと。今更私にはどうにも出来ん。せいぜい、そのあとに誰を据えるのかを今から考えておくだけのことだ」

「……確かにな。ウチはどちらかと言えば、男爵が茶葉を通したと言うよりは、領都の商業ギルドに保証人としての名義貸しをして、詐欺の温床を作ってしまったと言うのが問題だからな。また話が違うのか」

「コデルリーエは、シャプル商会への名義貸しと、鉱山における採掘が上手くいっていなかったことを隠していたことにこそ問題があるからな。そちらはせいぜい、上層部うえの首を挿げ替えれば終わりだろう」

 エドヴァルドの言い方は「アルノシュト伯爵領はそれではすまない」と言っているようなものであり、イル義父様も当然その言葉の裏は読み取っていた。

「……候補はある、いや、いるのか?」

 アルノシュト家を潰すのか、との意味をこめて聞くイル義父様に、エドヴァルドはゆっくりと首を横に振った。

「今は未だそれどころではない。少なくとも領主一家は、レイフ殿下と共にやろうとは思っているが」

「まあ……確かにな」

 どうやら国王陛下フィルバートの思い付きの夜会――ならぬ茶会に、王宮内は今現在、上を下への大騒ぎらしい。

 侍従じゃなく侍女長を捕まえての、貴族令嬢の嗜み・お茶会講座……的な授業を何故か楽しそうに受けている陛下が、ここ一日二日目撃されているそうだ。

(……怖っ)

 殺る気と書いて、ヤル気満々。
 何なら今現在焼き刃な状態で学んでいる私よりも洗練された主人ホストぶりを発揮しそうだ。

「王宮の〝草〟が持っている情報と照らし合わせて、まずは国内で既に出回っている茶葉の回収だろうな。の話はその後だ」

「エドヴァルド様は、この地図の信憑性は高いとご判断されるんですね?」

 念のためと思い私の方から聞いてみれば「もちろんだ」と間髪入れずに答えが返って来た。

「天下の王都商業ギルドが、そもそも裏も取らずにこちらに案件はなしを回してくるはずがない。恐らくこれは、自分たちの側は手を組む用意がある、との関係者たちからの無言の主張だろう」

 あのギルド長ならば、そのくらいはやりそうだと言うエドヴァルドに、私も頷きしか返せない。

「けれどリーリャギルド長や、バリエンダールのナザリオギルド長なんかはそれぞの王に『進退伺い』を出す必要があるのかも知れないと言ってました」

「…………ああ、そうか」

 私の言葉に、少しの間エドヴァルドも考える仕種を見せていた。
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